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白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第9章 紡がれし想いと団円
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9-06 砕け散る幻想の布石

「隊長、これで形勢逆転ですよ」


 アプローセは地に膝を突いているニッシュの背後に回り、その腕を背中へとねじ上げる。

 ニッシュは跳ね上がるように背中を反らせて立ち上がったが、そのまま硬直したように動かなくなった。

 アプローセは弄ぶようにニッシュの動きを封じているのだ。


 柔術の一種だとリシアには分かった。

 肉体の反射運動を利用し、少しでも動けば体勢を崩して倒れてしまうような体勢へと導いているのだ。

 だがその行いは、モッサを信じる人々の疑惑を招く行為であり、天の騎士というのが事実なら尚更だった。人質を解放するよう求めていながら、その相手を人質にしたのでは、これまでの言葉のすべてが嘘だと宣言するようなものである。

 リシアは疑惑の目を向けた。


「トルプ・ランプシ、あの人が部下だというのは事実ですか?」

 トルプは渋い顔を見せ、小さく溜め息を吐いた。

「過去の話としたいところですが、公式には部下です。ただ、どうしてここにいるか、皆目見当も付きません」

「あなたの命令ではないのですね」

「その通りです。私の目的に賛同せず、立ち去った者です」

「それが事実でも、ここにいる人々はそれを信じないでしょう」

「申し訳ない」


「いえ。謝る必要はありません。一人ひとりに考えるようみんなに求めているのですから、あの人の行いを責められません」

「寛大な言葉に感謝します。ついでに申せば、リシア殿が使われている虚無ノ剣は、元々はあの者の剣でした」


 少し目を見開いたリシアは、トルプの表情から意図を悟ったようにうなずくと、視線をアプローセに向けた。

「では、何かの縁と考えるしかありません。ですがもう不要なので、お返しするとしましょう」


 リシアは虚無ノ剣を拾い上げ、アプローセに近づく。

 真っ先に反応したのは、体が傾いだ体勢を取らされて動けずにいる、ニッシュだった。


「魔女め、俺を殺すのか?」

「違います」

「嘘だ。ならなぜ近づいてくる」


 リシアはニッシュを無視して、背後に立つアプローセを見つめながらゆっくりと近づいていく。

 アプローセは、わずかに見せた困惑を隠し、警戒を保ったまま隙のない佇まいをしている。


「この剣、あなたのだそうですね」

「使っていたとは、驚いた。役に立ったかな?」

「ええ。いい剣です」

「そりゃあ、そうだろう」


 リシアはニッシュの脇を抜け、ロムドが縛り付けられている杭の方へと進んでいく。

 その間、アプローセはずっと視線をリシアから放さずにいる。

 リシアは逆にそちらへ視線を向ける事なく、ロムドの側に立つと、鞘から剣を抜き縄を斬った。

 ロムドは少し固い笑みを浮かべた。


「ありがとうございます」

「みんなの所に行ってください」

「はい」


 ロムドが土塁の内側で待つ仲間の元へ走って行くと、リシアは剣を鞘に収め、アプローセに正対した。

 まるでニッシュを盾にするように、アプローセも立ち位置を変えている。リシアを味方とは認めていない証拠だった。

 そのアプローセに向かって鞘を持って剣を差し出した。


「あなたの剣、お返しします」

「貴女はその剣を私に託し、この男を斬れというのかな?」

「斬ってはいけません」

「ではどうしろと?」

「解放しなさい」

「それが隊長の命令なら、従うが」


 アプローセはちらと視線を向けた。

 だが、トルプは無言を貫いている。


「あなたは、自分で考えて行動した結果の責任と後始末を、他人に押し付けるのですか?」

「言っている意味が分からないな」


「一つ問います。剣が騎士の命というのは本当ですか」

「その通りだが――」

「では、どうぞ」


 リシアは手に持っていた虚無ノ剣をアプローセの脇へと放り投げた。

 手を伸ばせば掴み取れる距離だが、アプローセは受け取ろうとする素振りを見せなかった。剣が無慈悲な音を立てて地面に落ちても、不快そうに眉を顰めただけで、アプローセはニッシュを拘束し続けている。剣を手にするよりもニッシュの人質としての価値が高いと見て、剣を捨ててでも解放しないと判断したからである。



