1-2 秘密結社のスカウト
一ヶ月。
それが、俺が取調室で過ごした時間だった。
昼も夜も曖昧なまま、同じ質問を、同じ声色で、何度も繰り返される。
「本当に、やっていないのか?」
俺は、そのたびに答えた。
「やっていません」
言葉は、少しずつ擦り切れていった。
自分が誰で、何のために耐えているのかも、時々、分からなくなる。
それでも、思い出す。
――明美と、絵美。
あの二人の顔を思い浮かべることで、
俺は、かろうじて“自分”でいられた。
◆
その夜。
いつもの刑事たちが去った後、入れ替わるように、一人の男が入ってきた。
スーツは地味で、表情は、驚くほど平坦だった。
年齢は、四十前後だろう。
だが――
空気が、違った。
男は、書類も出さず、椅子に腰を下ろすと、俺をじっと見た。
まるで、「取り調べ」ではなく、「品定め」をしているかのように。
「……神宮 誠司君」
名前を呼ばれた瞬間、
なぜか、背筋が伸びた。
「君の無実を証明するものは、確かに何もない」
淡々とした声だった。
慰めでも、脅しでもない。
「だが、その腕を、このまま腐らせるのは惜しい」
「……何の話ですか」
「世界最大級のハッカー大会――
『DEF CON』で、入賞経験がある」
心臓が、一拍遅れた。
「履歴書に書いた覚えは?」
「ありません」
「だろうね」
男は、初めて口角をわずかに上げた。
「君は、優秀だ。
そして――運が、悪かった」
その言い方が、妙に引っかかった。
まるで、俺が罪を着せられた理由を、すべて知った上で言っているようだった。
◆
「……それで?」
俺は、疲れ切った声で言った。
「自白を勧めに来たなら、無駄ですよ」
「いや」
男は、即答した。
「君を、救いに来た」
反射的に、笑いそうになった。
「冗談を言う場所じゃない」
「冗談ではない」
男は、静かに言った。
「君は――
一度、死ぬことになる」
その言葉が、
取調室の空気を切り裂いた。
「そして、真実を、君自身の手で暴く機会を与える」
沈黙が落ちる。
俺は、目を逸らさなかった。
「……あなたは、警察じゃない」
「察しがいい」
「なら、何者だ」
男は、少しだけ間を置いてから答えた。
「私は、秘密結社『八咫烏』のエージェントだ。
位階は――大天使」
荒唐無稽な言葉だった。
だが、不思議と、笑えなかった。
◆
「どうする、神宮君」
男は、問いかける。
「このまま、無実を証明できないまま朽ちるか」
「それとも――
世界の裏側へ、足を踏み入れるか」
俺の脳裏に、絵美の顔が浮かんだ。
お守りを握らせてきた、
あの小さな手。
「……無実を証明できるんですね」
「ああ」
「家族は?」
「守る」
短い答えだった。
だが、嘘には聞こえなかった。
「なら」
俺は、息を吐いて言った。
「協力します」
男は、満足そうに頷いた。
「歓迎しよう。
神宮 誠司」
こうして俺は、
表向きには――
“死ぬ”ことになった。
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