ただし体はゴブリンとする~蘇生費用は金貨千枚「金が貯まるまでは死霊術で首から下は誤魔化しましょう」「い~や~!?」~
連載用に考えていたネタです。
「やっぱり前衛が少なかったのですよ」
「むぅ。いけると思ったんじゃがなぁ……」
「いやいや。今はそんなこと言ってる場合じゃねぇだろ!?」
首から下を魔物の牙でズタズタに食いちぎられ絶命した女僧侶の遺体を囲み、三人の男たちがどうしたものかと顔を寄せ合う。
種族も年齢もバラバラの冒険者と思しき一団。魔物との戦闘直後で、平穏な森の一角にはゴブリンとその乗騎となっていた狼の死体が散乱している。戦いには勝利したが女僧侶がその犠牲となってしまったようだ。
エルフの血を引いていると思しき美しい顔立ちは恐怖で歪んだまま硬直し、首から下は見るも無惨な有り様だ。
「……取り敢えず、埋めますか?」
まだ幼さの残る少年が顔色一つ変えず遺体の処分方法を口にする。灰色の髪と目に小柄な体躯、魔術師らしく手には杖を抱えていた。
「埋めんの!? いきなり!?」
慌ててそれを制止したのは魔術師の少年よりさらに小柄な男。しかし顔立ちや風体には枯れた雰囲気が漂っており、成人した小人族であることが見て取れた。
「うむ。こういう道端に死体を埋めるのはマナー的にどうかと思うぞ」
重々しくどこかズレた発言をしたのは、ガッチリした体躯のドワーフ族の戦士。
「きちんと街まで運んで丁重に弔ってやるべきだろう」
「あ~……ギルドに報告する時、遺体はどうしましたかって聞かれたらマズいですもんね」
「違ぇだろ、馬鹿ども!!」
仲間の遺体を前にノホホンと会話を交わす魔術師とドワーフに、小人族の男が堪えきれずツッコんだ。キョトンと目を丸くする二人に小人族の男は続ける。
「その……ほら! まずは蘇生できるかどうか考えてやろうぜ?」
その意見に二人はしばし沈黙、考えもしなかったといった様子で。
『…………おお!』
「この薄情者どもが!」
小人族の男はガチギレ気味に罵るが、しかし魔術師とドワーフは心外だと言いたげに顔を見合わせた。
「……そうは言っても、蘇生費用って金貨千枚ですよ?」
「そうじゃのう。キーアの妊娠で祝い金を包んだばかりじゃし、儂らの手持ち全部かき集めて金貨十枚に届くかどうか……」
「装備全部売り払ったとしても全然足りないのです」
「ぐ……っ」
冷静な二人の指摘に小人族の男は押し黙る。
「今回の仕事も全員で銀貨80枚。生活費や消耗品費差し引いたら幾らも残りません」
ちなみに金貨1枚は銀貨100枚換算。生活費やら消耗品費、装備の修繕・更改費用やらを考慮すれば、蓄えに回せるのは報酬の半分にも満たない。
「節約しても金貨千枚貯まるまでに10年はかかりそうじゃのう」
「その前に遺体が腐っちゃいますね」
あっさり「無理だろう」と結論を下す二人に、小人族の男は「薄情すぎるだろう」と食い下がる。
「それにしたって何かやり様があるだろう? 例えば……ヒルダの家族に相談してみるとか!」
「ヒルダさんは戦災孤児なのでご家族はいないのですよ?」
「うむ。お主はいつもギャンブル通いで仲間の身の上話になど興味は無かったのだろうがのう」
「待って!? 何で仲間を見捨てようとしてるお前らに、仲間を救おうとしてる俺が非難されてる風なの!?」
小人族の男はそう抗議するが、日頃の素行と付き合いの悪さを突かれると分が悪い。
「じゃあ、えっと……ほら! ヒルダが仕えてる神殿に相談しようぜ! 僧侶なら蘇生費用もツケが利くかもしれないだろ?」
話題を変えようと別の方法を提案するが、しかし二人の反応は芳しくなかった。
「……ヒルダさんが仕える地母神の教義では、蘇生は“不自然”なこととして推奨されてないのです」
「うむ。禁止まではされておらんが、信者なら尚更便宜など期待できんじゃろう」
仲間への興味も無ければ常識までないのか、と二人が呆れた目で小人族の男を見る。
「シド、レオも! 何でそんなに俺に当たりが強いの!?」
