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白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第9章 紡がれし想いと団円
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9-09 表裏の謀略と防衛戦

 時は少し遡る。

 第七の月(ミナ・ピドゥロ)二六日の朝の事だった。


 王宮の後背にある別邸の二階。

 バルコニーに立つガガン・モッサは、風の王宮の方を見ていた。

 いつものように、黒服に黒のシルクハットそして杖を突いて立つ小柄な姿は、妖しげな雰囲気に包まれている。


 顔を向けているのは別邸を囲む林である。

 だが、丸レンズのサングラス越しに見ているのは王宮の様子であった。

 いや、正しくは見ているのではなく、感じているのである。

 全盲となったモッサは、タタ・クレユで学び、特別な力を宿した義眼を作り出し、精霊のように見る術を得ていた。

 その目は、使役する精霊が見る景色をも映し出す。千里眼とはいかないが、別邸と王宮程度の距離であれば、可能であった。



「やはりまた来ましたね、トーマ君。異世界に来て救世の勇者と呼ばれる虚構を味わい、楽しいですか?」

 嘲笑を浮かべたモッサはすぐに苦い表情となり、腹いせをするように床を杖で突いた。

「我が生み出した新たなガーディアンと時を忘れて戯れてください。目の前で奪われる喪失感を、君も味わうといいでしょう」



 モッサは目を閉じると、サングラスの上から目頭を押さえた。

 ぎゅっと固く瞼を合わせ、再び開く。

 精霊の視覚との繋がりを切断し、目の前の光景を映し出す目に切り換えたのだ。



 庭先でウィンドサーフィンをする者がいた。

 作務衣の腰帯に刀を差した、侍のような姿の男である。

 使役する風の精霊を使い、帆を立てた板をエアホッケーのパックように地面に浮かべ、風を受けて走らせているのだ。

 男はバルコニーの下まで来ると板を乗り捨て、建物の壁に向かって跳躍し、風の精霊の助力を得て壁を二回蹴り、モッサの立つ場所に至った。

 スエナガである。



「モッサ様の予想通り、性懲りもなく救世の勇者が来ましたよ」

「知っていますよ。これで我の思惑通り、精霊王は解放されます」

「モッサ様もワルですなあ。聖剣を持ってきた少年を利用しようなどというのですから」


「少年というのは、夢を追って世の中に抗う旅に出るものです。もっとも、無謀な旅路ですがね。そして夢に破れる」

「くっくっく。『破る』の間違いでは?」

「通過儀礼ですよ、大人になるための。ですがあの少年は、精霊王を悪しき呪縛から解放したという栄誉が対価として得られるのです」



「報酬は絶望ですかねえ。少年には挫折の先にある隠世かくりよに隔離して、ガックリよと言わせたいものです」

「スエナガほどの悪趣味は持ち合わせていませんよ、我は」

「モッサ様は分かってないのです。私の趣味は至高なのですから」

 スエナガは下卑た笑みを浮かべた。


 モッサにとってスエナガとは、劇薬であった。

 多才であり器用に物事をこなすが、思想信条は理解できない異質な存在だった。

 大筋では意見の一致を見るが、それは例えば上空から見れば一致しているだけであり、横から見れば天と地ほど乖離した思想と見えるだろう。


「価値観は多様ですから、我に押し付けないでください」

「もちろんですよ。私が独占したい快楽であり愉悦なのですから」

「それよりもスエナガ、しくじりましたね」



 スエナガは落胆したように大げさに肩を落とし、無理解を嘆くように首を振り落胆を表現する。

 酒席で趣味の一致に盛り上がる興を削がれ、会話を断ち切られた無粋さを憐れんでいるようでもあった。

 露骨に大きく溜め息を吐き、スエナガは上体を起こすとつまらなそうに首をほぐし始める。



「そんなことよりモッサ様、エニアス・エクストーモの奴がどこに行ったか、知りませんかねえ」

「我は知りません。ですが石塁の破壊が間に合わないとは、失望しましたよ、スエナガさん」

「流石モッサ様、気付かれましたか。ですがまあ、順調に遅れているといったところです」


「気を引き締めなさい、スエナガ。ここまで綻びが大きくなるのは、これ以上看過できませんよ」

「ご安心ください、奴は使い捨ての駒にすぎません」

