表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第9章 紡がれし想いと団円
95/97

9-14 精霊と風と祭壇の村

 一昼夜、メノスを走らせた。

 辿り着いたのは、翌日の昼近くの頃合いだった。

 ユートの不確かな記憶と記録を頼りに、プロソデアが精霊を用いて探し当てたのは、二人がこの世界に来た場所である。

 平坦な草原の一角にあって目印がなく、周囲の草に覆われて見えづらくなっていたため、探すのに手間取ったのだ。


 長く太く伸びて鳥籠のように覆ってきたその蔦は、縮んで茶色く枯れていた。円周上の十六箇所に蔦の残骸がある。

 間違いなく、タタ・クレユに転移したユートとリシアが目覚めた場所だった。

 そして、精の流れが見えるようになり精紋についての知見を得たユートには、その仕組みが何となく分かるようになっていた。


「俺を捕らえるための、モッサの罠だったみたいだな」

「蔦を伸ばして檻にする罠精紋というのは、聞いた事がありません」

「風の精霊が森を育むなら、蔦を伸ばして檻にするくらい簡単だ。そんな操り人形のような精霊を、モッサは作れるんだろう」

「私が地面に埋められていた紙を、不注意で踏んでしまったから作動したのではないのですか?」

「そうかも知れないが、そうじゃないかもしれない。確かめるには、検証実験が必要だ」

「いずれにせよ、モッサの知見は私を遙かに上回っています」


 プロソデアが地面を探ると、茶色く変色したガンピシのような残骸がでてきた。八角形の頂点とその内接円の中心に、ガンピシが埋められている。それを補助するように精を導く石が地中に埋められていた。


「ですがこれは普通の転移紋です。ノイ・クレユには繋がっているようには思えません」

「俺は一瞬別の場所を見たような気がしたが、気のせいじゃなかったのか」

「ある場所からここへ転移させ、それを切っ掛けにして蔦を急成長させて、檻にして閉じ込める罠だったのでしょう」

「仕組みを究明したくなるが、その役目はプロソデアに譲るよ」

「押し付けられた気分です」


「悪いな」


「いえ。できれば、親友のユート殿と探究したかったというのが、私の正直な気持ちです」

「嬉しい事を言ってくれる。けど、プロソデアには一緒に探究してくれる人が、他にもいるじゃないか」

「そうでした。やはりユート殿には早々にノイ・クレユに戻って頂きましょう」

「言うようになったな。これぞ悪友の手本だな」

「ユート殿には及びません」


「だが、一つ問題がある」


「なんでしょう」

「殿と言うのは、もうやめて欲しい」

「そうですね、失礼しました」

「いいさ。それより、どこから転移紋で飛ばされて来たか、調べないといけない」

「お嬢様やトーマ君がどこに現れたか、ユートは知らないのですか?」


「トーマに会ってないからな。プロソデアは聞いてるか?」

「すみません。聞いていませんでした」

「フホ村の近くです」


 断言したリシアに、ユートが驚きの眼差しを向けた。


「詳しいな」

「残され森で会ったフホ村出身の子達が教えてくれました。お別れの挨拶に来てくれた二人の女の子もフホ村出身です」

「まさかトーマは異世界召喚でもされたのか?」

「そこまでは知りませんが、トーマ君が精霊を生み出すのを見て、あの子達は救世の勇者だと確信したそうです。そして、その事実を広めるためにユーシエスに来たと言っていました」


「精霊を生み出すなんて、トーマは来て早々凄い事したんだなあ」

「興味深い事例です」

「どういう事情か気になるが、これもプロソデアに任せる。あとでトーマとファロウに聞いてくれ」

「そうですね。ではキディナス、頼みます。フホ村の周辺にあるそれらしい場所を探してください」

「かしこまりました。プロソデア様。では、行って参ります」


 風の精霊キディナスが姿を現すと、空高く舞い上がり、風となって跳んでいった。

 ほどなく、キディナスはそれらしい場所を発見して戻って来る。曖昧な指示で的確に判断して意図する場所を探し出せる程に、キディナスという精霊は優秀であった。プロソデアが契約する他の精霊、例えばディミでは単独で行動する力はなく、イプシリータは戦いに特化しているため融通が利かないのだ。


