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虐げられた末に復讐を終えた王女は、世界で一番幸せな王妃となる  作者: 桜城恋詠
3・使い魔と乳母

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母国と隣国

「黒猫さん!」


「んにゃ……」


 しかし、どうやらその反応をリドディエはよく思わなかったようだ。

 ストンと椅子に腰を下ろした彼は、ムスッと唇をへの字に曲げて少女を抱きしめる力を強めた。

「リドディエ様……? 苦しいわ……」


「随分、仲良くなったようだな」


「黒猫さんは異能の発現を手伝ってくれた、いい子ですもの……」


「僕よりも、好きか?」


「そんなの、比べられないわ……」


「なぁん」


 黒猫は身の危険を感じ、ぴょんっと机から飛び降りた。

 エクリーユは小動物を追いかけるために彼の腕から抜け出ようとしたが、陛下がそれを許すはずがない。


「ここにいろ」


「リドディエ様……」


「頼む」


 国王に懇願されては、拒否などできるはずもない。

 獣を追いかけるのは諦め、一切の抵抗を止めた。


「ありがとう」


 リドディエはエクリーユの首筋に優しい口づけを落としたあと、書類に目を通し始める。


(あれは……。王族の許可を求める書類、かしら……? そんなもの、外部の人間が見たら駄目よね……)


 瞬時に彼が処理している内容を把握した第2王女は、その内容を見ないように視線を逸らす。

 そんな己の配慮を目にした彼は、作業を続けながら固い声音で言葉を発した。


「エクリーユ。君はいずれ、僕の妻となる女性だ」


「リドディエ、様……?」


「見られて困るような書類の処理は、していない」


「でも……」


「どうしてもというのなら、何か暇を潰せるようなものを用意させる。何がいい?」


 しかし、その行動は陛下のお気に召さなかったようだ。

 彼は少女に問いかけたが、その好意を素直に受け取る気にはなれない。

 エクリーユは気まずそうに首を振り、陛下の心遣いに感謝した。


「い、いえ……。陛下のご厚意、感謝いたしますわ」


「本当に、いいんだな」


「ええ……」


「わかった」


 そうして彼は、再び書類の山を片づけ始めた。


(不思議なものね……。自国では、政には一切かかわらせてもらえなかったのに……)


 少女は感慨深い思いに包まれながら、彼が機械的に捌く書類に目を通した。


(アティール王国との、和平条約を解消……?)


 その中に気になる一文が書かれた書物を見つけ、エクリーユは戦慄した。

 長年友好国として名を連ねてきたアティールとレべラゼムの決裂を知らせる書類だ。


(これに許可を出したら、戦争になるわ……!)


 自分を散々虐げてきた家族たちは、どうなっても構わない。

 しかし、あそこにはなんの罪もない国民たちだって暮らしているのだ。


 エクリーユが滅ぼしたいのはあくまで王家の血筋であり、その他大勢は含まれてはいなかった。


「また、顔色が悪くなったな……」


「り、リドディエ……様……っ。それ……!」


 彼がこちらを心配する声など、今の少女には聞こえていない。

 ガタガタと細い腕を小刻みに震わせ、書類を指差した。


「ああ……。気に病む必要はない。あの国の王家は、僕が必ず根絶やしにしてやる」


「こ、国民たちは……!?」


「君は本当に、心優しき姫だな……。あんな奴らと血が繋がっているなど、信じられん……」


 こちらの疑問に答えないあたり、国民たちの安全よりもエクリーユの復讐を終えるころを優先するつもりなのだろう。

 少女は必死に、彼の説得に走る。


「彼らも、被害者なの! だから……っ」


「ああ。和平条約を解除したからといって、すぐさま攻め入るわけではない。何度か交渉を続ける予定だ」


「そう、なの……?」


「ああ。その際、ある条件を出す。エクリーユが心配しているような事態は起きない」

「なら、いいのだけれど……」


 エクリーユはほっと胸を撫で下ろすと、真紅の瞳から感情を消失させる。

 その後、まるで人形のように動かなくなった。


(お父様のように、野蛮で無謀な戦略を立てているわけではないのね……)


 ――在りし日の思い出を、追想するためだ。


 アティール王国の評判は、エクリーユが生まれた時からあまりよくはない。

 対話よりも力で屈服させることを選んだ父親は、恐怖で下々のものを黙らせてきたからだ。

 その性格は、長男のワンスや3男のフォセティに色濃く受け継がれている。


(今にして思えば……。イトゥク兄様とムガルバイト兄様以外には全員、その鱗片が見え隠れしていたわね……)


 自分よりもあとに生まれた妹でさえも、そうした狂気を惜しげもなく晒していたのだ。

 何もできない5男と心優しき4男以外の兄妹に王の座を明け渡そうものなら、今よりも劣悪な環境になるのは目に見えていた。


(あの国は、これからどうなるのかしら……)


 エクリーユの炎で顔を焼かれた国王は、プライドだけはエベレストのように高い。

 恐らく醜い姿で人前に姿を見せるくらいならば隠居するというタイプの男だ。

 もしも王座を下りるのであれば、交渉の座につくのは長男の可能性が高い。


(ワンス兄様は、無口で冷徹な方……。恐らく会談すらも拒否して、ツゥエン兄様を連れて乗り込んでくるでしょうね……)


 状況によっては、再び兄たちと垣間見えることもあるだろう。


(その時私は、どんな反応をすればいいのかしら……?)


 リドディエに忠誠を誓い、肉親に手をかけるか。

 恥を忍んで自国に戻るか――。

 恐らく、その2択となる。


「エ……ユ」


 ――どこからともなく、誰かが己を呼ぶ声が聞こえる。


「エクリーユ」

「……っ」


 それが誰かを悟った少女は、勢いよく意識を覚醒させる。

 第2王女が声のした方向を見上げると、そこにはリドディエがいた。


「寝ていたのか? 呼びかけても返事がないから、心配した」


「いえ……。ぼーっと、していて……」


「そうか。付き合わせて、悪かった」


「いいの。それは、問題ないわ」


 謝罪をするべきなのは、彼ではなく自分のほうだ。

 少女は真紅の瞳を何度か瞬かせると、リドディエに問いかけた。


「聞いてもいいかしら」


「もちろん」


「あの、ね。異能をうまく使いこなすためには、特殊な訓練が必要なの……?」


「特別なことをする必要は、ないが……」


 陛下が言葉を濁したのであれば、何かしらの懸念点があると考えるべきだろう。


(自らの意思を、しっかりと主張しなければ……)


 そう考えた少女は、はっきりとした口調で叶えたい願いを口にした。


「私、陛下のお役に立ちたいわ」


「こうして一緒にいてくれるだけで、僕は幸せだ」


「でも……」


「もう少し、ここでの生活に慣れてからがいいだろう」


「そう、ね……」


 エクリーユは悲しそうに眉を伏せ、それ以上口答えをする気にはなれなかった。

 やはりまだ、誰かに歯向かうほどの勇気を得られていないからだ。


(自らの意思を伝えるのは、もう少しあとになってからがいいわ……。今は陛下に従順で、いい子だと印象づけなければ……)


 人知れず心の奥底にある決意を宿した少女は、こうして彼の仕事が一段落するまで陛下の腕の中に庇護され続けた。

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