「ハイドさんが先日ギャンブルでパーティー資金を使い込まなきゃ、遺体に【防腐】の魔法をかけるぐらいはできたので……それでかなと思うのです」
「うむ。お前が言うなって感じじゃの」
「ごめんよぉ!」
魔術師シドとドワーフの戦士レオポルドに当たりがキツイ理由を突きつけられ、小人族の斥候ハイドは涙目で平謝りした。
土下座するハイドを見下ろして嘆息し、レオポルドは改めてどうしたものかと首を傾げる。
「しかし真面目な話、どうするかのう?」
「え? シドはいつだって真面目なのですよ?」
「…………」
「…………?」
不思議そうに首を傾げるパーティー最年少の魔術師の言葉を、レオポルドは聞かなかったことにして仕切り直した。
「蘇生費用を稼ぐのは不可能。【防腐】の魔法も間に合うまい。となると……借金か?」
「何の実績も無い新米冒険者にそんな大金貸す人はいないと思うのです」
『じゃよ(だよ)なぁ』
シドの冷静なツッコミにレオポルドとハイドが頷く。
そこでふと、シドは何かに気づいた様子でヒルダの遺体に視線を落とし、口元に杖をあてながら呟いた。
「あ。でもヒルダさんは美人だし、ハーフエルフで寿命も長いから、娼婦落ち前提ならひょっとして……」
「いやいや、ちょっと待て!」
ハイドが地面に正座したまま顔を上げてツッコむ。
「それって【制約】かけられて自殺もできねぇ奴隷契約だろう? 本人の了承もなく蘇生させてそれは流石にマズいんじゃ……」
「確かにのう。それなら死んだままの方が良かったというかもしれん」
そもそもヒルダは地母神の僧侶なので、教義的に蘇生を嫌がる可能性もあった。
「死亡した時に蘇生を希望するかどうか事前に聞いておくべきだったかのう……」
「いや、そりゃ難しいぜ。そもそも普通は聞くまでもなく蘇生を希望するもんだし、蘇生してやれる見込みがあったわけでもねぇからな」
顎髭を撫でながら困った様子で唸るレオポルドに、ハイドがかぶりを振って否定する。
「せめて本人の意思確認だけでもできればいいんじゃが」
「……それも残酷な気がするがなぁ。今んとこ、このまま死ぬか、いつまで続くか分からない娼婦落ちの二択だろう?」
「確かに。せめてもう少し他の選択肢があればのう……」
『…………』
意思確認。他の選択肢。
どん詰まりの状況に男たちは頭を悩ませる。
そんな中、真っ先に「無理じゃね?」と諦めていたシドは、何の気なしに周囲に散らばるゴブリンたち魔物の死体に目をやり、ふとある可能性に思い至る。
「…………あ」
「ん? どうした、シド?」
そんな彼の様子に気づいてレオポルドが声をかける。
幼く未熟ながらも才気あふれる魔術師であるシドは、八方ふさがりの状況の中、仲間を救う可能性に思い至ってしまった。
そして、普通の人間なら思いついても決して実行しようとは思わないその行為を、躊躇いなく口にしてしまう。
「いやまだ練習中の魔法なので出来るかどうか、やってみないと分からない部分はあるのですが──」
その提案を聞いた二人の仲間の反応はというと。
「ほう!」
レオポルドは単純に面白そうだと目を輝かせ。
「うぇぇ……?」
ハイドはその結果を想像してドン引きした。
しかしそんなハイドでさえ他に対案があるわけではない。
結局、シドの提案は提案者本人と何故かノリノリのレオポルドの賛成多数により可決されることになる。
……可決されてしまった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「う……あ……?」
ハーフエルフの女僧侶ヒルダが微睡みから目を覚ます。
身体が重い。開けた瞼の隙間から差し込む光が眼球を焼くように眩しく、不快だった。
それでも徐々に身体が光に適応し、ゆっくりとその眼が開いていく。
「お、おお……ホントに起きた……?」
「むう。冗談かと思っておったのじゃが……」
視界に飛び込んできたのは青い空と自分を覗き込む三人の仲間の顔。
ヒルダを見る彼らの顔には気遣うような心配の色と、何故か僅かの警戒と恐怖が滲んでいる。
──え、どういう状況……?
