第4話 車輪の予知
山道三日目、正午前。
馬車は山道の最も険しい区間に差し掛かっていた。左側は切り立った崖、右側は深い谷。道幅も狭く、すれ違いも困難な場所だった。
セレナは窓から外を見て、確信した。
『ここだ。ゲームではここで車輪が...』
記憶の中の映像と、目の前の景色が完全に一致している。もうすぐ、あの急カーブが現れるはずだ。
カイルは慎重に馬車を進めていたが、特に異常は感じていなかった。昨日修理した車輪は、順調に動いている。
メアリーは相変わらずセレナの様子を観察していた。
「セレナ様、何か感じられますか?」
「...そうね」
セレナは曖昧に答えながら、タイミングを計っていた。早すぎても遅すぎてもいけない。
そして、前方に急カーブが見えてきた。
『今だ!』
「ここで止まって!」
セレナが突然叫んだ。
カイルは驚いたが、即座に手綱を引いた。
「どうされました、セレナ様?」
「すぐに馬車から降りて。全員」
有無を言わせぬ口調だった。
『イベントフラグ立ってる。絶対に何か起きる』
セレナの真剣な表情を見て、全員が馬車から降りた。
そして、カイルが車輪を確認しようと馬車に近づいた、その瞬間。
ガタン!
大きな音と共に、修理したばかりの車輪が完全に外れた。
馬車が大きく傾き、そのまま谷側にずり落ちそうになる。
「危ない!」
カイルが慌てて飛び退く。
馬車は辛うじて道に留まったが、もし走行中だったら...そして人が乗っていたら...
全員が青ざめた。
✦ ✦ ✦
「セレナ様、本当に見えたのですか...未来が」
カイルの声は震えていた。
護衛騎士として多くの危険を経験してきたが、こんなことは初めてだった。セレナ様が止めなければ、全員が谷底に転落していたかもしれない。
メアリーは感動のあまり涙を流している。
「奇跡です...セレナ様は本当に予知能力をお持ちなのですね」
リリィとローズも手を取り合って震えている。
「セレナ様が救ってくださった...」
「命の恩人です...」
セレナは困惑していた。
『いや、ゲームの知識なんだけど...でも説明できないし』
しかし、カイルの目には別のものも映っていた。
護衛騎士としての観察眼が、小さな違和感を捉える。
『セレナ様は確かにこの場所で止まると予知された。だが、まるで以前にもここを通ったことがあるような...』
カイルはセレナの横顔を見た。窓の外を見つめるその表情には、予知をした者の緊張ではなく、まるで既知の事実を確認しているような落ち着きがあった。
『未来を見るというより、まるで過去を思い出しているような...いや、そんなことはあり得ない』
カイルは頭を振った。今は、全員が無事だったことを喜ぶべきだ。しかし、この違和感は心の片隅に残った。
「とりあえず、馬車をなんとかしないと」
セレナが現実的な提案をする。
✦ ✦ ✦
幸い、すぐ近くに小さな集落があった。
事情を聞いた村人たちが、総出で助けに来てくれた。
「まあ、危ないところでしたね」
「でも、どうして事前に分かったんです?」
村人たちの問いに、メアリーが答える。
「セレナ様には、特別な力が...」
「メアリー」
セレナが制止しようとしたが、もう遅い。
「まさか、予知能力を?」
「都から来た聖女様だという噂は本当だったのか」
村人たちがざわめき始める。
そのうちの一人、老人が前に出た。
「三十年前、似たような話を聞いたことがある」
全員が注目する。
「王都に、三歩先の未来が見える聖女がいたと。その方も、馬車の事故を予知して多くの命を救ったそうだ」
メアリーが食いつく。
「その方は今どちらに?」
「分からん。ただ、三人の聖女が現れる時、王国に大きな変化が起きるという言い伝えがある」
セレナは嫌な予感がした。
『三人の聖女?冒頭のフラッシュフォワードで聞いたような...やばい、フラグ?』
『ロードサービス...人力版でもいいから早く来て』
セレナは心の中で現実逃避しながら、村人たちの作業を見守った。
✦ ✦ ✦
馬車の応急修理が終わり、なんとか動けるようになった。
しかし、完全な修理は大きな町でないと無理だという。
「ゆっくり進めば、辺境の町までは行けるでしょう」
村の鍛冶屋が保証してくれた。
セレナはお礼を言い、修理代を払おうとしたが、また断られた。
「聖女様から金銭をいただくなんて」
「それより、村の守り神になってください」
『守り神って...重すぎる』
セレナは困り果てたが、村人たちの純粋な気持ちを無下にもできない。
「私なんかが守り神だなんて...でも、皆さんの優しさは忘れません」
その謙虚な言葉に、村人たちはさらに感動した。
✦ ✦ ✦
午後、一行は慎重に山道を下っていった。
もうすぐ辺境の町が見えてくるはずだ。
馬車の中で、カイルが口を開いた。
「セレナ様、一つお聞きしてもよろしいですか」
「何?」
「予知は...いつも見えるのですか?」
鋭い質問だった。カイルは完全には納得していない。何かがおかしいと感じている。
セレナは少し考えてから答えた。
「時々、嫌な予感がすることがある。それだけよ」
「なるほど...」
カイルは それ以上追及しなかったが、心の中では考え続けていた。
『セレナ様には何か秘密がある。でも、それは悪いものではない。むしろ...'
