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白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第9章 紡がれし想いと団円
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9-11 すれ違う虚勢と虚構

 ユートが一回目の角笛が響くのを聞いたのは、残され森の湖にカゼフネが着水した少し後だった。

 カゼフネの応急修理を行い、次の行動に移ろうとした矢先である。

 そして角笛の音が響いたすぐ後、憤る風と共に老人の姿をした精霊が現れたのだ。


 その精霊は何体もの精霊を従えているため、並の精霊ではない、はずだった。だが、ザゲルやフラグミを知るユートには、それは尊大ぶる誇張を纏う虚勢と見えていた。



「招かざる客よ、何をしに来た。何者だ」

「急に押し掛けて悪いな。俺はユートでこっちはザゲルだ。色々と隙間を埋めに来た。それで、あんたは誰だ?」

「儂はこの一帯の領地を守る、精霊伯爵だ」

「この森で一番偉いのか?」

「その通り」

「なら、頼みがある。同じ世界に住む者として手伝ってくれ」

「厚かましいな。すでに大量の精を奪っているではないか」


「そなたの精ではあるまい」


 ザゲルが咎めるような低い声で告げた。

 境界の淵から流れ出し、巨木の森を通り下界の森を経て人々が暮らす領域に流れている精流脈である。

 誰かが所有権を主張できるものではないのだ。


「儂の森に蓄えた精ゆえに儂の物だ」


 精霊伯爵は怒ったように風を呼んだ。

 渦を巻いて風が湧き起こりかけたが、ザゲルが手を向けると、精が散って風が収まった。



「な、なんと――」

「爵位を持つとは出世したようだな、イロメイ」

「軽々しく儂の真の名を口にするとは、無礼な――」

「無礼? そうか。遠く森の奥深くで暮らしていると、世情に疎くなるようだ、済まぬな」


「ハッ! まさか、まさか、まさか、まさか。いやいや、このような下界にいらっしゃるはずが。だがしかし儂の名を知るとは――」


「精霊王とて来たのなら、他の誰が来てもおかしくあるまい」

「では貴方様は巨木の森の精霊公子閣下――」

「それは人が勝手に付けた呼び名だがな」

「この様な下界に閣下がいらっしゃるとは想像できず、無礼を御容赦ください」


 平伏するように精霊伯爵は深く頭を下げた。

 伴った精霊達は困惑したように小さくなり、遠くへ下がった。


「そう改まるな。それより、イロメイも何か力を貸せ」

「では、この森に満ちた精を、閣下に捧げましょう」

「それだけでは足りぬ」

「他に何ができましょう」

「詳しくはユートに聞け」


 すると精霊伯爵イロメイは、上体を反らして胸を張って、ユートに向き直った。


「そこの人間よ閣下の従者であったか。閣下の要望を申してみよ」

「俺はザゲルの友達なんだが、まあその話は後だ。とにかく俺は、リシアを助けたい」

「友とは、思い上がった人間のようだな。それはさておき、リシアとは、ノイ・クレユから来た黒髪の魔女のことかな?」


 ユートは一瞬考えるように虚空を見てから、うなずいた。

「多分そうだろう。だが、黒髪の魔女なんて二つ名は初耳だから、大方モッサが付けた悪名だと思うぜ」


「由来は知らぬが、避難民が黒髪の魔女と呼んでいたのだ。そして儂は、この森に逃げ込んで来たその者を、匿ってやったのである。それだけではない。その者に頼まれ、首都を追われた避難民をこの森に受け入れ守ってさえいるのだ」


 精霊伯爵は、威張るように胸を張った。


「そいつはありがとう。感謝する」

「なぜ、そなたが礼を言うのだ」

「リシアを助けてくれたんだろう? 知り合いが世話になったなら、感謝するのは自然な事だ」

「そなたを助けたのではないし、そなたに何の得がある」

「嬉しいだろう。知り合いが親切にされたなら」

「それだけか?」


「他に損得勘定が必要なのか?」


「すべての行いには対価が必要なのだ。儂が狂気の精霊と死闘を繰り広げている間に、リシアなる女が従えていた精霊が森の半分を掠め取りおったのだ。だが、儂は寛大にも平和的に、その者らをこの森に匿う対価として、森の支配権を取り戻したのだ」