まるでたった今動き出したばかりかのように重く鈍い脳を巡らせ、ヒルダは『何で私は寝転がってるんだろう?』と首を傾げる。何があったのだろうか。
確か自分たちはギルドの討伐依頼を受けて……そうだ、今日は妊娠騒動でパーティーメンバーが二人減って初めての仕事だった。前衛が一枚きりになって不安はあったが、ゴブリン程度なら何とかなるだろうと甘く見て──
「──ひうっ!?」
突然ヒルダの脳裏に、狼に生きたまま自分の胴体が食いちぎられていく映像がフラッシュバックし、ビクンと身体が跳ねる。
「ど、どうした!?」
「やはり問題があったか……?」
「…………」
心配そうに仲間たちが顔を歪める──いや、魔術師のシドだけは表情一つ変えず、冷静にヒルダの様子を観察していた。
ヒルダは気持ちを落ち着かせるように再び目を閉じ、大きく深呼吸を繰り返す。数十秒ほどそのままの体勢でいただろうか。呼吸と共に気持ちは落ち着きを取り戻し、重苦しく別人のようだった身体も徐々に感覚を取り戻していった。
「……ごめん。大丈夫。迷惑、かけたみたいね」
再び目を開けて、仲間たちに謝罪する。
詳しい経緯は分からないが、自分が何とか助かって、仲間たちに心配と迷惑をかけたことは分かる。
無理に笑顔を浮かべ、身体を起こして大丈夫だとアピールしようとする、が──
「待て! う、動くな!」
「う、うむ。まだジッとしておれ……!」
ハイドとレオポルドが慌ててそれを押し留めた。
確かに、よく覚えてはいないが自分は致命傷を負っていた。もう痛みこそなく、治療が終わっているとしてもすぐに動くのは問題があるかもしれない。ヒルダは実際に身体がまだ重たいこともあって、素直に制止を受け入れ、横たわったまま仲間たちに話しかけた。
「……あの後、どうなったの? よく、覚えてなくて……」
『…………』
ハイドとレオポルドが戸惑った様子で顔を見合わせる。
答えたのは普段と変わらぬ様子のシドだった。
「ヒルダさんが倒れた後のことでしたら、ゴブリンたちはあの後すぐに殲滅できたのです。取り逃がしもないはずなのですよ」
「そう。良かった……」
安堵の息を吐くヒルダに、今度はシドが問いかけてきた。
「ヒルダさんは、どこまで覚えているのですか?」
「どこまで……」
問われて思わず顔を顰める。
正直そんなこと口にするどころか思い出したくもなかったが、認識のすり合わせは大事だと自分に言い聞かせ、最後の光景を口にする。
「その……乗ってたゴブリンが倒された狼が私に襲い掛かってきて、それで──」
「そこまでで大丈夫なのです。記憶に不備は無さそうなのです」
シドは納得した様子で満足そうにうなずく。
ヒルダにはその意味が分からなかったが、ともかく不備がないのはいいことだ。そして微笑み、言い忘れていた言葉を口にする。
「……ありがとうね」
「何がです?」
「ほら、その……私酷い怪我だったでしょ?」
『…………』
男三人が顔を見合わせて沈黙する。
それをやはり自分相当酷い状態だったらしいと理解したヒルダは、横たわったまま改めて感謝を告げる。
「助けてくれて本当にありがとう」
「い、いや、その……気にすんなよ?」
「う、うむ。仲間を助けるのに全力を尽くすのは当然のことじゃろう?」
何故かハイドとレオポルドは少し声を上ずらせ、焦った様子だった。ヒルダはそのことを不思議に思いつつ、唯一冷静さを保っているシドに、ふと気になったことを尋ねる。
「……そういえば、どうやって治療したの?」
『ひゃい!?』
ハイドとレオポルドが変な声を出すのでそちらを見るが、彼らは慌てて目を逸らした。そのことを不審に思いつつ、ヒルダは改めてシドに視線を向ける。
「結構深い傷だったと思うし、普通の傷薬じゃ治せなかったんじゃない? どう、やっ……て──」
──あれ? 私以外回復魔法なんて使えないし、あんな重傷を治せる薬なんて皆が持ってるはず……ないよね?
