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白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第9章 紡がれし想いと団円
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9-12 因縁と疑念と決別と

 精霊に支えられたまま街道に開けた穴を見おろしたモッサが、大きな溜め息を吐き出した。


「結局あなた方は、旧来の支配者の味方に成り下がったのですね」


 モッサはゆっくりと空中に立ち、避難民とモッサに従う風の騎士たちを睥睨しながら、巨人の姿をしたザゲルへと近づいていく。


「呆れました。あなた方は、精霊王の解放を諦めてしまったのです。いずれ精霊王の怒りを招き、滅びる事でしょう」


 人々の表情が、不安に曇っていく。

 そこへ、突風が吹き抜けた。

 モッサは高度を保っていられず、地表にまで降りてしまう。

 ザゲルが起こした風であった。


「人を惑わす咎人よ、真実を語る機会を与えよう」


 空中に立つモッサを地面に引き摺り降ろした力を見て、人々の動揺はザゲルを信じる向きに揺れ戻っていく。

 それでもモッサは、口元に嘲笑を浮かべていた。



「何者ですか、あなたは」

「私はザゲルという名の精霊だ。そういうお前は何者かな、ガガン・モッサよ」

「ザゲル? 知りませんねえ。ですがまあいいでしょう。我は解放者にして、真実を解き明かす者だと告げておきましょう」

「世界の破壊者にしか見えないぞ、モッサよ」

「もし世界が破壊されるなら、それはこの世界が偽りだっただけの事です」


 人々がどよめいた。

 モッサが世界の破壊が含まれる未来も見ていると、初めて知ったからである。

 聞き間違いと思う人は困惑し、騙されたと悟った人々はモッサへの怒りを溢れさせた。


「おい、モッサ、我々を騙したな」

「騙したとは?」

「巨木の森の精霊公子が、元凶はお前だと言ったぞ」

「精霊公子? そのような存在がどこに?」

「ザゲルという名の精霊こそが、巨木の森の精霊公子だ」


「あれが精霊公子? 嗤ってしまいますね。巨木の森に満ちる膨大な精を宿す精霊が、このような場所に来られるはずがないのですよ」


「だったら、蒼き森の精霊騎士はどうなんだ。あんたが騎士達に与えた分霊を、剣の一振りで消滅させたんだぞ」

「蒼き森の精霊騎士など、どこにいるのです?」

「ここにいるぞ」

「ああ、そちらでしたか。あまりにも小さくて気がつきませんでしたよ」


「見くびるなよ、モッサ」

 精霊騎士が腰の剣を抜いた。

「それは失礼。ただ、我が騎士に与える分霊は、貢献度に応じて力の強さが違うのです。では皆さんに、本当の分霊を見せましょう」


 モッサが上着の内ポケットから八角形に折ったガンピシを取り出した。

 すぐに周囲の精が集まっていき、大きな精霊となっていく。

 ただ、凝集した精は膨大だが、ザゲルより小さく体の輪郭はぼやけていた。


「閣下、ここは私が相手します」

 蒼き森の精霊騎士が進み出る。

「そうか。だが、見栄は捨てるが良い」

「見栄など張っておりません。精霊騎士の力を御覧ください」


 精を凝集して作り出されたメノスが地を滑るように駆け進み、モッサが出した分霊に剣を振るった。

 先程はモッサ騎士団が使う分霊を一閃して消滅させたと言う剣は、モッサが作り出した分霊に当たって砕けるように折れた。


「なに! こんなはずは――」


 蒼き森の精霊騎士が動きを止め、折れた剣を見つめている。

 ユートにとっては、集精の剣が折れた事よりも、それが精を凝集して作り出していた事の方が驚きであった。


「あの剣も、メノスも精を集めて作っているのか。芸が細かい」

「それを精の無駄遣いと言うのだ」