「愚昧な民衆を扇動という糸で縫いまとめ、身に降りかかる不条理を怒りとして織り込む存在、それがアジテーターです」

「衆愚の民はダイナマイト。信管は幾つも仕込んであります」



「自身がありそうですね」

「もちろんです」

「では、王宮精紋の破壊作業と救世の勇者による石塁破壊による精霊王の解放と、どちらが早いか賭けましょう」


「よもやモッサ様が救世の勇者に賭けるとは言わないでしょうねえ」

「賭けを成立させるためですよ」

しもべの身としては、モッサ様の勝利に貢献するしかないのですがねえ、困った話です」


「困りますねえ。あなたの扱い、今後どうするか結果を踏まえてよく考える事にしましょう」


「ではモッサ様が精霊王の解放者という称号を得られるように尽力しましょう」

「称号など不要です。精霊王を解放し、偽りにまみれた世界の真実を詳らかにできればいいのですよ、我は」

「モッサ様は、強欲ですねえ。世界を滅ぼしてでも、それをなさりたいとは」


「もし伝承通りならば、世界の終焉に立ち会える幸運を喜びましょう。ですが我の見立てでは、世界は滅びません。滅ばない世界は救う必要はない。ですから、救世の勇者は虚構なのです」

「いやあ、哲学ですねえ」


「むしろ神智学に近いでしょう。それより、あなたはどう尽力するのです?」


「困った事に現場では、急に地面が崩れたり、櫓の支柱が地面にめり込んで傾いたりするのですよ。明らかに地の精霊による妨害工作です」


「あの女が従える精霊の仕業ですか。まったくあの時あなたが途中で投げ出さなければ、始末出来たでしょうに」


「まさか新陰流とは想定外でしたよ。でありながら長剣を持ち、メイド服の下にズボンをはき、トレッキングシューズに、リュック。なんですかあのセンスは。もはや論外」

「スエナガは一刀流でしたか」

「あれやこれやです」


「ごった煮では真髄が曖昧になるでしょう」

「武術の本質は同じなのです。見立ての違いに惑わされると、見失ってさ迷うのです。卜伝然り、信綱然り、石舟斎然り、一途な人物ではありません」

「無駄話は十分です。先日あなたに分霊を貸し与えたのですから、次は仕留めなさい」


「どうした事か、私が流した黒髪の魔女の噂とは別に、黒髪の聖女などというふざけた噂が出回っていましてね」

「情報工作ですか。自分で聖女と称するとは、高くする者は低くされるべきでしょう」

「モッサ様もそう思いますか。やはり耳と口の王より、心のイキならウェルカムなのですがね」


「あなたは十代限定だったのではないですか?」

「メイド服を脱がせれば使いようもあります。ですが、精霊使いの上に、新陰流は厄介です」


「そのために預けた分霊です」

「先日はまだ、実戦経験で私に分がありました。ですが、逃がしてしまいましたからね。経験値を与えたのが痛い。天稟てんぴんがあるなら、三日経てば刮目してなんたらですよ」


「気乗りしないようですね」


 何かと理由を付けて、現場に出るのを嫌がる。

 気分屋なのがスエナガだった。

 ただ、モッサにとってスエナガは、道具である。

 道具にはそれぞれ癖があり、使い方が異なる。

 使いこなすのは使い手の技量と裁量によるという現実を、モッサはわきまえていた。



「スエナガは、どうしたいのです?」

「ユビキシュ家と遊んでみたいです」

「あれは陽動です。我に従う風の騎士と戯れている間は何の問題もないでしょう」


「陽動ではあるのでしょうが、あの動きはウザラを助けるためではないですね」

「王宮精紋ですか」

「さすがモッサ様、察しがよろしいようで」

「入口のない地下空間があると言っていましたが――」

「普通に考えればメンテナンスハッチくらいどこかに作るでしょうし、王宮精紋を制御する方法もあるはずなのです」


 スエナガの口調が熱を帯びた。

 好奇心が掻き立てられるモノが目の前に現れると、他は疎かになる。そういう人物だった。


「精紋を起動する仕掛けは、王がここから逃げ出す前に破壊したのではありませんか?」

「それでは、フェイルセーフの観点から問題ありというものです」

「そうした概念、この世界の過去にどこまであったでしょうか」

「いずれにせよ機能しない転移紋があるのです。それにユビキシュ家は代々祭殿を守る、精紋のつかさと呼ばれる一族ではありませんか。その連中が中途半端に仕掛けてくるのです。裏があると考えるのが自然です」