あれほどの重傷を治すには、高位の治療師による回復魔法か、あるいはよほど腕の良い薬師に頼るぐらいしか方法はない。重傷だった自分を街まで運んで治療してくれたのかと考えたヒルダだったが、目に映る光景はゴブリンたちと戦闘を繰り広げたあの森の一角。とても重症の自分を治療できるような環境ではない。
──痛みはないからてっきり治療はすんでるモノだと思ってたけど……あれ?
「……ねぇ? 私の身体、どうなってるの?」
『うおぉぉぉっと!?』
自分の身体がどうなっているのか気になり、身体を起こそうとしたヒルダだったが、それは左右からハイドとレオポルドに肩を掴まれ止められる。
「ま、まだ動くな! 身体がなんかこう……あれだ!」
「そうじゃ、動かすと取れる──じゃなくてとにかく動くでない!」
「え? ええっ!?」
ヒルダは余計に不安になって視線だけ動かして自分の胴体を見るが、何故か彼女の首から下は毛布で覆い隠されていた。
「ちょ、何!? 何なのよ!」
何か自分の身体に不具合──例えば傷跡とか欠損でも残ってしまったのだろうか。それでショックを受けないように身体を隠している?
しかしヒルダとて冒険者だ。相応の覚悟をしてこの道に足を踏み入れた。気遣いはありがたいが、どうせ遅かれ早かれ知ることになるなら隠していても同じことだ。
ヒルダはフッと力を抜いて仲間たちに「大丈夫よ」と語り掛ける。
「……あれだけの傷だったんだもの。五体満足で生き延びられるなんて思ってないわ。覚悟はしてるし、一々取り乱したりしない。だから大丈夫」
そう安心させるように微笑むが、ハイドとレオポルドは困惑した様子で顔を見合わせる。
──もう、意外と心配性なんだから。
生きてさえいれば例え四肢の欠損だろうと治療は難しくない。一般人であれば神殿に相応の喜捨が必要となるだろうが、ヒルダは神に仕える身。奉仕活動あたりと引き換えに優先して治療を受けさせてもらえるはずだ。
「ヒルダさんもこう言っていますし、これ以上隠す意味はないと思うのです」
「い、いやしかしじゃな、女子に見せるにはかなり絵面が厳しいというか、正直わしもナメとったというか──」
「レオ。そんな気遣って貰わなくても大丈夫だって」
普段豪快で無神経なドワーフの気遣いに、ヒルダは思わず笑ってしまうった
「いや、しかしじゃな……」
「もう。ホントにどうしちゃったの? そりゃ私も女だし、多少ショックは受けるかもしれないけど、遅いか早いかの違いでしょ?」
「それは……そうなんじゃが」
もごもごと口ごもるレオポルド。ハイドも黙ってはいるが何か言いたげだ。
「いつまでも隠し通せるものではないのです。まずは現実を認識していただかないことには始まらないのですよ?」
『…………』
「というわけでヒルダさん。まずは今のご自分の身体を確認して欲しいのです」
そう言って、シドはなおも躊躇いを隠せないレオポルドとハイドを無視してバサッとヒルダの身体にかけられた毛布を剥ぎ取った。
「……………………?」
細い、栄養失調気味の小柄な身体が、そこにあった。
肌ツヤも悪くガサガサだが、これは怪我の影響だろうか? もしそうでないならショックだな、とヒルダは他人事のような感想を抱く。
大事な部分は粗末な布で隠されていた。
まるで原始人か程度の低い魔物のようだが、自分の服がボロボロになったとしてもこうはなるまい。
肌の色もおかしい。
いくら何でも自分の肌が緑色なんて。
いや、おかしいのは自分の目だろうか?