 三人はキディナスの案内で、その場所へ向かった。


 そこは円墳のような丸い形をした、緑が映える丘だった。

 メノスが丘に登るのを嫌がったため、三人は麓で降り、高さ二〇メートルほどの斜面を登った。


 丘の頂には環状列石ストーンサークルがあった。

 円周上に立つ石柱の風化具合や地面との同化具合から、古くから存在する遺跡だと分かる。その中央に祭壇のような石の台があり、上には宝石が置かれている。


 全員がただならぬ雰囲気を感じ、誰が止める事も無く、石柱で囲まれた円の外側で立ち止まった。

 環状列石によって、複雑な精紋を作り出しているようであった。

 プロソデアが周囲を歩き、精の流れを確認する。


「機能はしていないようです」

「なら入ってみよう。リシアはそこで待っていてくれ」

「分かりました」

「気を付けてください。私の精霊達はこの中には入りたがりません」


 うなずいたユートは、環状列石の中央にある祭壇に歩み寄った。見た目も精の流れにも、何の変化も起きない。


「妙な感じだ。まるで川の中にある岩のように、周囲の精がこの丘を避けて流れているみたいだ」

「言われてみれば、そうですね。精紋に流れ込む精ばかり気にしていて気付きませんでした。それで、精霊達が入りたがらなかったのでしょう」


 精霊の行動範囲は、精の連続性が保たれた範囲である。

 封精紋や封精石で囲まれた範囲は、連続性が断絶するために、精霊の行動範囲外となるのだ。


「逆に俺は微細な精の流れには鈍感だからな。どれ、試してみるか」


 ユートは、カゼフネの応急処置の役目を終えて回収したガンピシモドキをバックパックから取り出すと、八角形に折って祭壇の上に置いた。精を集める効果を発揮するはずである。


 すぐに環状列石の外側を漂う精が反応し、ガンピシモドキへと引き寄せられる。

 だが環状列石に弾かれるか、内に流れ込んでもまるで磁力線に遮られるように、軌道が逸らされて石の隙間から外へと流れ出す。


「面白い現象だな」

「私も初めて見ました」


「モッサが残していった墨書の紙が発動条件で、あれも精を集めるものかと思ったが、違うのかな」

「どのようなものでしたか?」

「トーマを誘拐したから来いというような、犯行声明文だ。ガンピシのような紙質で、こっちに来る時、その紙に描かれていた文字が光って消えたんだ。それでも紙は持っていたはずだが、いつの間にかなくなっていた」



「モッサはどれほどの知識を持っているのでしょう。タタ・クレユの誰よりも、多くの知見を持っているようです」


「モッサを生かしておけば、その知識と技術を得ようとする野心家が、連れ去っていくかもしれないな」

「難しい判断を迫られてしまいますね」

「だがサーリなら、迷わないと思うぜ」

「サーリなら、そうですね」

「人生の基軸をどこに置くかという問題だけだ」

「私も定めなければなりませんね」


「難しいと思えば難しいが、簡単な話でもあるからな」

「複雑に考えすぎると出口が遠退くのですね」

「単純化しすぎて行動すると、無思慮と罵られる事もあるがな」

「すべての物事には表と裏があると――」

「抱き合わせ商法のように、分けては売ってもらえないから、いいとこ取りはできないらしい」


「そこは、表裏一体とか、光と影の関係と言わないのがユートなのですね」

 リシアは溜め息交じりに揶揄したが、諦めたように微笑んだ。


「深刻ぶったところで、物事は好転しないからな。なるべく別の視点で物事を見ようとしている」

「そうだったのですね」

 リシアは、納得したようにうなずいた。ユートの言動がコロコロ変わるように感じていたのが、実は同じ事を言葉や視点を変えているに過ぎなかったのではないかと、気付いたのだ。


