1-8 接触
深夜のオフィスで、青白いモニターの光に照らされ、その動画を執拗に繰り返す男がいた。
大手ストレージメーカー『ギガ・レイド』の最高技術責任者(CTO)、柏木篤史。
神宮誠司とは大学時代からの腐れ縁であり、互いの技術を認め合う無二の親友だ。
彼が注視しているのは、記者会見をジャックした謎のハッカーが引導を渡す、あの瞬間。
『――チェックメイトだ』 歪んだ電子音声。
だが、柏木の耳はその奥にある微かな「揺らぎ」を逃さなかった。
何度も、何度も再生を重ね、柏木は確信に至る。
「……見つけたぞ、誠司」
彼は震える指で、大学時代の古いデッドメールアドレスを呼び出した。
今や管理者さえ忘却し、柏木だけが密かに保守し続けている錆びついたポスト。
そこへ、一通の暗号化メールを放り込んだ。
◆
八咫烏の隠れ家。
ノーフェイスとして情報の海を回遊していた誠司の元に、EMIのアナウンスが響いた。
『パパ、大学時代のデッドメールアドレスに着信があったわ。
でも、ヘッダが壊れているのか……読めない。
強力な暗号化がかけられているみたい』
「……表示しろ」
画面に並ぶのは、0x47, 0x49, 0x47, 0x41……という16進数の羅列。
EMIが首を傾げるアイコンを表示する横で、誠司の唇がわずかに戦慄いた。
「EMI、これは暗号じゃない。
単純なASCIIコードだ。
柏木のやつ、俺たちが昔、授業中に回した手紙の書き方を使っていやがる……」
コードが示す意味は、たった一行。
『ギガ・レイド中庭。今夜22時』
それは、隠された招待状だった。
◆
定刻。
月明かりに照らされたギガ・レイドの中庭に、黒いデバイスに顔を覆ったノーフェイスが現れた。
ベンチに深く腰掛けていた柏木は、足音に顔を上げることなく、確信に満ちた声を投げかけた。
「やはり生きていたか。……いや、『おかえり』と言うべきか、誠司」
「何故、俺だと分かった」
ノーフェイスの冷徹な電子音声が響く。
だが、柏木は不敵に笑って立ち上がった。
「その耳障りなボイスチェンジャーを切れ。
お前は興奮した時や抑揚をつけた時、語尾がわずかに上がる癖がある。
大学四年間、それから何年あいつの隣でコードを書いてきたと思ってる。
……お前を誤魔化せる奴はいても、俺は誤魔化せない」
沈黙が流れた。
やがて、誠司は観念したようにデバイスを外し、素顔を月光に晒した。
「……相変わらず、食えない男だ」
「ああ、まだお前に貸したmicroSDUCカードの代金も貰ってないからな。
逃がすわけにいかない」
「それなら、最高の形で役に立った。
絵美が例の映像をそのカードに保存して、お守りに入れて渡してくれたんだ。
おかげであの断罪ができた」
「……そうか。
あの子がな」
柏木は短く吐息を漏らし、それからポケットから小さな金属製の筒を取り出した。
「だが、今のデバイスじゃ読み込みにロスが発生しているはずだ。
お前の組む論理に、ハードウェアのノイズが混じるのは許せない。
これを使え」
手渡されたのは、両端にUSB-AとCを備え、中央に特殊なスロットを持つカードリーダだった。
「ロスレスの高速転送モデルだ。
俺のプライベート・ラボで組み上げた。
これでカードの性能を100%引き出せる」
「……礼を言う」
「礼なんて柄じゃないだろ。
……で、今はどこで世話になっているんだ?」
柏木の眼差しが、親友としての心配の色を帯びる。
誠司は視線を逸らした。
「……それは言えない。
俺はもう死んだ人間だ。
ゴーストに関われば、お前まで闇に引きずり込むことになる」
「ふん、幽霊上等だ。
連れていけよ、お前の新しい『巣』に」
「後悔するぞ」
「今更だな」
誠司は柏木の覚悟を受け止め、再びデバイスを装着した。
八咫烏への連絡から数分。
深夜の社門に、滑るように黒塗りの高級車が到着する。
「もう後戻りはできない。
これが最後の警告だ」
「構わないと言っているだろう。
俺の作ったハードウェアを使いこなしているんだ。
最後まで面倒見てやるよ」
――この時、誠司はまだ知らなかった。
論理を極めた自分と、物理を極めた柏木。
この再会という名の「絆」が、やがて来る絶望の淵で、自分を救う唯一の命綱になるということを。
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