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失敗聖女の異世界革命 ~地味に生きたいのに、なぜか文化が変わる件~  作者: 宵町あかり


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第14話 薬草と治療

朝もやが村を包む中、セレナ・リュクスは教会使者マルコと朝食を共にしていた。

昨夜のファッションショーの余韻がまだ村には残っている。広場には松明の燃え残りがあり、ランウェイの痕跡も見える。教会使者は既に王都への報告書を書き上げ、今日の午後には出発する予定だった。


その時、村の入り口から慌ただしい声が聞こえてきた。


「医者はいないか!急患だ!」


隣村から来た農夫が、荷車に病人を乗せて駆け込んできた。

十歳ほどの少年が、高熱に苦しんでいる。顔は赤く腫れ上がり、全身に謎の発疹が広がっていた。


村の薬師ガブリエルが急いで診察に向かった。五十五歳の彼は、この地方で最も経験豊富な薬師の一人だ。しかし、その顔は次第に青ざめていった。


「これは……私の手には負えない」


長年の経験でも見たことがない症状。熱は四十度を超え、発疹は刻々と広がっている。このままでは命に関わる。


少年の母親マリアが、必死の形相でセレナに縋りついた。


「聖女様!息子を助けてください!」


四十歳の彼女は、藁にもすがる思いだった。隣村でも治療法が見つからず、最後の希望としてこの村まで来たのだ。


「お願いです、奇跡を……」


セレナは困り果てた。


――WebMD……診断できないけど、そもそも医学知識ゼロだし。


しかし、村人たちの期待の眼差しが一斉に向けられている。

四つの文化革新を成し遂げた聖女なら、医療でも奇跡を起こせるはず。そんな確信に満ちた視線だった。


その時、もう一人の人物が現れた。

旅の薬売りを名乗る男、エドモンド。三十五歳の彼は、実は魔術師ギルドから派遣された密偵だった。聖女の真偽を確かめるため、商人に扮して潜入していたのだ。


「私も薬草の知識があります。お手伝いできれば」


懐疑的な目で状況を観察しながら、さりげなく近づいてきた。


――これで聖女の実力が分かるはずだ。医療は誤魔化しがきかない。


彼の鋭い観察眼が、セレナの一挙手一投足を捉え始めた。


✦ ✦ ✦


午前中、セレナは薬草庫へと向かった。

村長の屋敷にある薬草保管庫には、様々な種類の薬草が並んでいる。乾燥させたもの、粉末にしたもの、原型を留めているもの。どれも薬師ガブリエルが丁寧に管理してきたものだ。


セレナは棚を見回しながら、途方に暮れていた。

薬草の名前も効能も、まったく分からない。


「えっと……これは?」


適当に手に取った薬草を、匂いを嗅いでみる。

甘い香りがした。それだけで「いいかも」と思って籠に入れた。


次に目についた赤い実。

見た目が綺麗だから、これも入れてみる。


青い花の乾燥したもの。

なんとなく涼しげな感じがするから、熱に効きそう。


黒い根っこ。

見た目は悪いけど、苦い薬は効くイメージがある。


そして最後に、紫色の葉。

理由は特にないが、なんとなく神秘的だから。


――処方箋……自己判断危険だけど、他に方法ないし。


薬師ガブリエルが、セレナの選んだ薬草を見て顔面蒼白になった。


「せ、聖女様!その組み合わせは!」


甘い香りの薬草と赤い実を一緒に使うと、通常は激しい下痢を引き起こす。

青い花と黒い根を混ぜれば、嘔吐が止まらなくなる。

そして紫の葉は、単体でも軽い毒性がある。


全てを混ぜたら、確実に症状を悪化させるはずだった。


「いや、まさか……」


しかし、ガブリエルの脳裏に一つの可能性が浮かんだ。

古代の医術書に、失われた調合法の記述があった。一見毒に見える組み合わせが、特定の配合で奇跡の薬になるという伝説。


「まさか、その失われた技術を?」


隣村から同行してきた医者ルーカスも、作業を見守っていた。

四十五歳の彼は、都で医学を学んだ経験もある。


「医学的にありえない組み合わせだ」


理論と常識が、激しく警鐘を鳴らしている。

しかし、セレナの落ち着いた様子を見ていると、何か深い考えがあるのではないかと思えてくる。


看護役のテレサが、薬草を擦り潰す準備を始めた。

三十歳の彼女は、長年ガブリエルの助手を務めてきた。


「聖女様の調合法を、しっかり見ておかなければ」


歴史的瞬間に立ち会っているという自覚が、彼女を突き動かしていた。


セレナは適当な分量で薬草を混ぜ始めた。

スプーン一杯のはずが三杯入れてしまったり、つまむ程度のところを握りこぶし分入れてしまったり。


その様子を、エドモンドが鋭く観察していた。


――でたらめだ。完全にでたらめな調合。


魔術師として薬学も学んだ彼には、この調合の危険性が分かる。

しかし、魔力の流れを感じ取ろうとしても、セレナから魔力は感じられない。


――魔術も使っていない。一体何をしているんだ?