メアリーは興奮気味に手帳に書き込んでいる。
『予知能力についての考察
セレナ様は「三歩先の未来が見える」という。
今回の車輪の件で、それは証明された。
きっと他にも様々な能力をお持ちのはずだ。
これから辺境で、その力がさらに開花するのではないだろうか』
『三歩先じゃなくて、ゲーム1周分先なんだけどね』
セレナは心の中でツッコミを入れた。
✦ ✦ ✦
夕方、ついに辺境の町が見えてきた。
山に囲まれた小さな町。王都とは比べ物にならないほど質素だが、それがセレナには心地よく見えた。
「やっと着いた...」
長い旅路の終わりに、セレナは安堵の息をついた。
しかし、町の入り口には既に人だかりができていた。
「聖女様が来られる」
「車輪の予知をした方だ」
「光の奇跡の令嬢」
噂は既に町中に広まっていた。山道での出来事も、既に誇張されて伝わっている。
町長らしき人物が進み出た。
「ようこそ、セレナ様。私どもの町にお越しいただき光栄です」
深々と頭を下げる町長に、セレナは戸惑った。
「あの、私はただの追放された者で...」
「ご謙遜を。皆、セレナ様のことは聞いております」
どうやら、もはや「追放された悪役令嬢」ではなく「聖女様」として認識されているらしい。
✦ ✦ ✦
その夜、町の宿で、セレナは一人考え込んでいた。
『地味な生活...無理じゃない?こんなに注目されて』
窓の外では、町の人たちがまだ騒いでいる。明日からの新生活に、期待と不安が入り混じっていた。
メアリーが部屋に入ってきた。
「セレナ様、明日から新しい生活が始まりますね」
「ええ...」
「きっと素晴らしい日々になりますよ」
メアリーの目は輝いている。手帳には既に、これからの計画がびっしりと書き込まれているのだろう。
カイルも顔を出した。
「明日、新居の確認に行きましょう。警備上の確認も必要ですので」
「ありがとう、カイル」
カイルは一礼して出て行ったが、扉の向こうで立ち止まった。
『セレナ様の秘密...いつか分かる日が来るのだろうか』
しかし、今はセレナ様を守ることが最優先だ。疑問は心の奥にしまっておこう。
✦ ✦ ✦
メアリーの日記
『車輪の予知 - 聖女伝説の始まり
今日、セレナ様の予知能力が完全に証明された。
急カーブでの車輪崩壊を事前に察知し、全員の命を救った。
これで確信した。セレナ様は本物の聖女だ。
勘違いレベル:
レベル1:くしゃみ→天の祝福(完了)
レベル2:車酔い→深い瞑想(完了)
レベル3:ゲーム知識→未来視(完了)
明日から始まる辺境での生活。
きっとさらなる奇跡が起きるだろう。
私は全てを記録し、後世に伝える。
セレナ様の偉大な足跡を。
追記:
カイル殿は何か疑問を抱いているようだ。
でも、きっと彼もやがて理解するだろう。
セレナ様の偉大さを』
日記を書き終えたメアリーは、満足そうに手帳を閉じた。
明日からの新生活。セレナ様の聖女としての活動が、いよいよ本格的に始まる。
その頃、セレナはベッドで寝返りを打ちながら考えていた。
『とりあえずイベント1は終わった...よね?次は辺境での農業イベントだっけ』
ゲームの記憶を辿りながら、セレナは目を閉じた。
こうして、断罪から始まった旅は終わりを迎えた。
しかし、これは終わりではなく、始まりに過ぎなかった。
辺境での「地味な生活」が、さらなる誤解と奇跡を生み出すことになる。
セレナの願いとは裏腹に、聖女伝説は加速していく。
一方、その頃王都では。
宰相アルフレッドは執務室で、届いたばかりの報告書を読んでいた。
「車輪の予知、ね...興味深い」
白い髭を撫でながら、彼は考え込む。三十年前にも似たような報告があった。あの時も『聖女』と呼ばれた者がいた。
「失礼します」
扉をノックして入ってきたのは、淡い青のドレスを着た女性だった。
「エリザベート殿、お待ちしておりました」
「宰相様。例の件、お聞きしました。リュクス令嬢が辺境で奇跡を起こしているとか」
エリザベート・フォン・ローゼンベルクは、王国随一の治癒術師として知られていた。彼女自身も『聖女候補』と呼ばれることがある。
「ええ。光の奇跡に続き、予知まで。実に興味深い」
「私も気になります。もしかしたら...」
エリザベートは言葉を切った。古い言い伝えが頭をよぎる。三人の聖女が揃う時、という。
「時期が来れば、会うことになるでしょう」
宰相は窓の外を見た。辺境の方角に目を向けながら、小さく呟く。
「楽しみですな」
✦ ✦ ✦
翌朝、辺境の宿で目覚めたセレナは、新しい一日を迎えた。
窓から差し込む朝日が、これからの生活の始まりを告げている。
『さて、今日から地味な生活スタート...できるといいな』
希望的観測を抱きながら、セレナは身支度を始めた。
辺境での新しい生活が、いよいよ始まろうとしていた。
お読みいただきありがとうございました。
ついに辺境の町に到着したセレナ。車輪の予知で完全に「聖女様」として認識されてしまいました。王都では宰相と治癒術師エリザベートの不穏な動きも。三人の聖女とは?
次回から辺境での新生活編。セレナの失敗がどんな「奇跡」を生むのか、お楽しみに!
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