 ザゲルが呆れたように吐き出した息吹が風となって精霊伯爵が纏う風の衣をはためかせた。


「するとイロメイは、私に精を与えた対価が欲しいのか?」

「め、滅相もございません、閣下」

「ならばいい。そもそもそなたは既に対価を受け取っているのだからな」

「と、おっしゃいますと?」

「分からぬとは、汚れた人間と関わりすぎたようだな」

「申し訳ございません」


「謝る事ではない。思い出せばいいのだ。だが、損得で考えるなら、我ら精霊にとって得となる。なぜなら、精霊王を助ける事に繋がるからだ」

「閣下がそうおっしゃるのでしたら、従います」


 精霊伯爵は、頑固で融通が利かず、尊大ぶる性格であった。

 ユートは精霊の格の違いを感じながら、より人間的で、人と共に生きる精霊を見つめた。


「話を続けていいか? 精霊伯爵」

「閣下だ。精霊伯爵閣下と呼ぶように」


「分かったよ、閣下。つまり、俺はすぐにリシアを助けに行きたいが、それにはザゲルの力を借りなきゃならない。ところが、宿玉代わりのカゼフネが動かせなくなったから、別の方法を考えた。それを手伝ってくれ」

「儂に何をしろと?」

「この森に蓄えられた精を、リシアがいる王宮の側まで引き込みたい。名付けて臍の緒(アンビリカルコード)作戦だ。協力して欲しい」


「精を引き込む? 要するに精の流路があればいいのか?」

「そうだ」

「ならば、ユーシエスを首都にする際に使われた古き精流脈の流路がある。そこを使えばいいだろう。ただし、今は封じられている」

「案内してくれ」

「では閣下こちらへ。そして下僕よ、遅れるなよ」



 精霊伯爵は配下の精霊を伴い、湖を渡り森の奥へと入っていく。

 ユートはザゲルに抱えられ、その後を追った。

 二人が案内されたのは、大きな木に埋もれるようにして建つ、祠の前だった


「ここだ。今は封精石で流路を封じられている」

「遺跡か。詳しく調査すれば面白そうだが、時間が無いのが残念だ。降ろしてくれ、ザゲル」


 地面に降ろされると、ユートは祠に触れた。

 精の流れを調べ、状態を確かめるのだ。

 森を漂う精が時折沈み込むように祠へと落ちていくが、地面に吸い込まれても少しして、弾かれたように地面から飛び出していく。

 そうした現象が、祠を中心とした半径五メートルほどの範囲で起きていた。


「これは封精石じゃないな」

「儂が嘘を付いたというのか!」

 精霊伯爵は目を見開いてユートを睨んだ。


「そうは言ってないし、封精石のように感じるだろう。ただ、厳密には封精結界なんだ」

「結界だと? ばかな。封精結界があるならば、このように精霊が近づけぬ」


「説明すると長くなるから省略するが、バスタブの栓のように、流路を塞ぐ蓋だ。あるいは透明なフィルムによって排水溝が塞がれている状態とも言える」

「意味が分からぬ――」

「水門のような物と思ってくれ」



 封精石は、精が流れ込むと精で飽和し、それ以上精を受け入れないようになるだけでなく、精を拒む力場が発生する性質を持つ。

 磁石のN極とN極を向かい合わせて反発させるような現象が起きるのだ。

 石の場合は力場が放射状に放たれるために、立体的に精を反発する空間が生まれる。精紋として描く場合はその経路を流れる精によって力場が発生するために、平面的に精を反発する場が生まれる。

 そうした結界となる面は地下にあるため、地表を行き交う精霊は影響されない。だが多くの場合、精霊を捕らえる罠として立体的に結界が作られるために、結界があれば近づけないのだと精霊伯爵は誤解しているのだ。


 つまり、祠が封精石で作られているのではなく、祠を中心とした精紋によって封精結界が作られているのである。


 その効力を維持するのが森に満ちる精だが、その精が過剰に供給された場合には、圧力弁が開くように、祠から余剰の精が放出される。その放射が、封精石による精を反発する力場として知覚されていたのである。


 ユートは改めて祠を中心とした一帯の精の流れを確認し、初めの見立てが間違っていないと確信する。

 再び大気が振動するのを感じて、ユートは顔を上げた。


 ヴォーン、ヴォヴォヴォ、ヴォーンと、遠くで角笛が遠くで鳴り響いた。


「今度は三回か――」

 そして森に満ちる精の流れが、変わっていく。

 王宮に注がれる精の量が変動しているのだとユートは推測していた。すなわち王宮精紋の状態が変わっているのであり、最終的には精霊王を天の循環に返す仕掛けが発動するという見立てである。


「急ごう」


 ユートは祠を中心にして外側へと歩き、精の流れを確かめながら調べていく。木の根の間に埋もれるように置かれた石があり、そうした物がストーンサークルのように環状に並んでいる。

