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ズィミウルギアの心臓  作者: 吉遊
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最終話

「どうしてズィミウルギアが復活しているの!?」


 場違いにも初めて聞いたレオノーラの怒鳴り声に驚いた。彼女も声を荒げて怒ることがあるのだと。

 そんなことを考えてしまうほどに、セルギオスの目の前に広がる光景には現実感がなかった。


 ズィミウルギアは巨大な蛇だった。


 さすがに伝え聞くような太陽を覆い隠すほどの大きさはしていないが、近くにある凍らぬ湖(クレオアルス)の館とほとんど変わらないそれは巨大と呼ぶに相応しい体躯をしている。

 あれを人の身で倒したなど、我が先祖ながら信じられない。


(あんな化物に、剣一本でなにができる?)


 ズィミウルギアの復活を聞いたときとっさに宝物庫より取ってきた"聖剣"など、この魔物の前では木の枝よりも役に立たなく感じる。


「いや~、すみません。湖のなかから心臓を回収しろって話だったんで、潜るのも面倒だし魔法を使ったらなんか復活しちゃいました」


 軽い。

 起こしたことへの謝罪としても軽いが、自国の王女への態度としても恐ろしく軽い。

 真面目で頭の固いアヴァランシュの人間には理解も共感もできない物言いに、なぜか言った本人でないセルギオスの方が焦ってしまう。

 さすがのレオノーラも怒鳴るだけでは済まないのでは。


「わたくしは事前にズィミウルギアは魔力を吸収すると伝えなかったかしら」


 セルギオスの予想に反し、彼女は落ち着いた声音で問いかけた。

 いつもより淡々としたその口調は静かな怒りを滲ませている。真顔でわかりやすく怒っていないだけに怖い。


「知ってたんですけど、魔法でガッとやってバッとしたらなんとかなるかなぁ〜と……あはは」

「申し訳ありません。こいつ、火力馬鹿で」


 力技でこなそうとしたが無理だったということらしい。

 魔力を吸収される速さよりも、魔法への発動に注ぐ魔力量が多ければ可能なことだと説明されても、ろくに魔法を見たこともないのでわからない。

 さきほどから表情を一切変えないレオノーラを見るに、その言い訳が望ましい結果を出せているとは言い難いが。


「ま、まだ完全に力を取り戻したみたいじゃないっぽいし。魔法は相性悪いけど、転移で騎士団長でも連れて来たら一瞬っすよ!」

「バッカ! 転移魔法使ったらさらにデカくなっちまうだろ!」

「ええ〜。じゃあ、いっそしこたま魔力与えて破裂させます?」

「国が潰れるわ!!」


 ハイディングスフェルトの魔法使いたちの言い合いを聞きながら、自分が望んだことの結果に目の前が暗くなる気がした。


(私の、せいだ……)


 セルギオスがズィミウルギアの心臓など望まなければ。

 魔法が使えずともこの国は今まで細々とやってきたのだ。自分の過ぎた欲が引き起こしたとしか思えない。しかし、自分のせいだとわかっていても、この場で一番無力なのは間違いなくセルギオスで。

