昔助けた子犬がイケメン公爵になって「恩返しをしたい」と迎えに来たのですが。
「プリメラ嬢、あなたに恩返しをしに来ました」
「えっ?」
私は今夢でも見てるのだろうか?
「ぜひ、私の城にいらっしゃいませんか?」
「えっ???」
銀髪碧眼の絶世のイケメンが、サイズの合わぬボロボロの服を纏った私に向かって微笑み、手を差し出している。
「ダメ……ですか……?」
固まってる私を見てシュンとするイケメン……尊い……!
耳と尻尾を幻視する。ってあれ待って、幻視じゃない!?
彼は知らぬ間に銀の毛並みの犬耳と尻尾を生やしていた。
「獣、人……?」
「あっ。失礼しました。気を抜くと出て来てしまうもので……よいしょ」
似つかわしくない掛け声とともに耳と尻尾が消える。って待って!?
明らかに貴族とわかる華やかな装い、整った顔立ち、そして獣人……この三つが揃う人はこの国には一人しかいない!
「ぱ」
「ぱ?」
私が口をパクパクさせると彼は首をこてん、と傾げる。
あああかわいい!!!!
じゃなくてっ!
「ヴァルベルト・パーラー公爵っっっっっっ!?!?!?!?!?」
「あ、私のことを知っていましたか」
人差し指で頬を掻きながら恥ずかしそうな笑みを浮かべる閣下。
いや可愛い、とてつもなく可愛い。でも、そうじゃない、そうじゃないのよ……
ここはバーデン子爵家の屋敷で、私は子爵家の養女で、閣下は王族の親戚で、稀代の天才魔術師で……あ、だめだ、考えれば考えるほどキャパオーバーになっていく。
そして……
「ど、どどどういうことですかぁぁぁぁぁぁぁあ!?!?!?!?!?」
私は思わず叫んでしまったのだった。
***
「落ち着かれましたか?」
「は、はい……お見苦しい姿をお見せして申し訳ありむぐっ!?」
「謝るのは禁止です。こうして押しかけてきてしまった私がいけないのですから」
待って待って、閣下の綺麗な人差し指が唇に当たってるから!
キャパオーバーを起こしそうになりこくこくと頷くと人差し指がすっと離れていく。
よ、よかった……このままだったら心臓止まるところだった。
私たちは応接室で向かい合っていた。混乱を起こしている私を見かねて閣下が座って話そうと言ってくださったからだ。
私がもてなさないといけないのに……
恥ずかしくて顔が熱くなる。
だが、そんな私をよそに閣下は一息つくと、私をまっすぐ見つめた。
「さて、私が来た理由ですが……」
「は、はい!」
閣下の言葉に背筋が伸びる。
「あなたに昔のご恩を返すためです」
そういえば最初もそんなことを言っていたっけ。でも、恩ってなんなのだろう?
「ど、どなたかと勘違いしてませんか? 私は子爵家の養女でなんの取り柄もなくて恩返しなんて……閣下と会ったこともございませんし……」
尻すぼみになっていく。話せば話すほど自分には何もないような、そんな気がしてしまうせいで。
そんな私の様子を見てか、閣下が優しい笑みを浮かべる。
「プリメラ・バーデン。歳は今年で十五。小さい頃は泣き虫でよくここの庭で一人で泣いていた。動物好き。好きな色は……」
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
「え?」
ど、どういうこと!? なんでそんな、私のプライベートなこと知ってるのよ……!? 私以外知る人がいないはずのことまで……
背筋に冷たい汗が流れる。この人は一体……
「な、なぜそのことをご存知なのですか?」
「プリメラ嬢は私のことを知らないとおっしゃいますが、私はあなたと一緒に過ごしていたことがありますから」
「一緒に過ごしていた……?」
閣下の言葉に首をかしげる。
私はいつも一人だった。
だから、よく庭で集まってくる動物と戯れて過ごしていた。そうすることで一人の寂しさを紛らわせられたから。
いつだったか覚えてないけど、子犬をこっそり飼っていたこともあった。
いつものように庭で動物たちと戯れていたら、足を怪我した銀の毛並みに碧色の瞳の子犬を見つけて。手当てをして自分の食事を分けてあげて。気がつけばいなくなってしまっていたけど、とても可愛い子犬だった。一度だけ近くの丘に登って一緒に夕日を眺めたこともある。
