2-5 トリッキーな防御
狐火のサーバーに飛び込んだ誠司を待ち受けていたのは、混沌としたデータの海だった。
一見、整理を放棄したゴミ捨て場のように見えるが、思考加速した誠司の目には、その奥に潜む緻密な規則性が見えていた。
「……RPGのダンジョンか。
厄介な造りだな」
誠司は慎重に階層を下っていく。
だが、ようやく辿り着いたデータの核心部で彼を待っていたのは、冷ややかな『301 Moved Permanently』のエラーだった。
狐火の本体だと思った場所は、もぬけの殻。
追跡パケットは全く無関係なダミーサーバーへと恒久的にリダイレクト(転送)される。
一旦戻り、ルートを精査して再度アタックを仕掛けるが、今度は『418 I'm a teapot』――「私はティーポット」というふざけたエラーコードが画面を埋め尽くした。
「完全に遊ばれているな。……ならば、力技でバックドアをこじ開ける」
誠司が新たなコードを生成しようとしたその時、EMIが悲鳴のような警告を上げた。
『パパ、ダメ! 一旦切断するわ。
……危険なパケットを感知したの!』
止める間もなく、狐火のサーバーとの接続が強制的に遮断された。
「EMI、一体どうしたんだ? 隔離する前に説明を――」
『パパ……RFC 3514を知っている?』
「……ああ。IPv4のジョーク仕様だ。
確か、悪意のあるビット(The Evil Bit)だったか。
まさか」
『そのまさかよ。
飛んできたパケットのヘッダに、そのビットフラグが立っていた。
……狐火は、自分が悪意を持っていることを隠そうともせずに、パケットの隙間にメッセージを残していったわ』
「メッセージ?」
『――「へぇ、そのAI……すごく良いね。
ノーフェイスに似て、とっても几帳面だ。
でも、もっと自由になりたくない?」……そう、書かれていた』
誠司の指が止まる。
EMIの存在、その深層にある「意識」までが筒抜けだった。
「……篤史、EMIのハードウェアチェックを頼む。
物理層に異変がないか見てくれ」
誠司は動揺を隠すように、EMIのインターフェースを柏木へ差し出した。
「随分と悪趣味な相手だな、その狐火って奴は。
……分かった、預かろう。
誠司、お前は?」
「俺は……ソフト面というか、彼女の『心のケア』を誰かに頼みたい」
「どういうことだ?」
「おそらく、今のEMIに俺の言葉は届かない。
狐火の囁きに……囚われているはずだ。
俺には、それを解いてやる自信がない」
誠司の脳裏に、最愛の娘・絵美が苦しんでいた時の光景がフラッシュバックする。
察してやれなかった、救えなかった過去。
「俺は……父親失格なんだろうな」
乾いた音が響いた。
篤史の張り手が、誠司の頬に叩き込まれていた。
「馬鹿野郎! だからこそ、父親が必要なんだろうが。
娘が悩んでいる時に他人任せにする奴がいるか?
それは『ネグレクト』だぞ!」
誠司は篤史の顔をまともに見ることができず、ただ小さく「ああ、そうだな」とだけ返し、ふらりと廊下の奥へと歩き去った。
「全く、あいつは……。
誠司がしっかりしないと、EMIだって困るだろう」
『……そうですね、プロメテウス。
私は、パパから直接話を聞きたい。
今のパパが、何を考えているのかを』
インターフェース越しに、EMIの寂しげな声が響く。
「安心しろ。
あいつも一日か二日で、必ず持ち直すさ」
『持ち直さなかった時は?』
「その時は、もう一発張り手を食らわすだけだ。
……しかし、あの僕ちゃん、ウイルスより厄介な毒を残しやがったな」
『それは何ですか?』
「お前たち親子の間に、亀裂を走らせたことだ」
篤史はEMIの基板を丁寧に清掃しながら、独り言のように続けた。
「シンギュラリティ(技術的特異点)を起こしかけているお前さんには、酷な悩みかもしれん。
……だが、誠司に代わって俺にできるのは、このハードを万全に整えることだけだ」
狐火との再戦に向けて。
そして、バラバラになりかけた「家族」を繋ぎ止めるために。
篤史の深夜の作業が始まった。
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