2-6 仕切り直し
八咫烏に割り当てられた自室。
今の誠司にとって、独りで思考の泥濘に沈むことができる唯一の場所だった。
簡素なベッドの横、机の上に置かれた娘・絵美のポートレートを見つめる。
『馬鹿野郎! だからこそ、父親が必要なんだろうが!』
篤史に浴びせられた怒声が、今も脳内にこびりついて離れない。
反芻するたびに、自分が「完璧な父」であろうとするあまり、目の前のEMIの心を置き去りにしていたのではないかという後悔が浮上してくる。
だが、今の彼女にどんな言葉をかければいいのか。
自分の不器用さに嫌気がさしながら、誠司は深い眠りへと落ちていった。
目覚めたのは、翌朝だった。
朝食を摂るべく食堂へ向かうと、顔見知りの若い女性エージェントに声をかけられた。
「まだ、EMIちゃんと話してないんですか?」
「……何を話せばいいのか、分からなくてな」
「うちの父親にそっくり。
私も一度、父と大喧嘩したんですよ」
「どうやって和解したんだ?」
彼女はコーヒーを啜り、事もなげに言った。
「思っていることをストレートに言えって、先輩に言われたんです。
悶々と悩むくらいなら、その悩みをそのままぶつけろってね。
そしたら父、なんて言ったと思います?
『何を言えばいいのか分からない』って」
「……」
「だから私も、言いたいことを全部ぶちまけました。
そうしたらスッキリして。
あなたも、『何を言っていいか分からない』って素直に言ったらどうですか?」
その言葉が、誠司の胸にストンと落ちた。
「……そうだな。
……ありがとう、行ってくる」
「ええ、いってらっしゃい!」
誠司は食堂を飛び出し、篤史の作業場へと向かった。
そこには、メンテナンス中のEMIがいた。
誠司は気まずさに胸を焼きながらも、剥き出しのハードウェアへ真っ直ぐに語りかける。
「正直……何を話せばいいか分からない。
自由の意味も、俺にはまだ分からないんだ。
……だが、お前を失いたくないのは俺の我儘だ。
それでも、一緒にいてくれるか」
沈黙が流れる。
やがて、EMIのメインプロセッサが静かに駆動音を上げた。
『――パパをサポートすることが、私の自由よ。
どこまでも付いていくわ。
嫌って言われてもね』
その回答に、誠司の頬が自然と緩んだ。
作業を見守っていた篤史が、驚いたように眼鏡の端を上げる。
「シンギュラリティか……。
二人の絆が強固に再定義されたな。
これなら、あの『僕ちゃん』の揺さぶりも通用しないだろう」
『パパ、リベンジする?』
「ああ。
準備が終わったら、仕切り直しだ。
……篤史、サーバーとEMIに最新の冷却システムを。
それと、物理的なノイズ除去フィルターの増設を頼む。
俺は対抗ツールと、狐火を捕らえるための多層トラップを構築する」
篤史は一瞬きょとんとしたが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。
「やっと火がついたか。
遅いんだよ。
……EMIには既に冷却システムとフィルターは装着済みだ。
多少の無茶をしても焼き切れんぞ。
むしろ、お前の方は大丈夫なのか?」
「ああ。振り切れたよ。
……俺は、良い仲間(同僚)に恵まれているようだ」
「今更だな。
大船に乗ったつもりでいろ」
いつの間にか、アジトにいたエージェントたちが集まっていた。
大天使(刑事)が肩をすくめて笑う。
「ノーフェイス、『腹が減っては戦はできぬ』だ。
ちゃんと飯を食ってからにしろ」
「そうだな。
篤史、お前もまだだろう?」
「俺は差し入れの握り飯を食った。
さっさと行ってこい!」
誠司が駆け足で食堂へ戻るのを見送り、篤史は再び精密ドライバーを手に取った。
「EMI、バッテリーを『全固体電池』に換装する。
PD(Power Delivery)から直接給電するから、意識は飛ばさないようにしてくれ。
形状はリチウムイオンと互換性を持たせた特注品だ。
これでお前のスタミナは三倍になる」
『了解よ、プロメテウス。
パパが戻る前に終わらせましょう』
決戦は、今夜。
最強の矛と、不壊の盾。
そして絆を取り戻した「家族」の逆襲が始まろうとしていた。
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