1-0 プロローグ
窓のない部屋。
唯一の光源は、壁一面に並んだモニターが放つ、冷徹な青白い光だった。
その光の中心に、フルフェイスのサングラスをかけた男が座っている。
顔は見えない。
ただ、呼吸だけがそこにあった。
「……フゥ……フゥ……」
規則正しいが、どこか重い息づかい。
吐き出された熱が、サングラスの内側を一瞬だけ白く曇らせ、すぐに消える。
その曇りだけが、彼が“生身の人間”であることを示す、唯一の証拠だった。
静寂を破るように、耳元の通信デバイスが反応する。
男がカスタマイズしたAIアシスタント――EMI。
幼い少女のように澄んだ声が、淡々と告げた。
『パパ。
敵の第4ファイアウォールが展開されたよ。
今まで侵入を試みた八咫烏のエージェントは、全員ここで“墜落”してる』
「……問題ない」
男は、モニターから目を離さずに答える。
「彼らは“正門”から入ろうとした。
俺は――“門”という概念そのものを書き換える」
『さすが、パパ。
……左からバックドアが開く。
3、2、1……今』
キーボードを叩く音が、短く響いた。
次の瞬間、モニターの中央に文字が浮かび上がる。
《ACCESS GRANTED》
『成功だよ。
拍子抜けしちゃうね。
八咫烏の先輩たちが、歯が立たなかったサーバーなのに』
男は答えなかった。
そのまま沈黙し、画面に流れるログを凝視する。
「…………おかしい」
『え?』
「……抵抗がなさすぎる。
ノイズの一音、パケットの遅延一つない。
出来すぎている」
男の指が止まる。
「まるで――
最初から、招き入れられているみたいだ」
サングラス越しに、冷たい光が反射する。
「EMI。
ターゲットの基本情報を、再スキャンしろ」
『了解』
男は低く続けた。
「……高満が、
こんな“脆い城”に立てこもるはずがない」
モニターに、ネットワーク構成図が映し出される。
それを見た瞬間、男の手が完全に止まった。
「……待て」
『どうしたの?』
「この現場のWi-Fi設定を表示しろ」
『え? そんなの簡単だよ。
……はい、表示した。
……あれ?』
「DHCPが有効……?
IPが自動割り当てだと?」
男の声に、わずかな怒気が混じる。
「グローバル企業の重要拠点が、
家庭用ルーター並みの設定なわけがない」
『SSIDも……パスワードも、
メーカー出荷時設定のままだよ。
パスワードは……“admin”と“password”』
一瞬、室内の温度が下がった気がした。
これは、設定ミスではない。
「……舐められたものだな」
男は静かに言う。
「罠ですらない。
これは――“招待状”だ」
『……セキュリティを構築したやつらの?』
「ああ。
これくらいで入れるだろうってな」
唇が、わずかに歪む。
「奴は、俺達を試している。
いや――嘲笑っている」
男は、キーボードから手を離した。
「EMI。
侵入を一旦中断。
ログを遡る」
『どうして?』
「……これは高満の“手口”だな。
俺と、よく意見の衝突をしていた」
モニターの光が、激しく明滅する。
画面をノイズが覆い尽くした。
やがて、そのノイズが晴れたとき――
そこは、冷たい闇ではなかった。
そのログに刻まれていたコードを見た瞬間、
俺の意識は、過去へと引きずり込まれた。
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