デウス・エクス・マキナが「もう打ち切り超展開は見たくないの!」とおっしゃっている!
「ちくしょう……今回もポイントが伸びねえ……仕方ない。いつものように超展開でいきなりクライマックスにしてさっさと終わらせ……」
「こらーっ!!」
スパーン!
「あいたっ!?」
背後から降って湧いた声と、後頭部を襲った衝撃とにびっくりして情けない悲鳴をあげる俺。
慌てて振り向くと、声だけじゃなくて少女そのものが降って湧いていた。
……天井からワイヤーで吊り下げられた姿で。
「な、なんだお前は!? どこから入って来た!?」
視界の真正面に位置する少女の顔に向かって、俺はこれまで人生で一度も言ったことのないセリフで問いかけた。
少女はワイヤーに吊られたまま、手に持ったハリセンを振り回しながらわめき立てる。
「あたしはデウス・エクス・マキナなの! お前みたいなやつのせいで忙しくて困ってるの!」
――デウス・エクス・マキナだって!?
「古代ギリシアの演劇で、劇の内容が複雑に入り混じってにっちもさっちもいかなくなった時、絶対的な力を持つ神として突如現れ、物語を強引に終わりへと導くあのデウス・エクス・マキナか!? 機械仕掛けの神とも呼ばれている、あの!?」
「うわあ……さすがオタクなの。普通の人はそこまで詳しくないの」
「おい傷つくからやめろ」
「ごめんなさいなの」
存外素直な自称デウス・エクス・マキナが吊られたまま頭を下げる。
反省している女の子の姿を見て少し気分が良くなった俺は、そのつむじに向けてやや尊大に問いかけた。
「それで、そのデウス・エクス・マキナがいったい何の用だ?」
頭を下げていた少女が俺の言葉に顔をあげ、きっと睨みつけてくる。
「もちろん、お前みたいなやつを止めるために来たの! お前みたいなやつが、いつもいつも超展開であたしを酷使するの!」
ああ……なるほど。
先ほど言ったように、デウス・エクス・マキナは物語の収拾がつかなくなった時、無理矢理終わりへと導くために突如現れる。
俺が自分の小説内で、超展開で強引に話を終わらせようとしたから、それを止めるためここにやって来たというわけか。
突然の事態について、ようやく得心がいった俺の前で、デウス・エクス・マキナの独り舞台が続く。
「この小説サイトはそれが特にひどいの! このままだと過労死するの!」
「そ、それは悪かった」
今度は俺が反省してデウス・エクス・マキナに頭を下げる番だった。
超展開でいきなりクライマックスにして無理やり完結させる。もしくは連載中のまま永遠に終わらせずにエタらせる……。
この小説サイトにおいては、そういった行為に走る作者が多い。ちなみに俺は前者だ。
恐る恐る顔をあげると、今度は少女のほうが尊大に俺を見おろす形になっていた。ワイヤーの長さを調節したらしい。器用なやつだ。
「じゃあ、連載中のまま放置しろということか?」
このままでは本当に過労死しかねないデウス・エクス・マキナに向かって、俺は試しに後者について尋ねてみた。
しかしそれは、どうやらもう一つの逆鱗に触れる発言だったようだ。目を三角にして、ふたたび俺と真正面で向き合う位置に少女は降りてくる。
「それもダメなの! 生み出されたキャラクターが、終わらない物語の中をずっと走らされているの! 見ていられないの!」
……そういう言い方をされると急にすごい罪悪感が湧いてくるな……。
だが、俺たち作者にも言い分はあるはずだ。
「でもな……書いても書いてもブックマークも評価ポイントも感想ももらえない……それどころか、誰にも読んでもらえない……そんなことが続くなか、更新を続けるのはすごくつらいんだ……。超展開での打ち切りに走るやつの気持ちも、連載中のまま放置するやつの気持ちも、少しは分かってやってほしい……」
書いた小説を誰にも読んでもらえないというのは、作った料理を一口も食べずに捨てられてしまうのに近いと思う。そんな毎日が続いたら料理なんて出来なくなってしまうだろう。それと同じことだ。
しかし俺の抗弁を意に介した様子もなく、デウス・エクス・マキナは変わらず厳しい視線を向けてきた。
「それは理解してるの! でも物語を書き始めたのは作者なの! ならちゃんとした形で終わらせる義務があるの!」
うぐ……痛いところを突いてきやがる。
俺の歪んだ顔を見て言い過ぎたと思ったのか、デウス・エクス・マキナの表情がわずかに和らぎ、声も少し優しさを含むトーンになった。
「予定していた内容すべてを書けとは言わないの! でも最低限、自分で生み出した世界やキャラクターに対する責任を果たすべきなの! そうしないと世界やキャラクターが悲しむの!」
しかし、そんな優しい声音で発せられた言葉が、俺を先ほどよりも深く切り裂いた。
「世界が悲しむ……」
今まで、そんなことは考えたこともなかった。
俺が書いていた小説はいわゆるテンプレっぽい話だった。世界もキャラクターも、そこまで独自性があるとは言えない。それでも、俺はそんな世界やキャラクターに対して多少は思い入れがあったらしい。
言いようのない感情が、心の奥からこみ上げてきた。
「そうか……俺の生み出した世界が……キャラクターが……悲しんでいるのか……」