「貴女は酷い人だ」

「あなたは騎士として立派なようです」

「誉められても嬉しくないが、隊長、こいつはどうします?」

 それでも、トルプは応えなかった。

「まさか隊長、本当に――」


 言いかけた言葉をアプローセは飲み込んだ。

 その後に続けようとしたのは、「黒髪の魔女に籠絡されしもべとなったのか」という言葉だっただろう。

 もしその言葉を口にしていれば、リシアだけでなくトルプをも侮辱する事になる。言わずに済ませただけ、理性的であった。



「判断を他人に委ねずに、自分で考えたらどうです?」

「知らないようだから敢えて言わせてもらうが、独断専行をしては部隊規律が乱れるというもの」

「模範解答のつもりですか?」

「バカにしているのかな、貴女は」


「いいえ。あなたの言動の真意を問うているのです。話し合いを求める相手に、『人質は卑怯だ』と言ったあなた自身の言葉は、何であったのかと」

「求めたのはあなたで、こいつではないでしょう」

「言葉だけの論理を見て、本質を見誤っているようです」



 アプローセは開けかけた口を閉ざした。

 困惑を浮かべた表情を隠すのを止めて視線を向けるが、トルプは変わらずに反応を示さなかった。



「正気とは思えないな」

「自覚されているのでしたら、もう結論は出ているのでは?」

「なに?」アプローセは目をひん剝き怒気を放ったが、すぐに溜め息交じりに吐き出した。

「いいでしょう。この男は解放しましょう。ただ、あとでどうなっても私は関知しませんがね」


 アプローセが手を放すと、ニッシュは腕をさすりながら荒い息を吐き出した。


「ふう。やれやれ。やはり天の騎士は野蛮なようだ。ついでに、俺の短剣も返してくれ」

「さすがに武器はいかんだろう」

「構いません」視線を向けられたリシアは即答した。

「本気か?」

「どうぞ」

「やれやれ。妙な気を起こすなよ」


 アプローセはくるりと切っ先を逆にして、ニッシュに差し出した。

 用心深くニッシュが手を出し、短剣のつかを握る。

 反撃の機会を狙う素振りを見せたが、アプローセは隙を見せなかった。


「これはどうも」


 大人しく短剣を受け取って引き下がったニッシュは、リシアに向き直った。


「黒髪の魔女、どうやら誤解していたようだ。これではっきりと分かった。話し合いに応じよう」

「同意してくださり、幸いです」


 ニッシュは短剣を逆手に持ち直すと、腰の鞘に収めようとしながらリシアへと一歩踏み出し、地面の石に躓いてよろけた。

「なあに、それほどでも。ただ、その前にあんたの化けの皮を――」


 倒れそうになる勢いのままニッシュは、逆手に短剣を持ったままの右手を下から大きく振り上げた。


 リシアが斬り裂かれ血飛沫が舞う。


 その幻を見たのは当人とわずかな観衆だけだった。

 多くの人々の目には、倒れかかったリシアとニッシュが、交錯しただけに見えた。時が静止したように誰もが目にした確かな事実は、ニッシュが仰向けで地面に横たわる姿だった。