 指先から冷たくなっていく。

 双蛇ではなく自分こそがこの国にとっての災いではないか。


「セルギオス様!?」


 レオノーラの驚いた声にのろのろと俯けていた顔を上げる。

 死人よりもひどい顔色をしている自覚はある。この期に及んで自分を責めることしかできない男の顔など彼女に見せたくなかった。


「その腕っ!」

「セル、やばいよ! その剣離して!」

「わーっ!? セルの腕凍ってる!?」


 一瞬、何を言われているかわからなかった。

 腕がどうしたと言うのか。聖剣を持って突っ立ているだけなら腕はいらないだろうという嫌味だろうか。その通りなので反論のしようもない。

 そう自嘲しながら、聖剣を持つ自分の右腕を見る。


「……は?」


 宝物庫から取り出したときはただの錆びきった年代物の剣だったそれは、今や”聖剣”の名に相応しい白銀の輝きを放っていた。……セルギオスの右腕を凍らせながら。


「セルギオス様、剣を離してください! 徐々に凍る範囲が広がっていますわ!」

「バカバカ! 早く離せってば!」

「セルーっ!!」


 三者三様に騒いでいるが、セルギオスとて手を離したい。だが完全に凍りついており、聖剣を握っている右手に至ってはすでになんの感覚もないのだ。

 凍ってるのならば溶かせばいい気もするが、状況が状況だけに普通の氷のように溶けるとは思えなかった。さきほどまで失意のどん底に沈んでいたせいか、訳のわからない事態に一周回って冷静になれた気がする。


「あのー、それってアヴァランシュ王国に伝わる聖剣ですか?」


 空気を読まないにもほどがある。

 声の主へと視線を向けると、”火力馬鹿”と評されていた魔法使いが興味深そうにセルギオスの右腕と彼の持つ聖剣を見ていた。


「建国記でズィミウルギアを倒したのってその剣ですよね? よかったらその聖剣でちょっとあいつを刺してみてくれません?」


 あいつ、と指差された先にいるのはもちろんズィミウルギアで。

 そんな”ちょっとそこの物取って”みたいな軽さで頼まれるようなことでは決してない。まったくよくない。むしろよいところがない。


「聖剣であればズィミウルギアを倒せると言うの?」

「その剣ってどうも魔力を奪う系みたいなんで。あいつとの相性はいいでしょ」

「刺したら……死ぬの?」

「いえ。今のズィミウルギアは一時的な魔力の補給によって身体を取り戻しただけのようです。魔力で風船のように膨らんでいるだけで、実際に元の肉体を構築できてはいません。聖剣で魔力を奪い尽くせば別ですが、適当なところで止めれば核たる心臓だけ残るかと」


 他の魔法使いたちも集まってきて真剣な協議がされているが、できればセルギオスの意見も聞いてくれないだろうか。なんだかそろそろ肩の辺りまで凍ってきた気がするのだが、この状態でどうやってズィミウルギアに剣を振るえばいいのかも教えてほしい。




 近づくとその大きさに身が竦む。

 史実が間違いないのであれば、この何倍もの大きさのズィミウルギアを剣一本で倒したのだ、英雄セルシアスは。我が先祖ながら気が狂っているとしか思えない。この魔物に挑むくらいなら、一族を連れて新天地を探した方がまだ生存の可能性を感じる。


「でっかい!」

「セル、頑張って」


 作戦は簡単だ。

 まだ本格的に覚醒しておらず動き出さないズィミウルギアに、合図と共に魔法使いたちが一斉に足止めの魔法をかける。ある程度魔力を吸収されてしまうが、きちんと魔法の効果は発現するので、ズィミウルギアが動けないうちにセルギオスが聖剣を突き立てる。

 難しいことはなにもない。

 聖剣を手に戦う自分など想像もつかないので、突き立てるだけでいいと言われたことに正直ほっとした。


「腕は大丈夫?」

「魔石の力だろう。今は問題ない」


 凍っていたセルギオスの腕を魔法を使わずすぐさま元に戻すことは敵わなかった。ただ身体が凍っていったのは聖剣が魔力を求めていたためらしく、魔石を腕に括りつけたら今のところその進行は止まっている。


「…………」


 意味があるのかはわからないが、念のため息を潜めてじりじりとズィミウルギアに近づく。

 魔法使いたちの合図はまだない。

 あと十歩もないように感じるのだが、まだ近づかないといけないのだろうか。事前の打ち合わせでは合図があるまでできるかぎり近づけということだったが。

 そろそろズィミウルギアの息遣いまで感じられそうな距離だ。


(そういえば、手も翼もないな)


