2-1 オーガという男
高満ことオーガは、白夜という魔の巣窟においても、救いようのないほどに「浮いて」いた。
犯罪者や社会不適合者の集まりであるこの組織では、実力こそが唯一の正義だ。
しかしオーガにあるのは、実力ではなく、肥大化した傲慢と、ガラス細工のように脆いプライドだけだった。
彼は典型的な「スクリプト・キディ」だった。
他人が書いたコードをコピーし、ボタンを押すだけで自分が天才になったと錯覚する人種。
失敗すればツールのせいにし、成功すれば自分の才能だと吹聴する。
はじめこそ、技術協力の名目でツールを提供していた白夜のエージェントたちも、やがて呆れ果て、彼からそっぽを向くようになった。
孤立を深めたオーガが縋ったのは、ダークウェブで見つけた「伝説のハッカーが愛用した」という触れ込みのツール群だった。
組織の潤沢な資金を投じて手に入れたその「最強の武器」は、本職が見れば一目でわかる代物だった。
UIこそネオンが光るサイバーパンク風に改造されているが、中身は十年以上前に淘汰された骨董品だ。
そんな化石を手に、「これで俺もスーパーハッカーの仲間入りだ」とイキり立つ姿は、組織内で「スーパーバカ―」と嘲笑の的になっていた。
上層部は彼を「使い捨ての駒」と割り切り、セキュリティの甘い中小企業へのランサムウェア(身代金要求)攻撃に従事させていた。
担当者不在の企業をいたぶるのは、古いツールでも容易だった。
倒産に追い込まれる企業を尻目に、オーガは全能感に酔いしれる。
しかし、そんな幸運は長くは続かなかった。
ターゲットとなった中規模工場のA社には、最新のクラウド型WAF(ウェブ・アプリケーション・ファイアウォール)が導入されていた。
どれほど派手なエフェクトが画面を走ろうとも、中身が十年前の攻撃コードでは、最新の防御壁を掠りもしない。
オーガは執拗に攻撃を繰り返したが、クラウド提供側の反応は冷ややかだった。
『またスクリプト・キディか。
一々相手にするな、時間の無駄だ』
ログに残された彼の痕跡は、脅威としてすら認識されず、ゴミ箱同然の扱いを受けていた。
だが、身の程を知らないオーガは攻撃を止めなかった。
しびれを切らしたクラウド企業は、ついに報復措置――アクティブ・ディフェンスを開始した。
オーガの接続元を特定し、白夜側のサーバーに逆ハッキングを仕掛けたのだ。
白夜のエンジニアたちは総出で火消しに追われる羽目になり、組織内のオーガへのヘイトは頂点に達した。
「使えないAIめ! なぜハックツールを生成しない!」
オーガは、デバイスに搭載されたAIに当たり散らしていた。
AIに組み込まれた倫理回路を突破するプロンプトさえ書けない無能を棚に上げ、彼は相棒であるはずの知能さえ敵に回した。
ついに見限った上層部は、オーガを山奥の山荘へと隔離した。
名目は「八咫烏攻略のための特別指令室」だが、事実は違う。
一般家庭並みの細い回線しか用意されないその場所は、組織のネットワークから切り離された、ただの「軟禁部屋」だった。
にもかかわらず、オーガは鼻の穴を膨らませて有頂天になっていた。
「ついに俺の城を与えられたか。
上層部も、俺の実力を認めざるを得なかったようだな」
彼が握りしめるのは、UIだけが最新の、中身が腐りかけた古いツール。
対するは、プロメテウス(柏木)によって極限まで思考加速された、八咫烏のノーフェイス。
組織は、彼が失敗した瞬間に粛清する準備を整えていた。
しかし、事態は誰も予想しなかった方向へと転がり始める。
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