小さな勇者さま
「…ちゃん、おにいちゃん」
パジャマをぐいぐい引っぱられて、ぼくは夢からさめてしまった。あーあ、いい夢だったのに…。
「ねぇ、ゆり、おしっこ」
「またかよ…。パパかママに頼めよ」
妹のゆりは、こうやってぼくをよく起こすんだ。夜中のトイレに行くなんて、ぼくだってイヤなのに。
「パパもママも、起きなかったんだもん」
「じゃあがまんしろよ」
「やだよぉ、おねしょしちゃうよ」
ゆりは涙目でぼくの顔を見つめる。こうなったらしかたない。
「わかったよ。ちゃんと手をつないどけよ」
ぼくはしぶしぶ起きあがった。とりあえず部屋の電気をつけようとしたけど、リモコンがない。
「パパ、またどっかにリモコンやったな」
となりでグースカ寝てるパパを、うらめしそうににらむが、もちろんどうにもならない。パパは遅くまでビールを飲んで酔っぱらうと、リモコンを変なとこに置くくせがあるんだ。
「ちぇっ、もうこうなったら、電気つけずに行くぞ」
やけになって言うと、ゆりが小さくうなずいた。もじもじしてるし、時間はなさそうだ。途中でおもらしなんてされたら、ぼくまで怒られるかもしれないし。
「ほら、行くぞ」
差し出した手を、ゆりが痛いほどに握ってくる。なんだかぼくまで怖くなってきた。家の中なのに、アニメやゲームなんかに出てくる、ダンジョンみたいに思えてくる。でも、とにかく進まないと…。
ぼくは、忍び足で一歩踏み出した。どうせパパもママも起きないのに、まるでどろぼうみたいに歩いていく。うしろをふりかえると、ゆりまで口をしっかりふさいでる。
「ゲームでも、こんなのあったな。音を出したら、おばけに攻撃されて…」
言ってぼくは後悔した。ゆりが、ものすごい力でぼくの手を握ってきたからだ。しかも、反対の手でぼくをポカポカたたいてくる。
「わわ、悪かったよ。落ち着けって。大丈夫だからさ」
ゆりはもう半泣きだ。ほんとにおもらししそうだし、ぼくはゆりの頭をぽんぽんってして、それから前を向いた。ゆりがもう一度手をぎゅっと握る。早くこのダンジョンを攻略しよう。
トイレの水が流れる音がして、ゆりがすっきりした顔で出てきた。とりあえずこれで一件落着だ。帰りも電気ついてない中、暗くて怖いけれど、なんだか大丈夫な気がする。ぼくはゆりに手を差し出した。
「お姫さま、だね」
「えっ?」
「さっきおにいちゃんが言ってたゲーム、勇者さまが、お姫さまをおばけから守るゲームでしょ? そしたらゆり、お姫さまじゃん」
こいつ、すっきりしたからって、調子に乗って…。ん、でも、てことは…。
「じゃあぼくは、勇者さま?」
ゆりが大きくうなずいた。さっきまで、難攻不落のダンジョンに見えていたろうかが、最初の町にある、すぐに攻略できるダンジョンに思えてきた。
お姫さまが勇者さまの手を握る。勇者さまはうなずいて、それから一歩を踏み出した。
――さあ、また冒険に出かけよう――