「それより、ここにあった転移紋によって俺とリシアは向こうの罠に転移させられたと思うんだが、その痕跡が分からないな」

「先程のように、ガンピシが埋められていたのではないようですね」

「転移紋自体、俺にとっては仕組みが全く理解出来ない代物だが、元の世界に戻るのも、こっちからあっちへ行くのと同じかな?」

「概念としては同じです」

「そうなると、精の流し方にコツがあるのかもしれないなあ」

「どのような?」


 身を乗り出すように一歩踏み出したプロソデアの姿に、ユートは微笑んだ。


「それを、これから一緒に調べよう」

「はい」

 答えを期待していた様子のプロソデアだったが、ユートの言葉を聞いて失望するどころか、むしろ喜ぶように破顔した。


「プロソデアは、どう見る?」

「転移紋に近い様式に見えます。あれも大量の精がなければ機能しませんから、これもそうなのだと思います」

「なるほど。単純な量の問題か。それもあるだろうな」

「ユートは違うと考えているのですか?」

「目的と用法が簡単に判るなら、もっと頻繁に人々は、両方の世界を往き来していると思うのさ」

「大昔は自由に交流していたという言い伝えがありますから、いつの時代か、秘匿されたのでしょう」


「秘密の伝承か、困ったなあ」

「その昔からノイ・クレユへ行くのは禁忌とされています」

「行く方法があると知られていながら禁止されているのか」


「かつて賢者と呼ばれた人物が、ノイ・クレユへ行ったという伝承があります。ノイ・クレユに具体的な方法が伝承されているのではありませんか?」

「あるかもしれないが、そうなるとお手上げだな」

「モッサに聞きますか?」

「仮に聞いたとしても、その話を信じるのは危ういだろう」


「ゾネイア博士なら、何かご存じだったでしょう。すみません。私がもっと先生から学んでいれば――」

「ゾネイアだって、直接的な答えは教えてくれないさ。それより、プロソデアなら何百年何千年と残したい秘密の教えを、どうやって隠す?」


「文献と口伝です。いくつかの家系に分け、伝承を残します。ただ、一つの家系だけでは読み解けず、少なくとも三家系の伝承を集めなければ、答えが分からないようにします。主家となる系譜にはその分散した秘密を再び一つにする方法を残す事で、秘密は保たれます」


「それだと、伝承が残る家系を探さないといけないから、大がかりだな」

「違いますか」

「大きな戦争があっても残すには、伝説や神話といった物語が最適だと思う」


「物語ですか――」

「それに、モッサは比較的自在に往き来していたはずなんだ。往来にこのストーンサークルが必要なら、両方の世界でこれを守り続ける人がいなければいけない。公開鍵暗号の理屈かもしれないな」


「何ですか、それは?」


「秘密にしたい文章は、ある公開された方法で暗号化する。けどその暗号は、秘密鍵を持った者でなければ解読できないという方法だ」

「何やら難しそうですね」

「簡単に言えば、見るべき人が見れば分かるように隠してあるが、そうでない人が見たら、分からないという事だ」

「解き方を知っている者、つまり知識のある者が見れば、解ける謎と言う事ですか」

「その通りだ。プロソデア方式の拡大版だな」

「では、悩むよりも動きましょう。いずれにせよ、フホ村に行く必要があります」


「そうだな」

 ユートはうなずいて、リシアを見た。

「異論はあるかな?」


 するとリシアは微笑みを浮かべた。


「いいえ。私もフホ村行きには賛成です。あの子達が無事だと親御さんに伝えられますから」

「よし、決まりだ。場所は分かるか、プロソデア」

「はい、森の向こうです」


 環状列石のある丘を降りると、三人はメノスに跨がり走らせた。


 丘から続く道を森へと向かう。

 森を抜けて見えてくる集落、それがフホ村だった。


 村の周囲には柵や壁はなく、開放的な家並みだった。

 木造の家が建ち並び、元の世界の田舎で見掛けるような景色である。集落を囲むように風車小屋が十六基建っていることが、ユートにとっては不思議な情景だった。というのも、風車は風の通り道に並べて建てるべきだと思っていたからである。ただそれは、元の世界の常識であり、風の領域では風の精霊が風車を回して遊んでくれるように配置するのが常識だったのだ。


 村に近づくと、人が何人も集まっていた。しかも彼らの視線は、真っ直ぐにユート達に向けられている。

 まるで出迎えに立っているようであった。

 だが、顔が分かるほどに近づくと、どよめきはざわめきになり、ほとんどの村人は興味を失ったように立ち去っていった。


「どうやら異邦人三人では、敵対はされないが、歓迎もされないようだ」ユートは苦笑を浮かべた。

「顔を晒していたのは不用意だったでしょうか」プロソデアは真剣な表情をしている。

「何も隠す必要はありません。悪事を働きに行くのではありませんから」リシアは背筋が伸びた堂々たる態度を保っている。


 ユートも彼女に倣い、背筋を伸ばした。

 村の入口に残ったのは長老と思しき老人と、数組の夫婦だった。遠巻きに人が残っていて、好奇心旺盛な子供達の姿もあるが、走り出そうとするその体を親が抱きしめ、あるいは手を引いて押さえている。ユート達は驚かせないようにゆっくりと進み、メノスから降り手綱を引いて村人達に近づいた。