 建国記には青銅の手と黄金の翼を持っていたと記されている。魔法使いたちが言っていたように、まだ完全に力を取り戻していないからだろうか。


「――今です!!」


 ようやく来た合図に、セルギオスは聖剣を振り上げる。

 しかしそれに反応したのは彼だけではなかった。ズィミウルギアは突然響いた大声に閉じていた目を開け、自身の近くにいる不届きものへと視線を向ける。


 ――その瞳を見たものは身体を石へと変えられる。


 ふとそんな一文が頭に浮かんだ。

 幼い頃何度も読んだ建国記に出てくるズィミウルギアは、太陽を覆い隠すほどの巨体、山をも噛み砕く歯、青銅の手と黄金の翼……そして、宝石のように輝く瞳を持っていた。


「セル!」

「見ちゃダメだ! そのまま剣を振り下ろして!!」


 ドロワとゴーシュがその身で彼の視界を塞ぐ。

 双蛇の声に従い、セルギオスは掲げた聖剣を力いっぱい振り下ろした。



   ◇◇◇



「…………」


 視界を塞がれたまましばらく待つがなにも起こる気配がない。

 まさか失敗したのだろうか。

 脳裏に石に変えられた自分の姿が浮かぶ。自らの欲で魔物を復活させ、あまつさえその討伐に失敗し石にされるなど……いっそ塵も残らぬよう消滅させてほしい。


「セルギオス様! 大丈夫ですか!?」


 近くから聞こえたレオノーラの声に、セルギオスは自身がまだ生きており石にも変えられていないことを知った。さすがに石にされている相手に大丈夫かどうかは聞かないだろう。

 双蛇がもぞりと動き、塞がれていた視界に光が戻ってくる。


「ズィミウルギアは?」

「身体は消滅してしまったようです」


 その言葉通り、セルギオスが聖剣を突き立てたはずの魔物は本当に存在していたのか疑わしいほどに跡形もなくその姿を消していた。

 肉片はおろか、血の一滴も見当たらない。


「……なんともないか?」

「うん。大丈夫」

「オイラもへーきだぞ」


 双蛇の答えにほっとする。


「あの〜。レオノーラ様、これ」

「それは?」

「ズィミウルギアの心臓っす」


 想像していたものと違う。

 セルギオスはまんま生き物の心臓をイメージしていたのだが、言葉と共に目の前に差し出されたのは七色に輝く宝石のような二つの丸い石だった。どちらも大人の握り拳程度の大きさだ。一対の宝石のように輝く石なら、それは。


「……瞳か?」


 彼の問いかけに魔法使いは頷く。


「話聞いたときからおかしいな〜とは思ってたんですよね」

「心臓に力があるのならそれだけを抉り出せばいいのに、わざわざ首を落としてから抉り出したと記されていたので瞳の可能性はあると考えていました」


 その話はレオノーラも初耳だったのか目を丸くしている。

 セルギオスは魔物についてはまったくの門外漢なので、その推測が驚くようなことなのかもわからない。肉体は死んでいるのにその心臓だけが生きている時点でもうなんでもありだろう。


