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不殺の英雄  作者: 金木優
第一章 灯火の英雄
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第一章 第三話 「剣」

 アラトの起床時間は登校時間に間に合うギリギリの八時。

 眠る時間を多く確保するため、必要最低限の身支度の時間があれば十分。朝飯も食べない。

 自堕落と言えば、否定はしないがそれでも一秒も惜しまず寝ていたいと明確な意志を持っていた。

 要は早起きは嫌い。


「何サボってんだ」


 ハイメは木刀を振り払い、上裸の背中を躊躇いもなく叩く。


「痛っ!すみません!」


 涼し気な風が火照った肌を冷やし、空が白み始め段々と空が色を取り戻している。


「怠けていた罰だ。素振り二百回追加」

「鬼ババア…」

「何か言ったか?」

「いえ何も」


 アラトは木刀を中段に構え、宙を切り始める。

 


◆◆◆


「お疲れ様。ご飯できてるよ」

「ありがとうティア」


 アラトは席に座り、暖かい朝食にありつく。ハイメはアラトの隣に座り、ティアが淹れた紅茶を静かに啜る。

 この慎ましい家には茶髪で糸目の女性、ティアとその友人であるハイメが住んでいる。

 ティアは母性溢れる女性で、料理もプロ並。非の打ち所のない温和な性格だ。

 ゆくあてもないアラトを文句も言わず居候として住まわせてくれている。


「傷の調子はどう?」


 ティアは出来たてのスープを各々の前に運び、アラトの真向かいに座る。


「万全とまではいかないけど、支障は無いかな」


 どちらかと言えば素振りでの筋肉痛のが痛むぐらいだ。アラトは腕を回し、固まった筋肉をほぐす。


「ハイメ、あまり無茶させちゃダメよ」

「私の弟子になったんだ。これくらいでへこたれては困る」


 窘めるティアをハイメは一蹴する。

 

「素振り千本がこれくらい…」


 ハイメに弟子入りしてから、ゴブリンとの戦闘での傷が癒えるくらいの時間が過ぎた。

 ハイメの提案は、アラトに自衛方法やこの世界についての知識を教授する代わりに、小間使いとして身の回りの雑用をする、というものだった。

 アラトとしては、願ってもない申し出だ。

 衣食住は保証されるし、右も左もわからないこの世界で一人で生きていくのは無謀だ。

 そして知識の地盤が固まったら、以前いた世界での知識を使って学会に革命をもたらすのもいいし、商いで成功を収めるのもいい。

 冒険者になって、異世界ハーレム生活を送ってもみたかったが、忌々しい呪いのせいでそれは叶わないだろう。チートスキルもあれば話は別だが。

 そう今後の展望を甘く夢想していたが、早くも打ち砕かれることになる。

 傷が癒えてからというもの、日の出が出る前に起き、腕立て腹筋スクワットをそれぞれ百セット。

 次に疲弊した肉体を労ることもなく木刀での素振り千回。

 剣道をかじっていた功を奏して、素振りは多少楽だが、それでも雀の涙程度のもの。

 朝は身体の土台作りの筋トレ。昼からはこの世界についての座学。座学が終わったら、掃除やお使いやらの雑用をこなし気づけば一日が終わる。


「先生、もうちょい寝ていたいんですが」


 アラトは師としてハイメのことを先生と呼ぶようにした。何故か最初は呼ばれることに躊躇いを感じていたが、慣れたらしく受け入れている。


「今日から基礎訓練だけじゃなく、実践も踏まえた剣術訓練も追加する」

「そんな…」


 ハイメはテキパキと朝食を済ませ、食器を片付ける。


「それと例の掃除も忘れるなよ。昼前までには戻れ」


 そう言い残し、ハイメは二階にある自身の部屋に向かう。

 

「全く、ハイメは昔っから弟子をぞんざいに扱うんだから」


 ティアは頬を膨らませ、腰に手を当てハイメが立ち去った方向を見つめる。

 ティアとハイメは幼なじみらしく、長い付き合いらしい。

 