そうやって記憶を掘り返しても、誰かと過ごした記憶はない。
やっぱり閣下が勘違いしているのかしら? でも、私しか知らないことを閣下が知っていることが引っかかる。
私の表情を見て閣下が苦笑する。
「まぁ、わからなくても無理はありませんね。だって私は——」
その時だった。
「プリメラ! パーラー公爵様がいらっしゃっているとは本当か!?」
勢いよく扉が開かれ、でっぷりとした下腹を持つハゲたおっさんが現れる。
バーデン子爵、その人であった。
「お、お義父さま、いらっしゃっていますからもう少し落ち着いて……」
「私に指図をするな! 育ててもらった分際で身の程をわきまえろ!」
怒鳴られて萎縮してしまう。そう、私は養女で元は孤児。子爵家に引き取られたが私が着ているのはメイド未満の服……
お義父さまが必要なのは言うことを聞く従順な奴隷であって、娘として接するつもりなんてなかったのだ。
思わず俯く。
「申し訳、ございません……」
「そうだ。お前は私に命じられたことだけしておけばいい。卑しい平民の血が流れている分際で逆らうんじゃない」
お義父さまが鼻を鳴らす。客人の前でまで貶められる屈辱に肩を震わせた時だった。
「聞いてれば、よくもまぁ、そう傲慢になれるものですね」
閣下の冷たい声が応接間に響いた。ハッと顔を上げると、閣下が怖い顔でお義父さまを睨みつけ、お義父さまは怯えた表情を浮かべていた。
「こ、公爵閣下、これは躾の一環でして……」
「躾? 私には、あなたがプリメラ嬢をいじめているようにしか見えませんが?」
「い、いじめてなんて……」
震えているお義父さまを見て、閣下がため息をついた。
「では、なぜ彼女はそのような服を着ているのです? メイド未満の服を着ている子爵令嬢なんてこの王国のどこにもいないでしょうねぇ」
「そ、それは」
「それに、この屋敷のメイドは客人にお茶すら出さない。失礼ながら教育がなっていないのでは?」
「も、申し訳ございません! おい何をやっている! 今すぐお茶を……」
答える隙すら与えず淡々と告げる閣下の言葉にお義父様はひどく慌てる。だが閣下はその言葉すら遮った。
「いりませんよ、話が終わればすぐに出ていきますから。ですが、メイドの教育すらまともにできない貴族なんてただの恥ですね」
「くっ……」
お義父さまは焦りから怒りに表情を一変させた。プライドの高いお義父さまは人から見下されたり命令されることを極端に嫌う。たとえ閣下であろうとも我慢ならなかったのだろう。
そんなお義父さまの様子を知ってか知らずか、閣下は言葉を紡ぐ。
美しい唇から紡がれるその言葉が死刑宣告にも等しく感じられるのは私だけかしら?
「さて、このことは陛下にお伝えしておきます。名誉ある王国貴族がご息女をいじめている。きっと陛下はお嘆きになることでしょうね」
「それは脅しか?」
「事実と考えを述べているだけですが何か?」
閣下の冷たい言葉にお義父さまがとうとうキレた。
「この若造がっ! 黙って聞いてれば調子に乗りおって……!」
「お、お義父さま! 魔力が暴走してっ……!」
「黙れ! お前もその若造も消えてしまえ……!」
お義父さまが魔力暴走を起こし、凄まじい魔力が応接室の中を吹き荒れる。
こんなお義父さまでも魔力だけは多い……止めなきゃここら辺一帯が更地に……!
どうにかして止めようにも私は魔法が使えない。この魔力が吹き荒れている中立っていることすら難しいのにどうしたら……!
ここまでかと思い、じわっと涙が滲んだその時。
「きゃっ!?」
不意に体が浮いて小さく叫び声を上げてしまう。
な、なにっ!?
驚いていると、耳元で声が響く。
「子爵は困ったものですね。こんなところで魔力暴走なんか起こしたらどうなるかなんてわかるでしょうに……」
「か、閣下!? お、おろしてください……!」
気がつけば閣下にお姫様抱っこされていた。あまりのことに状況も忘れて頭がパニックを起こす。
だが……
「嫌です」
「っ……!?」
にこやかに拒否される。な、なんで……!?
