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失敗聖女の異世界革命 ~地味に生きたいのに、なぜか文化が変わる件~  作者: 宵町あかり


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第13話 革新的裁縫

朝日が差し込む部屋で、セレナ・リュクスは布地の山を前に途方に暮れていた。

昨日の市場で買い集めた様々な色の布地。赤、青、緑、黄色、そして何故か黒い生地まで混ざっている。教会使者のマルコが正式に村に滞在することになり、明日にはその挨拶のための正装を作らなければならない。


「ピンクの服以外も必要よね……」


――ユニクロ……オーダーメイドだけど、技術がない。


現代ならクリック一つで注文できる服を、この世界では一から作らなければならない。針と糸を持ったことはあるが、ボタン付けさえまともにできた記憶がない。


メアリーが朝のお茶を運んできた。ピンクの侍女服姿の彼女は、今日も革装の日記帳を抱えている。


「セレナ様、仕立て屋のマーガレットさんが、お手伝いに参りたいと」


その言葉を聞いて、セレナは少しだけ安堵した。

プロの仕立て屋がいれば、何とかなるかもしれない。


五十歳のマーガレットが、深々と頭を下げて入室してきた。

三代続く仕立て屋の技術を受け継ぐ彼女は、昨日の市場での出来事を聞いて、いてもたってもいられなくなったのだ。


「聖女様の裁縫術を学ばせていただければ」


その目は期待と緊張で輝いている。都で学んだという噂の聖女が、どんな革新的な技術を見せてくれるのか。三代の伝統を超える何かがあるはずだ。


刺繍職人のエレナも現れた。三十五歳の彼女は、繊細な手仕事を得意としている。


「都の最新技術を拝見できるなんて、夢のようです」


芸術的感性への刺激を求めて、朝早くから駆けつけてきたのだ。


織物職人のロベルトも加わった。四十歳の男性職人は、普段は寡黙だが、今日は違っていた。


「新しい技法があるなら、ぜひ学びたい」


メアリーも熱心に観察の準備をしている。


「裁縫にも革新が起きる。日常の奇跡がまた一つ」


教会使者のマルコも、少し離れた場所から様子を見守っていた。昨日の「慈悲の買い物」に続き、今日はどんな奇跡が起きるのか。彼の手には重要な文書が握られている。


✦ ✦ ✦


昼前、セレナは針に糸を通そうと奮闘していた。

手が震えて、なかなか糸が針の穴に入らない。五分経っても、まだ通っていない。


マーガレットが心配そうに見つめている。


「聖女様、お手伝いしましょうか?」


「いえ、大丈夫です」


セレナは意地になって続けたが、結局糸の端がほつれてきて、余計に通りにくくなった。


――スレッダー欲しい……百均にあるやつ。


ようやく糸が通った時には、既に十五分が経過していた。

しかし、その苦労の様子を見ていた職人たちは、別の解釈をしていた。


「あの集中力……まるで瞑想のよう」

「糸通しにも、何か深い意味があるのでは」


セレナは布地を広げて、型紙も作らずに切り始めた。

適当に「このくらいかな」と思って鋏を入れていく。


結果、右袖と左袖の長さが明らかに違う。

片方は手首まで、もう片方は肘までしかない。


エレナが息を呑んだ。


「左右非対称……まさか」


芸術的感性を持つ彼女には、その不均衡が新しい美として映り始めていた。


襟の部分も歪んでいる。

前身頃と後ろ身頃のサイズも合っていない。

裾の長さもバラバラだ。


それでもセレナは、気にせず縫い進めていった。


ボタンを付ける段階で、決定的な失敗が起きた。

右前と左前を間違えて、ボタンを逆に付けてしまったのだ。


マーガレットの顔が青ざめた。


「これは……失敗?」


五十年の人生で培った常識が揺らぐ。左右対称、きちんとした形、それが服の基本だと信じてきた。しかし、聖女様がなさることには必ず意味がある。


途中で針が指に刺さり、小さく血が滲んだ。


「あっ」


その血が、白い布に小さな赤い点を作った。

普通なら台無しだが、なぜか芸術的に見える。


ロベルトが呟いた。


「まるで……計算されたデザインのよう」


織物職人として見てきた様々な模様の中でも、これほど斬新なものは初めてだった。左右対称の概念を超越している。


✦ ✦ ✦


午後になり、服がようやく形になってきた。

いや、「形」と呼べるかは疑問だが、とりあえず着られる状態にはなっている。


セレナが試着してみると、驚くべきことが起きた。

明らかに歪んでいるはずの服が、着てみると不思議な美しさを放っている。


左右非対称の袖が、動くたびに異なる表情を見せる。

歪んだ襟が、独特の立体感を生み出している。

バラバラの裾が、歩くたびに流れるような動きを作る。


――ファストファッション……スローすぎるけど、これはこれで。


若手デザイナー志望のソフィアが、興奮を抑えきれずに叫んだ。


「革命的!都でも見たことない!」


二十二歳の彼女は、伝統的な服作りに飽き足らず、新しい何かを求めていた。それが今、目の前で実現している。


「アシンメトリーの極致!動く芸術作品!」


創作意欲が爆発し、すぐにでも真似したい衝動に駆られる。


マーガレットの中で、何かが音を立てて崩れていった。

三代続く技術、毎日コツコツと積み上げてきた技能、全てが否定されたような気がした。しかし同時に、新しい世界への扉が開かれた興奮もあった。


「五十年間、私は何を作ってきたのか……」


