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白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第1章 罠
9/97

1-09 補

 優途は蔦を掴み、広げて外へと逃れようと試みる。

 だが蔦は強靱で隙間を広げられず、さらに太くなり握っていらなくなる。

 逆に蔦と蔦に挟まれそうになり、優途は手を離して飛び退いた。

 三階建ての家くらいまで伸びた蔦は、頭上に倒れ込むように傾いでいく。押しつぶされる恐怖に身構える優途と梨詩愛が見上げるその真上で蔦は互いに絡み合った。

 尚も蔦は成長し、木の幹のように太くなった。

 二人はまるで鳥籠のような蔦の檻に閉じ込められてしまったのである。



「どうなっているの?」

「黒服の男が使う奇術、と考えるのが自然だ」

「奇術ですって? これにどんな種があるというの?」

「蔦の種くらいはあるだろう」

「冗談を言わないで」

「まあ落ち着けよ」



 腕組みをして考え込んでいた優途は、諦めたようにバックパックを地面に下ろし、中からレジャーシートを出して広げて敷いた。

 その上に腰を下ろすと、スケッチブックやライトに上着などをバックパックへとしまった。



「何をしているのです」

「休憩だ」

「そんなことより、どうやってここから出るか、考えなさい」

「考えているが、行動に移すべきアイデアが湧いてこないだけさ」

「まったく、頼りない人ですね」



 驚いたように、優途は目を見開いて梨詩愛を見つめる。

 頼られているとは思っていなかったからであるが、そう軽口を叩こうとして、口を閉ざした。

 反論できずに優途が口籠もったと思ったのか、梨詩愛は鼻で嗤うと、蔦の檻の中をぐるぐる回り、蔦を叩いたり蹴ったりし始める。

 優途はごろんと寝転がり、目を閉じた。

 しばらくして、梨詩愛による脱出行動は、未完に終わる。

 まるで歯が立たない強固な蔦を破るのを諦めた梨詩愛は、優途に背を向けてレジャーシートの片隅に座った。


 初め居づらそうにもぞもぞ動いていたが、優途が目を瞑ったままでいる様子を見て、ごそごそとポケットを探り、懐中時計を取り出して眺め、鼻で嗤った。

 優途は片目を開けて、梨詩愛を見た。



「どうかしたか」

「いいえ。別に」



 梨詩愛は膝を抱えて座ったまま、頭をその上に乗せる。

 優途は再び、目を閉じた。


 蔦の檻が罠なら仕掛けた奴が現れるはずだからである。

 優途は体力を温存し、それを待とうというのだった。


 体感で一時間ほど過ぎた頃、微かに地面を伝わる振動が近づいてくる。

 ほどなく草が擦れ合う音が聞こえ、複数の足音が聞こえてくる。

 寝転がったまま目を開けた優途は、音のした方へと顔を向ける。蔦の隙間から、数百メートル先に人影が見えた。

 優途は足を振り上げて戻す勢いで立ち上がる。



「どうやら黒幕のお出ましのようだ」

「え? 何?」



 少し眠っていたらしく、梨詩愛は失態を隠すように慌てて立ち上がって身構える。

 姿を現したのは、緑がかった肌をした人間だった。

 頭髪は深い緑色で、新緑の若葉のような色の服を着ている。

 全員が手に槍を持ち、腰に剣を下げている。

 数えて十三人、剣士か戦士か騎士か。

 服装は軍服のような統一性はないが、意匠と言える基本デザインは同系統である。

 違いは、模様や装飾にある。

 規律性よりは個性を重んじる文化的な人々のようである。


 異世界ファンタジーの世界だと、優途は想像していた。

 レジャーシートを片付けると、優途はバックパックを背負った。

 彼等が武器を持っている事実は、この世界にも戦争があることを示唆していたからである。



「果たして言葉が通じるかな?」

「これもあなたの悪戯? 私は仮装パーティーに招待された覚えはないのですけどね」

「そんなに俺の驚きの態度は名演技だったか?」

「どうやら、ふざけてはいられないようね」



 彼らの動きにも変化があった。

 何かをしたように見え、梨詩愛が身構えたその時だった。

 優途は風を感じた。

 直後、全身を透明のフィルムで縛られたように、体の自由が奪われた。呼吸も苦しくなる。

 声が出せなかった。


 梨詩愛は武術に心得があるが、それでも何もできず身動きを封じられている。窮地を脱しようともがいていているが、状況が改善する見込みはない。

