京子ー8
このまま、母が家を去る日まで時が過ぎていく。そう思っていた十一月の終わり。仕事中に彼から電話がかかってきた。二年半前、私から別れを告げたあの人。元夫。
「歩が、会いたい、って言ってる。頼む。会ってくれないか?」
「歩」という名を聞くと、体が強張った。私が未熟で、自分勝手なばかりに置いて行ってしまった娘の名前だから。
実は、前に彼から「歩と会いたいとか思ってない?」と聞かれたことがあった。その時は「歩には聞いたの? なんで先に私へ聞くのよ……」と怒ってその話は終わっていた。また彼が勝手なことをしているのだと。
しかし、今回はそうではない。歩が、私に会いたいと言ってくれている。
その場は「そんな相談、仕事中にしないでよ……」と怒った。そんな、じっくり考えたい話を、なんで忙しい仕事の時間にするのか。
ただ、後日また電話が掛かってきて、何とか会ってあげてほしい、と懇願された。私は、断る理由を見繕えず、半ば強引に約束させられてしまった。
私は、あの子に会う権利が、あるのだろうか。そもそも、何を話すのだろう。こんな、自分勝手な私と何を話すのだろう。なぜ、歩は「会いたい」と言ってくれたのだろう。私は、何を言うべきなのだろう。
歩が中学に上がったぐらいの頃、歩の部屋にある押し入れを整理して、彼女が昔書いていた絵のスケッチブックの束を見つけた。お義母さんに見せていた、小説の絵だ。もともと歩は引っ込み思案で、何か夢中になれるものが無かった子だった。それが小学校に上がってから、ゲームの小説を読んだことをきっかけに、絵を描き始めた。描いてはお義母さんに見せ、感想を聞き、自分の世界を共有していた。私は小学校に上がっても友達を作らず、一人遊びばかりしていることが心配だったが、お義母さんが亡くなり、歩と触れ合ううちに、それが歩の大切なものであることを知った。私は嬉しかった。ただの現実逃避ではなく、これが好きだから夢中になっているのだと分かって、安心もした。何を描いているかはイマイチ分からなかったけど、とにかく、安心したのだ。
だから、私は見守ることにした。一人で自分だけの世界を育ててもいい。そのまま生きて、いつか、共感できる人が現れればいいなと。そう願っていたはずなのに、その時にはもう、歩が絵を描く姿をほとんど見なくなった。
私はまた、何か間違えたのではないか。けどその答えは、未だに分からないままだった。
十二月下旬の平日。とうとう、歩と会う日になった。待ち合わせは職場から少し歩いたカフェ。人形町駅の真上にあるビルの一階に入っているカフェだ。昼休みの時間帯で会うことになった。
十一時五十分。早めのお昼休みをとって職場を出た。深い緑のリブニットにグレーのフレアスカート姿。その上にコートをしっかり着込んで、冬の風から身を守るようにしながら隅田川近くのオフィス街を歩いていく。大通りに入ると風はさらに強くなり、ロングスカートの裾から風が入る。タイツ越しに肌をひっかき、今年の冬の強さを感じる。それに耐えながらもなんとか進み、とうとう、人形町駅そばのカフェに着いた。
道路に面したところはガラス張りになっていたため中を伺うが、まだ歩らしき姿は見えなかった。そのため私は先に中へ入り、ホットコーヒーを頼んで、ガラス窓に面したテーブル席に座った。コートは席の背もたれにかけ、ただ、ガラス窓から街の様子を見る。この待つ時間が本当に辛かった。何を話そう。何を話すべきなんだろう。答えが出ない問いをずっとし続けるしかないから。
カフェの前を行きかう歩行者や車を見ていると、高校生くらいの女の子が歩いているのが見えた。茶色のダッフルコートに、膝下ほどの丈のスカート。肩にショルダーバッグを掛けていた。日に当たると茶色く光る髪は肩ぐらいまで伸びていて、身長は、私よりちょっと高いぐらいだろうか。
カフェの入り口まで近づいてきて、ガラス窓から誰かを探している。そして、私の目を見るとそこで目を留めた。
私は小さく、手を振った。絶対に、歩だと思ったから。
