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ズィミウルギアの心臓  作者: 吉遊
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第一話



 ――違う! 違うわ! こんな化け物、私の子じゃない!!



   ◇◇◇



 エテルニタ大陸の北側に位置するアヴァランシュ王国。

 一年の約三分の一を雪で閉ざされた極寒のこの地を治める王は呪われている。髪の毛の双房が蛇となっているその(おぞま)しき姿を見たものは、身体を石へと変えられ、王城を支える支柱として暗く深い地下に飲み込まれてしまうという。




 王の執務室は今日も賑やかだ。


「ねぇ。お金がないから増税っていうのは安直過ぎない?」


 大臣の提案に(あざけ)りの表情を浮かべ、ドロワは王の右側から覗き込んでいた頭を上げると、勝手に書類を棄却の箱へと放り込んだ。


「あんちょく? って何?」

「手軽で考えなしってこと」


 窓の外に見える小鳥に気を取られていたゴーシュが、ドロワの言葉に興味を惹かれたのか、王の左側から棄却された書類を引っ張り出す。彼らの牙でところどころ穴が開いた書類は、もはや棄却するまでもなくただのゴミへと成り果てている。


「むむ。オイラには読めない字で書いてある」


 難しげに眉間にシワを寄せているゴーシュから書類を取り上げながら、王――セルギオス・デュオ・フィロスは溜め息を吐いた。


「そもそもお前は字が読めないだろうが」

「ゴーシュは自分の書いた文字なら読めるよ」

「そーだぞ! オイラはオイラの字は読めるんだ!」


 それは果たして文字なのだろうか。

 左右の蛇たちから、何もわかっていないとばかりに首を振られ、釈然としない気持ちを抱きながらセルギオスは書類を棄却の箱へと突っ込んだ。


(税を重くしても、民はもう差し出すものもないだろう)


 今年の冬はいつになく長かった。

 この地で生まれ育ったセルギオスでさえ春は来ないのかもしれないと思うほどに長く、そしてその寒さは厳しかった。冬の間に多くの民が命を落とし、土地はさらに痩せ細っている。

 他国と比べ、この国は貧しい。

 それは寒さ厳しい環境も一因ではあるが、それ以上にこの土地の特性からほとんどの魔法が使えないことが大きかった。

 大国から見れば田舎と言っても差し支えないような小国。魔法という人智を超えた力の恩恵を受けることのできぬ不遇の地。ここではいまだ自給自足が主流であった。

 そして人の力だけで生きるには、アヴァランシュ王国は過酷すぎた。


(……もしも、魔法が使えたなら)


 詮無いことだとわかっていても考えずにはいられない。もしも、この地で魔法が使えたならば。もしも、自分に運命を(くつがえ)すほどの力があれば。もしも……呪いを持たぬ身であったなら。


「セル?」

「……大丈夫?」


 暗く沈む彼の思考を読み取ったのか、心配そうに蛇たちが声をかけてくる。


「大丈夫だ」


 呪いを持たぬ身であるということは、この蛇たちを身に宿さぬということで。

 彼を愛称で呼び、ただ純粋にその身を案じてくれる存在はもうドロワとゴーシュしかいない。生まれたときからそばにあり、共に時を過ごしてきた双蛇は、忌まわしさの象徴であり、セルギオスの唯一の友だった。


「ようやく春が来たんだ。限られた時間だが、今から次の冬に備えなければな」

「たっくさん種を()いて、ごはんいっぱい食べれるようにしないとね!」

「その前に雪崩で沈んだ村の復興でしょ。働き手だって限られてるんだからさ」

「蒔いたところでうちではろくに育たないしな……痛っ!」


 悲観的な発言にドロワから頭突きが入る。いつもの”王たるもの云々〜”という説教へと繋がる前に執務室の扉をノックする音が響き、セルギオスはすぐさま入室の許可を出した。


「失礼いたします」


 応えに従い入ってきたのは王付きの執政官の一人だ。

 目の前の彼とはそろそろ二年の付き合いになるが、いまだに目が合ったことはない。王の顔を見るのが不敬にあたるから、という理由ではなく、彼もまた呪われし王の姿を恐れているからだ。


(蛇たちの目を見れば、石に変えられると臣下すら信じている)


 愚かなことだ。

 セルギオスには……いや、彼の蛇たちにすら、特別な力などないというのに。


「ハイディングスフェルト王国からの親書が届いております」


 本当に特別な力を持った相手からの手紙は、その存在だけで王の胃を締め上げる。執政官の目から見えないところで、日々ストレスに曝されているそこをそっと擦った。

 王のそんな姿に気づくことなく、執政官は親書を手にセルギオスへと(こうべ)を垂れる。親書を持つ手の微かな震えには触れず、セルギオスはその存在感の割には薄い紙を受け取った。

 内容が気になるのだろうドロワが身を捩ると、その姿に執政官がさらに身体を強張らせたことに気づき、セルギオスは退室の許可を与える。どちらにしろ彼の仕事はもう終わっている。


「なんて書いてあるの?」


 執政官が部屋から出たのを確認し、ドロワはすぐに口を開いた。その言葉に促されるように手元の親書へと視線を落とす。


「…………」


 ゆっくりと瞬きしてみるが、残念ながら書かれている文字は変わらなかった。


 第一王女。結婚。


 この言葉二つだけならば、ただ目出度いことだと祝福の定型文をしたためた手紙と祝いの品を送るだけで済むのだが、そこに”申し込み”とついていれば、セルギオスにできることは一つしかない。

 なにせ相手はその国力を比べるのも烏滸(おこ)がましい魔法大国である。


「え、これ……断れる?」

「無理だな」

「なーにー? なんの話? オイラも混ぜて!」


 ハイディングスフェルト王国第一王女レオノーラ・ファル・ヴェルト・クレヴィングとの結婚の打診は、セルギオスの胃にさらなる負荷を与え、彼の精神をガリガリと高速で削っていく。

 騒ぐ蛇たちに遠い目をしながらセルギオスは思った。

 もう一度あの長い冬が来れば、この親書の返事を少しは遅らせることができるのに、と。




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