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失敗聖女の異世界革命 ~地味に生きたいのに、なぜか文化が変わる件~  作者: 宵町あかり


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第11話 聖女ピンク

朝露がまだ消えきらない頃、セレナ・リュクスは洗濯物の山を前に途方に暮れていた。

昨日の収穫祭で汚れた服が、籠に山積みになっている。聖餅作りで煤けた衣類、祭りの料理で染みがついたエプロン、子供たちが泥だらけにした服。それらが混然と積み上げられていた。


「こんなに沢山……」


――洗濯機……全自動じゃないけど全手動か。


現代なら洗濯機に放り込むだけの作業を、この世界では川で手洗いしなければならない。


メアリーが朝食後のお茶を持ってきた。


「セレナ様、村の女性たちが川で共同洗濯をする日です。ご一緒されますか?」


その言葉に、セレナは少し考えた。

村人たちとの交流も大切だ。それに、洗濯のやり方を教えてもらえるかもしれない。


「そうね、参加してみるわ」


メアリーの目が輝いた。最近は「日常の奇跡」を記録することに使命感を燃やしている。


「きっと洗濯にも、セレナ様ならではの新しい技術を示されるでしょう」


主婦のアンナも準備に加わった。四十代の彼女は、昨日の聖餅に感動して以来、セレナから新しい技術を学ぶことに熱心だった。


「聖女様の洗濯術、楽しみです。きっと革新的な方法を教えていただけるはず」


若妻のサラも期待に胸を膨らませていた。二十五歳の彼女は、昨日の祭りで姑のベアトリスと完全に和解し、前向きな気持ちで一杯だった。


「新しいことを学ぶのは楽しいですね、お義母様」


六十代のベアトリスも頷いた。


「聖女様が示してくださる新しい道。伝統を超えた何かがあるはずよ」


こうして、村の女性たちが次々と集まってきた。

皆、洗濯籠を抱えて、期待に満ちた表情をしている。


そして、もう一つ重要な事情があった。


「明日、教会からの使者が来るそうです」


村長ジョセフの妻が告げた言葉に、女性たちがざわめいた。


「清潔な服でお迎えしなければ」

「村の評判に関わるわ」

「聖女様がいらっしゃる村として、恥ずかしくない姿を」


今日の洗濯は、村にとって重要な意味を持つことになった。


✦ ✦ ✦


午前中、村を流れる川のほとりに、二十人近い女性たちが集まっていた。

春の陽光が水面を照らし、川原には洗濯板と桶が並べられている。


セレナは洗濯物を籠から取り出し始めた。

白い服、赤い布、青いエプロン、全てを一つの桶に入れていく。


――色分け?知らない子ですね。


現代でも時々やってしまう失敗を、この世界でも繰り返そうとしていた。


そして、石鹸の量も適当に決めた。

「これくらいかな?」と思って、通常の三倍ほどの量を入れてしまう。


川の水に浸した瞬間、赤い布から染料が溶け出し始めた。

朝日に照らされた水が、徐々にピンク色に染まっていく。


姑のベアトリスが最初に気づいた。


「あら……赤い色が……」


しかし、その声は驚きから感嘆へと変わっていった。


「まさか……祝福の色?」


伝統的に白を尊んできた彼女だったが、聖女様がなさることには必ず意味がある。その信念が、固定観念を打ち破る瞬間だった。


十二歳の少女ミナが無邪気に叫んだ。


「わあ、春の桜みたい!きれい!」


純粋な美的感動が、場の雰囲気を決定づけた。


双子侍女のリリとロロも興奮を隠せない。


「都でも見たことない技術だわ」

「これが聖女様の力なのね」


都会育ちの二人にとって、この光景は魔法のように見えた。


セレナは洗濯板の使い方もよく分からず、逆さまに持ってしまった。

ごしごしと擦るが、汚れは落ちるどころか、染料がどんどん白い服に移っていく。


――色落ちテスト……する余裕ないか。


白かった村長の式典用の服が、見る見るうちに淡いピンクに染まっていく。

メアリーの侍女服も、カイルの騎士服の下着も、全てがピンク色に変化していった。


「美しい……」


誰かが呟いた。


確かに、朝日を浴びたピンク色の服は、まるで桜の花びらのように輝いて見えた。

