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ネコミミよ、この世界のしるべとなれ  作者: 金子ふみよ
第一章
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取調室、異世界の

 と言ったような旨を、簡明に春日大は取調室で語った。目の前には正装姿の女騎士・カトゥン。と、恐らくは騎士とかいった類の役職であろう男性が彼女の横に一人立ち、その後ろでは部屋の片隅に設けられた席で、これまた書記とか記録係とかそういう役職の男性がひたむきに羽ペンを走らせていた。調書を取っているのは、衛兵に連行され取調室初体験の春日大でも想像できる。なにせ刑事もののドラマを放送しない日はないのが現代日本である。ただ、そんなメディアコンテンツでも、そうはないものがこの取調室の、より正確に言えば春日大が座る木製の椅子とセットになっている、やはり木製のテーブルの上に置かれている。ちょうど春日大とカトゥンの真ん中。占い店なら水晶でも置かれそうなクッションみたいなものの上に、例の動物耳ヘアバンドが置かれていたのである。

 立っている役人を見上げ、何やら話すカトゥン。春日大には理解できない言語。男性は扉を開けると大きな声を出した。兵がどこからか駆け寄って来ると男性は、その彼に話しかけた。間もなく兵は敬礼後遠ざかった。扉が閉められ、その脇に男性は腕を組んで立った。春日大を見つめた。睨んでいるわけではない。困惑と納得という水と油をどうすれば分離せずに溶解できるのか思案している感じだった。カトゥンは机に両肘をついて組んだ手に額を乗せ、目を閉じていた。

 しばらくして扉をノックする音がした。その脇に立っていた男性が開けると、兵士に並んで日本ならキャリア官僚に当てはまりそうな上質の装いをした女性がいた。その女性は室内を、春日大を一瞥した。

「カトゥン」

 知らない言語でも固有名詞は聞き取れた。微動だにしなかった女騎士はゆっくりと立ち上がり、扉へ。三者の口調からは喧々囂々さもディベート的論調も感じられない。ただ確認事項を確認しているとしか見えなかった。一通りの話しが済んだのか、三者して春日大の方を見る。それから机上の厳かなクッションに置かれた、春日大にはパーティグッズにしか見えないものを深刻そうに見やった。それから三者してまたしても身振り手振りを加えつつ話し合う。今度の言葉には抑揚があった。互いの意見や考えを述べているのだろう。腕組みをする男性騎士。こめかみに人差し指をリズミカルに当ててそれでも眉間にしわを寄せている女性官僚。自分の腰元にあるネコミミを見やるカトゥン。カトゥンが表情を硬め、口を開いた。男性騎士と女性官僚はまたしても春日大を見やってから、もう本当にどうしようもないよねという妥協を隠そうともしない表情でカトゥンに二言三言を告げた。女性官僚は退き、男性騎士とカトゥンが再び取調室へ。カトゥンが座り、その横に騎士。口を開いた瞬間、はたと気付いて、というより思い出したようにして、カトゥンがしきりジェスチャーをし出した。机上の動物耳を指して、それから持ち上げて頭へ。つまりは春日大にそれを装着するように指示しているのだ。仕方ない。言語が通じないのだから。

「ようやく通じるな」

 動物耳を頭部に装着すると、途端に言葉が耳の中に入って来た。そう言った男性騎士のなんたる騎士道まっしぐらみたいな毅然とした口調。

「俺は聞き取れるんですけど、こっちがしゃべることは通じるんですよね」

 改めて確認する。夏用の制服を身にまとった男子高校生が動物耳をつけて経緯を真剣に事情聴取に応じるという現場。とはいえ、さらに改めて考えてみれば、聴覚器官の模造品を身体に装着したからと言ってなぜゆえに発声器官まで共通されるのかが不明になったのは無理からぬことである。

