《災悪》と戦うために変身する、ネコミミで
そこは城下町のはずれだった。すでに兵士たちが到着しており、何人かは倒れ、何人かは剣を構えているものの肩で息をして力弱く立っていた。春日大は、彼らが取り囲んでいる対象に息をのんだ。おどろおどろしい異形がその理由ばかりではない。
「あの背中にファスナーはついてないよね」
並ぶカトゥンに異形の者へ指さしながら問う。いかにも特撮シリーズに登場しそうな敵キャラは実にゴム製感丸出しだったからである。
「今はそんなことを言っている場合ではない! ファスナーとはなんだ!」
女騎士は血気盛んな様子で春日大をあしらいながら、ネコミミを装着。さらには腕を巧みに動かして、
「ヘンシン!」
叫んだ。カトゥンの身体を包み始める光。生身が徐々に装甲されていく。本当に今更だが「変身」がこちらでは「ヘンシン」と言い、現に変身できている。トートロジーなのか、哲学なのか、春日大は少なくとも哲学科は志望しないでおこうと堅く誓ったのだった。そんな暇ではないのに。
「いい加減、著作権とか教えた方がいんだろうか」
嘆く春日大を気にも留めず、見事バトルスーツ着用完了したカトゥンはまっしぐら。歓声を上げる兵士たちは退いていく。敵キャラと戦闘シーンを始めるカトゥン。春日大は親指と人差し指でL字をつくって、カメラマンのように格子状にして片目でその中から覗いた。
「まさにバトルシーンそのものだな」
テレビ画面で日曜朝の特撮タイムを堪能している気分になる。肉弾戦なのに火花が出るとか、そんだけ殴り合っていたら装甲あってもなくても痛いだろうし気絶するだろうしとか、視聴経験があれば誰しもが思う簡素な感想がまさにそこにあった。
一進一退の攻防。棒みたいな武器を顕現させて、分を傾けようと奮闘するカトゥン。熾烈を極める戦いの最中、春日大はカトゥンの身を案じる代わりに、
「そろそろかなあ」
辺りをきょろきょろと見渡した。すると、
「カトゥン! 待たせたわね」
魔女っ娘な理系女子に見えるような格好の女子と、
「主役は遅れてやって来る」
いかにも格闘家と言わんばかりのいかつい男子が駆け付けたかと思うと、ネコミミを装着し、「ヘンシン!」
ポージングしたかと思うと、カトゥンと同じくバトルスーツ姿に。加勢のためダッシュ。春日大は二次元文化を輸入した外国人が熱気を帯びたイベントでコスプレをしているニュース映像を思い出すと同時に、
「案の定かい!」
颯爽とカトゥンの援護に向かう戦士二人の背に習ったこともないツッコミをいれてしまった。その手の甲は見事に空を切ってしまったが。
などと春日大が盛大な一人コントに精を出している間にも、三対一の戦闘は佳境を迎えていた。
「今よ、カトゥン」
「しくじるなよ」
敵さんがひるんでいるのをいいことに、後塵を拝した二人がカトゥンと同様に棒状の物を取り出した。リレーでもあるまいにそれは長すぎるし、装飾が特殊でかついかにも装備品と見えるそれはおそらくステッキとかの類である。ツッコミに不慣れな春日大がこれまでの流れにおいて疲労の色を隠せなくなっている状況で、
「それは日曜朝といっても八時半の方だ!」
盛大な絶叫に、距離を置いてまだ剣を構える兵士だけでなく、戦士たちでさえ肩をびくつかせる始末である。イヌミミを携えた男子が何やら尋常でないよう様子で叫んでいる。ネコミミを頭部に装着したバトルスーツたちだけでなく、兵士たちもキョトンとするというか、反応に苦慮するというか、そんな戸惑いを見せても致し方ない。
カトゥンらは気を取り直さなければならない。異世界からの来訪者よりも戦士たちには目の前の異形の始末の方が最優先事項である。
「プリズム・ヒーリング・イニシエーション!」
ステッキを特異に動かして三人同時に構えると各々のステッキから飛び出した光がらせん状になり敵へ。
「こっちの発音だと全く違っているんだろうな」
春日大の眼には合体必殺技の掛け声と口の動きが違って見えたのである。
けたたましい叫び声が消えると、煙幕が鎮静化し、そこには地に伏した男性がいた。
「救護班!」
カトゥンの一声を合図に兵士に背後から担架部隊が到着。男性を乗せ、さらには筒状の中へ。疫病感染拡大を防ぐためのカプセルに見えなくもない。
「中世ファンタジーなのか、現代風なのか、分からんな」
男性を運んでいく部隊を見送っていると、春日大の前には装甲姿の三人が並んでいた。圧迫感に
「あの……」
さっきまでのツッコミが嘘のように尻込みをしていると、
「この子が」
女子の声がして、
「そうは見えんな。これは一から鍛えなければならないようだ」
男子の声がした。
「初見なんだ。どうなるかはこれから次第だ」
カトゥンの声がしてほっとする春日大の目の前で変身解除。なんてことはない。頭部からネコミミを外したのだ。
「別の意味で圧迫感があるな……」
いかつい男の巨躯の頭部を見上げると、
「ダイ殿、よく見ておいたか?」
研究室長が春日大の肩に手を置いた。
「いや、今更言われても」
特撮の撮影現場スタッフのバイト初心者みたいな心境だったことは確かなのだがと思いつつ見れば、室長の顔色が悪かった。春日大に出陣を命じておきながらどこにいるのか不明だった戦闘時を終え現れたのは単に戦闘シーンが苦手なのだろう。
「今のようなのが《災悪》だ。人や動物が突如まがまがしく変化する場合もあれば、自然現象が意図をもって、しかも邪な感じで襲来する場合もある」
「ネコミミ部隊しか解決に当たれないと」
「軍や治安維持部隊が無能なのではない。それなりに対応はできる。が、決定打になるのはネコミミたちなんだ」
「ふーん。あれだ、地球防衛軍が……いや、止めとくか」
「釈然とはしてないようだが、理解はしてもらったようだな」
説明役を買って出てくれた室長に拍手を。そんな気分な春日大である。簡潔なおかげで例えが容易に浮かんだくらいだ。誰もツッコんでくれない例えが。
「とりあえず報告だ。帰城するぞ」
カトゥンが合図をし、一同は町の歓喜に包まれながら城を目指した。
「つうことはなにか、俺は変身ポーズを考案しなければならんてことなのか?」
イヌミミと呼ばれた装飾品を手にして春日大は深くため息を吐いた。