「んで、この心臓って国宝級ですけどどうします?」

「アヴァランシュ王から見て、向かって右側の石に”死者を復活させる力”が、左側に”人を殺す力”が宿っているそうです」


 どちらもひどく物騒だ。

 しかし、実際に心臓を見るまでそれが瞳である可能性を推測に留めていたはずの彼らが心臓が持つ能力をどうして知っているのか。

 ”宿っているそうです”という言い方は伝聞のように聞こえる。


「あなたたちは誰からその話を聞いたのですか?」

「我らが至上のお方から」


 レオノーラは半ばその答えを確信していたようだった。

 困ったように微笑む彼女は、視線でどうするかとセルギオスへと尋ねてくる。


「我が国に必要なものとも思えません。どうか、ハイディングスフェルト王国で保管していただきたい」


 死者を復活させる力も、人を殺す力も、セルギオスの手に余る。

 その石をどう使えばいいのかもわからないが、レオノーラを見ていて、魔法とは人を幸せにする力なのだと感じていた。少なくとも、ズィミウルギアの心臓にその力はない。

 わかりましたと頷く魔法使いたちの後ろに、セルギオスの家臣たちが走ってくるのが見えた。

 セルギオスと同じく魔法や魔物なんてものに縁もゆかりもない彼らにさてなんと説明したものか。


 やはり、なぜか復活した魔物ズィミウルギアをハイディングスフェルトのよくわからないすごい魔法で倒してもらったと言う以外ないだろう。



   ◇◇◇



 アヴァランシュ王国内にある唯一の神殿。

 先代国王の頃からいる年老いた神官が、厳かに誓いの言葉を読み上げる。


 婚姻の誓約。


 夫の欄にセルギオス・デュオ・フィロスと自身の名前を書き記す。次いでレオノーラがその名を書くのを見ながら、彼女の名前の隣りにあるだけで見慣れた自分の名がひどく特別なもののように感じるから不思議だ。

 二人の名前が淡く光る。

 こうして、女神の御わす神々の世界でセルギオスたちの婚姻が認められた。




 ズィミウルギアが復活したり、右腕が凍ったり、魔物を聖剣で倒したり、婚姻の誓約を結んだりと、今日という日はセルギオスの人生で最も激動の一日だった。


「えー!? レオノーラと一緒に寝ないの!?」


 楽しみにしていたのにと嘆くゴーシュには悪いが、式も挙げていないのにそんな分別のないことはできない。そもそもまだ手も繋いだことがないのに早すぎる。

 セルギオスとしては徐々に段階を踏み、彼女との仲を深めていきたいと考えている。まずはノーラと愛称で呼ぶのが目標だ。


「結婚してもう夫婦になったのに!」

「ダメだよ、ゴーシュ。このヘタレが自分から手を出せる訳ないじゃん」

「夜一緒に寝ないと子どもができないのに?」

「まあ気長に待つしかないよね。あと十年くらいはかかるんじゃない?」


 好き勝手言っていればいい。

 今日から間違いなく幸せな日々が始まるのだ。蛇たちの喧しいおしゃべりも軽く聞き流す余裕が今のセルギオスにはあった。

 彼のその余裕を打ち砕く軽やかなノックが聞こえるまでは。


「…………」


 ノックの仕方にも人柄というのが出るなと、現実逃避ぎみに考えた。


(……なぜ、この時間に?)


 部屋の時計が間違っていなければ、もう日付けを越えようかという夜半だ。女性が男の部屋を訪ねるのに適した時間とは言えない。

 一瞬、”初夜”という言葉が過ぎる。

 婚姻自体はもう結ばれているし、確かに決して間違ってはいないが、セルギオスはまだなんの覚悟というか、決意というか、そんな色々のものができていないのだが。

 そう、心の準備がまったくできていない。


「どうぞー」

「……っ!?」


 逡巡している間にドロワが勝手に返事をしていた。呆れた目でこちらを見てくるのは構わないから、もう少しセルギオスの状態を慮ってくれてもいいのではないかと思う。

 もちろん入ってきたのは、彼の予想通りの人物で。


「こんばんは。セルギオス様」


 部屋のなかの無言の攻防など知らず、レオノーラはいつもと変わらず美しく微笑んでいる。


「レオノーラ王女。一体どうされ……」

「セルギオス様」

「はい」

「わたくしはもう王女ではありませんわ。このアヴァランシュ王国の王妃となりました」


 そうだ。

 彼女はこの国の王妃となった。セルギオスの妻にと。


「わたくしの国では夫婦とは共に寝るものなんです。母からもそれが夫婦円満の秘訣だと聞いています」


 一緒に寝てもよろしいでしょうか、と続けられたレオノーラの言葉を断ることなど、セルギオスには到底できなかった。




 ――レオノーラの一緒に寝るが文字通りそのままの意味で、愛しい彼女の横で寝返り一つ打てずセルギオスがただ固まりながら朝を迎えることになるのは、また別の話。




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