そして、パン職人のジャックと同じ決断をした。


「聖女様、弟子にしてください!」


マーガレットが土下座した。プライドを捨て、一から学び直す覚悟。それは職人として、いや創造者としての大きな転換点だった。


芸術家のヴィンセントも、作業を見に来ていた。

四十五歳の彼は、村で唯一の芸術家として、絵画や彫刻を手がけている。


「これは……服を超えた芸術作品だ」


立体的な構造、予測不可能な動き、そして着る人と一体化する有機的なデザイン。


「動く彫刻、着る芸術、身体と融合する創造物」


芸術家としての感性が、激しく刺激される。


「新しい美の概念の誕生を、私は目撃している」


✦ ✦ ✦


夕方になると、村中から創作者たちが集まってきた。

木工職人、陶芸家、金属加工師、誰もが「聖女の革新的デザイン」を一目見ようとやってきたのだ。


全員が左右非対称の服を絶賛し始めた。


「自由の象徴だ」

「固定観念からの解放」

「創造性の発露」


誰かが叫んだ。


「今日から、左右対称を捨てよう!アシンメトリーこそが新しい美だ!」


その宣言に、創作者たちから歓声が上がった。

皆、すぐにでも自分の作品に取り入れたいと考えている。


――コレクション……パリコレじゃないけど、村コレ?


セレナの内心の呟きとは裏腹に、創作革命が始まっていた。


教会使者のマルコは、その様子を詳細に記録していた。


「聖典に記された『形に囚われない聖女』、まさにその通りだ」


彼が持つ重要文書、それは聖女認定の推薦状を書くための公式書類だった。昨日の慈悲の買い物、今日の革新的デザイン。もはや疑う余地はない。


「報告書に記載しよう。革新的創造の聖女として」


村の若者たちが集まって相談を始めた。


「聖女スタイルを広めよう」

「アシンメトリーファッションの発信地として」

「都にも伝えなければ」


――インフルエンサー……影響力はあるけど、SNSないし。


商人のハンスも商機を見出していた。


「聖女ブランドの第四弾。黒い聖餅、聖女ピンク、適正価格主義に続く、アシンメトリーデザイン」


四つの革新が統合され、村の新しいアイデンティティが形成されていく。


メアリーは感慨深げに記録を取っていた。


「食文化、色彩文化、経済文化、そして服飾文化。全てにおいて革新を起こすセレナ様」


村全体が、失敗を恐れない創造的な雰囲気に包まれていく。


✦ ✦ ✦


その夜、緊急のファッションショーが開催されることになった。

村の広場に即席のランウェイが作られ、松明の光が幻想的な雰囲気を作り出している。


セレナが最初に登場した。

アシンメトリーの服を着て歩くと、動くたびに異なる表情を見せる。光と影が複雑に交錯し、まるで生きているかのような服。


観客から感嘆の声が上がった。


「美しい……」

「革命的だ」

「これが新時代のファッション」


続いて、村人たちが自作のアシンメトリー服を着て登場した。

それぞれが独自の解釈で作った、左右非対称のデザイン。どれも個性的で、創造性に溢れている。


マーガレットも、わずか数時間で作り上げた新作を披露した。


「五十年の固定観念を捨てて、初めて見えた世界がある」


涙を流しながら、新しい自分を受け入れる姿があった。


芸術家のヴィンセントは宣言した。


「明日から、村に芸術学校を開く。アシンメトリー芸術の研究所だ」


創作者たちから、賛同の拍手が起きた。


教会使者のマルコは、ついに決断を下した。

重要文書を取り出し、公式に宣言する。


「私は王都に報告する。この村に真の聖女がいることを」


その言葉に、村全体が歓喜に包まれた。


――トレンド……Xでバズりそう、Xないけど。


セレナは相変わらず諦観と受容の中にいたが、村人たちの幸せそうな顔を見て、少しだけ微笑んだ。


――全部失敗なのに……でも皆創作的になってる。


失敗が創造を生み、創造が文化を作る。

その不思議な連鎖を、セレナは面白いと思い始めていた。


四つの文化が統合され、村は新しいアイデンティティを確立した。

黒い聖餅という食文化、聖女ピンクという色彩文化、適正価格主義という経済文化、そしてアシンメトリーという服飾文化。


全ては日常の失敗から生まれた、奇跡のような革新だった。


村長のジョセフが、感慨深げに語った。


「失敗を恐れない村、創造性を解放する村、新しい価値観を生み出す村。それが我々の誇りだ」


メアリーが締めくくりの言葉を記録した。


「日常が奇跡になる村。それはセレナ様が示してくださった、新しい生き方なのです」


こうして、イベント3「聖女の日常」は幕を閉じた。

四つの失敗が四つの文化となり、村は完全に生まれ変わった。


そして、外部との本格的な接触が始まる。

教会使者の報告により、王都からの注目が集まり、聖女セレナの名は国中に広まっていくことになる。


しかしそれは、また次の物語。

今夜は、アシンメトリーの服を着た村人たちが、創造の喜びに酔いしれていた。

お読みいただきありがとうございました。

左右非対称の服が「動く芸術作品」として創作革命を起こしました!仕立て屋マーガレットも弟子入り志願。黒い聖餅、聖女ピンク、適正価格主義、アシンメトリーの4つの文化が確立されました。

次回は新章突入!病気の少年を救う「薬草と治療」編。セレナの適当な調合がどんな医療革命を起こすのか?

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