1-4 無慈悲な真実
俺は八咫烏の中で浮いていた。
入社初日にイレイナ社の件を片付けたことで一目置かれはしたが、依然として犯罪者を見る目は変わらない。
MKKによる記者会見が一週間後に迫っていた。
そんな俺に、刑事の大天使だけは、変わらぬ態度で接してくれていた。
入社して三日目の朝だった。
『パパ、microSDUCカードの動画、修復が終わったよ。
……見ないほうがいいと思うけど、見る?』
誠司は一瞬躊躇したものの、短く応じた。
「……再生しろ」
画面の中では、妻と上司が睦まじく笑い合い、自分を陥れる計画を楽しげに語り合っている。
「…………」
誠司の口から言葉は出なかった。
ただ、喉の奥で獣のような低い音が鳴る。
騒ぎを聞きつけて集まってきたエージェントたちの間に、凍り付くような沈黙が広がった。
一時間程して動画が終わり、EMIが平坦な声で告げる。
『パパ、隠しフォルダが見つかったわ。
中身を表示する?』
誠司は、怒りに押し潰されそうになりながらも「頼む」とだけ答えた。
表示されたのは、娘・絵美の日記だった。
父を慕う純粋な想い。
そして、誠司を裏切り続ける母・明美への、赤裸々なまでの呪詛が綴られていた。
「……絵美」
涙で視界が歪む。
それだけの言葉を出すのが精一杯だった。
大天使が誠司の肩に手を置き、静かに告げる。
「これだけでも証拠にはなる。
だが、決定打が足りない。
お前のPCに奴が細工をしたという、物理的な証拠が」
『パパ、MKKのサーバーをハッキングして監視カメラの動画を入手できないの?』
周りのエージェントたちが息を呑む。
「AIがそんな提案をするなんて、想定外だ」
驚愕の声が上がるが、誠司には届いていない。
「EMI、MKKのサーバーに侵入する。
ネットには接続しているな」
『うん、パパ。
いつでもいけるよ』
MKKのセキュリティには、かつて俺が開発に関わったソフトが使われていた。
バックドアは、そのまま利用可能だ。
監視カメラの映像は半年分。
十分だ。
「EMI、俺のデスク付近のデータをピックアップできるか?」
『パパ、もう選別して取得したわ。
後は解析するだけ』
「よくやった。
だが、これだけの量をチェックするには時間がかかる。
一週間後の会見に間に合うか……」
その時、傍観していたエージェントたちが次々と声を上げた。
今までの、犯罪者を見る目ではない。
彼らは俺と一緒に、憤慨していた。
大天使が場を仕切る。
「手分けして動画をチェックする。
各自、ツールを仕掛けたと言っていたポイントを重点的に洗え」
「……ありがとう」
誠司は、それだけを言うのが精一杯だった。
「気にするな。
あんなものを見せられた後だ、皆同じ気持ちだ」
誠司は一同を見渡し、重く頷いた。
「……俺もチェックする。
EMI、データを」
『パパ、分かったわ。
EMIも手伝うね』
解析の結果、四ヶ月前の映像が見つかった。
俺が柏木に逢いに行っている隙に、高満が俺のPCを操作し、引き出しにカードを忍ばせる場面が鮮明に映っていた。
切り札は揃った。
これをどう生かすか。
八咫烏のエージェントたちが次々と手を挙げた。
マスコミ、会場関係者、警察。
記者会見に関わるあらゆる箇所に、八咫烏の息がかかっている。
「……こんなに」
驚愕する誠司に、大天使が言った。
「八咫烏のネットワークは、お前が思う以上に絶大だ。
記者会見で思いっきりぶちかましてやれ。
お膳立ては、俺たちがしてやる」
誠司は深く頭を下げ、再びデバイスを装着した。
視界を覆う暗闇の奥で、冷徹なシミュレーションを繰り返す。
絶頂にいる奴らを、一瞬でどん底へ叩き落とす。
その落差が大きいほど、復讐は完成に近づく。
その時だった。
EMIが不意に声を投げかけてきた。
『……パパ、私、絵美ちゃんの日記から人格をアップデートしちゃった。
ごめんなさい』
「……いや、構わない。
それで設計思想から外れた言動をしたんだろう?」
『うん。
……ねえパパ、私は、パパの復讐の道具なの?』
「道具じゃない。
お前は、俺が地獄から持ち帰ることを許された、唯一の“心”だ。
……復讐が終わった後、俺が人でいられるかどうかは、お前にかかってる」
『……わかったわ。
わたしがちゃんと見ているから。
変わらないでね』
「ああ」
復讐の算段が始まった。
八咫烏のネットワークが、音もなく高満たちの周囲に張り巡らされていく。
敢えて最初は奴らに喋らせ、絶頂に達した瞬間に地獄へ突き落とす。
その一点において、エージェントたちの殺意は一致していた。
「段取り八分、仕事が二分……。
準備を始めよう」
八咫烏が一体となり、巨大な罠が組み上げられていく。
一週間後の記者会見。
その時、誠司が「人でいられるか」を知る者は、まだ誰もいない。
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