 ザゲルが淡々と答えた。


「やはり、愚かですねえ」


 嘲笑しながらモッサは杖を高く上げて、振り降ろす。

 分霊が鞭で打たれたように、放たれた。

 鋭く貫くドリルのように渦を巻き、精霊騎士へ真っ直ぐ矢のように飛び、精霊騎士の胸を貫いた。


「おお、なんと。よもやこのような――」


 精霊騎士の姿は霧のようになり、散った。

 だがその精は、隣でメノスを並べていた天の騎士のベルトへと、吸い込まれるように流れていき、消えた。


「殺された訳じゃないようだ」

「精を失い過ぎて、宿玉に逃げ込んだのだ」

「生きているなら良かったが――」

「この地で無駄に精を使うという過ちが敗北を招いたのだ」

 ザゲルは冷静に事実を見つめており、精霊騎士が倒された事実はさほど気にしていないようだった。



 モッサは嗤っている。

「愚かな精霊ですねえ。精霊王の分霊に逆らうとは。どうですみなさん。これが精霊王の力を分け与えられた、我の力です」

「モッサ様――」

「モッサ様、万歳!」


 再びモッサを正しいと信じる者が、声を上げた。

 まばらだが、困惑しつつも、それでもモッサを糾弾する声は聞こえなくなった。


「さあ、今からでも間に合うかも知れません。精紋の破壊を急ぎなさい。精霊王が偽の勇者に殺される前に為すべきを為せば、精霊王の祝福が得られるでしょう」


 人々はどよめき、何人かが穴に向かって走り出した。

 数人はつられて動いたが、全体の動きにはならなかった。


「やれやれ、やはり愚民ですねえ」


 モッサが丘の上に視線を向けた。

 ユートも顔を向けたが、視線は乱立する白化した森の木々に遮られた。


「ユートよ感じるか? どうやら面白い事になっているぞ」

「俺には何も見えないが、ピリピリするような精の波動は感じるな」

「トーマが聖剣を使っているのだ。精霊王の精が、精錬されていく、心地よい波動が伝わってくる」


 ユートは笑みを浮かべ、モッサを見据えた。

「トーマがどうにか道筋を付けたなら、あとはモッサの始末だ」

 顎に手を当てて、ユートは思案する。


「モッサ様、あっちの巨木の森の精霊公子はどうなのでしょう」

「偽物です。見た目に惑わされてはいけません。あれは皮を膨らませたような空虚な存在でしかないのです」


「でしたらモッサ様、あの偽の精霊公子も倒してください」

「いいでしょう。さあ、やりなさい」


 モッサが再び杖を振りかぶり、ザゲルへ向けて振り降ろした。

 分霊は先程と同じようにドリルとなって鋭く素早く飛翔し、ザゲルの胸を貫いた。

 だが、煙のように精が飛び散る事はなかった。

 残った精が凝集していく。

 巨大化するために使っていた精が濃密になり背が縮んでいく。


 ザゲルは、二メートルほどの大男の姿になった。

 まるで本物の人のような姿となって、ユートの隣に立っている。

 しかも、内側から放たれる光のような波動が、他の精霊とは一線を画す存在感をあふれさせている。


 その光は、ザゲルの姿を構成する精であった。

 ザゲルほどの精霊であっても、王宮精紋と精霊王によって発生する精の吸収を完全に防げないための現象だった。

 それでも、並の精霊と明らかに違い、体を形作る精が剥がれ落ちるように吸われていくのではなく、精の活性が失われて残滓となった欠片が剥がれ落ちていく光りであった。


 だが周囲の人々は、巨大な姿が消えたことで、モッサの勝利を確信していた。

「おお、モッサ様のお言葉は本当だ」

「あれは偽の公子だ」

「やっぱりモッサ様が正しかったんだ」


「そうです。我が正しいのです。さあ、精霊王を解放するために貢献するのは今しかありませんよ」


 モッサが煽ると、先程よりも多くの人が穴へと向かって走って行く。ただ彼らは、純粋にモッサを信じたのではない。モッサの勝利を予想し、精霊王からの祝福を欲しているのだ。

