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2-3 狐火

 狐火きつねびは、歓喜に身体を震わせていた。


 モニターに映る無機質なエラーログさえ、彼にとっては美しい旋律メロディに聞こえる。


 久しぶりに「手応え」のある相手――。


 画面の向こう側にいるのがノーフェイスだと確信するのに、そう時間はかからなかった。


 ◆


「プロメテウス――柏木を呼んでくれ。

 一人では荷が重そうだ」


 誠司が短く告げると、EMIが即座に答えた。


『もう居るわよ。

 というか、全員集合してるわ』


 その言葉通り、アジトの技術者たちが誠司の背後に集結していた。


 先頭に立つ柏木が、不敵に口角を上げる。


「俺たち抜きで面白そうなことをやってるじゃないか。

 Twitchのライブ配信、最高だったぞ。

 あのスーパーバカ―が消えた後、狐のマークで画面が埋まったのを見て飛んできた」


「篤史、助太刀を頼む。

 ハード面でのクリティカルなサポートが必要になるかもしれん。

 ……相手は本物の『怪物』だ」


「分かった。

 お前が思う存分腕を振るえるよう、バックアップは任せろ」


 誠司は深く息を吐き、EMIに命じる。


「Twitchの配信は?」


『強制終了させたわ。

 あとは、この『狐』を追い出すだけよ』


「……いや、そう簡単にはいかないはずだ。

 奴はまだサンドボックスの中にいる。

 追い出すのではなく、どう出てくるかを見極める」


 ◆


「あらあら、Twitchを切られちゃった。

 でも、用済みだから問題なしっと」


 狐火はキーボードを叩きながら独り言を漏らす。


「さて、このサンドボックス……砂遊び場にしては綺麗すぎるね。

 僕はますます君に興味が湧いたよ。

 まずは一旦戻って、正面から入らせてもらおうかな。

 このWAFには、まだメーカーも気づいていないゼロデイ・セキュリティホールがあるはず――」


 ◆


「WAFまで戻ったか。

 ……ゼロデイを狙うつもりだろうが、俺が独自に見つけた脆弱性には、既に自作の仮想パッチを当ててある。

 どう出る?」


 誠司の指先が加速する。


 ◆


「ふーん。

 セキュリティホールはパッチ修正済みか。

 それにしても、惚れ惚れするほど綺麗なコードだ。

 やはり君は、ノーフェイスで間違いないね」


 狐火は周囲に散らばる自作ウイルスの詰まったUSBメモリを弄ぶ。


「さて、どの『毒』で遊ぼうかな。

 未発見の穴はまだ数件ストックしてあるんだ。

 まずは手始めに……謎解きクイズといこうか」


 ◆


「WAFを突破された! ウイルスを検知、EMI、感染拡大を防ぐために即座にサーバーを論理隔離しろ! 篤史、物理遮断の準備を!」


「任せておけ、誠司!」


 アジトに緊張が走る。


 だが、狐火の狙いはサーバーの破壊ではなかった。


「……クイズ? 遊ばれているのか?」


 誠司が唸った直後、背後でエージェントたちが叫び声を上げた。


「俺のスマホにクイズが出てる!」


「私のモバイルPCもだ!」


 スピーカーから、ボイスチェンジャーで加工された、性別不明の陽気な声が響き渡る。


『そこにいる人たちだけだよ、ノーフェイス。

 Wi-Fiと監視カメラ、マイクにスピーカー……全部乗っ取らせてもらったよ』


 アジト中のモニターが、一斉に同じクイズ画面に切り替わる。


『これはシンプルな「マジョリティ・ルール(多数決)」のクイズだ。

 正解は多数決で決まる。

 ……あ、逃げようとしたり、回線を物理的に切ったりしないでね?

 その瞬間、サーバーを全て初期化フォーマットするオマケ付きだから』


 誠司の額から汗が噴き出す。


 監視カメラでこちらの表情まで覗かれている。


 多数決という心理的な揺さぶり、そして一歩間違えれば全てを失う極限状態。


 数秒の沈黙の後、誠司は意を決してボタンをクリックした。


 長い沈黙。


 やがて、スピーカーから「ちぇっ」と残念そうな声が漏れる。


『つまらない正解だなぁ。

 ……あ、自己紹介がまだだったね。

 僕は「狐火」。

 狐の火と書いて狐火だ。さて……次は何で遊ぶ?』


 誠司の背筋を、かつてない戦慄が駆け抜けた。


 この人物にとって、この死闘はただの「遊び」なのだ。

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