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虐げられた末に復讐を終えた王女は、世界で一番幸せな王妃となる  作者: 桜城恋詠
1・虐げられた末姫は、復讐を始める

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苛烈な復讐の終わり

 少女の背中からは轟々と勢いよく燃え盛っていた炎が霧散し、エクリーユの表情は絶望に染まる。


(あなたにだけは、見られたくなかった……)


 兄妹の中で唯一、自分を虐げたり見て見ぬふりをすることなく庇ってくれた人。

 どこにでもいる普通の家族のように、妹として慈しんでくれた。


(大切で、失いたくなくて、守りたい人。だから、あなたがいない時に彼らへ復讐をしようと決めたのに――)


 あと少しで全員に復讐できると言うタイミングで、大好きな兄が騒ぎを聞きつけ、親友とともに姿を見せてしまった。


(私はもう、終わりだわ……)


 呆然失意に陥ったエクリーユが見せた隙を、妹が見逃すはずがない。

 リシーロはムガルバイトの胸元へ勢いよく飛び込み、助けを求めた。


「ムガルバイト兄様! エクリーユが! 皆を燃やして……!」

「なんだって……?」


 困惑する兄は2人の妹を見比べ、どちらを信じるべきか迷っているようだ。


 エクリーユは、よくわかっていた。

 自分にたくさんの愛を一心に注ぎ込んでくれたのは、ムガルバイトが博愛主義だからだ。


 異能に目覚めた己が、家族を襲ったのは事実。

 この状況で少女を庇うはずがないと。


(お兄様に、嫌われてしまったわ……)


 今さら取り繕ったところで名誉回復は望めない。

 ならば、彼女に対する憎悪を隠す必要もないだろう。


(もう、何もかもがどうでもいい……)


 家族を傷つけたエクリーユには、自らの罪を認めて引き返す選択肢など存在しないのだから――。


「私のお兄様に、触らないで……!」

「きゃあ!」


 怒りを露わにした少女は、最愛の兄と妹を引き離すために炎を放つ。


 彼女は咄嗟に白百合の花を纏わりつかせて己の身を守るが、植物たちはすぐさまリシーロの代わりに灰となって散る。


(花々には、申し訳ないけれど……)


 エクリーユは苛立ちを隠せない様子で柄悪く舌打ちをすると、真紅の瞳に憎悪の炎を燃え上がらせた。


(次々に捕らえられ、傷つけられていく家族たちを前にして恐怖心を煽り、自分の番がいつやって来るのかと絶望に染まるあの女の姿が見られた……。それは僥倖だったけれど。全然、足りないわ……!)


 世界で一番、誰よりも憎い妹に一生消えない傷を植えつけることに失敗したエクリーユは、瞳から大粒の涙を流しながら兄に懇願する彼女に冷たい視線を向ける。


「お兄様! 早く、エクリーユを止めて……!」

「だ、だけど……」


 心優しい兄は2人の妹を何度も見比べ、どっちつかずの反応を取り続けた。


 恐らく、片方の言い分だけで答えを導き出すのをよしとしていないからだろう。

 それが彼らしいと思いながらも、悲しいと思うのは――。


「お兄様は弱い私の味方にしか、なってくださらないのですね……」


 そのことに気づいて、失望したからだった。


(お兄様なら、どんな状況でも私の味方になってくれるって……。あんなに酷い目に遭わされていたのなら、復讐するのは当然だって、受け入れてくれてくれるはずだと信じていた私が……馬鹿みたい……)


 こんなことになると最初からわかっていたら、復讐なんてしなかった。

 裏切られると想像出来ていたら、彼を信じなかった。

 未来予知が使えれば、きちんと想定できていれば――後悔ばかりがエクリーユの脳内を支配する。


(これはきっと、罰なんだわ……)


 痛みを感じたくないと思っていたなら、弱い人間のままでいればよかったのだ。

 すべては少女の、判断ミスが招いた悲劇だった。


(勢い余って、やり返したりなんてしたから……)