まるで、自分の身体が、ゴブリンのそれに変わってしまったように……見える。
──は、はは……まさか、そんなはず……
目を擦ろうと腕を動かした瞬間、緑色の汚い腕が顔に近づいてきたのを見て、ヒルダはピタリと動きを止める。
「…………」
グーパー。上下、左右に動かし、その醜いゴブリンの腕が自分の腕だと認識した瞬間。
「はうっ!」
ヒルダの意識は再び闇に落ちた。
「ああっ、ヒルダっ!?」
「気をしっかり持つんじゃぁぁっ!」
「…………」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「う、うう……」
数分後、再びヒルダが意識を取り戻す。
「おお、目を覚ましたか?」
「だ、大丈夫なのか……?」
よろよろと身体を起こす彼女を、レオポルドとハイドが気づかわしげに、しかし今度は制止することなく見守っている。
「……酷い悪夢を見たわ」
「夢なのです?」
手に何かを持ち、純真無垢そうな表情で首を傾げるシドに、ヒルダは頭痛を堪えるような表情で応じた。
「ええ。口にするのも悍ましい、馬鹿馬鹿しい悪夢よ」
「それはひょっとして──」
そこでシドは手に持っていた銅鏡をヒルダの前に突き出す。
「こんな悪夢なのです?」
そこの写っていたのは見慣れたヒルダ自身の顔──と、その首から下が緑の肌のゴブリンの胴体へと挿げ変わった不気味な生き物。
「…………はうっ!」
『ヒルダァァッ!?』
再びヒルダの意識は闇に落ちた。
「てへっ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「つい面白くなってしまったのです。反省はしたです。もっと溜めて捻るべきだったのです」
「全然反省してねぇだろクソガキ!」
再び意識を取り戻したヒルダの目に飛び込んできたのは、シドが地面に正座させられハイドに説教されている光景だった。
「う、うう……」
「おお、目が覚めたか……」
眩暈を堪えるように右手で額を押さえながら身体を起こすヒルダに、レオポルドが気遣うように近づいてくる。
そんな彼にゴブリンの左手を突き出し、ゴブリンの右手をマジマジと見つめながらヒルダは低い声音でボソリと告げた。
「……事情。説明して」
二度も気絶すれば流石にこの不気味な身体にも耐性はつく。
いや正直、気持ちが悪いのは変わらないし混乱で頭が爆発しそうだったが、何とか意識を保てる程度にはヒルダも現実を直視できるようになっていた。
「いや、もう少し落ち着いてからの方が──」
「この状況で落ち着けるわけないでしょ? いいから、早く、説明、しろ」
なおも説明を渋ろうとしたレオポルドだったが、ヒルダに据わった目つきで睨まれガクガクと頭を上下させる。
「…………(クイッ)」
そして少し離れた場所で無関係を決め込もうとしていたシドとハイドに、ヒルダは親指で足元を示し、さっさと来いと命じた。
「…………」
『…………』
ハーフエルフの美少女の頭部、首から下がゴブリンという不気味な怪生物が仁王立ちしている前で、三人の冒険者が正座で地面に座らされていた。
無言で「早く説明しろ」と促すヒルダの圧にレオポルドとハイドが気まずそうに沈黙する中、口を開いたのは唯一その場で悪びれず平然としていたシドだった。
「ではシドから説明させてもらうのです」
「…………」
「まず最初に、もう薄々気づいてるとは思うのですが、ヒルダさんはつい先ほど、狼に首から下をズタズタに食いちぎられてお亡くなりになったのです」
改めて現実を突き付けられ、ヒルダはショックで崩れそうになるのを踏みとどまり、続きを促した。
「……ええ。そりゃそうよね。あんな重傷を負って、治療方法がこの場にないんだから、助かるはずがないわよね」
「ヒルダ……」