「ああ、君に敵意がなく、かつ詳細な話に矛盾がないことから我々としては刑罰に処することは現時点ではないと伝えておこう」

「ということは、何かしらがあれば、処刑と」

 騎士からの報告に、春日大は思わず首が切られるジェスチャーをする。

「そういうことだ。ただな……」

 条件なのか、例外事項なのか、騎士にしては歯切れが悪いようだ。

「それが、ね。あることが身分保障というか、対処しきれないというか」

 カトゥンに指を指されないでも、視線で分かる。頭上。もはや高性能にもほどがある受信機化しているものを。

「だよね。それ以外にはないか。というか、一ついいですか。どうして俺の話しを信じてくれたんですか」

 命を即刻取られることはないにせよ、単にそれは現状維持継続中なだけであり、春日大からすれば、ファンタジックな現実というか、現実がファンタジーというかそんな困惑ただ中にいるのである。

「信じる、というかな。ニホンとかいう異世界のことはさておいても、異人来訪はありえることだからな。それに」

 カトゥンの視線が頭上に。男性騎士も目を春日大へ落としている。

「どうやらこの猫耳が重要なアイテムらしいですね」

 視認しようと頭から外す。瞬く間にカトゥンの声が分からなくなる。明らかに焦っている口調。装着。

「それを取られては話にならんだろ。それにそれはネコミミではない」

 今度眉をひそめるのは春日大である。思わず頭上の装着物に触れる。パーティグッズ以外には思えないそれであるが、解釈を間違えているのだろうかと質問の一つもしたくなる。猫耳がネコミミと共通している発音上の恥ずかしさを差っ引いても、サブカルチャーは国境を越えるとでも思えるほど、春日大にとってはどこか安心する点であった。異世界での使用方法はまったくカルチャーを越えているのだが。

「ネコミミはこういうものだ」

 カトゥンが腰の物を机上に置いた。確かに色も形状も似ていない。が、だ。現代日本の文化まっただ中で洗礼を受けた春日大には他のレッテルの記憶がない。

「私たちにとってネコミミは希望の証し。だから、研究が進んでいる。だのに、君のはネコミミではないと簡易検査によって証明されたのだ。しかし! しかしなのだ。それはネコミミに似すぎているのだ」

 なんか悔しそうなのか、悶えそうなのか、なぜか説明に力が入っているカトゥンから男性騎士へ視線が行く。そのいかつい体格にネコミミをつけるのか、と想像をしたのだが。

「我には装着できん。この国でネコミミをつけられるのは」

 未来から来たAIロボットみたいないかつさからネコミミなんて単語が聞かれるとは思わず失笑しそうになるが、こらえる。

「この国でネコミミをつけられるのはカトゥンを含め、現在は三名。国難回避のためにネコミミがなくてはならないのだ」

 威圧感満点が、春日大に嫌な予感を催させる。

「君のそのミミを調査させてもらわなければならない。そして場合によっては君も私たちに協力せざるを得ない状況になるかもしれない」

 予感的中。頭を抱えてしまった。異世界転移をし、救国をするなぞフィクションの世界である。が、謎な猫耳、ではなく動物耳をつけた上に調べないことには現状を打破できないとあっては、告げたのは騎士どもであるが、あの官僚はおろか、この国の行政機関だとか公安機関だとかもそれを了解していると勘ぐるのが自然。

 ――ということはしばらく帰ることはできない……

 現象的には自ら神隠し的扱いになっていることなどに気づきもしてないのだが、そんな嘆きがひらめきをもたらした。

「帰還!」

 すくっと勢いよく立ち上がり、叫んだ。

「びっくりした。いきなりなんだ」

 カトゥンは目を見開いているし、男性騎士はなだめるように春日大の肩に手を置くし、書記官は慌てすぎて腰の剣に手をかけている。

 動物耳装身具をつけ、叫んだとたんにこの国に来たと言うことは、日本へ戻る意味を込めた発声をすれば、よもやと思ったのだが、あわやともあらなかったのである。

着席。大人しく。

「いいか、これからの君の行程だが」

 カトゥンからの連絡も馬耳東風だった。思いつく限りの「戻る」系の語句を小声でならつづけたが一向に椅子から離れることはできなかった。


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