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2-8 狐火の正体

 強制起動されたWebカメラが捉えたのは、かつての教え子の姿だった。


「……葛城、優希ちゃん……?」


 誠司の喉が、記憶の底にある名前を絞り出す。


 神宮家の近所に住んでいた、絵美の七歳上の幼馴染。


 妹のように絵美を可愛がり、誠司が情報処理の家庭教師をしていた、あの優希だ。


 スピーカーからボイスチェンジャーを切った、震える少女の声が響く。


『……アハハ、身バレしちゃったか』


「どうしてこんな……。君は、こんなことをする子じゃなかったはずだ」


『ノーフェイス、知ったようなことを言わないで!』


 優希が叫ぶ。


 モニター越しの彼女の瞳には、幾年もの後悔が渦巻いていた。


『私はずっと後悔していたの。

 ……私が気まぐれで作ったバックドアツールが、高満の手によって神宮おじ様を陥れる凶器になったことを。

 ツールには、動作確認用のマルウェアを仕込んでいた。

 だから、おじ様が無実だなんて、最初から判っていたのよ!』


 彼女は溢れる涙を拭おうともせず、言葉を続ける。


『止めようとしたわ。

 警察に「あれは私のツールだ」って言おうとした。

 でも、両親に止められたの。

「あんな犯罪者と関わるな、お前の将来が台無しになる」って……。

 そうして一ヶ月後、おじ様が獄中死したと聞いた時、私の世界は真っ暗になったわ』


「だからといって、白夜のような組織に関わるなんて……危険すぎる」


『高満が白夜に保護されていると知った時、もう迷いはなかった!

  奴が私名義の別ツールをインストールした瞬間、マルウェア経由でハッキングして、整形後のツラも居場所も全部特定してやったわ。

 復讐のために、外部協力者を装って潜り込んだのよ』


「……優希ちゃん」


『おじ様の無実は証明された。

 でも、もう手遅れだったのよ!

 あんなスクリプト・キディに嵌められて、おじ様の人生は終わってしまった!

 ……だけど、その時だったわ。

 ノーフェイス、貴方が現れたのは。

 神宮おじ様の再来かと思った。

 おじ様以上に綺麗で、鋭いコード。

 あの記者会見……貴方の仕業でしょう!?』


 誠司は沈黙を保った。


 今の自分は「神宮誠司」ではない。


「……俺だけじゃない。

 八咫烏の仲間がいたからできたことだ。

 優希ちゃん、一旦落ち着くんだ。

 高満たちは社会的に死んだ。

 あとは、オーガとして逃走を続ける彼を法の手に――」


『そんなの、もう要らないわ! 粛清執行部隊が動いているもの。

 高満が消されるのは時間の問題よ!』


「ならばなおさら、彼を法の下で裁かせなければならない。

 ……手遅れなんてことはないんだ」


『いいえ、手遅れなのよ。おじ様が死んだあの日から……』


 誠司は、傍らに浮遊するEMIに視線を送った。


「……手遅れじゃない。

 EMI、サングラスの透明度を最大まで上げてくれ」


『……いいの? 貴方の安全が保証できないわ』


「大丈夫だ。

 彼女は……敵じゃない」


『わかったわ、パパ』


 サングラスの液晶が透過し、誠司の素顔が露わになる。


 モニター越しにその顔を見た優希は、息を呑み、椅子から崩れ落ちそうになった。


『……うそ。

 生きて……たの……?

 なんで、何で教えてくれなかったの!』


「俺は死んだ人間だ。

 世間に顔を晒せる身じゃない。

 神宮家もバラバラになった今、のこのこと顔を出すわけにはいかなかった」


『……今は、ご近所さんもみんな後ろめたさから、おじ様のことは腫れ物扱いよ』


「だろうな。

 ……絵美にすら、直接は会えないんだ」


『自由に会えばいいじゃない!

 おじ様は、もう自由になったはずなのに!』


「自由、か」


 誠司は優希を真っ直ぐに見つめた。


「それは、君にも言えるんじゃないか?

  優希ちゃん。

 君は今も、俺という亡霊に囚われている」


『……そうね。

 そうかもしれない。

 でも、もう後戻りはできないわ』


「白夜を恐れているなら、八咫烏で保護する。

 君の才能をあんな奴らに使い潰させるわけにはいかない」


『……白夜には、身バレしないように細心の注意を払っていたわ』


「奴らを甘く見るな。

 有用なうちは黙っているが、不要になれば外部協力者ごと消す。

 今夜のこの攻防だって、どこかで傍観しているかもしれないんだぞ」


 優希は唇を噛み締め、長い沈黙のあと、小さく頷いた。


『……わかったわ。

 八咫烏の世話になる。

 でも、一つだけ条件があるの』


「なんだ。俺にできることなら、聞こう」


 優希は涙を拭い、いたずらっぽく、しかし真剣な眼差しで微笑んだ。


『条件はね――』


 ――そうして提示された「条件」。


 それは、八咫烏という組織に新たな風を吹き込む、意外なものだった。

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