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虐げられた末に復讐を終えた王女は、世界で一番幸せな王妃となる  作者: 桜城恋詠
3・使い魔と乳母

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再会

「なぁん」


 エクリーユは聞き覚えのある鳴き声を耳にして、ゆっくりと瞳を開く。

 真っ先に飛び込んできたのは、よく手入れの施された漆黒の毛並み。

 そして、ピンと天井に向けて尖った2つの耳に――自分と同じ、真紅の瞳だった。


「あなた……。王族の手記を見つけてくださった、黒猫さん……?」


「んにゃあ!」


 獣はこちらの問いかけに同意を示すように何度も頷くと、嬉しそうに胸元へ頬擦りした。


「どうして、ここに……?」


 懐いてくれるのはありがたいが、ここは生まれ故郷ではなく隣国だ。

 猫との再会を素直に喜べずに戸惑うが、どうやら動物も同じ気持ちであるらしい。


『どうして、撫でてくれないの?』


 不思議そうに首を傾げる小動物の姿を目にした少女は、恐る恐る黒猫の四肢に触れた。


「ふかふか……」


「んなぁ~」


 気持ちよさそうに喉を鳴らす声を聞きながら、口元を綻ばせてはたと気づく。


(お兄様と笑い合った時以来ね……)


 自分は長い間、笑えていなかったのだと。


(陛下は私に、言ってくださったわ。心の傷を癒やしながら、ゆっくりと考えればいいと……)


 リドディエが信頼できる人なのかについては、まだ顔を合わせたばかりでよくわからない。

 今は無能ではなくなったが、この城でどのような扱いを受けるかだって未知数なのだ。

 警戒心は、しておくに越したことはないだろう。


 こんなふうに誰もいないのをいいことに、陛下の寝室で黒猫と戯れている場合ではないとわかっていても――。


 この子に向かって悲しそうに目を伏せながら言葉を発してしまうのは、1人で現状を抱え込むのが困難なほどに、弱りきっているからなのかもしれなかった。


「なぁ……?」


「あなたは私と同じなのに、とってもかわいいわね。羨ましいわ……」


 黒の毛並みに赤い瞳。

 それは黒髪と真紅の目を持つ自分と、そっくりだ。

 エクリーユは可憐な黒猫をまるで自分の分身のように感じたせいか。

 とても大切に慈しむ。


「にゃあん」


 そんな第2王女の姿を目にした少女は「もっと撫でて」と強請るように、姫の小さな身体に身を寄せた。


(私は一体、これからどうなるのかしら……?)


 思う存分猫を愛でてリラックスしたエクリーユは、そんな不安に駆られて悲しそうに目を伏せる。

 とてもじゃないが、ベッドから起き上がろうという気にもなれなかった。


(生まれ故郷には戻れないし、リドディエ様は私がここから出ていくことをよく思っていない……。彼がこちらを見つめる瞳は、とても優しいけれど……)


 自分が無能だと知った途端に掌を返し、態度を真逆に変化させた家族の姿がこびりついて離れない。


(絶望、苦しみ、悲しみ……。あんな思いは、もう二度としたくないわ……)


 信頼するから、裏切られた時がつらいのだ。

 心なんて、開かなければいい。


 そう、思うのに――。


 ムガルバイトの友人だと聞き、彼に気を許してしまった。


(彼のご厚意に甘えて、本当にいいのかしら……)


 エクリーユは自問自答を繰り返しながら、黒猫を胸元に抱きかかえてもふもふとした毛並みに顔を埋める。


「にゃあ」


 その姿を目にした獣は、こちらを慰めるようにペロペロと舌で頬を舐めた。


「心配してくれるの?」


「なぁん」


「あなたは、優しい子ね……」


「にゃあ~」


 真紅の瞳が、嬉しそうに綻ぶ。


(本当に、かわいい……)