「確かにそうですね。今、王宮精紋の状態が変えられて厄介なのは確かです。いいでしょう、あなたのその探究心、我は好きですよ」

「では、許可を」

「スエナガの自由に楽しみなさい」

「では、子爵の鼻っ柱を折り、ヒイヒイ言わせて参りましょう」


 スエナガは喜々として、バルコニーから飛び降りて、別邸の裏手へと走って行った。


「相変わらず悪趣味ですねえ」

 モッサは一度部屋の中に戻り、席に着いた。

「スエナガが使えないなら、あちらは我が少し手を出さねばなりませんか」


 モッサは精霊を作り出し、人を呼ばせに行かせた。

 その間にモッサは、引き出しを開け、スエナガが作り出したガンピシモドキを八角形に折って重ねる。

 モッサが作り出す、紙の宿玉である。


 しばらくして、一人の男が部屋を訪ねて来た。

 元風の騎士団第一部隊の副隊長イトゥソイ・イグノという男で、精霊王との戦闘で吹き飛ばされてケガをし、空腹のまま別邸を訪ねてきたのをモッサが拾ったのだ。精霊を失ったのを騎士の名折れと恥じ、旗下に加わるのを拒んだが、ケガを治療し食事を与えられた恩義を返すまでは留まるという義理堅さを持つ人物だった。


 その彼を慕って数十人の騎士が集まって来ているが、彼とその部下は風の王に向ける剣はないと、頑なに鞍替えを拒む清廉さを兼ね備えている者達だった。

 スエナガと異なり信の置ける人物であった。



「お呼びですか、モッサ様」

「借りを返してもらう場面が来ました」

「何をせよと?」

「あなた方に精霊王の分霊を授けます。その力を使い、エニアス・エクストーモを探し出し、利用して精紋破壊を邪魔する連中を排除して欲しいのです」

「陛下に剣を向けるのでは無く、民を傷つけなくても良い、という事でしょうか」

「そうです。嫌でしたら、断るのも自由です」

「いえ。承りました。では、それを為し得たならば、恩義は返したと判断いたします」

「構いませんよ」



 モッサは机の引き出しから作り置きに紙の宿玉を取り出して与えると、隊長は踵を合わせて敬礼し部屋を出ていった。

 使い捨てにするには惜しい人材だが、靡かぬ者を留め置く意欲がモッサにはなかったのである。


 一人になったモッサは、紙の宿玉作りを続ける。

 十二枚を仕上げると宙に放り投げた。

 紙の宿玉は床の落ちずに宙に留まり、周囲から急速に精が集まり、人の形になっていく。精を蓄え精霊の姿となると、紙の宿玉の内に消え、モッサの手の内に戻った。


「さて、予備も含めて、十分でしょう」


 再びバルコニーに出たモッサは、すぐに異変を感じた。

 精の流れが変わっていたのだ。

 モッサは目頭を抑え、王宮を監視させている分霊と同調し、風の王宮の様子を確かめた。

 環状王宮の外側に配置した外苑ガーディアンは、動きの範囲が制限され力が弱っていた。しかも、先程はいなかった存在、元守護騎士の、プロソデアの姿があったのだ。


「あの騎士、いつの間に現れたのでしょう。にしても、外苑ガーディアンの出現条件を見破るのが早すぎるのは、妙ですねえ」


 ふと、頭上に精のざわめきを感じ、モッサは見上げた。

 上空に異様に膨大な精の塊があった。意識を集中すると次第にその中心の形が明瞭になり、モッサの脳裏に結像する。


「まさかあれは、カゼフネですか。我でさえ見付けられなかった道具まで出てくるとは。あれに乗って空から見れば、我が仕掛けに気付くのも当然ですか。それならば納得ですが、すると、あの男も来ましたか。あれは邪魔ですね」


 モッサは上着のポケットから紙の宿玉を取り出した。

「さあ、火の精霊となってあれを焼き尽くしなさい」


 宿玉に精が集まり人の姿となるや、火炎を纏い、空高く飛び立つ。

 暴風に煽られても火の精霊は分裂し、カゼフネに纏わり付き、大きな火の塊となっていく。


「やはり、木製ですか。旧時代の復元では、我の脅威にはなれませんよ。それに、地対空兵器がないと考えていたなら甘いですね、ユート・クマ」


 モッサは嗤った。

 カゼフネが燃えながら落ちていくのを感覚として追いながら、邪魔者の退場を確信していた。


「さて、そろそろ頃合いですね。今お迎えに伺いますよ、精霊王」


 モッサが床を杖で突くと、巨大な風の精霊が現れる。

 精霊の手で掬うように持ち上げられたモッサは、風の王宮へと運ばれていった。


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