「これは珍しいお客人だ」


 長老らしき人物の視線は、ユートとリシアを何度も交互に往き来し、軽く首を傾げてからプロソデアへと向けられた。


「何か期待を裏切ってしまったようで悪いな」

「いえいえ。村に戻ってきた精霊達が、ノイ・クレユ人の男女が来ると教えてくれたので、皆、期待してしまったのですよ」

「どんな期待か聞いてもいいか?」


「救世の勇者が世界を救い、戻られたと思ったのです。ところが――どう見ても少年ではなかったからです」

「悪いな、年食――期待外れで。だが、救世の勇者が世界を救ったなんて、どうやって知ったんだ?」


「風の噂です。このように精の流れが穏やかになり、精霊達も戻りました。世界が救われたのは、間違いないとすぐに分かります。ですから、ノイ・クレユ人が来たと聞いて、早いとは思いましたが、向こうへ帰るために急ぎこの村に戻ったのだと勘違いしたのです」


「随分早い噂だが、誰に聞いたんだ?」

「風の精霊に決まっております」

「どういうことだ?」


 ユートはプロソデアを見た。


「異変が治まったので、風の精霊が行き交い始めたのでしょう」

「風の精霊が噂話をするのか?」

「特に風の領域では、そうです」

「駄洒落みたいだが、まさに風の噂だな」


 精流脈が正常になると、精霊が戻る。

 精霊が戻ると、枯れた大地が蘇り始める。

 そして風となって精霊が行き交い、何があったのかを囁き合う。遠くの出来事もすぐに伝わるほどに、タタ・クレユにとって精霊の存在は身近で大きいのだ。

 精霊の姿を見て、村の人々は救われたという実感に喜び湧き立った事だろう。


 だが、世界が救われても、それを喜べない者も存在する。

 長老の側に残った大人達、恐らく子の帰りを待つ親である。

 世代としては、ユートに近いようであった。

 彼らが待ち望んでいたのは、救世の勇者の再訪ではないのは明らかだった。


「ところであなた方は、救世の勇者と関係があるのですか?」


 父親の一人が、口を開いた。

 期待と不安が入り混じった表情には、恐怖心も入り混じっているようだった。

 三人の知らない事だが、モッサが現れ、彼らに恐怖を与えて行ったからである。ノイ・クレユ人の誰もが友好的なのではなく、警戒すべき存在であると身をもって知っているのだ。

 警戒心の他に期待を抱いているのは、見て明らかに判る天の種族であるプロソデアが同行しているからだった。彼らにとってそれは、新たな出来事になるからである。


「言うなれば俺達は、救世の勇者の先遣隊だ」


 ユートが答えた途端、大人達が詰め寄った。

 親として子の安否を気遣う不安と期待が入り混じる真剣な眼差しを受けたユートは、彼らも同じ親なのだと共感するのだった。


「本当か?」

「だったら、どうなった?」

「ユーシエスの状況は酷いの?」

「いや、そもそもあの子達は首都に行ってないだろう」

「救世の勇者から何か、聞いてませんか?」

「うちの娘は無事?」

「俺の息子はどうなんだ?」

「救世の勇者を案内しに行ったまま、帰って来ないのです」


 彼らの問いに対する答えを持っていないユートに代わるように、リシアが彼らに体を向けた。

「全員無事です」


 振り向いた彼らは、今度はリシアに詰め寄り取り囲んだ。

「間違いないか?」

「うちの子は?」

「全員って?」

「何人だ?」


「私が会ったのは、ロムド、チナン、ダリュア、キュセ、プラエナの五人です。みんなに助けてもらいました」


 安心し張り詰めた気持ちが和らいだのか、涙する親の姿があった。彼らに穏やかな笑みを向けたユートだったが、すぐに一組だけ暗い顔をしている夫婦の姿に気付いて、表情を戻した。