困惑が深まっていく。論理的思考が通用しない、理解不能な現象。


混ぜ合わされた薬草が、突然不思議な変化を起こした。

最初は茶色い泥のような色だったものが、徐々に紫色に変化していく。


実は、セレナが適当に選んだ薬草の組み合わせが、偶然にも特殊な化学反応を引き起こしていた。通常は毒になる組み合わせが、特定の温度と湿度、そして春の空気中の花粉が触媒となって、全く違う性質の薬に変化したのだ。それは百万分の一の確率でしか起きない、奇跡的な偶然だった。


そして、煙が立ち上り始めた。

その煙は七色に変化しながら、甘い香りを放っている。


✦ ✦ ✦


正午、ついに薬が完成した。

紫色の液体が、不思議な光沢を放っている。見た目は毒薬のようだが、香りは花のように甘い。


薬師ガブリエルが震え声で言った。


「これは……伝説の『虹煙薬』に似ている」


千年前に失われたという幻の薬。

七色の煙を出し、どんな病も治すという。しかし、製法は完全に失われていた。


「まさか、聖女様はその製法をご存知だったのか」


医者ルーカスも、医学書を思い出していた。


「『矛盾の調合』という古代の技法がある」


毒と薬は表裏一体。

正反対の性質を持つものを適切に組み合わせることで、想像を超えた効果を生む。理論では説明できないが、実例が古文書に残されている。


「しかし、その配合を知る者はもういないはず」


エドモンドの分析も限界に達していた。


「魔術的にも、薬学的にも、説明がつかない」


理解不能。

それが正直な感想だった。しかし、目の前で起きていることは確実に現実。七色の煙と、甘い香りと、紫色の液体。


セレナは少年の母親に薬を渡した。


「これを飲ませてください」


マリアは震える手で薬を受け取った。

見た目は恐ろしいが、聖女様を信じるしかない。


少年の口に、少しずつ薬を流し込む。

苦いかと思いきや、少年は嫌がらずに飲み込んだ。甘い味がするらしい。


――サプリメント……効果不明だけど、飲んでくれた。


一分、二分と時間が過ぎていく。

皆が固唾を呑んで見守る中、変化が起き始めた。


少年の額から、大量の汗が噴き出した。

熱が急速に下がっていく。四十度あった体温が、みるみるうちに平熱に近づいていく。


そして発疹も、端から徐々に薄くなり始めた。

赤く腫れ上がっていた顔も、普通の肌色を取り戻していく。


「あ……お母さん?」


少年が目を開けた。

意識がはっきりしている。苦しそうな表情も消えている。


「元気になった!」


マリアが息子を抱きしめて泣いた。

奇跡が起きた。本物の奇跡が。


✦ ✦ ✦


午後になると、薬草庫の前に人だかりができていた。

奇跡の治療の噂は瞬く間に広まり、村中から、そして近隣の村からも病人が運ばれてきた。


薬師ガブリエルは、完全に価値観が崩壊していた。


「五十五年の経験が無意味だった」


しかし、それは絶望ではなく、新たな希望の始まりだった。


「聖女様、弟子にしてください!」


パン職人のジャック、仕立て屋のマーガレットに続き、三人目の弟子入り志願者となった。


彼の転向は、医療関係者たちに衝撃を与えた。

この地方で最も尊敬される薬師が、自らの知識を捨てて一から学び直すという。


「新しい医術の始まりだ」


医者ルーカスも決意を固めた。


「医学書を書き直さなければならない」


都で学んだ知識、長年の臨床経験、全てを見直す必要がある。

聖女が示した新しい医療の形を、体系化して後世に伝える使命を感じていた。


「これは革命だ。医学革命だ」


看護役のテレサも興奮していた。


「美しい色、甘い香り、そして確実な効果」


薬は苦くて当たり前、という固定観念が打ち砕かれた。

医療は、もっと優しく、美しくあっていいのだ。


エドモンドは、ついに懐疑を捨てた。


「説明できない。だが、確実に効果がある」


魔術師としてのプライドが、事実を認めることを要求していた。

理解できないことを、理解できないまま受け入れる。それもまた、一つの知性かもしれない。


「測定不能、理解不能、しかし効果は確実」


ギルドへの報告書に、そう記すことに決めた。


――プラセボ効果……本当に効いてるけど、なぜ?