 そうした石は、精を精紋に導く端子のような役割をしていた。

 ユートはバックパックからガンピシモドキを取り出すと、石に貼り付けていく。

 ガンピシモドキに描いた精紋は、折り方によって経路の重なりを変えると、機能が変わる。そうした仕組みを、ユートは見出していたのだ。

 石の上に貼ると、精紋に精が流れ込まないように封じていく。

 一つずつ、ユートはガンピシモドキを石に貼っていく。

 途中でまたしても、角笛が鳴った。


 ヴォーン、ヴォヴォヴォヴォヴォ、ヴォーン。

 ヴォーン、ヴォーン、ヴォーン。


「今度は五回。だが、その後は何だ? それに、この森の精が攪拌されるように揺れ動いているが――」

「ユートよ、これが精霊送りかもしれんぞ」

「それを閣下とこの人間は防ごうというのですか?」


「俺たちだけじゃない。救世の勇者を筆頭に、いろんな連中が動いている」

「ならば儂も最大限協力せねばなるまい。ゆえにこの森の支配権を、閣下に譲渡しましょう」

「建前か? だがありがたく借り受けよう」


 ユートは十六本のすべてに貼り付けると、周囲の精の状態を確かめた。

 祠へと向かう精の流れは生まれなかった。


「おかしいな、何か間違えたらしい」

「いや、変わったぞ、確かに」

「だが精が流れていかない」

「試してみよう」


 ザゲルが祠に触れた。

 圧力を掛け、精を押し込んでいるのだ。

 勢いがつくと、森の精が祠に向かって流れ込んでいく。

 だが、ザゲルが手を放すとその流れは止まった。


「ダメか?」

「問題ない。私が精を引き込んでいけばいいだけ」

「よし、それなら行こう。ザゲル頼む。俺をリシアの所まで連れて行ってくれ」

「任せよ、友よ。イロメイは、カゼフネを守っておれ」

「畏まりました、閣下」


 ユートはザゲルに抱かれ、風となって森の上に舞い上がる。

 そして、王宮の丘を見定める。

 上空で推定した距離は、およそ一〇〇キロ。

 遠いが、風となったザゲルは速い。


 王宮を目がけて、飛んだ。

 地表の景色が見る間に後方に飛び去って行く。

 だが、一瞬で届く距離ではなかった。

 速いのに、それでも遅々として進んでいないようにユートには感じられた。


 それでも着実に、王宮に近づいている。

 王宮がある丘の中腹辺りに走る筋が、はっきりと見えてきた。

 環状路である。

 その近くに、小さな点が蠢いている様子が、視認できる距離まで近づいたと思った時には、ユートはリシアを見付けた。

 無事である事にほっとしつつも、集団に追い詰められている様子にユートは焦った。ただ、集団がリシアを追うことで、王宮精紋の破壊作業は止まっているのが幸いだった。



「ザゲル、好まないだろうが、虚勢を張ろう」

「そのようだな。人は本質を見る前に、上辺で判断するものだ」



 ザゲルは近づくや、周囲に向けて巻くように風を放ち、上空へと舞い上がる。

 地上では、リシアを中心に風が降り注ぎ、取り囲もうとする騎士や民衆に向かって広がっていく。猛烈な風は人々を抱くように吹き、三〇メートルほど遠くへ押し退けてしまう。


 風船のように体を膨らませたザゲルは、二〇メートルを超える巨人の姿を見せつけながら、地上へと降臨する。

 精の密度は、巨木の森にいた頃に比べて圧倒的に少ないが、それでも風の衣を纏う木こりのようでいて強靱な肉体を形作る姿は、異質だった。

 驚嘆の息吹が人々を巡った。



「もしかしてあれは、巨木の森の精霊公子?」

「物語に出てきた姿とそっくりだ」


 民衆の間から、驚愕し戸惑う声が漏れた。


「ほう。私を描いた物語とは、興味深いな」


 朗々とした声が隈無く周囲に響き渡る。

 舞台役者のように大げさな身振りで、ザゲルはぐるりと体を巡らせ、人々を見渡した。巨体の割に優しい風が起こり、人々の頬を撫でて吹き抜けていく。


「人の子等よ、今般の災害はすべて、ガガン・モッサの仕業と悟るのが賢いぞ。真実を知り、モッサの行いに賛同しないならば、即刻立ち去るがよい」


 人々はざわめき、困惑したように近くの者と言葉を交わしている。

 理解し納得するまで人は、変わらない。

 衝動に依らない行動の変容は、緩やかだった。しがらみや慣習や体裁によって縛られ自由に動けないからである。社会を生きる上で身につけた外的な要素によって、行動をが束縛されているのだ。