 背中を打って呻くニッシュの声が、奇襲の失敗と愚挙の敗北を物語る。


 リシアはほんの少しだけ体を躱し、短剣を持つ右手を払っただけだった。

 投げたのではあるが、体勢を崩して前のめりに一回転させたとも言える。投げられたニッシュ自身、何が起きたのか理解していなかった。

 茫然と、空を見上げて横たわっている。


 現実を受け入れられずに、顔の前に両手を持っていき、何も持っていない事実を確かめている。

 悠長と思える間がそこに立ち塞がり、緩慢に見える動作でニッシュは顎を上げて頭の向こうに視線を向けた。

 そこには、短剣を手にしたリシアの姿があった。


「あ!」と声を発し、命の危機に意識が目覚めたように、俊敏な動作で体を横に回し、四つん這いで跳び下がり、怯えたように身構えた。


「短剣を持ったまま躓いては、危ないですね」

「え? ああ、そうだな」

「忘れ物です」


 奪い取った短剣をリシアが投げた。

 ニッシュは咄嗟に顔を背け、腕で覆った。

 短剣が地面に刺さる音に顔を戻したニッシュは、少し遠い地面に刺さっているのを見た。


 周囲から失笑が漏れた。

 何人かはニッシュが何をしてどうなったか悟ったのだ。

 それが嘲笑に変わる前に、リシアは大げさに見える動作で、顔に掛かった髪を頭の後ろにまとめ、紙縒りの紐で結わえた。


「では改めて、話し合いましょう」


 リシアは作業現場を囲む土塁に向かって歩き出す。

 その後を、ニッシュが怒りを噛み締めながら付いていく。


「おい、こっちは急いでいるんだ。悠長に話し合いをしていて、偽勇者に精霊王が殺されたらどうするんだ。そんな状況で話し合いができると思っているのか?」

「分かっています」

「だったら、あいつらをどこかへやってくれ。現場を占拠しているならず者を」

「ならず者なら、私には何もできません」

「どういう意味だ?」


「私の言葉が通じるなら、ならず者ではないのです」


 解放されたロムドと同郷のチナンとダリュアが代表するように、土塁の内側に立っている。

 リシアがそこへ近づいた。


「リシア様、これでもう安心ですね」

「チナン、まだこれからです」

「どうしてです? このまま時を稼げば――」

「その前に、全員、穴から出てください」

「しかし――」


「あなたたちは、残され森へ退避しなさい」

「リシア様、どうして」

「モッサを正しいと信じ、この王宮精紋を壊して精霊王を解き放つべきだと考える人だけが、ここに残ってください」

「そんな。だったら俺達はなんのために――」


「次の時代へと紡ぐためです」

「どういう意味です?」


「あなたたちはこの世界で一番初めに救世の勇者を信じ、それを伝えようとしたのです。そうやって開いた未来を紡いでいく役割があります」

「ですが――こんな大勢を相手にしては、リシア様が危険です」

「私は戦いに来たのではありません。話し合いに来たのです。それに私には、風の精霊と地の精霊がいます」


「我々もいますぞ」

 トルプ達には一人加わり、四騎士となった。

「だったら俺達も」

 フホ村出身の青年達が進み出る。

 リシアは首を振った。


「物事の正しさは、多数決で決まるのではありません」

「ですが、大勢いた方が有利です」

「たとえ信じる人が誰もいなくなったとしても、事実は事実ですし、真実は一つです」

「一緒に戦います」

「ここには、戦うべき相手はいません」

「でも――」

「最悪の場合、ここに残った人がどうなるか想像するなら、どうすべきか分かるのでは?」


「ですがリシア様、遺跡を壊されたら、もう終わりじゃないですか」

「今日は最後の日ではありませんよ」

「え?」

「それに、数と暴力に頼っていては、話し合いになりません。それは、恫喝と強迫と同じです」


「分かりました」

 ロムドの言葉に、チナンとダリュアは驚きの表情となり、批難するようにその顔を見た。

「ロムド、お前って奴は――」

「ここにいると足手まといって事ですよね、リシア様」


 リシアはロムドの目を見つめた。

 その解釈を、肯定も否定もしなかった。

 できなかったのである。

 足手まといになるかもしれないが、それは可能性の一部に過ぎない。むしろ賛同者の声が後押しとなって、頑なにモッサを信じる人の心を動かす可能性もある。

 ただし、彼らがここに残れば避難民同士の争いとなる危険性リスクが高いと危惧していたのだ。どちらを避けるべきかを、リシアは決めていただけであった。



