1-9 バディ
八咫烏の「巣」に足を踏み入れた柏木は、周囲を埋め尽くす最新鋭のサーバー群やモニターを見渡し、鼻で笑った。
「ふん、悪くない設備だ。
だが、体がなっちゃいない」
「……どういう意味だ?」
誠司の問いに、柏木は不敵に笑い、壁一面のメインフレームを指差した。
「ソフトは魂だが、ハードは体だ。
どんなに高潔な魂があっても、それを支える頑丈な体がなきゃ、輝きは鈍る」
「ギガ・レイドのCTO様にはそう見えるのか。
これでも裏の世界では最高峰の設備なんだがな」
「事実を言っているだけだ。
誠司、お前のデバイス……EMIだったか。
そのスロットにmicroSDUCを無理やりねじ込んだのは認めるが、処理が追いついていなかったはずだ」
図星を指され、誠司は沈黙した。
「ロスレスで読み込めていれば、あの会見ジャックはもっと苛烈に、もっと鮮やかに、奴らを完封できていたはずだ。
違うか?」
「……否定はできんな」
そこへ、足音と共に大天使が現れた。
「君は確か、誠司の濡れ衣を唯一信じ、逮捕の際も警察に食ってかかった男だな。
まさかギガ・レイドのCTOだったとは」
「俺はダチが無実の罪で連れていかれるのが我慢ならねえだけだ」
柏木は傲然と大天使を見据えた。
「あんたがここでの誠司の上司か?」
「上司というか、実行エージェントを束ねる役割に過ぎない」
「なら話は早い。
俺をこの結社に入れろ。
そして誠司の面倒は俺が見る」
柏木の唐突な申し出に、大天使は眉を上げた。
「君が表の顔になり、ノーフェイスが裏を支えると?」
「どっちでも構わねえ。
ハードは俺が、ソフトは誠司が担う。
どちらが欠けても意味がないんだ」
誠司は呆れたように肩をすくめた。
「全く……ここは各方面のスペシャリストが集まる場所なんだ。
だから俺はEMIに出会えた。
お前の出る幕があるかどうか……」
『パパ、私はこの人を信じたい』
突然、EMIがスピーカー越しに意志を告げた。
「何故だ、EMI」
『この人は、あのカードをロスレスで読み込める道を作ってくれた人。
私たちがまだ成長できるなら、私はその可能性に賭けてみたいの』
愛娘の人格を宿したAIの願いに、誠司は観念した。
「……わかった。EMIがそう言うなら、お前に預けよう」
◆
一ヶ月後。
八咫烏のアジトに、無精髭を蓄え、眼窩を黒く沈ませた柏木が戻ってきた。
その手には、以前よりも無骨で、しかしどこか有機的な輝きを放つ漆黒のフルフェイス型デバイスが握られていた。
「寝る間も惜しんで作業したようだな。
昔から夢中になると周りが見えなくなる男だ」
「ふん、そのおかげで見違えるようになったぞ。
……EMIを付けてみろ」
言われるまま、誠司はデバイスを装着した。
その瞬間。
世界から音が消え、周囲の動きが極端にスローモーションへと変わった。
いや、世界が遅くなったのではない。
誠司の思考そのものが、爆発的に加速しているのだ。
「これは……EMI、何をした?」
『思考加速だよ、パパ。
今、パパの脳内演算は通常の六倍に達しているわ。
この状態なら、いつもの六倍の速度でコードを組み上げられる』
集まっていたエージェントたちが、異様な気配を放つ誠司と柏木を交互に見て、どよめきに包まれた。
一人の技術者が、震える声で呟く。
「……その機能、我々も実装を試みて失敗し、封印したはずのプロトタイプだぞ」
「ああ、ゴミ溜めの中に眠っていた設計図を見つけたんでな」
柏木は自信たっぷりに言い放った。
「ボトルネックだったNPUを限界まで集積し、一万倍に引き上げた。
副作用としてEMIの人格がより『人』に近づいたが、今のこいつは、持ち運べるスーパーコンピュータだ」
『パパ、大丈夫? ちょっと気持ち悪そうだけど』
「ああ……EMI、通常モードに復帰してくれ。
加速された感覚に酔いそうだ」
『了解、パパ』
一瞬で視界が元に戻る。
EMIの気遣いと滑らかな会話に、野次馬たちは再び驚愕した。
「これで文句はないだろう。
俺を八咫烏に入れろ」
大天使は満足げに頷き、柏木に歩み寄った。
「認めよう。
君のコードネームは『プロメテウス』だ。
天界から火を盗み、人類にもたらした神の名にちなんで。
ノーフェイス、彼とのバディを許可する」
「プロメテウスか、気に入った。
……これからよろしくな、誠司。
いや、ノーフェイス」
「相変わらず暑苦しい男だ。
……だが、悪くない」
論理の化身・ノーフェイスと、技術の火を灯すプロメテウス。
最強のバディがここに誕生した。
この再会が、やがて来る数奇な運命の巨大な分岐点になることを、この時の二人はまだ知らない。
――第一部 完――
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