「いいのよ。それより大切なのは、今どういう状況か、それとこれからの話でしょ?」
ハイドが心配そうに声をかけるが、ヒルダは敢えて気丈に振る舞った。
「それで? 死んだ私が、どうして今こうして、こんな身体になって生きてるの?」
「それなんですが、ヒルダさんはまだお亡くなりになったままなのです」
あっさりと言うシドの言葉が理解できず、ヒルダは首を傾げた。
「お亡くなりになったまま……って、現に私はここにいるけど?」
「ここにいるけど、死んだままなのです」
「???」
混乱するヒルダに、レオポルドとハイドはそりゃそうだよなという顔をした。
「おいシド。最初から順を追って説明してやんな」
「分かったのです。まず──」
シドはヒルダが魔物との戦いで命を落としたこと、その後魔物を退治したものの、奴隷落ち以外に蘇生の方法が見当たらずどうしたものか三人で頭を悩ませたことを説明した。
「娼婦落ち……」
説明を聞いてヒルダもそれは確かに悩ましいと顔を顰める。
死にたくはないが、生き返ってもいつ解放されるとも分からない娼婦暮らしでは、生き返らない方がましだと考えるかもしれない。いや実際今すぐどちらかを選べと言われても選べはしないが。
「それで、今の内にどっちにするか選べって?」
「いえ。流石にそれを選べと言うのも酷だとレオさんが仰るので、もう一つ選択肢を作ったのです」
他の選択肢。そう言われて、ヒルダは改めて自分の姿を思い出す。
「……ひょっとして、今のこの身体?」
「その通りなのです」
ニッコリ笑い、シドはどこか自慢げに説明を続けた。
「今のヒルダさんの身体は、僕の【死体操作】の魔法で仮初の命を与えたもの、いわばアンデッドなのです」
「ア、アンデッドですって!?」
僧侶の自分がいつの間にやらアンデッドにされていたという事実に、ヒルダが目を白黒させる。しかし驚きの連続である程度耐性がついていたのか、混乱を飲み込んで新たに生まれた疑問を口にする。
「何でそんなことを──というか、アンデッドにするにしても何で身体がゴブリンなのよ!?」
それな、とハイドが横で頷いているが、シドは全く気にした様子もなく堂々と答える。
「一つはヒルダさんの意思を確認するためなのです」
「意思を確認?」
「です。とても重たい選択なので、一時的にアンデッドになってでも意思確認をしておきたかったのです」
「…………なるほど」
勝手にアンデッドにされたことへの不満はあるが、事情が事情だけにそれは理解できる。納得するしかない。納得できないのは。
「それは分かったけど、この身体は何よ!?」
「もう一つの選択肢の為なのです」
シドはそういうとその場から立ち上がり、少し離れた場所に置かれていたあるものの前で立ち止まる。先ほどのヒルダの身体と同様に毛布で覆い隠された人間大の物体。シドが剥ぎ取った毛布の下から現れたのは、ズタズタになった女の身体。
「私の……身体?」
「そうなのです。見ての通り、ヒルダさんの胴体はボロボロで、もうほとんど生物としての機能を残していないのです」
ショックを受けた様子のヒルダを気にかける様子もなく、シドは淡々と続けた。
「一時的に動かす分には問題ないのですが、あくまで数日アンデッドとして活動させるのが限界なのです」
「……意思確認のためならそれで十分だと思うけど?」
わざわざゴブリンの身体を使う答えになっていない。
「はい。そこで第三の選択肢なのです」
シドは指を三本立てて続ける。
「ヒルダさんを蘇生する上で問題なのは、金策のための時間がないという点なのです。魔法による蘇生が可能と言われているのは一般的に死後14日間。【防腐】の魔法をかけてもらえればこの期間は伸ばせますが、その為にも金貨3~40枚は必要なのです」
