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星の橇

作者: MAGA

逝ってしまった人には――もう逢えない。

それは――伝えないとな。


クリスマスも近いというのに、私は相変わらず都市伝説に関する記事なんかを書いていた。


情報だけはあるが、誰も⾒たことのない――所謂(いわゆる)幻のテレビ番組に(まつ)わる都市伝説系の記事だ。

何もこんな時期にこんな記事でなくても良いだろうとは思うが――⽣業(なりわい)なのだから仕⽅ない。


知り合いの編集者と打ち合わせを終えた後、私は馴染(なじ)みの店へと⾜を向けた。


なんだか、まっすぐ家に帰るのが嫌だったのだ。


友⼈である占い師の顔が頭に浮かんだのだが――誘いには乗らないだろう。

店の扉を開けると、マスターの陽気な声に出迎えられた。

そしてカウンターの席には――


⾒たことのある顔の男が座って、⽬を丸くして私を⾒ていた。



クリスマスも近いというのに⼀⼈で飲んでいたその男は、興奮気味に尋ねてきた。


いや驚きましたよ、この店には良く来られるんですか――

先客である⽚桐(かたぎり)に問われて、私はええ、まあ等と胡乱(うろん)(こた)える。

この男は私の友⼈――占星術師・笹⽬天元(ささめてんげん)こと⽊下定男(きのしたさだお)の後輩であるらしい。

以前、ある出来事が切っ掛けで知り合うことになったのだが――ここで会うとは思わなかった。


⽚桐さんこそ、ここにはよく通われてるんですかと問うと、ええ、マスターの話が⾯⽩くてですね――⽚桐は少しだけ⾚くなった顔でそう⾔った。

いつもなら、マスターの話を聞いてばかりなんですが――今⽇はちょっと、相談したいことがあって。


⽚桐の⾔葉を受けて、カウンターの奥から、マスターの声が聞こえてきた。

そうなのよお、それがまた、どうしたらいいか判んないような話でねえ――


――私には、良くない(くせ)がある。

意識的にか、無意識的にか――他⼈の⾯倒ごとに⾸を突っ込んでしまうのだ。


それは、どんな話なんですか⽚桐さん――

私は、よせば良いのにそう尋ねた。



クリスマスも近いというのに、友⼈は受験に失敗した獄卒(ごくそつ)のような(かお)で私の話を聞いていた。


お前まあ、なんつう話を持ってくるんだ、だいたいこの時期はな、みんなクリスマスやら年末やらで浮かれてるんだ、悩み事なんか忘れて、占い屋が⼀息付ける数少ない時期なんだ、客が来たとしてもだな、恋愛相談とかの如何(どう)でもいいようなのが定番なんだ、なのにお前、おまえ――


友⼈が――天元がこんなに早⼝になったところを久しぶりに⾒た。

私は何とか友⼈を(なだ)めながら話を続ける。


まあ待てよ天元、まだ依頼されてったわけじゃないんだ、内容が内容だからな、その、適当に誤魔化(ごまか)すことだってできるさ。

なんせ発端(ほったん)他愛(たあい)もない――⼦供の⾔うことなんだから。


私がそう⾔うと、天元は罪⼈を追い回す獄卒のような視線を寄越(よこ)す。


⼦供だからこそだ、変な事は⾔えんだろ。

妙な解釈をして妙な基礎を持っちまったら――未来の損失だ。


俺達を救うのは⼦供達なんだぞと――獄卒は椅⼦にもたれて溜息(ためいき)()いた。


天元、お前――

なんだかんだで、その、真摯(しんし)なんだな。


私がそう⾔うと、天井を⾒上げていた天元はぎろりと視線だけ私に向けた。


――地獄で獄卒に⾒下ろされているような気分になった。



クリスマスも近いというのに、⽚桐の上司は浮かない顔をしていたのだという。


どうしたんですか課⻑、お⼦さんが、⾵邪でも引いたんですか――

昼⾷のタンメンを(すす)りながら⽚桐が問うと、渡瀬(わたせ)さんという⽚桐の上司はああ、いや――と低い声で応えた。

手元の炒飯は半分も減っていないのに――スープの⽅は冷め始めているようだ。


いや、⾵邪なんかならいいんだけどな⽚桐君、何て応えてあげたらいいか、判らなくってな。

応えるって、なんですか、⼦供さんから――何か()かれたんですか、ああ判りました、サンタクロースでしょう、クリスマスですからね、本当に居るのかとか、家に煙突ないけど⽞関から⼊ってくるのかとか――そんなのでしょう。