「ちょっと衝撃があるかもしれません。しっかり捕まっていてくださいね」
「えっ!? ど、どういう……わっ!?」
勢いよく窓に向かって走り出す閣下。思わずしがみついてしまう。
「役得ですね……」
閣下が何か呟いた気がしたがそれどころではなかった。どんどん魔力暴走が激しくなっていく中、私は目をつぶって閣下にしがみつくことしかできない。
そして……
ドカーン!!!!!
パリンッ!
魔力暴走による爆発音と窓が割れる音とともに浮遊感が体を襲う。同時に閣下の手が離れ、た……?
「えっ……」
目を開けると、目の前に青空が広がっていた。閣下の姿を捉えることはできない。
落ちる……!
思わず目を閉じる。
あぁ、結局死ぬのか……そう思った時だった。
ポフッ。
「えっ……?」
何かに受け止められる。背中から柔らかい感触が伝わってきて恐る恐る目を開くと、銀色のもふもふした何かの上に乗っていた。
「銀の毛並みの……犬……?」
「無事ですか?」
「か、閣下!?」
急に聞こえてくる閣下の声。ま、まさか……
「もしかして……」
「あなたの考えている通りです。私は獣人なので獣化できます。そして、獣化するとこのような姿になるのです」
「そう、なんですね。毛並みふわふわ……」
「怖がられなくてよかったです」
私の言葉に閣下が少し笑った気配がした。
「近くの丘に降りますので、少し待っていてくださいね」
その言葉とともにゆっくり降下が始まる。風が気持ち良い。
「お屋敷は……」
「大丈夫ですよ。出てくるときに結界を張っておきましたから爆発に巻き込まれたのはあの部屋だけでしょう。屋敷自体は残ってるはずです」
「お義父さまは……」
「魔力枯渇で倒れてるんじゃないでしょうか? 彼を中心に魔力暴走が起きただけなので怪我はしてないと思いますよ」
彼の言葉にホッとする。
「よかった……」
「あなたは本当に、変わりませんね」
彼の言葉にきょとんとする。
「そう、ですか……?」
閣下が頷く。
「昔、子爵が病で倒れた時、あなたはずっと『大丈夫かな? 苦しくないかな?』と繰り返していました。そして今回も真っ先に子爵の心配をしている。あなたのことを奴隷のように扱ってきた人なのになぜ憎まずにいられるのか、不思議でなりません」
閣下の言葉にハッとする。
確かに私は子爵のことを憎んではいなかった。奴隷のように扱われてきたけど、それでも、一度も憎んだことはない。なぜなら……
「どんな理由であれ、私を求めてくれた人、だからでしょうか」
「求めてくれた人?」
閣下の言葉に頷く。
「はい。私は実の両親に捨てられました。覚えているのは、雨の中、私を孤児院の前に置き去りにした時の後ろ姿だけ」
今も鮮明に覚えている。私を置いて消えていく後ろ姿。
実の家族について覚えているのはそれだけだけど、はっきりと覚えていた。
「私は求められない苦しさを知ってしまいましたから。要らない子として捨てられた私にとって、どんな理由であろうと求めてくれたお義父さまを憎むことはできないのです」
「……そう、ですか」
私の言葉に閣下は短く相槌を打っただけだった。
そういえば、お義父さまが病で倒れたときのことをなぜ閣下が……
私が訊く前に地面につく。
ぽんっ。
「あっ……」
「到着しました」
「ありがとうございます……」
音とともに人の姿に戻るとお姫様抱っこで受け止められる。そのままそっと降ろしてもらうが、お姫様抱っこされたことがどうしても恥ずかしくて思わず顔を伏せると顎を掴まれてくいっと顔を上げさせられた。
「っ……!?」
「私の瞳を見てもらえませんか?」
切ない声に反抗することもできず、碧の瞳をまっすぐ見つめる。
——なぜ、そんな目で私を見るの?
