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朝からとんでもないガチャガチャした音がして飛び起きた。


すると何故か鍋やらやかんやらが宙を舞い、部屋のあちこちからパンッパンッと激しい音が鳴っている。


所謂ラップ音だろうか。


呆気に取られていると音を出していると思われる張本人が、ニヤつきながら顔をのぞきこんできた。


「おっはよぉ、遼ちゃぁん。やーっと起きたなぁこの寝坊助。」


しばらく寝起きなのと訳の分からない出来事に、頭が追いつかなかったが段々と頭が冴えてきた。

この男のヘラヘラした顔と口調に腹が立ってきた。


「こっっっの、おおばか!!うるせぇんだよ!!」


怒りに任せて、思わずゲンコツを落とそうとするが、俺の拳はスカ、と宙を切っただけだ。


「ざぁーんねんでしたぁ。俺が幽霊だってこと忘れちゃダメよ〜?」

「このガキ………」

「はーいまたざんねーん!お前と同い年デース!まあ死んでるからー?俺は永遠の高校生ですけどー」


悪びれずにヘラヘラ笑う悠。

くっそ、このガキ分かってやってやがるな?


もう1発試しに殴ってみようか……と思ったがギリギリのところでそれを抑える。


腹は立つが一旦落ち着け。

オレは大人だ。


いや確かに悠が言ったように同い年ではあるが、それでも十年現世にいて様々な経験をして、実際28にまでなったんだ。


28の男が、生きていれば同い年とはいえ高校生のガキに振り回されては示しがつかない。


そう思い至ったオレは何度か深呼吸をしたあと、口を開く。


「お前何が目的だ。オレの安眠妨害したんだ、それ相応の理由があるんだろうな?」


悠はもぉーと口をとがらせる。


「言ったじゃん、今日1日付き合えって。オレ、カフェのモーニング行ってみたかったんだよねぇ。なあ、連れてって!」

「は?」


待て待て待て。

そんな事のためにコイツは俺を叩き起したのか?


朝飯のために?


「馬鹿か、そのくらいひとりで行け。」

「だぁかぁらぁ!俺幽霊なの!お前以外に見えてないんだから注文もできねぇじゃん!!お前が居なきゃ無理なのーー!!」


駄々っ子をするように悠が腕をブンブン降ると周りの物がまたカタカタ震え出した。


それに焦って落ち着け、とジェスチャーするがヤツはお構い無しにゴロゴロと床を転がり出す。


床でジタジタする度にまたラップ音が鳴りだし、物の振動が大きくなった。


……最悪だ。


「わかった、わかった連れてく、連れてくから!!」


オレの言葉に悠がぴた、と体を止める。

同時に物の揺れも、ラップ音も止んだ。


「ほんと?!」

「ああ、もう負けた、約束通り一日付き合ってやる。」

「やったぁーー!!遼ちゃん大好きーー!!」

「だーーー!!だから抱きつくなって昨日も言っただろうがーー!!!」







悠に腕を引っ張られて、やってきたのは家から少し離れた場所……入り組んだ路地の先にあるカフェだった。


近所だと言うのに、成人してからここに住んでいる自分ですら知らなかった。


なぜ知っているのか尋ねたら、オレの家に入る前に散策して見つけたんだとか。


店はすごく渋い雰囲気のあるオーソドックスなカフェで、やはり場所も分かりづらいからか人はほぼ居ない。


店員らしき人もカウンターの奥に目が空いているか閉じているか分からないニット帽のお爺さんと、自分を席に案内してくれたエプロンを付けたお孫さんらしき女の子しかいない。


まあ、人があまりいない方がオレは気楽で助かる。

静かで落ち着くし……何より今は眠い。

うるさいとイライラしそうだ。


悠は最初から頼みたいものが決まっていたらしいので、早速さっきの女の子を呼んで注文を済ませることにした。


オレは朝は食べない派なので、コーヒーのみ。

そして悠が食べたがったのは以外にもシンプルなハムチーズトーストとサラダのセットだった。


それを告げると女の子が、えっ、と声を漏らす。


そしてモーニングにドリンクがつくこと、もしくはコーヒーに無料でトーストがつくことを何度も確認してきた。


多分、男1人が不思議な注文をしたのが気になったんだろうか。


すごーく怪訝そうな顔をされたので咄嗟に「死んだ友達が食べたがってたので」と説明すると、涙目で用意してくれて……なんとサービスでクッキーまでくれて申し訳なかった。


「ごゆっくり。亡くなったお友達も、喜んでると思いますよ……っ」


そう言って涙目の女の子が去っていった後、悠が拗ねたように口をとんがらせる。


「ひっでェ言い方〜」

「うるさい、そういうしかないだろ」


俺以外に見えない彼に小声で囁く。

一応店の奥の、半個室みたいに死角になった場所を選んではいるがそれでもなるべく怪しまれるのは避けたい。


「第1、食べれないのに頼む意味はあるのか。」

「食えるよ!お前らから見たら減らないだけで。」

「そうなのか?」

「お前お供えの飯とかなんだと思ってんだよ。ガキの頃言われなかったか?御先祖様がたべるのよーって。」


そう言ってトーストを手に取る悠。

不思議なことにトーストは置かれたままだが、彼の手にも半透明のトーストが持たれている。


悠は、目を丸くするオレにほらなとでも言いたげな目線を送ったあと、大きな口を開けてトーストを頬張った。


「言われたけど……ホントなんて思わないだろ」


頭がついて行かなくて、とりあえず落ち着こうとコーヒーを1口啜る。


「ロマンがねーなぁ。ほーんと大人ってつまんねぇの。」

「10年経てば、いやでも大人になるよ。」

「ふーん、高校生で死んだ俺にはよー分からんけどさぁ。無理やりにでも、ならなきゃやってらん無かっただけじゃねぇの?」

「は?」


突然の、思いもしない言葉に顔を上げる。


目の前の悠は、オレを見ることはない。

いつの間にかトーストを食べ終わっていたらしく、今はミルクと砂糖をたっぷり入れたアイスティーをストローで啜っている。


「お前は優しいからな。周りの期待に答えようとして……また無理してんじゃねぇかと思ってさ。」


それは特に気を使っているわけでも、気遣っている風でもない。

穏やかな、あくまでただそう思っただけという様な声だった。


その様子が酷く懐かしい。


いつもこいつはこうやって。

一番にオレの気持ちや、辛さに気付いてくれた。

それで……オレを元気づけようと連れ出してくれたんだ。


しかもオレのためだとは言わずに、あくまでも自分に付き合えと言って。


その優しさが俺はいつも擽ったくて、恥ずかしくて。

でも……いつもありがたくて、嬉しかったことを思い出した。


「……お前には、昔から隠し事ができない。だから苦手なんだよ。」


チラ、と目線だけでこちらを見た悠はヘラっと口角をあげる。


「はは、お前がわかりやすいだけだよ。……よし、次は繁華街の方行こ!俺クレープ食いてぇ」

「今食ったばっかだろ……」


呆れた様に溜息をつきながらオレの心は、久しぶりに踊っていた。


10年ぶりに幼なじみで親友だったこいつに……振り回してもらえる。


その事実がなんだか、泣きそうな程に嬉しかったんだ。

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