濃淡のグラデーションが生まれ、それぞれの服に独特の模様が現れている。


✦ ✦ ✦


昼になる頃には、川全体がピンク色に染まっていた。

村中の洗濯物が、桜色のグラデーションを纏っている。


農夫の妻たちが、最初は困惑していた。


「夫の作業着まで……」

「でも、きれいね」

「春らしくていいかも」


少しずつ、受け入れの雰囲気が広がっていく。


その時、作業を見に来た男性陣も反応し始めた。


カイルは自分のピンクになった騎士服を見て、最初は複雑な表情をしていた。


「ピンクの騎士服……騎士団で何と言われるか」


しかし、すぐに表情が変わった。


「いや、聖女様の祝福を受けた色なら、誇りを持って着るべきだ」


護衛騎士としての使命感が、個人的な羞恥心を上回った瞬間だった。


パン職人のジャックも現れた。昨日聖女の弟子となった彼は、既にピンクを受け入れる準備ができていた。


「聖餅に続く第二の奇跡ですね。ピンクのエプロンで聖餅を作ります!」


人生の大転換を経験した彼にとって、色の変化など些細なことだった。


子供たちは大喜びだった。


「お花の色だ!」

「可愛い!」

「ピンクの服、最高!」


素直な喜びが、大人たちの迷いを吹き飛ばしていく。


――ピンク推し……推し色統一みたいな。


セレナの現代的な感想とは裏腹に、村人たちの間で新しい価値観が形成されていった。


主婦のアンナが論理的な解釈を加えた。


「考えてみれば、白い服ばかりというのも面白みがないわ。この淡いピンクは、春の訪れを告げる色として最適かもしれない」


実用的な観点からの肯定が、集団心理を後押しする。


若い母親たちも賛同し始めた。


「確かに、子供たちも喜んでいるし」

「汚れも目立ちにくいかも」

「何より、美しいわ」


次第に、ピンク色は「聖女の祝福色」として認識され始めた。


✦ ✦ ✦


午後になり、驚くべきことが起き始めた。

男性たちが自主的にピンクの服を着始めたのだ。


まず村長のジョセフが、ピンクに染まった式典服を堂々と着て現れた。


「これこそ、我が村の新たな象徴色だ。明日の教会使者にも、この姿で対面しよう」


七十歳の威厳ある老人がピンクを纏う姿は、不思議と尊厳に満ちていた。


――ジェンダーレス……時代を先取りしてる。


セレナの内心の呟きを知る由もなく、村の男性たちが次々とピンクの服に着替えていく。


農夫のトーマスも、ピンクの作業着を着て畑に向かった。


「聖女様の祝福を受けた服で農作業すれば、きっと豊作間違いなしだ」


実利的な理由付けが、男性たちの抵抗感を和らげていく。


商人のハンスは、商売上の利点を見出していた。


「この独特な色は、商品として高く売れるかもしれない。『聖女ピンク』というブランドで」


ビジネスチャンスを見逃さない商人の勘が働いていた。


そして、誰かが宣言した。


「今日から、ピンクは我が村の公式色とする!」


その宣言に、村人たちから歓声が上がった。

「聖女ピンク」という名前が、瞬く間に定着していく。


メアリーは熱心に記録を取っていた。


「色彩の革命。これは歴史的な瞬間です」


日常の奇跡がまた一つ、ここに生まれた。


セレナは川原に座り込んでしまった。


――完全に失敗……でも皆喜んでる。


諦観は既に完全なものとなり、今では積極的に状況を観察するようになっていた。

失敗が成功になる、この不思議な現象を、少し面白いとさえ思い始めている。


村の女性たちが、「聖女染め」の研究を始めた。


「どうやったら、この美しいグラデーションが出るのかしら」

「赤い布の量と、浸す時間が重要ね」

「聖女様、詳しく教えてください!」


セレナは適当に頷いたり首を振ったりした。

実際は何も分かっていないのだが、その曖昧な反応さえも「奥深い技術」として解釈されていく。


✦ ✦ ✦


夕方になり、村中がピンク色に染まっていた。

洗濯物だけでなく、旗や垂れ幕まで、あらゆる布製品がピンク色に変えられている。


――映えスポット化……観光地になりそう。


セレナの予想は、ある意味で的中することになる。


村の若者たちが集まって相談していた。