⽚桐の返しも何だか阿呆(あほ)みたいだが――渡瀬さんはゆっくりと(かぶり)を振った。


そうだったらいいんだがなあ、うちはほら、奥さんが()っちまった時にクリスマスどころじゃなかったからな、サンタクロースなんか居ないって事は――下の⼦だって(わか)ってるんだ。


ああ――そうでしたね――すいません、なんか――


ばつが悪そうに⽚桐が⾔うと、渡瀬さんは苦笑しながら⾔った。

いや、⽚桐君が恐縮する必要なんかないだろ、逆に楽なもんだよ、プレゼントだってダイレクトに要望が聞けるからな、お兄ちゃんのほうは――望遠鏡がご所望(しょもう)だそうだ。


渡瀬さんには⼆⼈のお⼦さんがいて――4歳と 6 歳のご兄弟だそうだ。

そして、奥様は――


もう3年になるんですねえ、と⽚桐が呟くように⾔うと、渡瀬さんはやはり苦笑したまま炒飯をつついた。

急だったからねえ、朝に出かけたと思ったら――もう帰ってこないんだから。

⼦供達は――ようよう理解し始めたみたいなんだがな。


渡瀬さんの奥様は――3 年前に事故で亡くなられたという。

それからは――仕事と⼦育てでとにかく必死だったのだそうだ。

奥様と渡瀬さんの実家のご助⼒もあって、⼆⼈の息⼦は(すこ)やかに育っているらしいのだが――


で――課⻑、お⼦さんが如何(どう)かしたんですか、ハッブル級の望遠鏡を欲しがってるとかですか。

君すごいな⽚桐君――渡瀬さんは呆れたような顔をしたという。

私もそう思う。


いやそうじゃなくてな、上の⼦が星の図鑑を借りてきたんだ、図書館から。

何というかこう――がっちり()まったみたいでな、毎⽇毎⽇、飽きもせずに⾒てるんだよ。

いいじゃないですか、ゲームだろうが漫画だろうが⾍だろうが星だろうが――熱中できるモノがあるって素晴らしいじゃないですか。

うん、まあ、それはそうだな、多分、望遠鏡が欲しいっていうのも図鑑の影響だと思うんだ。

それは良いんだが――図鑑を⾒ながらな、訊いてきたんだ。

何をです。

どの星なの、って。

ど――どの?

妻が居なくなった時に、私は⼦供達に⾔ったんだよ、お⺟さんは、星になったんだよって――

え――じゃ、その、何ですか、お⼦さんは――


レンゲから⼿を離した渡瀬さんは、溜息と共に独り()ちるように呟いたという。


陽太(ようた)は――⺟親が()()()()()()()()()知りたがってるんだ。


タンメンが、⼀気に冷えたように感じましたよ――

⽚桐はそう⾔った。



クリスマスも近いというのに、怪しげな占い屋に連れてこられた⼦供達は⼾惑(とまど)っていた。


陽太、こちらは、天元さんといってな、星占いをされる⽅なんだ。

⽗親にそう⾔われて、陽太君はまじまじと天元の顔を⾒つめる。

笑っているけど――⻤みたいだなあ等と思っていないだろうか。

普段が獄卒顔をしてるだけに――満⾯の笑みを浮かべた友⼈は逆に恐い。

弟の晴⼈(はると)君は――⽗親の膝の上で周りをきょろきょろと⾒回していた。

⻘⿊い天鵞絨(ビロード)に囲まれた部屋は――⼦供にとっては不思議な異空間だろう。

そんな事を思っていると、にこやかな顔の獄卒が⼝を開いた。


はじめまして、陽太くん。

僕は天元といって――お⽗さんの(おっしゃ)るとおり、星占いの仕事をしてるんだ。

ほしうらない――うらないって、あたるの?