「ラルガは? うちの息子は、どうなったのです?」

「無事だとは聞いていますが――」

 リシアは申し訳なさそうに、言葉を濁した。


「彼なら、無事ですよ」

 代わりに答えたのは、プロソデアだった。


「え?」

「今はイムジア町にいるそうです」

「本当ですか?」

「彼に協力してもらったと、風の騎士のフェルギ隊長から話を聞きました」

「よかった」


 母親は泣き崩れ、父親はその肩を抱く。

 どの世界でも、親子の情は本質的には変わらない。

 人の本質が同じなら、異世界交流も問題ないだろうと、ユートは思いを馳せた。


「いやはや、良かった。朗報をもたらしてくれた客人にはもてなしをしなければなりません。私はフホ村の長老ヒルナと申します。どうぞこちらへ、異邦のお三方どうぞ」


 三人は長老の案内で村の中へと入った。

 メノスを引き、長老の歩調に合わせてゆっくりと歩む。

 水場を中心に放射状に家屋が並んでいた。

 中央の池の中心に立つ柱からは水が噴き出し、石積みで囲われた池に清らかな水が貯まっている。


「ようやく世界に風が戻り、風車が回り始めました。これで水にも困りません。これも、救世の勇者のお陰です」

「そのための風車か」

「井戸を掘り、風車で組み上げております。風が吹かなければ、この村は作物を育てられません」


 風車によって井戸から汲み上げた水は一度中央の池に貯められ、そこから各戸に向けて水道を敷いている。

 森から流れ出る小川もあるのだが、途中で地面に浸透して消えてしまうため、村に引き込めないからである。


「そうまでして、なぜこの場所に村を作ったんだ?」

「祭壇があるからです」


 村があって祭壇を作ったのではなく、祭壇があったから村を作った事になる。環状列石の祭壇はあの円墳のような丘に作らなければならない理由があるのだろう。

 場所が重要なのだとユートは確信した。


 長老は村の奥へと向かって歩き続ける。

 案内されるまま三人は、付いていく。

 ユートは問い方を迷いながら、前を歩く長老の横顔を見つめた。


「長老、祭殿に関する伝承を教えてくれないか?」


「古来よりノイ・クレユと交流があったとの言い伝えがあるくらいです。最近の若い者は、明確な理由も分からず、因習となってあの祭壇を守り続けるのは無意味だと言い出しましてね。祭の稽古をしたがらなくて困っていたのです」


「それ以外の口伝とかは残ってないのか?」

「口伝があるのは、舞いに関するものくらいですよ。それより、救世の勇者様はいつ頃お見えになるのでしょう」


「まだ決まってない」

「明日や明後日ということはありませんか?」

「それはない」

「安心しました。歓迎の宴と送別の祭を披露したいのですが、準備がまだ整っていなかったのです」

「具体的に何をする予定だったんだ?」

「世界を救って頂いた感謝を込めて、数日のおもてなしをしようと考えていたのです」


 ユートはプロソデアと顔を見合わせた。

 トーマ達がフホ村に立ち寄ると、元の世界に戻る機を逸する恐れがあったからである。


「数日とは、大層な歓待だな」

「この世界が滅亡を救うために、ノイ・クレユから救世の勇者が現れるという伝承が、真実だったと証明されたのです。村の威信を懸けて、執り行わなければなりません。そして、新たな数百年、いえ、数千年後まで語り継いでいけるよう、私の知るすべての儀式と演目を、復活させなければなりません」


「そうした儀式や演目に関する、古文書は残ってないのか?」


 ユートにとって必要なのは、数日に及ぶ歓待ではなく、環状列石と祭壇によって作られた精紋の使い方の手掛かりだった。仮に儀式が数日に及ぶなら、文献情報で全容を把握した上で絞り込んで効率的に理解したいと思っていたのだ。


「ございません。すべて口伝にございます。記録してはならぬと、先々代のさらにずっと前からの、仕来りにございます」

「それを教えてくれないかな」

「相手が風の王であっても、教えてはならぬものとされています」

「どうにかその内容を教えて欲しい。救世の勇者にとって、大事な事なんだ」


「そうですか。では、交流月の祭の予行をお見せ致しましょう。人前、しかも救世の勇者の先遣隊の方を前にすれば、皆の気合いも入るでしょうから、いい練習になります。さて、着きましたよ」