「……私の伝手も頼れないし、絶望的ね。そもそも時間があったとしても金貨千枚なんて貯められっこないわけだけど」
悲観的なヒルダに、しかしシドはニッコリ笑って見せた。
「そうでもないのですよ? 僕らは冒険者なのですから」
「冒険者……?」
ヒルダはその言葉の意味が分からない様子だったが、すぐに何かに気づいた様子で目を輝かせる。
「迷宮!」
「そうなのです。迷宮は意思持つ強力な魔道具が生み出す魔法の迷宮。踏破すれば現代の技術では再現不可能な魔道具が手に入るのです。金貨千枚なんてめじゃないのですよ」
シドの言葉は誇張でもなんでもない。
実際、高価な蘇生が冒険者の間で当然のように話題に上るのも、一獲千金を成し遂げた冒険者がその財を以って仲間の蘇生を行うことが多いからだ。
だが当然、そんな一獲千金を成し遂げられる冒険者はほんの一部であり、今の彼らはそれに挑戦する資格さえ満たしていない。
「もちろん、今すぐは無理なのです。だから時間が必要なのですよ」
だんだんヒルダにもシドの言いたいことが分かってきた。
しかしそれでも理解できないことがある。
「……言いたいことは分かったけど、それでどうして私の身体をこんな……にしたの?」
「時間を稼ぐためなのです」
シドはキッパリと言った。
「頭さえ無事なら、胴体はどうなっていても蘇生は可能なのです。でもこのままだと、ヒルダさんの頭はすぐに腐ってしまうのです」
「って、まさか──」
そこでヒルダの脳裏にある悪魔的な閃きがよぎった。慌ててハイドとレオポルドを睨みつけると、二人は彼女から視線を逸らし、
「俺はどうかと思うって反対したんだ……一応な」
「話を聞いた時は、もう少しロマンあるデザインになると思うたんじゃが、流石にゴブリンではのう……」
そんな弁解めいた言葉にヒルダが目を白黒させる。
そして彼女の混乱を無視するようにシドは第三の選択肢を提示した。
「新鮮なゴブリンの胴体から魔法で体液を循環させて、ヒルダさんの脳に供給することで、脳の劣化を大幅に遅らせることができるのです」
「いぃぃぃやぁぁぁぁぁっ!!」
ヒルダは聞きたくないと耳に手を当て絶叫した。
突然の彼女の奇行に、シドはわけが分からないと首を傾げる。
「何かご不満があるのです?」
「大有りよぉぉっ! ってか、体液とか言うなぁぁっ!!」
シドは眉をひそめる。
「いやでも、実際血液とかで一括りにできない色んな体液が循環してる訳で──」
「そういうことじゃない!」
薄々理解してはいたが、シドに改めて言葉にされたことでヒルダの中で拒絶反応が爆発する。
「ゴブリンの……(ごにょごにょ)が私の脳を駆け巡ってるってことでしょ? そんなの、そんなのぉぉぉっ!?」
「確かに。考えて見ると物凄く特殊な体液プレイじゃの!」
「プレイって言うなぁ!?」
興奮して余計なことを言ったレオポルドがヒルダに蹴り飛ばされる。
ゴブリンの胴体にくっつけられたことだけでも気持ち悪いのに、改めてゴブリンの体液が自分の脳を侵食し駆け巡っているという事実を突き付けられ、ヒルダは悍ましさに頭を掻きむしりそうになった。いや、ゴブリンの手で自分の頭に触りたくないので実際にはできないが。
白目を剥いて絶叫するヒルダを痛ましいものを見るように見つめるレオポルドとハイド。しかし分かっているのかいないのか、シドは全く彼女の嘆きを気にした様子もなく、笑顔でポンと手を叩いた。
「……ああ! 免疫とか拒絶反応は大丈夫なのですよ? 合成獣の技法を応用したので、悪影響は最小限に抑えられているのです」
「そういう問題じゃなぁぁい!」
すごいでしょ、と胸を張る魔術師に、ヒルダは髪を振り乱して絶叫する。胴体がゴブリンなので普通にホラーだ。レオポルドとハイドが「うわ」と呻いて後ずさっていた。