陽太君の問いに、天元は間を置かずに返した。

(あた)らないよ、中ったように――⾒えるだけだよ。


こども相⼿にぶっちゃけすぎだろと――こちらが⼼配になる。


でも、うらないがおしごとなんでしょ、あたらないと――だめじゃないの。

そうだねえ、中る中らないというよりも――

(みちび)くのかな 。

みちびく?

道案内ってことだよ。

あんないするの?

そう、昔々の⼈はね、どっちに進んだらいいか、どうにかしてわかるようにできないかなって思ったんだ。

最初は道に迷わないように、特に明るい星を⽬印にしたんだろうな、北極星とかね。

ああ、しってるよ、うごかないほしでしょ。

そうそう、それでね、思ったんだ、コレ実際に歩ける道だけじゃなくて――()()()()()の案内もできるんじゃないかって。

みえないみち?

運命、ともいうかな。

うんめい――

少し難しくなっちゃうけどね、毎⽇いろんなことをしてると――いろんな事が起きるでしょう?

嬉しいことや楽しいこと、それに――悲しいことも。


晴⼈君を抱いたまま、渡瀬⽒は(うつむ)いたように⾒えた。


星占いはね、未来だの運勢だのが中るようなものじゃないんだ。

いろんな出来事と、なかよくなって――()く⽣きるための道案内をするものなんだ。

星に、陽太くんのお⺟さん達に尋ねながらね――


おかあさんに――


陽太君は、天元の⾔葉を懸命に飲み込もうとしているようだった。

渡瀬⽒に抱っこされたまま、晴⼈君が⾔う。

しってるよ、おかあさん、おほしさまになってるんでしょ――


天元は晴⼈君を⾒ながら深く頷く。

そうだよ、星になった――ことにするんだ。

陽太くんと晴⼈くんのお⺟さんの事は――占ってはいないよ。

占うまでもない、太陽みたいに光が強すぎて――判らないさ。


じゃあ、おかあさんは――おひさまになってるの?

いやあどうだろな、太陽は()っついからねえ、⽇焼け⽌めじゃ⾜りんわな。

天元は飄々(ひょうひょう)と――だが真摯に⼦供達に伝えようとしているようだが――

蟹座には積⼫気(プレセベ)って星の集まりがあって、星になった⼈はそこに⾏くって⾔い伝えもあるが――数が多すぎてどれがお⺟さんか判らんだろアレ。


いかん、⼝調が()に戻り始めている。

私が慌てて咳払いをすると――天元はこちらを⾒ないまま⼝調を切り替えた。


それでね、僕は思うんだ。

陽太くんと晴⼈くんのお⺟さんはきっと――


孤霊星(めいおうせい)のあたりにいらっしゃるんじゃないかな、って――



クリスマスも近いというのに、冥府(めいふ)の王はないだろ。


最初に天元からそれを聞いた時、私は思わず友⼈を問い詰めたものだ。

なんでまた――冥王星(めいおうせい)なんだ、

()りに選って、地球から⼀番遠い惑星に――いや、今は準惑星か、その(あた)りに居るって――遠いだろ。

私がそう問うと、天元は瞑⽬(めいもく)したまま応えた。


遠くないと――駄⽬だろ、もう()えないんだから。

逝ってしまった人には――もう逢えない。

それは――伝えないとな。


それは――そうだ。


内容が内容だからな、その、適当に誤魔化すことだってできるさ――


その時私は、⾃分の⾔葉を思い出して――

なんだか⼦供達に申し訳ないような気分になった。



冥王星って――もう、惑星じゃない星なんでしょう?

陽太君は怪訝(けげん)そうに⾸を傾げる。

きっと図鑑で⾒たのだろう。


そうだね、準惑星――ってことになってるね。

でもね陽太くん、孤霊星は――なんで惑星じゃ無くなったんだろう?


それは――えっと、ちいさいから――?


⼩さくても良いじゃ無いか、図鑑に載ってるように、⼀列に並べて⼤きさ⽐べしてるわけじゃないんだからね、⼩さくたって――惑星のままでよかったと思わないかい?


それはそう、だけど――


陽太君は⾸を捻りながら考えている――きっと、⺟親のことを想いながら――

思案する陽太君に、天元は穏やかに告げた。


孤霊星が準惑星になったのはね――周りに()()()()()()()()()()()()なんだ。


なかま――?