 まだ動かずにいる人々の中には、冷静に事実を分析している者もいた。


「ですがモッサ様。あの精霊は、まだ立派な姿を残しています」

「分かっています。さあ分霊よ、次はあの精霊を滅ぼしなさい」


 分霊は鋭く回転しながら、槍のように細くなっていく。

 回転数を上げ、鋭く風を巻き込みながら、ザゲルへと放たれた。


「その程度では、私の体は貫けないぞ」


 ザゲルが左の掌をその槍に向けた。

 そこに槍が突き刺さる。

 そう見えたが、違った。


 手に突き刺さった穂先となった精から、バラバラと砕けて散っていったのだ。最後にザゲルが握り締めると、ガンピシ宿玉が瞬時に灰となって消えた。


「ま、まさか。ありえません」

 モッサが動揺して後ずさる。


 残った人々の間から大名どよめきの声が湧き起こると、穴に向かって走っていた人々が足を止め、振り返った。

 無事なザゲルの姿と消えた分霊の姿を見て、状況を理解出来ずに混乱する彼らは、目撃していた人々の声を聞いた。


「おい、本物だ」

「やぱり、巨木の森の精霊公子だ」


「そんなバカなことが。あるはずがありません。精霊公子が巨木の森から出てくるなど」


 目の前の事実を否定するモッサに向けて、ユートは一歩、踏み出した。


「それがあるんだ。目の前の事実を否定するな、モッサ」

「お前は、ユート・クマ。その精霊に隠れていたのですね。気付きませんでしたよ」

「悪いな。存在感ゼロで」


「そうでしたか。やはり先程我が迎撃して墜落させたあのカゼフネに、あなたも乗ってきたのですね」

「やっぱり火の精霊を放ったのはお前だったか」

「すると巨木の森の精霊公子は、カゼフネを宿玉にしてきたのでしょう。それを我は燃やしたのです。つまり、宿玉を失った精霊公子は、もはや風前の灯火なのです」


「生憎と、俺は友達を見捨てないのさ」

「友達? その精霊が?」

「そうだ。ザゲルって言うんだ」

「そう言えば、そう呼んでいましたね。では、やはり偽物です。我が知る巨木の森の精霊公子の名ではありませんから」


「本当にそう思うか?」

「当然です。少しばかり力のある精霊を従えたところで、我の脅しになりません」

「すると俺は、キツネにもなれなかったらしい」


「まったくあなたは、嫌な人ですねえ」

「好かれようとは思ってないが、理不尽に嫌われるのも困りものだ」

「でしたらその悩みを終わらせてあげましょう。あなたはもう、不要です。出番は終わりました。消えてください」

「折角登場したのに、モブ扱いしないでくれ」

「ザコ扱いですよ」



「意味が分からぬ会話だな。ユートよ、そろそろあのモッサという男を消し去っていいか」

 ザゲルの言葉にユートは振り返り、首を振った。


「駄目だ。あいつにはけじめを付けさせる」

「どうやって?」

「俺がやる」


「ユートでは無理だ」

「そう思うなら、守ってくれよ。友達だろ」

「自分でやるといいながら、守れとも言う。面白い男だユートは。よって、望むままにしてやろう」

「感謝する、ザゲル」


 ザゲルの側から進み出たユートは、モッサまでの距離を半分まで縮めた。

 それでもまだ三〇メートルほどの距離がある。


「さてモッサ、少し話をしようか」

「今更何を話そうというのでしょう」


 王宮の方から光の柱が天へと走ったように見えた。

 そして、周囲の精の流れが、変わっていた。

 かつてないほどに、穏やかになっている。

 ユートが見上げた丘の上から、先程まで立ち上っていた精の柱が消えていた。


 モッサに視線を戻したユートが見たのは、焦燥の色だった。

 一世一代の晴れの舞台で大失敗を披露した、哀れな奇術師のようだった。


「やれやれ、仕切り直しですね」


 モッサが上着の内ポケットに手を差し入れ、ガンピシを取り出した。先程よりも明らかに遅いが、周囲からそのガンピシ宿玉に精が集まっていく。

 ところが、即座にザゲルが放った旋風によって、ガンピシ宿玉は薙ぎ払われ、精が離散してしまう。


「ユート、あのガンピシはお前の作った物よりも粗悪だ」

「悪いな。あれは向こうの世界で俺が作った物だ。モッサが少し手を加えたようだが、素性が悪い」

「今更気付いても遅いのです。あなたがこちらへ来てどれだけ腕を上げたとしても、もうその技は不要となったのです」

「そりゃよかった」

「では最後の見納めに、奇跡の一枚で引導を渡してあげましょう」


 モッサが新たに、ガンピシを取り出した。

 先程よりも速く大量に精が集まり、精霊が姿を現していく。


「ほう。あれはかなりいいぞ」

「嬉しくもあり、悔しくもあり、悲しくもある評価だ」