「むぅ。確かに全く脳にダメージが無いとは言えないのですが……でもこれはシドが言うのもなんですが物凄い成果なのですよ? 実例付きで学会で発表すればきっと大騒ぎに──」
「発表したらお前を殺す」
混じりけの無い殺意に流石のシドもそれ以上言葉を続けることができなかった。
代わりに不満そうに顔を顰め、唇を突き出しながら言う。
「……何が不満なのですか?」
「この身体に決まってるでしょ! 何でゴブリンなのよぉっ!?」
「適当な新鮮な死体が他になかったからなのです」
「だからって──だからって、こう……ちゃんと選んでよ! 探せば他にあるでしょ!?」
ヒルダの訴えは心情的にはもっともだったが、効率と合理を重んじるシドにはヒステリーを起こしているようにしか見えない。彼はやれやれと言いたげに肩を竦め、
「一応、メスのゴブリンを選んだのです」
「そういうことじゃなぁぁい!」
「──シドや」
かみ合わない二人のやり取りに、これでは埒があかないと割って入ったのはレオポルドだった。
「わしが思うに、やはりオスのゴブリンの身体を体験するという今しか味わえない喜びを──」
──どげしぃ!!
ゴブリンの小柄な体躯から繰り出されたとは思えない見事なソバットがレオポルドの側頭部に刺さり、その意識を刈り取った。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
荒い息を吐いて目を血走らせるヒルダが落ち着くのを待って、シドは改めて肝心の問いを口にする。
「それで、ヒルダさんどうするのですか?」
「どうするって……」
「このまま死ぬか、娼婦として奴隷落ちするか、それともその身体で一獲千金に賭けるか、どれを選ぶかなのです」
「…………」
目を逸らしていた現実を突き付けられ、ヒルダは押し黙る。
もちろん死にたくはない。一度死を経験したからこそ、死が怖くて仕方がない。
娼婦になるのもごめんだ。金貨千枚の借金ともなれば利息だけでも膨大な金額になる。恐らくハーフエルフの長い一生を娼婦として過ごすハメになるだろう。
最後の選択肢は、上手く行けば全てが解決する。
上手く行く確率は低いが、元々冒険者なんてその小さな可能性に人生を賭けた博打打ち。ヒルダもその例に漏れず、分の悪い賭けは嫌いではなかった。
問題は勝算ではなく、その過程。
「~~~~っ」
ヒルダはしばし一人で思い悩み、悶えた後、絞り出すように口を開く。
「……………………その、死にたくは、ない」
「はいです」
「……………………娼婦落ちも、いや」
「ですか」
「……………………だけど、ゴブリンの身体もいやなの」
そこでヒルダは縋りつくように目を見開き、訴える。
「せめてもうちょっと、マシな身体にして……!」
「もちろんです」
あっさりと頷いたシドに、ヒルダは拍子抜けした様子で尋ねる。
「えと……できるの?」
「はいです。というか、定期的に胴体を換えていかないと胴体も腐っちゃうのです。元々そのつもりだったですよ」
シドの回答にヒルダは俯き、
「……………………じゃあ、頑張る」
そう第三の選択肢を選ぶと宣言した。
……して、しまった。
この時、彼女が顔を上げていたならば、痛ましそうに自分を見つめる小人族の顔にその選択を思いとどまっていたかもしれない。
あるいは新しい胴体と聞いてロマンに顔を輝かせるドワーフか、悪魔のように美しい笑顔で微笑む魔術師か。
間もなく、ヒルダはその選択を後悔することになる。
何度も。何度も。繰り返し。
後の世に『千の体を持つ悪魔』と呼ばれた英雄が産声を上げた瞬間だった。
思いのほか導入部が長くなったので短編として投稿しました。
気が向いたら色んなモンスターの胴体をくっつけられて悲鳴を上げるハーフエルフの話を書くかもしれません。