 長老は村で一番大きな屋敷へと入ってく。

 長老の自宅であった。

 三人は、脇の小屋にメノスを繋ぎ、母屋へと上がった。

 昔ながらの日本家屋のような造りだった。靴を脱いで上がり、縁側の廊下を進む。通されたのは奥にある板張りの客間だった。


「カルナ、これへ」

「はい」

 若い女性が一人、現れた。

「お前は、お客人の世話をするように」

「はい、お爺様」

「私の孫娘のカルナです。何かあれば、この者に言いつけてください。では、私は準備をして参ります。夜までごゆるりと旅の疲れを癒してください」


 長老が去ると、カルナはユート達に向き直った。


「何か入用な物はございますか?」

「いいえ」

「では、お茶を淹れて参ります。その際にまた御用があればお伺い致します」


 言い置いてカルナは部屋の戸を閉め、出て行った。


「さて、折角出来た時間だ。有意義に使おう」

「村人から、話を聞いておくのですね」

「それもいいが、その前に、身なりを整えておきたい」


 ユートはリシアの服を指さした。

 彼女のピナフォア・ドレスは長旅と戦闘で汚れ、穴が開き、スカートは破れている。


「ですが、ここまで傷んでしまうと、繕えません」

「そうなのか?」ユートはプロソデアを見た。

「どうにかなるでしょう」

「そういうことだ」ユートはリシアに視線を転じた。

「どういうことです?」リシアがプロソデアに顔を向けた。

「プロソデアは、ペリジアという王女の守護騎士だったんだ。二人きりの長旅だと、道中で服が破れる事もあるのさ」

「それはそうでしょうが――」

「私の契約精霊には、服の修繕が得意な者もいるのです」


 それが、答えであった。

 だが、プロソデアの精霊でも、すぐに仕上げられるような簡単な作業ではなかった。特に、リシアが身につけているピナフォア・ドレスの傷みは激しかったのだ。


「失礼します。お茶をお持ちしました」

 カルナがお茶を持って戻って来ると、卓の上にお茶を淹れた器を並べた。


「カルナ、湯浴みはできますか? それと、二人が着られる服を貸してもらえると助かります」


 プロソデアの言葉に、カルナはすぐに事情を察したように微笑みながらうなずいた。

「只今持って参りますので、少しばかりお待ちください。」


 カルナが出て行き、三人は待っている間にお茶を飲んで一息吐いた。

 しばらくして戻って来たカルナは、二着の服を持って来た。村人も着ているような、作務衣に似た服である。


「お風呂の準備をして参りますので、お湯が沸きましたらご案内します」

「お湯なら私の精霊がすぐに温められますから、案内してください」

「かしこまりました」


 案内されたのは、母屋から離れた小屋だった。

 その中には、浴槽が置かれていた。

 高い位置に釜が二つ置かれていて、一方は下で薪を焚いて湯を沸かし、もう一方は水が入っている。二つを混ぜて適温にして浴槽に注ぐような造りだった。


「なんだ。あるじゃないか。こっちの世界は、祭殿のような打たせ湯しかないのかと思っていた」

「この村では昔からこうですよ、お客様」

「そうなのですか。驚きました。水が豊富なのと、ノイ・クレユとの文化交流があったからなのでしょう」

「そこまでは存じません。他に御用はございますか」

「いいえ。もう十分です」

「何かございましたらお呼びください。では、失礼致します」


 カルナが去って行った。


「ユート、また私の精霊で洗いますか?」

「いや。ゆっくり湯船に浸かりたい」

「そう言えば、トーマ君にも風呂を作らされましたね。その後、アグリアも入っていましたが」

「プロソデアも入ったらどうだ?」

「それはまた別の機会に。ですので、失礼して私は先に済ませます」


 すぐにプロソデアは精霊を使って騎士服を着たまま全身を洗って脱水し乾燥させてしまう。

 リシアは驚いてみていたが、すぐに悟ったようであった。


「言うなれば、人間洗濯機だな」

 ユートの言葉に、リシアがうなずいた。


 二人は話し合い、結果、風呂に入る順番はユートが先でリシアが後になった。なおリシアの入浴中は、当然のようにディアンことキディナスが身辺警護を努め、誰も立ち入れなかったのは言うまでもない。


 そして、脱いだ服はプロソデアの精霊が修繕していく。

 まず洗濯して汚れを落とし、穴が開いたり切れたりした箇所を、繕っていく。当て布を用いるのとは異なり、服の見えない部分の布を解いて糸にして、紡いで繋げながら織り込んでいくのだ。

 新品同様とはならないが、精霊の器用さは人間の職人を凌駕しており、完璧に近い仕上がりになるだろう。


 客間でプロソデアの精霊が服の修繕を行っている間に、三人は村を歩き、伝承や遺跡を訪ねて回ることにした。案内してくれたのは、カルナだった。だが生憎と、村人は総出で祭の準備に掛かりっきりで、誰もが忙しそうにしていた。


 収穫は、この村が文化的な生活レベルにあると知った事である。


 そして精霊が、風と混じり合う朧気な姿のまま、風車の間を吹き抜けて、羽を回していく。明確な自我が芽生えない幼児のような風の精霊が飛び交っているのだ。

 穏やかな風と共に暮らす人々が住む、村だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