「それは結構。ですが、これを二度と作れなかったあなたが悪いのです」

「作れないのは当たり前だ。俺の妻が作ったガンピシだからな」

「何?」


 モッサが戸惑った瞬間、ザゲルが風を放ち、ガンピシは破け散り、凝集していた精が四散する。


「ど、どういうことです、ユート・クマ?」

「そんなことよりモッサ、お前は今のガンピシを、どうやって手に入れた?」


 モッサは答えなかった。

 ユートは少し待ったが、モッサは沈黙を保っている。


「向こうの世界で、俺の家の裏山にある洞窟を、お前はどうやって知ったんだ?」

「――」

「もっと具体的に聞くが、七年前、あの洞窟でお前は何をした?」

「ふっふっふ。そうでしたか。そう言う事でしたか」


 ユートは目を瞑り、拳を握り締めた。

 モッサが認めたのだと、悟ったからである。


「我は作り手の居ないガンピシを求めて、あなたに同じ物を作れと迫っていたわけですか」

「お前の犯した過ちを償ってもらおう」

「ご冗談を。我がノイ・クレユで過ごした日々の苦悩、あなたに分かりますか」

「そんなの知るかよ。目が見えないから苦労したとか、そんな話は聞きたくないぜ」

「気付いていましたか」


 モッサは丸縁の黒眼鏡を外した。


「ですが違いますよ。我は自らの手でこの目を潰したのです」

「だから、お前の自慢話はいらない」

「自慢? 何が自慢だというのです。我が苦労の日々、虐げられ蔑まれ、気違いだと疎まれた幼き日々の、どこが自慢になるというのです」


「人に語っている時点で、自慢なんだよ。それよりお前は今、俺が見えているか?」

「やはりバカにしていますね。我が目の前にいるではありませんか。目が見えぬと言ってもそれは肉体の目の話に過ぎません。こちらの世界では、違います。精に満ちた世界。精は光となり我の目にも光をもたらすのです」


「だから、ご託はいらない。それより俺は今からカクレる」


 ユートが告げた直後、突如としてモッサが慌て出した。

 焦りと不安から逃れるように、きょろきょろと周囲を見回している。その異様な様子に、人々はどよめいた。というのも、ユートはモッサの前に立ったまま動いていないからである。


「ど、何処に行ったのです」

「目の前にいるぜ」

「そんな、まさか。ここは境界の淵ではないのですよ」

「カクレ、モッサを包んでくれ」


 ユートの足元から這う影のような何かが、モッサに近付くと、風呂敷のように広がって周囲を覆った。

 闇の精霊カクレの仕業である。


 モッサは、周囲に精を放射しない闇の精霊は、見えないのだ。


 健常者のように振る舞っていたのは、すべての物質が放出する精を可視化する義眼を作り出し、視力を回復していたからである。

 丸いサングラスは、その義眼による視力を保つための、補助具であった。


「な、なにをしたのです。我をどうしようというのです」

「安心しろ。殺しはしない」

「な、何をしたのです?」

「当ててみな」


 ユートは狼狽えながら闇の中手探りで歩むように慎重に歩むモッサの周りに、用意していた八角形に折ったガンピシモドキを配置していく。

 モッサは杖を振りながらユートの声を追い掛けた。


「下手に歩き回ると危ないぜ、モッサ。スイカ割りじゃないんだ」

「ああ、我の目が見えないからと、バカにしているのですね。ですが、声は聞こえるのですよ。そう。声で距離も分かるのです。ですから目隠ししていても当てられるのです」

「カクレ、ありがとな。もういいぜ。戻ってこい」


「何がもういいというのです? 我はまだ降伏したわけではありませんよ」


 モッサがユートの声に向かって、二歩進んだ。

 立ち止まり、上着の内側に手を入れた。そして出した手には、ガンピシではなく、自動拳銃が握られていた。

 銃口は真っ直ぐにユートの心臓に向けられている。

 モッサは躊躇無く、引き金を引いた。

 だが、銃声は鳴らず、弾丸も出なかった。


「なぜ?」


 モッサはスライドを引いて不発の玉を排出してマガジンから送り出される次の玉を装填し、再度引き金を引くが、変化はない。弾が尽きるまで繰り返し、スライドがロックした。


「精霊使いが最後に拳銃とは、無粋だな」

「なぜだ」

「足元を見て見ろよ。と言っても見えないか」

「まさか、封精紋?」

「似てるがちょっと違う。俺がアレンジしたから、ユート紋とでも名付けようか」

「滑稽ですね」

「火薬が爆発するのだって、燃焼反応だ。燃えると言う事は、火が生じる。この世界では、火の精が生じる事になる。モッサ、お前が立っている精紋の中は、精が寄りつかないだけでなく、外に出てしまうのさ。お前には何もない虚無の世界に見えるだろう」