レジに一緒に並んで、歩にホットティーとチーズケーキを買ってあげた。待ち時間中「久しぶりだね」とか、そんなぎこちない会話をしながら、歩を近くで見て、歩が私の背を越していることに少し感慨深い気持ちになった。ちゃんと健康に成長している。それだけで、なんだか安心した。
歩のホットティーとおかわりのコーヒー、チーズケーキ二つが乗ったトレーを持って席に戻る。元気? とか当たり障りのない話をした後、話に詰まった私は何とか話題を振り絞って、彼――お父さんと仲良くやれているかを聞いた。共通の話題を探したら、彼しか出てこなかったから。そしたら、歩は首をかしげながら黙り込んでしまった。まるで、仲良く、という点を肯定することが不服そうに。それを見ると、ああ、お父さんは相変わらずなのか、と分かってつい笑ってしまった。すると、歩もくすっと笑ってくれた。
そこから、最近のことを話し始めた。私からは、新しい職場のことや母のことを話した。ただ、母の家に住み込んで介護していることは話せなかった。そのことを話すと、その話を深堀りされるような気がして。せっかく楽しく話せそうなのに、暗い話に話題をとられたくなくて、父母の家の近くに住んで、定期的に面倒を見に行っているとだけ話した。すると歩は「そうなんだ」と聞き流してくれたので、私は安心した。
歩は、高校のことを教えてくれた。高校受験は思ったところに行けなかったけど、入った学校では美術部に入って、瑠美という友達(?)ができて、部活で小学生向けの絵本ワークショップをやって、文化祭では実行委員をやって。部活のワークショップで出会った柚木という男の子には、最後まで絵本を教えてあげて。話を聞くだけだと、すごく充実した高校生活に聞こえるけど、話の間や、雰囲気から、苦労したこともたくさんあったことは感じられた。
つい涙腺が緩んでしまった。周りに人がいて、一緒に何かを乗り越えることができている。それが、嬉しかった。何も話せることのない、あってもなくてもいいような高校生活ではなく、何かがある高校生活を送れていることに。
つい「ごめんね」という言葉が、口から衝いて出た。謝らずにはいられなかった。だって、私が離婚したせいで歩がちゃんとした高校生活を送れなくなった可能性もあったのだ。そう思うと、謝らずにはいられなかった。
すると、歩は「やめてよ」と言った。うつむいていた私が顔を上げると、歩は、私の目を真っすぐ見ていた。
「お母さんがいなくなったのは、しょうがなかったじゃん。……私のせいでも、あるから。ほんと、ごめん。」
「でも、私が本当に嫌だったのは、ちゃんと、話せなかったことだったんだ」
そう言って、歩は続けた。
「小学校の時、友達付き合い、うまくできなくて、ごめん。けど、いじめられるよりも、心配するお母さんを見るのが辛かった」
「中学の時、実家からいろいろ言われてたの、なんとなく感じてた。だから友達付き合い頑張ったりとか、家事とかいろいろ手伝って、助けになろうと思ったけど、結局ダメだった。ごめん」
「でも、お母さんと公園行くの、楽しかったよ。お話しいろいろできたし。私の絵を見てくれた時は、すごい嬉しかった。あと、中学の美術部も楽しかったんだよ。きっかけは、あれだけど、憂鬱だった学校が、少し楽しくなった」
「高校では、友達もできた。いろんな出会いもあった」
「ほんと、今までありがとう。今日は、それだけ」
そう言うと、歩は視線をテーブルの上にある食べかけのチーズケーキへ移した。
私の言葉の返事を待っていたようだった。私も、テーブルの上にあるコーヒーを見て「うん」と答えた。
ああ、そうか。この子は終わらせに来たんだ。無理やり終わらせようとして、それでも消えなかった後悔を。今までのことを無意味にしないために。間違いだったかもしれないけど、ちゃんと、意味があったんだと。
私は、歩が伝えてくれたことを、ちゃんと心の中で受け止めた。歩が言葉にしてくれたことから逃げるなんて、できるはずがなかった。