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虐げられた末に復讐を終えた王女は、世界で一番幸せな王妃となる  作者: 桜城恋詠
4・悲しみに暮れて

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悲しみを打ち明けて

 エクリーユは、気がついた時には、寝室のベッドに横たわっていた。


「黒猫、さん……?」

「起きたか」


 目元を舌で舐められている感覚にくすぐったさを覚えた少女が獣の名を呼びながら瞳を見開くと、不安そうに揺れる紫色の瞳と目が合った。

 どうやら小動物ではなく、彼が自分に口づけて涙を拭ってくれていたらしい。


「リドディエ、様……」


「怖がらせたな……」


「あ、あ……っ」


 陛下が己の髪を撫でつけるたびに、眠る前に起きた出来事が蘇る。


(もう二度と、顔を見たくないと思った。なのに……。イトゥク兄様と、リドディエ様が……)


 エクリーユは痛みから身を守るように、寝台の上で丸まってきつく目を閉じた。


「嫌……っ!」


「大丈夫だ。僕は君に、危害は加えない」


「でも……っ。あいつと……っ。私の、話……!」


「あちら側はエクリーユを取り戻したがっているようだが……」


「え……?」


「やっと、君にこうして触れられるようになったんだ。手放すわけがないだろう?」


 リドディエの口から想像もしていなかった言葉が紡がれ、エクリーユは小首を傾げて驚いた。


「私を、守ってくれるの……?」


「ああ。その覚悟がなければ、未来の王妃になどとは言わん」

「誰も……。私のことなんて、気にしてもくれなかった……。ムガルバイト兄様だって……」


「あの男のことは、記憶から抹消しろ」


 紫の瞳が、不愉快そうに細められる。


 ムガルバイトの話では、2人は親友と呼び合うほどに仲がよかったはずだ。


 なのに――彼は兄のことを話題に出すたび、露骨に顔色を変化させる。

 その豹変っぷりに違和感をいだいた少女は、その疑問を解消するべく恐る恐る問いかけた。


「兄様のこと、好きではないの……?」


「アティール王国の人間は、視界にすら入れたくない。あいつは、特に嫌いだ」


 リドディエははっきりとした口調で、ムガルバイトに対する嫌悪感を露わにする。

 なぜ彼がそこまで兄を嫌うのか、エクリーユにはさっぱり理解ができない。


「エクリーユを傷つけた。あの男だけは……」


 紫の瞳には、燃え盛る炎のような憎悪がゆらりゆらりと燃えていた。


「あんな男のことなど、考えないでくれ。今は、目の目にいる僕のことだけで、頭をいっぱいにしてほしい」


「リドディエ様。でも……」


 だけど――。

 これだけは、よくわかる。

 彼が本気で己を心配し、慈しんでくれるのだと。


「気になるか。第5王子が、我が国にやってきた理由」


 だからこそ。

 エクリーユは何度か真紅の瞳をさまよわせたあと、こくんと頷いた。

 彼は一度深く息を吸い込んだあと、静かに告げた。


「大したことではない。あいつは、和平条約の一方的な解消に異を唱えにきた、使いっ走りだ」


「対話をする気、あったのね……」


「ああ。王のすげ替えが行われたからな」


 脳筋の兄たちが全員、王の座を辞退したとは到底思えない。

 父が王座から退いたのであれば、長男がその椅子に腰を下ろしたと考えるべきだ。


(第1王子に命じられたのなら、イトゥク兄様が逆らえないのも無理はないわね……)


 エクリーユを取り戻そうとしている行動は気がかりではあるが、陛下は自分を守るといいながら、たくさんの愛を注いでくれる。

 今はその愛を、信じたかった。


「エクリーユは、なぜ花壇迷路にいたんだ。それも、随分と薄着だったようだが……」

「そ、それは……」


 少女は自身の格好を思い出し、ほんのりと頬を紅潮させる。


(説明するのが、こんなにも恥ずかしいなんて……っ。テラマの言うことを、きちんと聞いておけばよかったわ……!)


 穴があったら入りたい気持ちに陥りながら、エクリーユはボソボソとか細い声で言葉を発した。


「た、体力づくりの一環で……。テラマに聞いたら、動きやすい服が、ないと言うから……っ」


「焼けるな……」


「え……?」


「このような愛らしい姿を、あの男たちはいつでも見ていられたのかと思うと……腸が煮えくり返る……」


「リドディエ、様……?」


「君は可憐で美しく、神々しい姿を持つ女性だ」


「そ、そんな……。私、なんて……」


 まさか彼から、己の容姿を褒められるなど思もしなかった。

 エクリーユは頬を紅潮させながら、恥ずかしそうに目を白黒させる。


「謙遜しないでくれ。その魅力を知る男は、僕だけでいい」


「あ……」


 彼はエクリーユの額に唇を落とすと、紫の瞳を優しく和らげた。


(陛下の触れた場所が、熱くて……。心がぽかぽかと、暖かな気持ちに包まれているわ……)


 気心の知れていない相手から触れられるのは、あんなにも恐ろしく、おぞましいと感じるのに――。

 陛下からの口づけは、真逆の感想をいだいている。

 それにおかしいと感じながらも、喜んでいる自分が不思議で堪らなかった。


「極力人目に触れてほしくなくて、全身を覆い隠すドレスばかりを用意させたのはよくなかった。運動着も、用意させよう」


「何から何まで……。申し訳ありません……」


「気に病む必要はない。言っただろう。君の願いは、なんでも叶えると」


 エクリーユがなんとも言えない表情をしていると、彼は気まずそうな表情をする必要はないのだと断言してくれた。


 少女はそれに感心しながら、リドディエから配慮を受けるのは当然だと言わんばかりの態度を見せる気にはどうしてもなれなかった。


 エクリーユはせめて己のいだく感謝が彼に伝わりますようにと願い、瞳を細めて告げた。


「リドディエ様は、とてもお優しい殿方ね……」


「さぁて、な」


 彼は遠い目をしながらどこか寂しそうに口元を和らげると、エクリーユの額をポンポンと優しく撫でつけた。


(こうして殿下に撫でられていると、心が安らぐのはなぜかしら……)


 イトゥクと陛下が結託しているのではないかという懸念は、まだ拭い取れない。

 しかし、こちらを見つめる優しい瞳や、額を撫でる指先の温かさは、本物だ。


(こうして、ずっと一緒に……。穏やかな時を、過ごせたらいいのにね……)


 エクリーユは叶わぬ願いをいだきながら、ゆっくりと瞳を閉じた。

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