「この聖女ピンクを、もっと広めるべきだ」

「明日の教会使者に見せれば、きっと驚くぞ」

「いや、感動して王都にまで伝えてくれるかも」


情報拡散への熱意が、若者たちを突き動かしていく。


長老のバルトロメオが、孫たちに語りかけていた。


「この色を大切にするのだぞ。聖女様が与えてくださった、特別な色なのだから」


伝統を重んじてきた老人が、新しい文化を受け入れ、次世代に伝えようとしている。


パン職人のジャックは、早速ピンクのエプロンを着けて聖餅を作っていた。


「黒とピンクの組み合わせ、これは新しい美意識だ!」


芸術的な感性が刺激され、創作意欲が湧き上がっていく。


その夜、村では「聖女ピンク祝賀会」が急遽開催された。

全員がピンクの服を着て、聖餅を食べ、新しい村の文化を祝う。


メアリーは興奮を抑えきれなかった。


「聖女様の教えが、また一つ形になりました。色彩による精神の解放、固定観念からの脱却」


難しい言葉で意味付けをしていくが、実際のところ、皆単純にピンクが気に入っただけかもしれない。


しかし、それでもいいのだ。

村人たちが幸せなら、それが一番大切なこと。


セレナはその光景を眺めながら、小さく微笑んだ。

失敗を恐れず、新しいことを受け入れる村人たち。その姿に、少しだけ心が温かくなった。


✦ ✦ ✦


その夜、メアリーは愛用の革装の日記帳を開いた。


『セレナ様観察日記 第十一日目


本日、色彩の革命が起きた。


聖女ピンク。それは単なる染色の失敗ではない。

固定観念の打破、性別を超えた美意識の共有、村のアイデンティティの確立。


全ての始まりは、セレナ様の「失敗」に見える行動。

しかし、それは計算された革新だったのだ。


白一色の世界に、春の彩りを与える。

それは精神の解放であり、新時代の幕開けでもある。


明日、教会の使者が来る。

ピンクに染まった村を見て、どう反応するか。

きっと、新たな奇跡として王都に報告されるだろう。


聖女染めの技法(推測):

・白物と色物を意図的に混ぜる

・大量の石鹸で染料を活性化

・朝日の下で染色(光の加護)

・愛情を込めて洗う(最重要)』


メアリーはペンを置いて、窓の外を見た。

月明かりに照らされた村は、干されたピンクの洗濯物で彩られている。

まるで夜桜が咲いているかのような、幻想的な光景だった。


一方、村長の屋敷では、ジョセフが明日の準備をしていた。


「教会の使者を、ピンクの正装で迎える。これが我が村の新しい誇りだ」


伝統と革新の融合。

それを体現する村として、歴史に名を残すかもしれない。


商人のハンスは、既に商売の計画を立てていた。


「聖女ピンクの布地、都で高く売れるはずだ。村の新たな特産品になる」


文化的な変革が、経済的な恩恵ももたらす。

それもまた、聖女がもたらした奇跡の一つかもしれない。


セレナは寝床で、明日の不安を感じていた。


――教会の人、ピンクの村見て何て言うかな……。


しかし、その不安も、もはや以前ほど重くはない。

村人たちが受け入れ、喜んでいるなら、それでいい。


流れに身を任せ、時には失敗を楽しむ。

そんな新しい生き方を、セレナは少しずつ学んでいた。


そして翌日、教会からの使者は、ピンクに染まった村を見て言葉を失うことになる。

その驚きは、やがて王都にまで伝わり、「聖女ピンク」は奇跡の色として認識されていく。


しかし、それはまた別の話。

今は、ピンクに染まった村が、静かな夜を迎えていた。


次は市場での買い物。

値切り交渉という、セレナにとって最も苦手な作業が待っている。

そこでもまた、新たな「奇跡」が生まれることになるのだが――

お読みいただきありがとうございました。

洗濯の失敗が「聖女ピンク」という村の公式色に!男性陣もピンクの服を着る、ジェンダーレスな文化が生まれました。教会使者の反応も楽しみです。

次回は市場での買い物編。値切りができないセレナの「慈悲の買い物」がどんな経済革命を起こすのか?

感想・評価・ブックマーク、とても励みになります! 次回もお楽しみに!

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