「私も手伝おうか?」

「大丈夫。ハイメに任された仕事だから」


 ご馳走様でしたとアラトは手を合わせ、食器を片付ける。

 ハイメには大小様々な雑用を任せられるが、その中でもこの仕事は特に丁寧にと命を受けている。

 アラトは庭に出て、井戸から水をバケツに汲む。最初は見たこともない設備に戸惑ったが今は慣れたものだ。

 村の門兵に軽く会釈をし、正門から外に出る。向かう場所はハイメと最初に出会った花々が咲きみだれる庭園。

 その庭園の中央に、五体の銅像が並んでいる。

 かつてこの世界は悪神達が支配していた。ゴミのように人々を殺し、犯し、奪い続け、人々は息を潜むように生きていた時代があった。

 その時代を終わらせた五人の大英雄。この銅像の元となった人物達だ。

 彼らの功績を称え、五大英雄の師であるハイメが建てた。

 悪神を討ち滅ぼしたのは50年も前のことだそうで、銅像は雨に打たれ風に吹かれ年季が入っている。


「50年前って、最低でもその師匠であるハイメはそれ以上の歳ってことだけど…」


 外見は20前半くらいに見えるが…。そうなると昔馴染みであるティアも同い年くらいか。  

 女性の歳を勘繰るのは無粋だな、とアラトは雑巾を水につけ、銅像に擦り続ける。

 ゴブリンが再び現れないか冷や冷やするが、この付近一帯はハイメがゴブリンの一族に対し、口を利かせているらしく村には近寄ってこないとのことだ。

 アラトが襲ったゴブリンはイレギュラーで、この一帯に住まうゴブリンではないらしい。

 要らぬ不安を抱えながら一通り掃除が終わると、アラトは村へと踵を返す。

 家へと戻る道中、こじんまりとした老婆が手招きをしてきた。


「村には慣れたかの?」


 お陰様で、とアラトはお辞儀をする。彼女はこのピンケット村の村長で柔らかな物腰の老婆だ。

 アラトの出自と呪いについては、ハイメとティア以外には秘密にしている。異世界からの迷い人は前例があるそうで、異教徒として排斥された過去があるらしい。

 不殺の呪いについても、虐殺を行った罰として呪われるという類いの話が多く、体裁が悪い。

 外向きには、奴隷商から命からがら逃げだし、その悲惨な生活から精神が病み記憶を失っている、という設定になっている。


「ハイメ様は近頃笑顔が垣間見え、楽しげなご様子だ」

「そうですか?先生はいつも怒鳴ってばっかですけど」

「ハッハッハッ。そうかいそうかい」


 村長は天を仰ぎながら軽快に笑う。

 

「ここは魔国との国境沿いじゃ。なのにこのように平穏な日々を過ごせるのは灯火の英雄であるハイメ様のお力添えがあってこそ」


 英雄。偉大な功績や、誉れある逸話を残した者に与えられる称号。

 ハイメがなぜ灯火の英雄と呼ばれているかは謎。明るくてハッピーな性格だからなのか。


「そしてこの村も昔、ハイメ様の弟子に危機を救ってもらったことがある」


 村長は目を閉じ、瞼の裏にかつての情景を思い浮かべる。


「五大英雄の一人、暴虐の英雄にな」


 先程磨いていた五人の英雄の銅像。確か真ん中の男がそんな物騒な名前だった気がする。

 

「彼女の育てた弟子は余すことなく皆英雄になっておる。お主も例外では無いぞ」


 疑いもせず、ニヤリと笑みを浮かべる村長にいやいやと首を横に振る。

 呪いのせいで、虫すら殺せないヒョロガリに何を期待しているのか。

 危険とは程遠い世界で自堕落な生活を送ってきた自分に偉大な何かを成し遂げられるとは到底思えない。


「ハイメ様によろしくの」


 老婆はハッハッハッと笑い、アラトの元から立ち去る。

 ハイメは村中の人々から慕われている。アラトからすれば、鬼のような存在だが長く彼女と過ごしている村民達からの印象は違う。

 まあ唐突に現れたアラトの命を救い、その後の面倒まで見てくれている。自分にメリットが無いにも関わらず。   

 考えを改めなくてはいけないなと猛省しながら家に戻る。


「遅いじゃないか」


 庭で仁王立ちになったハイメを見て、先程まで猛省もどこかに吹っ飛び、背筋に嫌な汗が流れる。


「すみません、村長と話をしていて!」


 すかさず地面に土下座をするアラト。ハイメは何かと時間に厳しい。

 恐らくアラトの帰ってくる時間を見越して待っていてくれたのだろう。


「まあいい。朝も言った通り、剣術指南を始める」

「あの先生……。差し出がましいようで言い難いんですが…。その…」


 煮え切らない態度にハイメは顔をしかめ、「なんだはっきり言ったらどうだ」と急かす。


「剣術訓練って必要ですか?そもそも俺は呪われているから攻撃手段は必要ないと思いません?」

「君のその呪いは殺意を持ち、実行することで発動する代物だ。害意からの防御は無論、殺害に至らない攻撃、例えば相手の武器を叩き落とすとかは可能だろう?」


 理路整然な物言いにアラトは開いた口を閉ざす。

 そんなこと言われるまでもなく理解している。 この世界で生き延びるには、ある程度の自衛能力は必要だ。魔法や魔術なんてものがあれば、是非そちらを履修したいところだが、何百年も前にその技術は途絶えたらしい。