 エクリーユは異能を使えるようになったが、炎を操ることしかできない。

 その事実を消し去れず、被害者で居続けられなくなったエクリーユの取る行動は、1つしかなかった。


「さよなら、お兄様」


 真紅の瞳からは、大粒の涙が頬を伝って零れ落ちる。

 この頃になると、ムガルバイトだけは守りたいという気持ちすら消えていた。


「さよなら。大嫌いなリシーロ」


 復讐が失敗した以上――エクリーユが生き続ける理由はない。


 こうなることを見越していた少女は大好きだった兄と大嫌いな妹に別れを告げると、両目を瞑って祈りを捧げるように両手を絡めた。


「生きているだけで、みんなに迷惑にかけてしまうのなら……。お望み通り、消えてあげる……!」


 発現したばかりの異能は、まるで幼い頃から自分のものであったかのようにきちんと言うことを聞いてくれた。

 他者に対する怒りを燃え盛る炎に変換するのを止め、己の無力さを異能に変化させれば、自らの命を燃やし尽くすことは不可能ではないはずだ。


「止め……っ!」


 ムガルバイトの静止を聞かずに、己の無力さを嘆いたエクリーユは、全身に炎を纏わりつかせ、自らの細い身体を塵一つ残らず灰にしようとして――命を絶ったはずだった。


「落ち着け」


 地を這うような落ち着いたテノールボイスが耳に飛び込んできた直後、なぜか全身を焼け焦がさんばかりに燃え盛っていた炎が霧散する。

 それに目を白黒させて驚いている間に、声の主に後方から羽交い締めにされてしまう。


「どうして、止めるのですか……!」


 押し殺した怒声とともに男を見上げたが、視線が交わる前に強烈な浮遊感と目眩に襲われてぐらりと視界が揺らぐ。


(これは……っ)


 エクリーユは、すぐさまそれが転移魔法を使用した時に感じるものだと気づく。


「どう、して……」


 その言葉を呟くだけで精一杯な少女は、ぐったりと男の胸元に身体を預ける羽目になった。


「あの場にいても、仕方がないだろう」


 転移魔法を発動させた張本人は、呆れた声を発する。

 それが憎らしくて仕方がない。


「何、も……。知らない、くせ、に……」


「ああ。そうだな」


「私、の……。苦しみ、も……。悲しみ、も……。全部、忘れたかった……。終わらせなければ、いけなかったのに……」


 途切れ途切れに恨み言を口にするエクリーユは、身体が言うことを聞かない現状に歯がゆさを感じる。

 そんなこちらの反応は想定済みなのか、彼は安心させるように腰まで長く伸ばした黒髪を優しく撫でつけた。


「あんな奴らに、心を砕く必要はない」


「だったら、どうして……」


「今は、休め。話なら、いつでもできる」


「う……」


 少女を抱きかかえる男性に、敵意は感じられない。

 気分が悪い中、無理をしてたくさん唇を動かしたからか。

 エクリーユは胃液がせり上がってくる不快感をいだき、それをぐっと堪える。


(彼のアドバイスは、一理あるわ……)


 渋々彼の言葉を受け入れると決めたレべラゼム王国の姫は、急な転移による平衡感覚の乱れが正常に戻るまで――強制的に顔見知りの青年に身体を預ける羽目となった。


(私の復讐は自害することで、完遂するはずなのに……。彼はどこへ、転移したのかしら……)


 意識が朦朧とする中、真紅の瞳を細めてぼーっと得体のしれない人間の腕の中に抱きかかえられて、どれくらいの時間が経過しただろう。


(ようやく、視界が元に戻ったわ……)


 長い黒髪を撫でつける指が、誤って首筋に触れる。


 ゾクゾクと何かがせり上がってくるような不思議な感覚をくすぐったさを感じて身を捩ったエクリーユは、ようやく自分が見慣れぬ部屋の一室に転移し――レべラゼム王国の国王である、22歳のリドディエ・ルーレンベルムの腕の中に捕らえられていると知った。

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