「もう一度言います。ここには、モッサが正しいと信じ、この王宮精紋を壊して精霊王を解き放つべきだと考える人だけが残ってください」


「行こう、みんな」


 ロムドは土塁を乗り越え、率先して歩き出す。

 モッサの言葉を信じる人々の中に歓喜する者もいたが、多くは困惑し、ただ道を空けた。

 穴の底に居座っていた人々は戸惑っていたが、少し遅れてチナンが「さあ、戻ろう。残され森へ」と声を掛けて歩き出す。

 拳を握り締めて俯いていたダリュアが顔を上げ、「俺はモッサを信じない。だから、ここから去る」と声高に言い放ち、チナンを追い越す勢いで歩き出す。


 ようやく他の者達も重い足を動かし始めた。

 残され森からきた人々が占拠していた作業現場の穴から出て去って行く姿を見て、モッサを信じて集まった人々の中にも動揺が広がっていく。

 彼等の後を追う者、家族が待つ避難民キャンプ地へと戻る者も現れた。ただし、それは一部でしかなく、ほとんどの人々は立ち去れずに残ったままである。


「よし、みんな作業再開だ。急げよ」

 最後の一人まで穴から出るのを待たずに、誰かのかけ声と共に、道具を手に穴へと降りていく。


「おい、ずるいぞ。ニッシュ、止めさせろ」

 アプローセが声を荒げて、ニッシュに詰め寄る。

「なぜだ? オビ、お前は無口じゃなかったのか?」

「不正や不当や不条理と戦うのが騎士だ」

「なら言うが、話し合いの結論が出るまで、作業を止めているのは不条理じゃないか?」

「なんだと!」


「偽勇者によって精霊王が殺されては、精霊王を解放するのは不可能になる」

「ならば言うが、話し合いの間に、あんたらがあれを壊してしまうなら、話し合いが無駄になる」

「そもそもこちらは、話し合い自体無駄と思っているのだ」

「なんだと!」

「よせ、アプローセ」

「ですが隊長――」

「この場は、リシア殿に任せるのだ」


「リシア様、やはりぼくらは――」

 最後の方に穴から出た数人が、足を止め振り返った。

 その人々の目をリシアは見つめた。


「行きなさい。ここは大丈夫です」

 囁く声をディアンが届けたのか、彼らは残され森の方へと歩き去って行く。

 リシアは、残っているトルプを見た。


「私は、いや、我々は自分の考えでここに残ったのです」

「騎士ならば、民を守らなければなりませんよ」

「心得ている」


 四騎士は各々異なる価値観と考えを持っているが、少なくとも最後の言葉には同意するように、うなずいた。

 そしてリシアは改めてニッシュに視線を向ける。

 穴の底から、石を割ろうとして楔を打つ金槌の音が響き始めた。

 石積みの撤去作業が再会されたのだ。取り囲む人々は土塁の側に立ち、作業の進捗を見つめている。



「では、改めて話をしましょう」

「邪魔者を排除してくれたお礼代わりに、無駄話に付き合ってやる」

「感謝します」

 発した言葉に人々がどよめくのを気にせず、リシア周りを見渡した。


「では、お願いがあります。そこで作業を続ける皆さん、そしてここに残った皆さん。私にモッサの正しさを教えてください」


 ディアンが風を操ってリシアの声を翻訳し、すべての人々へと届ける。

 誰もが予想していなかった問いなのか、作業していた人々も、手を止め、穴の淵に立つリシアを見上げた。

 不思議なモノを見るような顔をしている。


「手を休めるな、作業を続けろ。これも黒髪の魔女のまやかしの話術だからな」

 ニッシュが叫ぶと、再び金槌の音が響き出す。


「ガガン・モッサの正しさは、どこにあるのですか?」


 リシアの口調は穏やかだった。

 すると、リシアを中心として土塁の周りを囲む人々の輪の奥から、ぼそぼそとした声が聞こえてきた。


「モッサ様は困窮する我々を助けてくださった」

「そうだ。モッサ様は我々の恩人だ」

「腹が減って辛かった時に、食べ物をくれたのは、モッサ様だ」

「森を復活させたのも、モッサ様だ」


「愚かな考えだ。モッサが精霊王をここに連れてきたのが首都壊滅の原因ではないか」

 トルプの発言に、小さな声は沈黙する。


 正論ではあったが、小さな声に反論をぶつければ萎縮して想いは内に留め置かれてしまう。

 言論封殺となるやりかたに、余計な事を言うものだとリシアは思っていた。この場にどういう人に残って欲しいかを告げ、何を知りたいかを伝えている。それでもなお、トルプがそうした発言をしたのだ。