呆然と独白する俺に、デウス・エクス・マキナは分かってほしいとばかりに声を張り上げた。
「そうなの! あたしはいっつもその悲しみを見せられてるの! だからできるなら救ってあげて欲しいの!」
いつの間にかうつむいて床を見つめていた俺は、ようやく顔をあげて目の前の少女をまっすぐに見た。
機械仕掛けの神だと言われているその少女の瞳は、優しさや悲しさが入り混じっていて、まるで人を正しい方向に導かんと苦闘する女神のようだった。
俺は、その瞳を見つめながら問いかける。
「そのために、お前はここに来てくれたのか?」
「そのとおりなの!」
少女は力強くうなずく。
「……分かった」
俺はパソコンに向き直った。そしてキーボードを叩きはじめる。後ろから「がんばるの!」という声援が聞こえる。
話を膨らませるためのサブプロットをいくつか用意していたが、それらは捨て去ることにする。
しかし物語の根幹に関わる、これだけは書かなければ、と考えていた大事なシーンはすべて組み込むことにした。
これは評価ポイントのためじゃない。もちろんデウス・エクス・マキナのためでもない。
俺が生み出した世界、そして俺が生み出したキャラクターのためだ。
何時間パソコンに向き合っただろう。
俺は、ようやく最終話まで書き上げることができた。
最終確認と誤字チェックをおこなって、問題ないと判断し。
誇らしい気持ちで投稿ボタンを押す。
こうして、俺の物語は完結した。
それを見届けて、疲労困憊の俺はパソコンデスクに伏せ、眠りに落ちた。いつのまにか、デウス・エクス・マキナのやかましい声はどこからも聞こえなくなっていた。
◇◆◇◆◇
次の日、俺はパソコンデスクの上で目を覚ました。顔にはキーボードの跡がついてしまっているようだ。
変な体勢で寝たせいで痛む節々に顔をしかめながら、上体を起こしてしみじみと思う。
あれは夢だったんじゃないかって。
でもパソコンモニターに映る、小説サイト内で完結している俺の物語がそれを否定する。
あの不思議な少女とのやりとりは、実際にあったことなのだ。
俺は夢見心地のまま、マウスを動かして自分の作品を第一話から最終話まで、ゆっくりと読み始めた。
その世界では、俺の作り出したキャラクターたちが、戦い、恋をし、一生懸命に生きていた。
最後の方はやや駆け足に見えるものの、ラスボスである魔王と戦い、無事に勝利し、生還して皆で抱き合った。
拙いながらも、そこには世界にひとつだけの物語があった。俺が書き始め、俺が終わらせた物語が。
改めて自作品を見直した俺は、ちゃんと完結させて良かったと心から思った。
これまでに抱いたことのなかった満足感が、俺の中に満ち満ちている。
超展開での打ち切りという形で終わらせていたら、きっとこんな気持ちにはなれなかっただろう。そしてまた次の小説で、同じような超展開を繰り返すことになっていたはずだ。無意義に世界とキャラクターとを積み重ねるだけで、何も反省することなく。
そうなる前にデウス・エクス・マキナがやってきて、俺の世界とキャラクターとを救ってくれたのだ。そして俺自身も。
完結させた俺の作品には、わずかながらブックマークや評価ポイントがついていた。
そして驚いたことに、感想もだ。何が書かれているのだろうと緊張しながら、感想ページに移動する。
『完結おめでとうございます! 最後までワクワクしながら読みました。すごく面白かったです!』
そう書かれている感想が目に飛び込んできた時、俺は涙があふれそうになった。
たった一つの感想に、ここまでの力があるんだなと、初めて知った。
もちろん、感想がもらえたのも作品をちゃんと完結させたおかげだろう。
いきなりやってきて俺に活を入れてくれた、あの小さな機械仕掛けの神に感謝しなきゃな……。
俺は心のなかで、デウス・エクス・マキナにありがとうと呟いたのだった。
◇◆◇◆◇
今、俺は新しい小説を書いている。
いつもだったらポイント欲しさに流行りのテンプレっぽい話を書くのだが、今回は俺にしては珍しいことに、完全なオリジナルと言っていい作品だ。
あの時、物語をちゃんと終わらせてから、俺の中に創作したいという気持ちがこんこんと湧きあがっているのだ。
まさかこういった形で小説サイトと向き合えるとは思わなかった。今まではポイント第一だったというのに。
これも、あのデウス・エクス・マキナと出会ったことがきっかけなのかもしれないな、と嬉しい気持ちになる。
この新作は、超展開で終わらせるということはなさそうだ。少し寂しいが、あの少女が再び俺の前に現れることはないだろう。
わずかの時間だったあの邂逅について思いを馳せながら、俺は完成に向けて孤独に作業を続ける。
今回はキーボードを叩くペースがいつもより早い。
それもそうか。なにしろ実体験を元に書いてるからな。
よし、あっというまに最後まで書き上げたぜ。最終チェックを終えたら、いつものように小説サイトに投稿することにするか。
タイトルは……そうだな。
デウス・エクス・マキナが「もう打ち切り超展開は見たくないの!」とおっしゃっている! ……にしよう!
これにて完結です!
お読みいただき、ありがとうございました!
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