2-0 プロローグ:白夜の旋律
秘密結社白夜。
その規模こそ八咫烏には及ばないものの、裏社会におけるその名は「恐怖」の代名詞だった。
ターゲットが善人であろうと悪人であろうと、彼らは等しく餌食にする。
この組織には、九つの爵位が存在する。
新人たる「騎士爵」から始まり、男爵、子爵……と積み上げ、頂点たる「王」へと至る絶対的な階級社会だ。
八咫烏との決定的な違いは、その出口のなさにある。
記憶を消去しての引退や、外部協力者としての共生を許す八咫烏とは違い、白夜において組織を去ることは「死」を意味する。
一度その門を潜れば、待っているのは永遠の忠誠か、あるいは無慈悲な粛清か。
その徹底した恐怖政治が、白夜という牙城を強固に保っていた。
今、冷たいコンクリートの地下室で、一つの命が終わりを迎えようとしていた。
「ひっ、助けてくれ……! 俺は、こんなところで終わる人間じゃない!
今までどれだけ貢献してきたと思っている! たった一度のミスで……!」
跪く男を、漆黒のゆったりとしたコートに身を包み、無機質な仮面を被った者たちが取り囲んでいた。
仮面の奥から響く声は、ボイスチェンジャーによって性別も年齢も剥奪された、ただの「死の宣告」だった。
「お前の最大の失敗は、身バレだ。
故に、粛清あるのみ」
「そんな……! 奴は仲間になる可能性があったんだ! 組織の拡大には、時に身を晒す危険も必要だろう!」
リーダーらしき人物が、一歩踏み出し、男の口に靴の先をめり込ませた。
「それ以上の弁解は無用だ。
……安心しろ、その『仲間になるはずだった男』は、一足先に天へ召された。
地獄でお前を待っている」
男の目が驚愕に見開かれる。
リーダーが軽く指を鳴らすと、部下の一人が男の眉間に銃口を押し当てた。
「さよならだ、子爵。
……いや、今はもうただの生ゴミか。
グッバイ。
次はもう少しマシな人生を歩むんだな」
リーダーが背を向けた直後、乾いた銃声が一発、地下室に響き渡った。
「……片付けておけ」
「はっ、承知しました」
崩れ落ちる物音を背に、リーダーは興味を失ったように廊下を歩き出す。
「今まで、我が組織の粛清から逃げ延びた者はいない。
……さて、最近加わったあの男は、どこまで持つかな」
その声には、期待など微塵も混じっていない。
「確か、オーガと言ったか。
自尊心だけは立派なようだが、腕はどうだ」
その時。
リーダーのワイヤレスイヤホンに、ノイズと共に不敵な声が割り込んだ。
『ノーフェイスには及ばない。
それは確かだね』
男とも女ともつかない、歪な電子音声。
「……狐火か。
どうやってこの周波数に紛れ込んだ」
『あはは! あの断罪の時、オーガはノーフェイスのハックを止められなかったでしょ? それにノーフェイスも言ってたじゃない。
「スクリプト・キディ」って』
狐火と名乗る者は、どこか楽しげに、饒舌に言葉を紡ぐ。
『あいつ、僕がネットに遊び半分で公開したバックドアツールをそのまま使っただけなんだ。
僕の痕跡——"KITSUNEBI"の署名が残ったままのツールをね。
情けないったらありゃしない』
「いつになく饒舌だな、狐火。
何かいいことでもあったのか?」
『あったよ! ノーフェイスのハック……あの無駄のない、研ぎ澄まされたコード。
神宮誠司でもこれほどの芸当はできないよ。
……いや、彼はもう神宮誠司の比じゃない。
執着を捨て、純粋な「悪意」へと進化したエンジニア。
あまりのコードの美しさに、僕は我を忘れたよ』
「……奴に手を出すつもりか?
こちらはオーガをぶつけて、ノーフェイスの真贋を測りたいところだが」
『だったらお先にどうぞ。
どうせオーガじゃ手も足も出ないさ。
どのみち粛清される運命なんだ、好きに使い潰せばいい。
……その後に、僕が彼に「アタック」してみるよ』
「好きにしろ」
『じゃあね。
バイビー』
不快な電子音が消え、静寂が戻る。
リーダーは忌々しげに耳元をなぞった。
「神出鬼没な奴だ。
……まあいい、利用価値があるうちは放置するさ。
上手くいけば、ノーフェイスと相打ちで自滅してくれるのが一番の収穫だ」
彼は廊下の奥、闇の中に消えていった。
誠司と柏木が、まだその存在すら知らぬ場所で、運命の歯車が回り始める。
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