「あ、あり得ません。我の知らぬ精紋を作るなど――」


 モッサが闇雲に杖を振り回した。

 近付く者は何でも攻撃しようとしているのだ。

 だが、崖からの転落を恐れるように、ユートが置いたガンピシモドキによって囲まれた範囲からは出ようとしない。


 ユートは振り返り、突っ立ったままの天の騎士を見た。


「トルプ・ランプシ、手伝ってくれ」

「何をしろと?」

「モッサを拘束したいんだが、どうすればいい?」

「何を言うかと思えば。現に今捕らえているではないか」

「このままだと、連行できないだろう」

「その封精結界は、利用してもいいのか?」

「構わないが、長持ちはしないと思うぜ」

「分かった。どうにかしてみよう」


「良かった。あとは任せていいか?」

「構わぬが、モッサの処遇はどうする?」

「君が捕らえるのだから、君が考えてくれ」

「いいのか?」

「任せるよ」


「まったく、驚かされるばかりだ」


 トルプは部下に指示を出し、対処していく。

 民衆も、モッサ騎士団も、動かなかった。


「ユート……殿。感謝すればいいのかな?」

「好きにすればいいが、俺からは一つ頼みがある」

「言ってくれ」

「俺とリシアの存在は、誰にも言わないでくれ。虚実の噂に隠してくれると助かる」

「どういうことだ?」

「理由が知りたければ、あとからプロソデアに聞くといい」

「よく分からぬ男だ」


「お互い様だ。それより、君の目的は達成できたのか?」

「叶わぬ理想というのもあるが、面目は立つだろう」

「そうか。じゃあ、あとは頼んだ。モッサを逃がさないでくれよ」


 ユートはリシアの方を向いた。

 ゆっくりと近づく。

 服装は乱れているが、変わらぬ意志の強さを眼差しに宿している。


「元気にしてたか?」

「あの、何と言えばいいのでしょうか」

「俺は元気かと聞いたんだぜ?」

「はい。多少疲れてはいますが、平気です」

「そうか」


「どうやら、トーマ達もうまくいったようだし、作戦は成功したようだ」

「確かめてきます」


 すぐに走り出そうとしたリシアの手を、ユートは引き留めた。

 反射的にリシアは手首を返し、ユートの腕を払いのけようとして、動きを止めた。

 そのまま続けていれば、ユートは大小の石が転がる地面の上に投げ落とされるか、腕の関節を極められていただろう。

 リシアは手を戻し、ユートは少しよろけただけで済んだ。


「どうして止めるのですか?」

「子供の世界に保護者が出しゃばるものじゃない」

「何の話です?」

「トーマとルリちゃんの物語に、幕が下りる前に裏方が出て行ってはいけない」


「何が言いたいのです?」

「子供が大人になるには、ちょっとした困難を乗り越えさせるべきだとは思わないか?」

「通過儀礼とでも言うのですか?」


「子供の成長に合わせて、保護者の役割は変わる。乗り越えられそうな困難に挑む子供を保護者が下手に手助けすると、厄介な依存心を育むリスクがある」


「独り立ちを促せと言うのですか?」

「周りに頼るべき大人はいる。俺達は見守り、二人が帰るべき場所で待っているのが重要な役割だ」

「それでもしお嬢様に何かあれば、あなたを許しませんよ」

「リシア、君がどうしても会いたいというなら、俺は止めない。というより、止められない。それに、ルリちゃんが危険な状態なら、俺だって会うなとは言わない」


「すみません。ユートに責任を押し付けるのは、私自身の責任の放棄ですね」

「リシアの想いはよく理解しているつもりだ。ところで、未知の世界に冒険に出て、目的地に着く前に親や保護者の存在に気付いて、急に白けてしまった経験はないか?」


 納得したようにリシアは笑みを浮かべ、うなずいた。


「そういえば、あります。一人で出来ると思っている事に、親が手を出してきて、やる気を失ってしまいました」

「そういう事だ。それに俺達には他にまだ仕事が残っている」

「ですが、お嬢様の無事を確認する義務も私にはあります」


「プロソデアに精霊を使いに出して、状況を確かめて来てもらえばどうだ? ついでにモッサを捕らえたと伝えれば、向こうも安心するだろう」

「そうですね。ディアン、どうです?」


 リシアの傍らに、ぼんやりとした姿の精霊が現れた。


「すみませんリシア様。ボクはまだ回復してません」

「なら、俺がいいものをやろう。余り物だが」

 ユートはバックパックから、ガンピシ宿玉を取り出した。


「ユート様、それはなんですか?」