 ハイメのような神から与えられ、特殊能力を操る人間もいるそうだが、今のところアラトにその兆しはない。

 よって手頃な剣や槍等の物理的で原始的なもので生存能力を培わなくてはならないのだが、アラトはどうしても剣を握るのに躊躇う理由があった。 それは単純なコンプレックス。

 アラトの養父は、剣道界に名をはせる老人で、その教え子であるアラトも周りから期待されていた。 だがその羨望も虚しく、剣の腕は凡人以下で才能不在の有様。

 竹刀と防具が埃まみれになるのに時間はかからなかった。 アラトにとって、この一度逃げ出した剣の道に再び足を踏み入れることが、何よりも恐ろしい。

 師と呼ぶハイメに落胆されてしまうのではないか。

 また何もかも投げ出して逃げてしまうのではないか。

 自分を失望させてしまうのではないか。

 そんな負の考えが、頭の中をぐるぐると渦巻く。

 その雑念を断ち切るように、突然ハイメの声が軽く響く。


「おい、何をゴチャゴチャ考えている」


 不意に飛んできた声に、アラトは肩を震わせた。


「い、いや……すみません」

「君は本当に謝るのが好きだな」


 ハイメは木剣をアラトへ差し出したまま、じっと見つめてくる。

 逃げ場のない、しかし責めるでもない視線。


「君は──剣に何を乗せたい?」


 その言葉に、アラトははっとした。 あの日、剣の道の全てに自身の才能に絶望したあの瞬間。 その最中、ある人が放った言葉。


「先生がどうして、その言葉を──」


 言いかけて、アラトは気づく。

 ハイメは人の性質や記憶を見通すことが出来る。

 ならば、アラトの胸の奥に沈む暗い記憶まで読み取り、この場に最もふさわしい言葉を選び取ったに違いない。 ──だが彼女の言葉には作り物めいた冷たさも、嘘を隠したよそよそしさも微塵もなかった。

 彼女の本心から出た言葉なのか。必然か偶然か。ハイメはもう一度機会を与えてくれた。あの日違えた選択の再選を。


「──いつかの後悔と懺悔と」

 アラトは木剣の柄をしっかりと握りしめる。 今度こそ、決して手放さないと誓うように。

 指が軋むほど、深く。


「それと、今はただ……」


 一度息を吸い、ハイメの瞳を鋭く見つめる。


「己の弱さを、剣に乗せたいです」


◆◆◆


 夜も更け、オイルランプのやわらかな光が、静まり返ったリビングを満たしている。

 炎はわずかに揺れ、壁に映る影が呼吸するように伸び縮みしていた。


「アラトはもう寝たの?」

「ああ。今日は特別しごいたからな。泥のように眠っているよ」


 ハイメとティアは小さなテーブルを挟み、湯気の立つ紅茶を静かに運ぶ。カップがソーサーに触れる音だけが、やけに大きく響いた。

 しばらく沈黙が続いた後、ハイメはそっと視線を落とした。


「……どうしたの?そんな懐かしむような顔をして」


 ティアの問いに、ハイメはすぐには答えない。

 視線を落とし、ランプの光に揺れる紅茶の色を追う。


「あの子に妙な既視感を覚えたんだ」

「アラトに?」

「あの子と剣を交えて、ほんの少しだけど……懐かしい気持ちが湧いた」

「そんな感傷的なことを言うなんて、ハイメらしくない」

「そうだな。自分でもらしくないと思う。でもほんの少しあいつが頭によぎってしまったんだ」

「誰を?」


 ティアの問いかけに、ハイメは目を伏せ逡巡する。

 ありえない──そう理解しているからこそ、言葉にするのを躊躇った。

 その人物は大英雄と呼ばれ、世界を救い、そして死んだ。

 違う世界の住人であるはずのアラトと彼に接点などあるはずもない。

 それでも、アラトの拙い剣術の端々に彼の匂いが微かに漂ってきた。

 そしてハイメはぽつりと零れるように呟く。


「暴虐の英雄を」

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