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ネコミミよ、この世界のしるべとなれ  作者: 金子ふみよ
第一章
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春日大、異世界の女騎士に着替え中に闖入する

 あっけにとられる、というと表情のことばかりと思われるが、動作が完全に固まってしまった今の春日大を見れば、確かにあっけにとられたと言えるだろう。

 意識がどうであれ、知覚器官としての眼は確かにあいもかわらず情報を受容し、脳が勝手にそれをせっせと処理をする。結果、春日大は確かアニメかなにかで見た事のあるファンタジー世界の城の一室そのものにいると判断したし、目の前の着替え途中で胸の下着のみの上半身脱ぎたての金髪の娘さんの前にはおもむろに置かれた金属の塊が鞘に納められた剣であると認めていたのだ。脱ぎたてほやほやかは知れないが甲冑も室内にある。

「どこ?」

 かといって生まれも育ちも絶賛日本人な高校生男子がそんな場所へ闖入したのは単なる出歯亀的行為ではまったくなく、これまたまったくの偶然によるもので、

「あなた、どこの人?」

 男性の突然の現出に絶叫を上げることはなく、却って不審と興味のはざまで羞恥心を克己した女戦士は冷静にそんなことを聞いてきた。と同時にその視線の動きが、春日大は自分の頭の上へ向けられたことに気付いた。そんな微妙な動きの前に、衣類を着てほしいと思っても言えなかったが。

 手が伸びる。そういえばと今更に自分の頭に乗っかっている異物の感覚。帽子でもヘルメットでも、ましてや鉢巻でもない。ヘアバンド。クラスの女子がしていたのは決して造花がちりばめられたような華美なものではなく、実にシンプルかつ色も茶色というシックと言うよりも地味な代物だった。とはいえ、もしあれを乗せたならば頭頂よりやや額よりに耳から耳へ虹をかけるかのようなフィット感は確かにこんな感じがするだろうと、春日大は確かめたのだが、その反面それがヘアバンドでない記憶があった。触れる。ゆっくりと撫でるように。

「あなた、それをどこで手に入れた?」

 女剣士の手が剣に向かっている。その前に早く着てほしい、との思いがあっても、やはり頭が気になって仕方がない。なぜなら、

「そのネコミミをどこで手に入れたと聞いている!」

 女剣士、抜刀。そして、彼女が正解である。なにせ、彼女の前にいるのは、開襟の半そでシャツと制服の黒いズボン、そして頭には動物耳をアクセサリー化して乗せている青年がいるからである。

「これが欲しいならやるから!」

 春日大、一目散に頭から外すと、思いっきり腕を前方に伸ばした。下手をしたらその腕ごときれいさっぱり切り落とされるかもしれなかったというのに。

「これ(の次から何を話していた? どこの言語だ?)」

 急き立てるような滑舌が途中から意味不明になった。眉間にしわを寄せたのは春日大である。確かにここは現代日本ではないようだ。いくら富豪とはいえこんな家を建てないだろうし、こんな恰好の前に、こんな容姿ではない。さらには数少ない人生経験からして彼女が話したのは地球の言語ではなさそうである。ベンガル語やデンマーク語と比較できるだけの知識が並みの高校生にあるはずはなく、そんな浅はかな知識で何を早合点しているのだと言語学者なら雷を落とすところである。

「(おい、青年。そのネコミミをつけてみろ)」

 女剣士は片手を柄から離して身振りして見せた。ところが春日大、それを汲み取れないでいる。なにせ女性が半裸で剣を握っているのだ。流ちょうなコミュニケーションまで気が回らないのも無理はない。その前にである。異世界転移なんて初体験に興奮と前後不覚未遂な心境であったとしてもおかしくはないのだ。

「(そのネコミミを頭につけろと言っているのだ)」

 日本の思春期男子の生態について疎い、女騎士がいら立ちを隠せないのは致し方ないことである。

「(こうしろと言っているのだ!)」

 女史、おもむろに自らの腰の後ろに空の手を回すと一気に手にしたものを頭に乗せた。

「ヘンシン!」

 春日大の目の前で半裸の女子が随分と聞き馴染のある一叫びのもと、瞬く間に容姿を変えてしまった。長かった髪はフルフェイスの仮面に隠れて、体中に装甲をしたスーツ姿になったのだ。春日大とて現代日本の申し子である。ゆりかごからチャリンコまで見てきたテレビ番組は手に余り、その通過儀礼として当然巨大な菓子パンの顔のヒーローや未来から来た青い猫型ロボットを劇場版も含めて経験済みである。ということは、男子たるものまさに「変身!」の掛け声で武装化する人造人間や、特撮戦隊もの、宇宙から来た三分限定の巨人だけ初体験がまだということは絶対的になく、その彼をして、前者のバッタモンのようにバトルスーツか何かの装に姿を変えたと解釈させたとしてなんらおかしい点はない。

「(これで分かるからしら? ほら、あなたも)」

 半裸だった女子がすっかり装甲化し、その頭部にはやはりネコミミがついていた。ようやく解せられた意図によって、なし崩し的に春日大は手にしていたミミを頭に乗せた。

「それでいいの。これでようやくすこ(ちょっとネコミミを外したら分からなくなるって言ってるでしょ)!」

 気を許し頭部からネコミミを外した女子はすっかり人の姿に戻った。のだが、その一瞬のすきに再び男子がミミを外したもんだから、返す刀で叱咤したのだった。後半はもはやイントネーションとか語気とか抑揚で文言を雄弁に語っていた。ましてや表情が決して迷い子を宥める天使どころの騒ぎではなかった。

「すいません」

 一喝された男子は頸椎捻挫を怖れることなく頭を下げた。

「しばらくはそれでいることね。そうしないと会話が成立しないわ。これから衛兵を呼んで事情聴取するから。私は」

「あの!」

 ようやく剣を納めた女子が闖入者に対して詰問するわけでもなく平静に話を進めているのである。そこに横やりを入れるのはマナーとしてどうかと思うのは日本でもここでも共通なようで女史もあまり快い表情にはならない。ましてやこの男子うつむいたままなのである。人の目を見て話せと父母に教わらなかったのだろうか、そんな小言を始めようかとカトゥンが腰に手をおき、背筋を伸ばした時である。

「まず着てもらえませんか」

 まだ半裸だったのである。カトゥンが瞬く間に顔を紅色にすると、春日大の頭が稲穂よりも深く深く垂れ下がった。


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