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1-6 真実の処方箋(ワクチン)

 突如、会場の全スピーカーが耳を裂く激しいハウリングを上げた。


 直後、会場の照明が一斉に落ち、緊急用の赤いライトが明滅する。


 異常事態に騒然とするマスコミの前に、加工された重低音の電子音声が響き渡った。


『マイクチェック。

 ……聞こえるか、高満。

 脆弱性バグだらけの舞台を用意してくれて助かったよ。

 わざわざこちらからルート権限(Root Access)を取りに行く手間が省けた』


 高満は、顔を真っ赤にして天井を仰ぎ見た。


「お前か! お前がこの動画を捏造した犯人か!」


『捏造? 鏡を見てから言うんだな。

 お前が使っているその稚拙な論理構成は、誰かが書いたコードの焼き直し……ただの「コピペ」だ。

 ソースコードの美しさも知らぬスクリプト・キディが、本物をハックできると本気で思っていたのか?』


 巨大スクリーンが鮮明な4K映像へと切り替わる。


 高満が誠司のデスクを漁り、机の引き出しにカードを忍ばせる決定的な瞬間が、逃げ場のない高精細さで映し出された。


『ハッシュ値は一致。

 改ざんの余地など1ビットも残っていない。

 ……さあ、自分たちの醜悪なバックドアを、特等席で見物しろ』


 会場の記者たちは狂ったようにシャッターを切る。


「おい、この映像は本物だぞ!」


「高満! 今の声は誰だ! 説明しろ!」


 高満は震える指で、隣に立つ明美を指差した。


「ち、違う! これは全部この女が言い出したことだ! 私は脅されていたんだ!」


 その言葉に、明美が豹変した。


 顔を歪め、高満の胸ぐらに掴みかかる。


「何言ってるのよ! あなたが『誠司を消せば結婚してやる』って言ったんじゃない!

 この無能! 泥棒! 私の人生を返してよ!」


 壇上で互いを罵り、取っ組み合いを始める「睦まじい夫婦」の成れの果てに、会場からは冷笑と怒号が飛び交う。


 そのモニターの隅に、デジタルな「八咫烏」の紋章が静かに浮かび上がった。


 誠司の声が、無情な宣告を下す。


『お前たちの不動産登記、SNSの認証情報……すべて「上書き(Overwrite)」を完了した。社会的地位は、今この瞬間をもって消去(Delete)された。


 明日からお前たちは、この世界のどこを探しても見つからない「404 Not Found」だ』


「消去だと……!? 何を勝手なことを!」


『安心しろ。

 これはウイルスじゃない。

 お前たちという猛毒から世界を守るための、最後の一撃(ファイナル・パッチ)だ。

 ……二度と再起動リブートできると思うな。

 チェックメイトだ』


 会場の隅で、絵美がその光景を、吸い込まれるような暗い瞳で見つめていた。


 彼女の口角が、先ほどよりも深く、歪に吊り上がる。


 そこへ、それまで沈黙を守っていた誠司の父が、地響きのような声と共に立ち上がった。


「絵美は、儂が預かる。

 文句はないな」


 明美の両親が「いえ、私達にも……」と言いかけるが、その凄まじい眼光に射抜かれ、石のように沈黙した。


 会場はもはや統制を失い、各局が緊急特番の配信を始めていた。


 誠司は、混乱の渦中にある警察の通信網へ直接声を叩き込む。


『証拠は警視庁のサーバーへアップ済みだ。

 MKKにある四ヶ月前の生データ(ログ)と突き合わせろ。

 ……高満の銀行口座は「あえて」手を付けていない。

 反社からの入金データを洗うのに、そのログが必要だろう? さっさと抑えろ』


 その冷徹な指示に従うように、すぐさま捜査員が壇上へ雪崩れ込んだ。


 叫び声を上げる高満と、泣き喚く明美。


 二人は惨めに引きずられるようにして、警察車両へと連行されていった。


 前代未聞のスキャンダルは、こうして劇的な幕を下ろしたかに見えた。


 ――だが。


 その熱狂の裏側で、静かに、闇の勢力が動き出していた。

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