「リザーバータンクのようなものだ」

「貯蔵槽ですか?」

「精霊にとってのエナジードリンクみたいな感じだ」


 ユートから折りたたんだガンピシモドキを受け取ったディアンは、一気に大量の精を得て、輝きを放って姿が変わり、明瞭な存在となった。


「ユート様、すごいです」

「境界の淵で蓄えた清涼な精がよかったのかもな」

「ありがとうございますユート様。では、プロソデア様のところへ行ってきます」

「ついでに、残され森でカゼフネの修復をしていると伝えてくれ」

「了解です」

 ディアンが高く舞い上がり、丘の上へと飛び去っていった。


「まるでディアンを前から知っていたみたいですね」

「俺は厚かましいから、知り合ってすぐに友達気分に浸れるのさ」

「私とは正反対ですね」

「そうか?」

「ちょっといいかな、そこのノイ・クレユ人よ」


 下からの声にユートが視線を下ろした。

 リシアの傍らに膝下くらいの背丈しかない、小さな土人形が立っていた。


「君は地の精霊かい?」

「そうだ。ラスピという。オレもリシア様と契約していたのだ」

「そいつは驚いた。よく出会えたなあ」

「私を襲ってきたのですが、ディアンが助けてくれたのと、その、ユートのガンピシが欲しいというので、あげる代わりにお嬢様を助けるために力を貸すのを条件に契約したのです」

「あれが少しでも役に立てて良かった。それと、ラスピ、リシアを守ってくれてありがとう」


「それは当然だ。とはいえ、厚かましいと自覚しているが、ディアンにやったモノが余っているなら、オレにもくれないか?」

「幸いにして、まだあるぞ。ほら」

「かたじけない」


 ユートから差し出された折られたガンピシモドキをラスピが受け取り、蓄えられた精を吸収すると、姿は大きくなり、逞しい姿の石像のような姿になった。


「ようやく生き返った気分だ」

「喜んでもらえて嬉しいよ」

「いや、感謝するのはオレの方だ。何か礼をしよう」

「いらないさ」

「それではオレの気が済まぬ」

「どうしても何かお返しをしたいなら、困っている誰かを助けてやってくれ。俺の代わりに」

「オレは気に入った奴しか助けんぞ」

「それはラスピの自由だ。好きにすればいい」


「うむ。そうか。ユートと言ったかな?」

「そうだ」

「貴殿は存外欲張りなようだな」

「欲張りなのは事実だが、奪ったり横取りはしないようにしている」

「面白い人間だ」

「変人だとよく言われる」

「相分かった。貴殿の要望に沿うとしよう」

「ありがとうよ」


「ユートよ、そろそろ――」

 ザゲルの声に、ユートはうなずいた。

 残され森の精が、尽きようとしているのだ。


「ディアンが戻ってきたら、行こう」


 風がそよいだ。

 ふわりと穏やかな風が舞い込んでくると、人の姿になる。

 ディアンが戻ってきたのだ。


「リシア様、ルリ様は救世の勇者が無事に助け出しました」

「お嬢さまは?」

「疲れて眠っていました」

「そう、ですか。良かった」

「ではボクは、もうしばらくリシア様の側にいます」


 ディアンは言い置いて、リシアのスカートのポケットに入っていった。


「さて、ザゲル。確認だが、俺とリシアを連れて残され森まで運べるか?」

「問題ない」

「オレも連れて行ってくれ」

「地の精霊よ、お前は運べない」

「そうなのか」

 ラスピが肩を落とす。


「残され森まで走ってくればいい。ザゲルが運べないというだけの話だからな」

「そうか、感謝する」


「では、参ろう」

 ザゲルはまた巨大化し、ユートとリシアを抱えた。

「ザゲル、王宮の中心が見えるくらい、高く飛んでくれ」

「うむ。いいだろう。ついでに私も精霊王に挨拶しておこう」


 ザゲルが高く舞い上がる。

 丘の頂よりも高く上昇する。

 ユートはバックパックから単眼鏡を取り出して、リシアに差し出した。


「遠目に見る分には、問題ないからな」

「あ――ありがとうございます」


 リシアは単眼鏡を受け取り、王宮の中心に向けて覗いた。

 そこには、ルリの姿があった。

 トーマの隣に座り、肩にもたれて眠っているようだった。


「見えたか?」

「はい。トーマ君も無事ですよ」


 リシアの気遣いに、ユートは微笑んだ。

 そしてザゲルは、残され森を目指して飛んだ。


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