2-2 夜の攻防、鎧袖一触(ガイシュウイッショク)
誠司――ノーフェイスは、深夜の八咫烏アジトでサーバーの監視当番を遂行していた。
二十時を回った頃、静寂を破って警告アラートが鳴り響く。
吐き出されるログを確認した誠司は、思わずあくびを噛み殺した。
「……十年前の脆弱性を突く攻撃か。
WAF(ウェブ・アプリケーション・ファイアウォール)が『AIによる異常検知』として一瞬で弾いている。
シグネチャベースの自動ブロックで十分な相手だ。
何もしなくていいんだが……」
だが、その予感は嫌な方向へ当たった。
数分おきに繰り返される、執拗なまでの攻撃。
そのすべてが自動的に弾き返されているにもかかわらず、相手は止める気配がない。
一時間が経過した頃、誠司は流石にしびれを切らした。
「こうもしつこいとは。
古いツールを掴まされたスクリプト・キディか。
……鬱陶しいな」
誠司はアクティブ・ディフェンス(能動的防御)への移行を決断する。
ただ接続元を特定するだけでは芸がない。
彼は事前に用意していた「サンドボックス(仮想の砂遊び場)」へと、攻撃者の接続を誘導した。
◆
その頃、高満――オーガは、ついに侵入に成功したと狂喜乱舞していた。
それが誠司の用意したダミーサーバーだとも知らず、彼は画面に並ぶ「個人情報リスト」を見て歓喜する。
意気揚々とそのリストをダウンロードし、撤退しようとしたその時だった。
部屋中のモニターが鮮血のような赤に染まり、巨大なメッセージが表示された。
『――やあ、深夜までお疲れ様。
君の居場所は特定したよ。
しばらくゲームに付き合ってもらおうか』
◆
「EMI、見ろ。
こいつ、VPNすら通していない生IPアドレスだ。
完璧な素人だな」
『パパ、呆れるのを通り越して感動するわ。
……しかも、サンドボックスから盗んでいったデータって』
「ああ。アニメキャラの名前と設定を詰め込んだダミーリストだ」
『パパがそんなにアニメに詳しいなんて知らなかった。
本物の絵美ちゃんに近づくために、私もそのデータでアップデートしなきゃ』
「……それはいいから、カウンターハックを仕掛けるぞ。
掌握したPCのWebカメラをTwitchへバイパスしろ」
誠司が打ち込んだ配信タイトルは、『【生配信中】自称天才ハッカーさんの可愛い攻撃を観察してみた』。
画面には、不気味な「鬼の頬当て」を付けた男が、
「どうなっているんだ! 電源が切れない!」と慌てふためく姿が映し出された。
「EMI、キーボードの制御だけ返してやれ。
ピエロには最後まで踊ってもらわないとな」
◆
「キーボードの制御が戻った! アタックを続けるぞ!」
高満は、滝のような冷や汗を拭いながら叫んだ。
『マスター、直ちに撤退を進言します』
「却下だ! 俺の放った『テラバイト級のSQLインジェクション』に耐えられるかな!?」
『……マスター、SQLインジェクションに容量は関係ありません』
「うるさい! 大量のデータをクエリに混ぜて送りつければ、サーバー側にバッファオーバーフローが起きるんだよ! その隙を突いてバックドアから侵入する……これが俺の最新ハック理論だ!」
『……異なる脆弱性を混同されています。
バッファオーバーフローはメモリ制御の不備を突くもので――』
「ノリだよ、ノリ! 天才の直感を理解しろ!」
◆
「……EMI、聞いたか。SQLインジェクションでバッファオーバーフローだと?
完全に二十年前の都市伝説を信じてるぞ」
『パパ、彼の脳内が一番オーバーフローしてるみたいね。
……あ、視聴者が二十万人を突破したわ。
チャット欄は「#SuperBakaer」「#概念の錬金術師」で埋め尽くされてる』
誠司が冷徹な視線を送る中、高満はついに限界を迎えた。
「クソッ、撤退だ! ログを消去する!」
『ログを消去したというログが残るだけですが……。
それよりマスター、白夜の粛清部隊がこちらに向かっています』
「それを先に言え! ガレージの最新EV車で逃げるぞ!」
『……電子制御のないクラシックカーを推奨します。EV車は――』
「ポンコツに乗れるか! 俺はAT限定なんだよ!」
高満が部屋を飛び出した、その瞬間。
『パパ、大変! 何者かの介入で配信が乗っ取られた!』
EMIの警告と同時に、モニターを支配したのは不気味に明滅するキツネのアイコンだった。
『あはは! 面白い番組だね! でも、主役の顔が映ってないよ。
代わりに僕が「遊び方」を教えてあげる!』
KITSUNEBI――狐火。
高満のツールに仕込まれていたバックドアの主。
「……新手か。本命が来たな」
誠司は即座にWebカメラの物理シャッターを閉じ、思考加速を三倍へと引き上げた。
闇に包まれた画面の向こうで、狐火という「真の怪物」が牙を剥いたのを感じた。
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