 ユートは抱かれたザゲルの腕を叩き、降ろしてくれるよう伝えた。


 ザゲルがゆったりとした動作で屈み、地面に手を下ろすのを見て、多くの人々はユートの存在に気付いたようだった。


 新たなざわめきが起き、広がっていく。

 ユートはゆっくりと視線を巡らせ、一〇メートルほど離れた場所に立つ、リシアを見つめた。

 顔も服も汚れているが、その眼差しには力強い意志の輝きが残っている。

 そして、その傍らに、トルプ・ランプシと部下が三人佇んでいた。


「無事か、リシア」

「ユート!?」


 リシアが目を見開いている。

 巨木の森の精霊公子という伝説級の精霊と共に現れた人間を、普通の存在と受け止めるのは難しいのだ。

 その証拠に、ユートの一挙手一投足を見逃さないと意気込むような視線が、周囲を囲む人々からも向けられている。窮地に現れるヒーローを夢見たユートが理想とする、登場シーンだった。

 だが、ユートは決まり悪そうにしていた。そのため、リシアに名前を呼ばれた事に、この時は気付いていなかった。


「どうなっているのです?」


 リシアの問いにユートは頭を掻いて顔を隠した。

 幼稚な考えを想い描きながら、実際にそうした場面に立たされると、羞恥心が芽生えてしまい、現実を持て余しているのだ。

 戸惑うユートにリシアが詰め寄った。


「説明してください」

「説明するのは難しいが、巨木の森の精霊公子と呼ばれる精霊と友達になったから、ここまで送ってもらったのさ」

「少し違うぞ、ユートよ。救世の勇者と呼ばれるトーマの、結末を見届けに来た、ついでだ」


「視点が違うと表現が変わるのさ」

「呆れた人ですね」


「お久しゅうございます。閣下」


 少し離れた場所から、声が風で運ばれてきた。

 メノスに乗った騎士が二騎近づいて来る。

 一騎は天の騎士で、もう一騎は鎧に身を包んだ異質な騎士だった。


「蒼き森の精霊か。ここまで来るとは、精霊伯爵よりも勇敢だな」

「古き友人との約束を果たすためです」

「そうか。会っていたのだな」


 ザゲルは人々を見渡した。

 すでに彼らには戦意は感じられず、事態の変化に茫然としていた。

 ユートがリシアとその後方に立つトルプに視線を向けたのは、状況が分からないからだった。


「どうなっているんだ?」

「モッサ騎士団の分霊によって土壁が崩されて、襲われたところでした」

 リシアの答えにユートは曖昧にうなずいた。

「蒼き森の精霊騎士は、その隣にいる私の部下フレオが、私の命令によって連れて来たのです」


 トルプが自慢するようにユートに近づいた。

 ユートは苦笑しながら少し肩をすくめた。

 マウントを取ろうと背伸びする心理が、ユートには透けて見えたからである。


「リシアに協力していたとは、どういう心境の変化だ?」

「そなたには関わりのない事だ」

「まあそうだが。他の連中はどうした?」

「そこにいる」


 トルプが指さしたのは、先程飛び越してきた方向だった。そこには残りの天の騎士が整然と並んでいるだけでなく、風の騎士の姿もあった。彼らは夜通しにらみ合いを続け、昼間になりカゼフネの墜落を見て争いの無益さを悟り、民衆の暴走を止めに来たのだ。だが、その事情をユートが知る事は無い。


「彼らが現れ、争いを止めて事の行く末を見守ろうと提案してくれたので、どうにか衝突は避けられました」

 リシアが言葉を継げた直後に、また、地面と大気が震えた。


 ヴォーン、ヴォ、ヴォーン。

 角笛の音に、人々の視線が丘の上へと誘われる。


「また一回?」


 ユートは不安を感じて丘の上を見上げる。

 頂から天に昇る精の流れが先程までよりもずっと細く、また勢いが増していた。


「いや、違うか。だがどうしてだ?」

「ユートよ、どうやらこれが本当の精霊送りのようだが、何かが違っているようでもある」

「どういうことです、ユート、お嬢様に何か起きたのですか?」

「リシア、頼ってくれるのは嬉しいが、俺にも分からないんだ」


 そこへ、ゴウッと丘の上から吹き下ろしてきた。

 白化した森がしなるほどの風だった。

 枯れて柔軟性を失った幹が折れ、森の中でぶつかり合う音がひしめく。

 その風と共にギデント街道を精霊に運ばせて降りてきた者がいた。

 大量の砂塵を巻き上げ、環状路と街道が交差する地点にある穴の上で、朧気な精霊に支えられて空中に立ち止まる。

 黒服に黒のシルクハット黒の丸いサングラスに、そして漆黒の杖を突く男。

 ガガン・モッサだった。


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