セレナ自身も、なぜ効果があるのか分からなかった。

適当に混ぜただけなのに、本当に病気が治っている。この世界の不思議な法則に、少しずつ慣れてきた。


村人たちが、薬草を適当に混ぜ始めた。


「聖女様のように、感覚で調合すればいいんだ」

「見た目と香りで判断する、新しい薬学」

「失敗を恐れるな、それが成功への道」


危険な風潮が広まりそうになったが、ガブリエルが慌てて止めた。


「聖女様だからできることだ。我々は基礎から学ばねば」


その言葉に、皆が納得した。

特別な存在である聖女と、一般人の違い。それを理解した上で、新しい医術を学んでいく。


✦ ✦ ✦


夕方、村の広場で緊急集会が開かれた。

村長ジョセフが、重大な発表を行う。


「本日をもって、我が村に『聖女医学院』を設立する」


村民から歓声が上がった。

薬師ガブリエルが初代院長となり、セレナの医術を研究・教育する機関が誕生した。


若い医療志望者たちが、次々と入学を志願した。


「新しい医術を学びたい」

「聖女様の教えを受けたい」

「医療革命の担い手になりたい」


商人のハンスも、すかさず商機を見出していた。


「第五の商材、『聖女の薬』だ」


黒い聖餅、聖女ピンク、適正価格主義、アシンメトリーデザインに続く、新たな村の特産品。


「ただし、本物は聖女様にしか作れない。我々は研究成果を売るのだ」


ビジネスと倫理のバランスを取りながら、新たな産業を創出しようとしていた。


教会使者のマルコは、報告書に追記していた。


「医療における革命。五つ目の奇跡」


王都への報告は、さらに驚異的なものとなるだろう。

食、色彩、経済、服飾、そして医療。全ての分野で革新を起こす聖女。


エドモンドは、長期滞在を決めた。


「もっと詳しく調査する必要がある」


密偵としてではなく、一人の研究者として。

理解不能な現象を理解しようとする、果てしない挑戦が始まる。


――治験……すっ飛ばしてるけど、皆元気だからいいか。


セレナの諦観は、もはや完全なものとなっていた。

しかし同時に、この不思議な世界の面白さも感じ始めている。失敗が成功になり、無知が革新を生む。そんな逆説的な世界。


五つの文化が確立された村。

黒い聖餅、聖女ピンク、適正価格主義、アシンメトリーデザイン、そして聖女の薬。


全ては日常の失敗から生まれた、小さな奇跡の集積だった。


✦ ✦ ✦


その夜、メアリーは愛用の革装の日記帳を開いた。


『セレナ様観察日記 第十四日目


本日、医療革命が起きた。


矛盾の調合、失われた古代の技法、七色の煙を出す幻の薬。

全てが、セレナ様の手によって蘇った。


五つの革新が完成した。

食の革新(黒い聖餅)

色彩の革新(聖女ピンク)

経済の革新(適正価格主義)

美の革新アシンメトリー

医療の革新(聖女の薬)


もはや村は、完全に生まれ変わった。

失敗を恐れず、創造性を解放し、新しい価値観を生み出す場所。


そして明日から、外部との本格的な接触が始まる。

密偵だったエドモンド氏も、今は協力者となった。


聖女の名は、王国中に轟くだろう。』


メアリーはペンを置いて、窓の外を見た。

村の診療所には、まだ明かりが灯っている。ガブリエルたちが、聖女の調合法を必死に研究しているのだ。


エドモンドは、自室で報告書を書いていた。


「測定不能の聖女、セレナ・リュクス。魔術でも医術でもない、第三の力を持つ。詳細な調査を継続する」


懐疑派から理解者へ。

その変化は、これから多くの人々が辿ることになる道かもしれない。


セレナは寝床で、明日の不安を感じていた。


「外部との接触……どうなることやら」


しかし、もはや流れに逆らうことはできない。

五つの失敗が五つの革新となり、村は新たな時代を迎えた。


そして、魔術師ギルドの本格的な調査が始まる。

測定不能、理解不能、しかし確実に存在する聖女の力。その謎に迫ろうと、様々な勢力が動き始めることになる。


イベント4「外部との接触開始」

その幕が、今まさに上がったのだった。

お読みいただきありがとうございました。

適当な調合が偶然にも「虹煙薬」という幻の薬に!薬師ガブリエルも弟子入りし、聖女医学院が設立されました。五つの革新が完成し、村は完全に生まれ変わりました。魔術師ギルドの密偵エドモンドも協力者に。

次回から新章「外部との接触開始」編がスタート!王都からの注目が集まる中、セレナはどんな騒動に巻き込まれるのか?

感想・評価・ブックマーク、とても励みになります! 次回もお楽しみに!

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