 志を同じくする部分はあっても、人は多様だった。


 リシアの思惑通りには進まない。

 かといって咎めては、自主性を封じてしまう。

 先程のリシア自身の発言が、自分にも返ってくる。

 自分で考えろとアプローセに言った。

 トルプは、自分で考えて今の発言をした。


 それを否定するのは、自分で考えるように促したリシア自身の言動を否定する事だった。


 どう話を進めるか苦慮したリシアは、土塁の上によじ登り、その上を歩いた。

 人々の意識の矛先を一点に向けさせないようにと意図したのではないが、トルプの発言に反論する者が声を発するのをリシアは期待していた。

 一箇所に留まっていては、そこを中心とした部分だけで議論が盛り上がる。それでは離れた場所にいる人々が考えを言う機会が失われるのだ。

 ただそれは、すぐに杞憂となった。

 発言する勇気を持つ別の人々がトルプに反発したからである。



「おれらの苦労を知らずに、何を言う」

「そうだ!」

「そもそも、天の騎士が風の領域に何しに来た」

「協定違反じゃないか」

「天の王の策略で、ユーシエスが壊滅したというのが真相らしいじゃないか」

「風の領域を混乱に陥れて疲弊させ、侵略するつもりだな」


「断じて、そのような事はない!」


 トルプは声を荒げた。

 如何に正論を口にしようが、トルプ達には協定を破ったという信義に反する行いがある。その負い目を覆い隠すように語気を強めても、大声で否定しても、人々の心には響かない。

 むしろ反発を招く。


 トルプ達、天の騎士による不正行為がこの災厄を招いたというような論調になりつつあった。

 鬱屈した不満や不条理を、怒りとして発散しぶつける相手を求めているようであった。

 論点は本質からずれていく。

 怒りを解放しアドレナリンが分泌され、鬱憤を晴らしてドーパミンに酔いしれようとしているようだった。

 一過性の快楽を求めるのも、苦難の反動である。ただ、酔いが醒めて感じるのは、そこはかとない虚しさとなるはずだった。


 人々の声を聞きながら土塁の上を歩いていたリシアは、立ち止まった。

 周りの全員に意識を向けると、それとなく、反応があった。

 罵倒し誹謗する人々がいる一方で、そうした言動に辟易する人もまたいる事に、リシアは少し安堵する。


「みなさん、教えてください。精霊王の行動を押し止められる人は、誰ですか?」


 リシアが声を大きくして発した言葉は、ディアンが翻訳し風と共に周囲の人々に隈無く届けられた。

 トルプに反感を抱いていた人々も口を閉ざした。

 答えは、返って来なかった。


 精霊王を止められる存在は、いないのだ。

 強いて言えば、王宮精紋によって精霊王を風の王宮に留め置いた、風の王だけだった。だがそれを認めると、風の王に向けていた怒りの矛先が行き場を失ってしまうことになる。

 静まりかえる雰囲気の中、鋼の楔を打ち込む音だけが途切れずに続いている。

 しばらくして、少し鈍い音が穴の底から聞こえた。

 石が割れたのだ。


「おい、あったぞ」


 現場からの声が響いた。

 リシアは土塁の上から穴の底を見下ろす。

 砕けた石を退かし、覗き込んでいる人々が見える。

 上を覆っていた大きな石が割られ、その亀裂の隙間に、他とは明らかに違う黒い石が見えた。


「リシア殿、まずいようだ」

 トルプの顔が緊迫し固くなっている。

「要石ですか?」

「間違いない」


 トルプの言葉を待たずに、リシアは走り出していた。

 土塁の上を走って反対側へと回り、掘り出した地中の遺構、石積みの真上に立った。

 石積みの石は、一個が二メートル四方に長辺が四メートルくらいある。一段目の石積みまで、地面を掘ったのは一メートル。そこから三段の石積みが見えている。

 その上側の石を割って運び出したその下に、他とは違う黒い石があった。


「待ってください」

 下に向かって呼びかけたリシアの声に、作業する人々が見上げた。

「邪魔をするのか?」

 リシアは即答できなかった。


 今度はリシアが問われる番だった――。


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