 そんな様子を見て、優途は抵抗を止めた。

 力による有効な対策が、思い浮かばなかったからである。

 すると、息苦しく圧迫されていた見えない圧力は弱まった。


 蔦の隙間から、緑の肌の男が一人、近づいて来るのが見える。

 蔦の檻のすぐ外側に立ったその男は、何やら声を発した。

 それがどこの言葉か、優途には分からなかった。

 だが、言葉の意味が不明なことと、会話を放棄するのは別問題だというのが優途の価値観だった。



「やあ。誰か知らないが、助けに来てくれたのならありがたい」



 友好的であるように優途は笑顔を向けた。

 緑の男達は互いに顔を見合わせ、何やら話している。

 聞き覚えがあるようでありながら、まるで理解できない言葉である。

 すぐに話し合いの結果は出たらしく、一人が腰の剣を抜き、蔦に斬り付けた。

 剣では斬れないとの優途の予想は、裏切られた。

 技量なのか機能なのか分からないが、剣であっさりと両断してしまった。しかも、斬られた蔦は見る間に萎れて干からびるように小さく縮んでしまったのだ。


 優途は息を呑んだ。

 これまでの常識が通用しない異世界だと確信したのだ。

 彼らは見る間に蔦を斬り払っていき、人が出入りできる口が開くと、緑の男達が入って来る。



「ありがとう、助かったよ」



 優途は笑顔を浮かべ、友好の印に握手をしようとした。

 だが、一歩踏み出す前に、顔の前に槍の穂先が突きつけられてしまう。

 慌てて優途は足を止め、後ずさる。

 緑の男達は素早く背後に回り込み、槍を構えて二人を包囲する。

 瞬時に身構えた梨詩愛も、軽挙な暴走による先手を封じていた。


 そこに優途は、彼女の優しさを感じえていた。

 梨詩愛が戦端を開けば、優途は真っ先に殺されるか人質にされていただろう。

 そうならない選択を彼女がしたのだ。


 戦う意思確認を求めてくる梨詩愛の視線を受けて優途は、両手を上げて降参の意思表示を見せた。

 梨詩愛は呆れたと言う代わりに、溜め息を吐き出した。


 再び緑の男が再び口を開いたが、知らない言葉に、優途も梨詩愛も首を傾げる。

 すると優途と梨詩愛は、背中を槍の石突で押された。


 歩けというのだ。


 罠にかかった獲物が追い立てられるように、二人は包囲の中心に置かれたまま連行された。

 少し離れた馬車が置かれた場所まで歩かされる。

 その内、一輛の馬車の荷台には、鉄製の檻が置かれていた。

 ためらっていると再び槍の石突で背中を突かれ、優途と梨詩愛は、よじ登って檻に入る。

 すぐに檻は閉ざされ、閂が掛けられた。

 内側からは、開けられない構造である。



「情況は却って悪化しましたね」

「結果としてお互いに無傷なのを喜ぼうじゃないか」



 梨詩愛の声に嫌味の成分が多分に含まれているのを、優途は感じていた。

 戦えば勝てると梨詩愛は判断していたようだが、その勝ち方を優途は憂えていた。

 どうであれ、戦えばお互いに傷つけ合う結果になる。

 多勢に無勢となれば手は抜けず、早めに相手の戦力を削ることで勝機が得られる。

 つまり、相手を殺す選択が、優先される。

 だが人の死は、重いのだ。


 通じない想いに優途は小さく肩をすくめる。

 敵は殺せ、という考えはある場面においては正しい。

 しかし、相手も同じ人間だという視点に立てば、敵ではない。

 敵味方というのは相対的な視点による区別に過ぎない。


 相手から明確な殺意を感じなかったから優途は、言葉の通じない相手との交渉の道を探ろうとしていた。

 とはいえ、捕虜や奴隷のような待遇が待っているとすれば、逃げ出す機会は捕まる前が最善だったと後悔する可能性もある。

 正しい選択だったか、優途にも自信はなかった。

 単に人を殺す道を、臆病だから避けただけかもしれなかった。


 だからこそ優途は、梨詩愛が陵辱を受けることがないよう、絶対に守ると胸の内で決意していた。


 馬車はすぐに動き出した。

 よく見れば、馬車を引いているのは、馬ではない。

 見慣れない獣だった。

 獣が牽く荷車に据え付けられた檻の中。


 二人は完全な虜囚だった。


 不安を隠すために、優途は笑みを浮かべて梨詩愛を見る。

 彼女はちらと、冷ややかに拒絶する目を見せただけだった。

 暗澹あんたんたる思いを紛らわせるように、優途は檻の外へと視線を泳がせた――。



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