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2-7 ワクチンという名のウイルス

 誠司はEMIを装着すると、限界まで思考加速クロック・アップを引き上げた。


 この能力は脳への負荷が凄まじく、一度使えば激しい眩暈と吐き気に襲われる。


 一日に一度きりの、文字通りの切り札だ。


 だが、今の誠司には八咫烏の仲間たちがいる。


 同じ土俵に立っても、負けるはずがないという確信があった。


 夜。


 狐火のIPアドレスへ、挨拶代わりにポートスキャンをかける。


 即座に反応があった。


 IPを変えていないのは、逃げる必要すらないという傲慢か、あるいは自信の表れか。


「昨日と同じ場所(418 I'm a teapot)か。……二度も同じ手は食わん」


 誠司は、悪意のあるビット(The Evil Bit)を無力化する特製フィルターを展開。


 飛んできた不正パケットを次々と“/dev/null”――電子の虚無へと廃棄していく。


 狐火は即座にアクティブ・ディフェンスへ移行した。


 八咫烏の防壁を抉る苛烈なアタック。


 だが、誠司はその猛攻の中に、ある感触を得ていた。


「418エラーの先……。

 そこには、よほど見られたくない『何か』があるようだな」


 ◆


 狐火は、自室の暗闇で愉しげに笑っていた。


「僕がハニーポット(偽サーバー)に引っかかるとでも?

 舐められたもんだね。

 じゃあ、こんなのはどう?」


 狐火が指を鳴らした瞬間、八咫烏アジト内のスマート家電が暴走を始めた。


 コーヒーメーカーが熱湯を噴き出し、ロボット掃除機が足元を走り回り、ドローンが羽音を立てて威嚇する。


 スピーカーから、加工された狐火の声が響いた。


『ダメだよ、ノーフェイス。

 そんな子供騙しのトラップじゃ、僕には届かない』


「……狐火、なぜアジトの場所が分かった。

 白夜の協力者なら、オーガを救う義理もなかったはずだ」


『質問が三つ。

 ……いいよ、答えてあげる。

 一つ目。

 僕は他人にツールを売る時、必ずマルウェアを仕込んでいるんだ。

 オーガの状況は逐一報告が来る。

 Twitchでお祭りをやっている間に、接続元ここを特定させてもらったよ』


 狐火の声が、熱を帯びる。


『二つ目、僕は確かに外部協力者だ。

 そして三つ目。

 あんなバカ、どうでもいい。

 ……ただ、君のコードがあまりに美しかったから興味が出たんだ。

 こんなに興奮したのは、亡くなった神宮 誠司のコードを見て以来だよ』


「……ッ!」


 亡き自分の名を出され、誠司の思考が揺らぐ。


 だが、その隙を篤史が埋めた。


「今だ、誠司!」


 篤史がサーバーの物理系切り替え(フェイルオーバー)を強制実行。


 狐火のセッションを、稼働中のプライマリから、物理的に隔離されたセカンダリ――巨大なハニーポットへと引き摺り込んだ。


『……いつの間に、ハニーポットへ!?』


 驚愕する狐火。


 誠司は冷徹に反撃を開始した。


「103 Early Hints……お前が次に打つ手は、既にこちらで表示済みだ」


 先回りして攻撃を無効化し、狐火の画面をステータスコードで埋め尽くす。


 418(私はティーポット)を投げ返した後に、301(リダイレクト)で飛ばした先には402 Payment Required(支払いが必要です)。


 戻ろうとした先には、451 Unavailable For Legal Reasons(法的理由により利用不可)を突きつける。


『くそ、このままじゃ……!』


「終わりだ。……ワクチンを投入する」


『パパ、一気にいくわよ!』


「ああ、これは悪意を浄化するための、特効薬だ!」


 誠司が放った「ワクチン」という名のウイルスが、狐火の418防壁を粉砕した。


 狐火のサーバー権限が次々と誠司の手中に落ちていく。


「チェックメイトだ、狐火」


 誠司がEnterキーを叩く。


 掌握した狐火のサーバーを通じて、相手のWebカメラを強制起動させた。


 物理シャッターのない、剥き出しのレンズが捉えた映像。


 そこに映し出されていたのは――誠司の予想を遥かに裏切る、「意外な人物」の姿だった。

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