懐かしさと愛おしさが入り混じった瞳に当惑する。そして、なぜかその目を見たことがある気がすることも、余計に私を混乱させる原因だった。
「この瞳に見覚えはありませんか?」
「えっ……」
予想外の言葉に驚く。だが……
『昔、子爵が病で倒れた時、あなたはずっと『大丈夫かな? 苦しくないかな?』と繰り返していました』
さっき言われた言葉を思い出す。確かお義父さまが倒れたのは……
そこまで考えてハッとする。
「まさかっ……!」
「思い出していただけたようですね?」
息を呑む私に閣下が微笑んだ。
「あなたは……あの時の子犬……?」
恐る恐る発した言葉に閣下は頷いた。
「そうです。あの時は怪我していた私を助けてくださりありがとうございました」
優雅にお辞儀をする彼。
顔を上げた時、真っ先に目に入った優しい碧色の瞳は確かにあの時の子犬と全く同じで。でも、どうしても信じられなくて思わず手を伸ばしてしまう。
「本当に……あなたが……?」
「ええ」
気づいたら頬を撫でていた。撫でたところでわかるわけないのに。それでも触らずにはいられなくて。
閣下がハッと息を呑む。そして唐突に抱き寄せられた。
「え……?」
「なぜ、泣くんですか?」
閣下の言葉で自分が泣いていることに気づく。
「どうしてでしょう……自分でもわかりません。でも、あなたが、あの時の子犬が無事でよかったからでしょうか?」
そうやって言うと私を抱きしめている腕に力がこもる。
「本当にあなたは……お人好しですね」
「それ、褒めてます?」
「もちろん」
顔を合わせて笑い合う。身分は違えど、幼い頃の記憶が私たちをつないでいた。
と、周りを見て見覚えのある丘であることに気づく。
「ここは……」
「一緒に来た丘です。覚えていますか?」
「えぇ! 忘れるわけない……!」
そこは綺麗な花が咲き乱れる小さな丘で、子犬である彼と来た時は花冠を作ったりもした。
気持ち良い風が髪を乱す。
「ちょうど、この時間帯でしたね……夕日がとても綺麗で思わず見惚れちゃったのを覚えています」
「私は夕日どころではなかったのですが」
「え?」
彼の言葉にポカンとすると、彼は恥ずかしそうな笑みを浮かべた。
「夕日に照らされて微笑むあなたに見惚れてました」
「っ……!」
思わぬ一言に言葉を失う。
私が呆然と見つめる中、彼は私の目の前にすっと跪くとポケットから小さな箱を取り出した。
「今日は本当はあなたに恩返しをするために来たのです。でも、恩返しでもなんでもなかったことに気がつきました」
「え……?」
「私はただ、自分の願いを叶えに来ただけだったようです」
彼は力強い瞳で私を見つめると……
「プリメラ嬢、私の婚約者になっていただけませんか?」
彼の言葉に息を呑む。差し出されたのは、彼の瞳と同じ碧色の宝石——エメラルドがついた指輪。
「なぜ、私、なのですか」
思わず声が震える。どうしても信じられない。こんなボロを纏った元孤児の私が公爵閣下から婚約を申し込まれるなんて、信じられるわけがない。
「助けていただいた時からずっと、あなたのことが好きだったからです」
彼の瞳が私を貫く。
「そんな、私は大したこと……」
「自分だって傷ついているのに他者を助ける優しさ。自分を傷つけた相手すら心配するその強さ。惚れるには十分でした」
彼の言葉が心に響く。
「だから、ずっと私のそばにいてくれませんか? 生涯をかけてあなたを愛します」
もう、その言葉を疑うことすらできなかった。本気であることはその瞳を見ればわかったから。
——この人は私のことを心から愛してくれているんだ。
初めて向けられる愛情は心地よくて。ちょっぴり怖くて。
でも、こんなにも私のことを求めてくれる人がいる、ということが幸せでしょうがなかった。
今まであった辛いことが全部この時のためだったのなら、もし過去に戻れたとしても私は同じ道を歩むだろう。
私はとびっきりの笑みを浮かべた。
「はい! 私を、あなたの婚約者にしてください!」
夕日に照らされた丘の上で、私たちは誓いの口づけを交わした。
この先何があろうとも、決して離れないと。
生涯をかけてお互いを愛すと。
そう、誓ったのだった。
読んでくださりありがとうございました!
「もふもふ最高!」「感動した!」「続きを読みたい!」
そう思っていただけたらぜひ☆☆☆☆☆を★★★★★にしていただけると嬉しいです。
また、現実恋愛の短編も投稿しております。よろしければそちらもご一読ください。
「氷姫と呼ばれる美人だけど無表情なクラスメイト。俺と話すときだけなぜか赤面しまくりのりんご姫になる」
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