 大切な物を作ったら、兄姉に奪われる。

 それだけならまだいいが、最悪の場合は取り上げられて破壊されてしまう。


 それがよくわかっていたからこそ、エクリーユはずっと、己に制限を賭してきた。


(リシーロは、望めばなんでも買い与えてもらえていたようだけれど……。私は、ぬいぐるみすらほしいとは言えなかった……)


 自分のものを持つことすら叶わぬ少女は、つらいことや悲しいことがあると膝をかかえて泣いていた。


(この子とずっと、一緒にいられたらいいのに……)


 黒猫を抱きかかえていると安心して、眠気がぶり返す。

 寝台に横たわった少女はうとうとと微睡みながら、考えたって答えの出ない思考を放棄し、好きなだけ睡眠を貪ろうとして――。


「失礼いたします」


 外側からドアを叩くノックの音とともに聞こえてきた女性の声に邪魔された。


「だ、誰ですか……?」


「なぁん」


 黒猫を抱きしめて全身を小刻みに震わせたエクリーユは、先程までの幸せでいっぱいな表情はどこへやら。怯えを隠せない様子で狼狽える。


(大丈夫……。ここには私を害する家族が、やってくることはないもの……)


 何度も自分に言い聞かせても、10年近く蓄積された恐怖心を克服するのは簡単なことではなかった。


 少女は瞳をきゅっと瞑り、いつ鈍い痛みが全身に走ってもいいように覚悟を決める。


 だが、己が恐れていた事態は起きなかった。


「姫様……っ」


 第2王女をそう呼ぶのは、1人しか思い浮かばない。

 エクリーユは怯えながらも、ゆっくりと真紅の瞳を開く。


 そして――開け放たれた扉からやってきたと思われる、エプロンドレス姿の妙齢女性を見捉えた。


(この方は……)


 その人物には、見覚えがある。


「にゃあん?」


 不思議そうな鳴き声を上げる猫を、気にしてなどいられなかった。

 獣を落とさないようにしっかりと胸元に抱きしめ、勢いよく上半身を起す。


 そしてベッドを降りると、覚束ない足取りでふらふらと勢いよく足を動かす。

 目指すのは、姿を見せた女性の元だ。


「テラマ……!」


 感極まって瞳から大粒の涙を流したエクリーユは、乳母の胸元に勢いよく飛び込む。

 こうして、再会を喜んだ。


「姫様……。よくぞ、ご無事で……」


「あなたこそ……! どうして、ここに……?」


「命からがら夫とかの国を逃げ出したところ、陛下に助けて頂いたのです」


「あの方に……?」


「はい。陛下は約束してくださいました。必ず、姫様に会わせてやると。これからは、ずっと一緒ですよ」


 テラマは優しく口元を綻ばせると、第2王女の細い身体を抱きしめてくれた。


(このぬくもりを……ずっと感じていたかった……)


 テラマは父親の身勝手な命に逆らった結果、ある日突然王城を去ることになってしまったのだ。


 もう二度と会えないと思っていた人と再び巡り会えるなど思いもせず、エクリーユは幼子のように彼女に甘える。


「テラマも、私に会いたいと思っていてくれた……?」


「もちろんです! ずっと、心配しておりました。味方が誰一人いない状況で、生きることを強いられるのは……。大変だったでしょう。私にもっと、力があればよかったのですが……」


「あなたが責任を感じる必要はないわ。私たちはこうして、再び巡り会えたんですもの。それだけで、充分よ」


「姫様……」


 そんな少女が、かわいらしくて仕方がないのか。

 優しく目元を綻ばせた乳母は慈愛に満ちた表情で第2王女を見守った。


「にゃあん」


 2人が感動の再会を続ける中。

 女性たちの間に大人しく挟まっていた黒猫が、「僕のこと、忘れてないよね?」と批難するように鳴き声を上げる。


(そうだわ。黒猫さん……!)


 エクリーユは彼女との再会を喜ぶあまえい、すっかり獣の存在が頭からすっぽりと抜け落ちてしまっていた。

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