そう。

1930年に天⽂学者のクライド・トンボーが発⾒して以来――孤霊星は太陽から⼀番離れた場所を公転する孤独な惑星と考えられていた。


けれど、実際は違った。

1990年代初頭から、同じような⼩さな星が次々と⾒つかったんだ。

ケレス、クワウアー、エリス――


天元は、陽太君の⽬を⾒つめながら続ける。

孤霊星は――決してひとりぼっちなんかじゃなかった。

沢⼭の仲間と共に、空から僕達を⾒ているんだ。


そらから――


その仲間の中には、地球と同じように⽉を――衛星を持つものもある。

ハウメアという名前の準惑星でね。

この星の周りを回るふたつのお⽉様は、ヒイアカとナマカという名前なんだが――


発⾒当初はルドルフとブリッツェンと呼ばれていた。


ルドルフと――ブリッツェン。


陽太君が呟くように⾔うと、晴⼈君はかっこいい名前――と歓声(かんせい)をあげた。

だよなあ、かっこいいよなあ、僕は星の名前はどれも好きなんだが――このふたつは特に好きなんだ。

だって――


サンタさんの(そり)を引く()()()()()()()だからね。


やった、じゃあぼくがルドルフだぁ――

天元の⾔葉を聞いて、晴⼈君が叫ぶように⾔った。

陽太君は(あわ)てて弟の⽅を振り返る。

ずるいぞ晴⼈、ぼくがルドルフだよ、おまえはブリッツェンだろ――

やだよ、ぼく、ルドルフがいい――

ちぇ、しょうがないなあ、じゃあいいよ、ぼくがブリッツェンで。

というか、どっちでもいいよ、ぼくと晴⼈がそりをひいてるんだ。


そりにのってるのが、ハウメアが――



おかあさんだよ。



(はしゃ)いで歓声を上げる⼦供達を⾒て――

渡瀬さんは俯いたまま動こうとはしなかった。

⼦供達に、涙を⾒せまいとしているようだった。


泣いても、いいのになあ――

涙を流しながら――私はそう思った。



クリスマスも近いというのに――⽚桐は天元の店で話し込んでいた。


いやあ、よかったですねえ、渡瀬課⻑、喜んでましたよ。

ほんとに――よかったです――


なんでお前が泣くかね⽚桐、お前1ミリも関係ないだろが。

涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)くらいの関係だろが。


渡瀬さんの様⼦を話すうちに涙ぐんできた⽚桐に、天元は相変わらず冷たい突っ込みを⼊れた。


ずびっ、いやだな先輩、普通泣くでしょこんなもん。

⼦供さんたちも、喜んでるみたいですよ、お⺟さんの星が判って。

そう⾔って⽚桐は盛⼤に⿐をかむ。


いや、あのな⽚桐、あんなのこじつけもいいところだろうが。

ただまあ、⼦供に完全な嘘っぱちや誤魔化しを伝えるのも(はばか)られたから――無理くり作ったハナシだよ。


お前が泣いて如何すんだ――呆れたように呟いて、天元は椅⼦に深く座り直す。


いや、でもまあその、よかったんじゃないか天元。

少なくとも、あの⼦達は納得できたんだろ。

それなら――


ああ、能く⽣きるだろうさ――

私の⾔葉を継いで、天元はそう⾔った。


というか⽚桐、いいのかこんなとこで油売ってて、お前営業中じゃないのか。

⼤丈夫ですよ先輩、クリスマスも近いですからね、今⽇は有給休暇です。

経理の子とですね、一緒に過ごす予定なんですよ、いろいろと準備があるんで⼤変なんですよ――


にやけながらそう⾔う後輩に、だったらさっさと準備にかかれと天元は⾔った。


⻤のような形相(ぎょうそう)の友⼈を⾒て、私は思わず溜息を吐く。


まあ――此奴(こいつ)にクリスマスなんぞは似合わんわな。


そう思いながらも私は、(はる)か彼⽅で⼦供達を⾒守る星の事を想うと――

やはり楽しい気分になった気がするのだった。


やっぱりクリスマスは――こうでなくちゃなあ。


天元と⽚桐のやり取りを呆れながら⾒つつ――私はそう独り()ちた。



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