表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第9章 紡がれし想いと団円
82/97

9-01 光に集う者、其の壱

 第七の月(ミナ・ピドゥロ)二五日の夜のことである。

 フホ村から来た若者、チナンとダリュアは気が急いていた。

 回復の森から退避してきたキュセに、空が光った理由を聞いたからである。

 二人は座っていられず、立ち上がった。


「救世の勇者が来たなら、こうしちゃいられない」

「そうそう。俺達も何かしなきゃ、村に帰れないぜ」

「ねえ、あたしはみんなで一緒に村に帰りたいなあ」

 息巻く二人を、プラエナが不安そうに見た。


「そのために俺は行くんだ。長老の言いつけを無視して来た以上、何の結果も出せずに帰れるか」

「その通り。救世の勇者と一緒に戦った土産話をしたいじゃないか」

「でも、リシア様からそんな指示は出てないからさあ」

 キュセが立ち塞がる。


「だったら聞くが、ここで待っていろとリシア様は言ったのか?」

「いいえ――」

「なら、どうしろと言ったんだ?」

「何も言われなかったけど――」


「何でも言いなりになってちゃいけないんだ。自分の頭で考え、自分の決断で行動する。なにも精霊や騎士とやりあうってんじゃない。安心しろ」

「まあ、女子二人は、ここで避難民同士の揉め事を仲裁してくれ。それも大切な仕事だ」



 そう息巻いて二人は、避難民の中でも血気盛んな者を集めて、首都へと向かっていったのだ。

 二人に賛同する若者一〇〇人ほどが、一緒に残され森を出て行ったのである。

 ただ彼らには、訓練を積んだ部隊のような規律も連動もない。

 各々のペースで長距離マラソンを走るように、王宮のある丘を目指して移動していく。


 それでも、タタ・クレユの人々は足腰が丈夫だった。


 残され森の王宮側から王宮精紋の撤去現場までおよそ八〇キロの距離を、ためらうことなく自分の足を使って進んでいく。

 中には先頭から大きく引き離され、途中で諦めて戻る者もいたが、全体から見れば少数だった。

 残され森で食事と寝床を得た若者は、体力も気力も持て余していたのだ。若い活力が十分に漲っており、夜通し走り続けるのも苦にしなかった。


 彼らは伯爵の首都屋敷の瓦礫から見付けた光精石の欠片を手にして足元を照らし、真っ暗な闇を王宮へと向かって走り続ける。

 その様子は、淡くゆれる光が細長く蠢いている蛇のように、遠くからも見えるほどだった。


 チナンとダリュアは先頭集団を率いるように走っていた。

 程なく、前方の遠く、王宮のある丘の裾野当たりで光の点が動き回るのが見て、心が躍った。


「見ろダリュア。王宮のある丘の裾野辺りに光が見える」

「あれは光の霊獣か、チナン?」

「そうに決まってる」


 救世の勇者と光の霊獣が、夜も休まずに王宮を目指そうとしているのだと二人は信じた。

 というのも、光が右へ行ったと見えるや、瞬く間に左へと移動し王宮を目指す動きをしているからである。光の霊獣でなければ、それだけの速度で移動できるはずがなかったのだ。

 だが、その光の移動に合わせて、赤っぽい松明が右往左往しているのも見えた。守備隊に志願した民衆が、光の霊獣と救世の勇者を邪魔しているようであった。


「急ごう。モッサを信じた愚か者との戦いで消耗させちゃいけない」

「そうだな」


 二人は足を速めた。

 世界を救うために役に立ちたいという想いが、二人を急き立てている。

 田舎暮らしで夜道には慣れている二人は、いつしか他の者を大きく引き離していた。

 不意に、チナンが速度を落とす。


「もう疲れたのか、チナン」ダリュアが歩調を合わせて並んだ。

「いや、何か聞こえないか?」

「俺達の足音だろう」

「そうじゃない。こう、ドドドッて感じの響きが」

「え? そう言えば、少し揺れてるか?」

「見ろ、正面だ」


 チナンが指さす前を見たダリュアは、前方に上下に揺れながら光る点を見付けた。

 光は一つだけではない。

 数十の光の点となり、左右に広がっていく。


「メノスが駆ける音だ!」

「騎士か? 敵か?」

「光精石を捨て、離れろ」


 チナンは振り返るや後続に向かって叫び、手に持っていた光精石を投げ捨て、進行方向を横に変えて走った。

 ダリュアもすぐに倣い、チナンの後を追う。

 公爵の首都屋敷から拾った光精石の欠片は、精を帯びている間光り続ける性質があり、光精枝と違って自在に点けたり消したりできないからである。


 一〇人ほどが後を追ったが、声が届かず事情を知らない後続は、混乱した。

 二人のように光精石を捨てて追う者もいれば、持ったまま前に続いて走り続ける者、捨てられた光精石を目指す者、先導を見失い立ち止まる者などばらばらだった。


 チナンとダリュアは暗がりに向かって走ったが、すぐに足元が見えない真っ暗闇に包まれ、進む先が全く分からず、足を止めた。

 後を追ってきた者が慌てて止まったため、その後から距離を詰めようとして急いだ者が気付かずにぶつかってしまう。

 将棋倒しに倒れてくる気配に、チナンとダリュアは慌てて前に駆け出して辛うじて避けたのだった。


「急に止まるなよ」

「無理言うな、足元も見えないんだぞ」

「フホ村の周辺だったら、森に精が満ちているから少しは明るいんだが、こんなに暗いなんて――」


 暗闇の中、上になった者から立ち上がるが、誰かを踏んだり躓いたりと、痛みや怒りの声があちこちから聞こえてくる。


 そこに、光精枝の光が近づいてくる。

 メノスの蹄の音が近付き、光精枝が照らし出す闇の中に浮かび上がる彼らを囲むように、回り込んで止まった。

 追ってきたのは五騎だった。

 光精枝の明かりに緑色の騎士服が見える。



「風の騎士か――」

 チナンは半ば諦めたように呟いた。

「どっちだと思う?」

「さあな。だが――」

 敵だろうという声は、発せられなかった。


「動くな。抵抗すれば斬るぞ」

「分かった。降参だ」


 即座に答えたのは、チナンだった。

 モッサに寝返り敵となったとはいえ、元は風の騎士である。

 さすがに無闇に民衆を殺さないという読みはあったのだ。


 先頭集団だった一〇人ばかりの若者達は、五騎の騎士に追い立てられ、逃げた道を戻っていく。

 向かう先は、地面に落ちて仄かに光を放つ光精石の周囲に集められた後続の仲間達と、彼らを取り囲み光精枝で照らす二〇騎の騎士がいた。

 チナン達は、その騎士に囲まれた集団に加えられた。



「さて、正直に答えろ。お前らは何者だ?」

「ただの避難民ですよ」

 チナンが代表して答えた。


「こんな夜中にどこへ行く?」

「向こうです。みんなが回復の森と呼ぶ辺りです」

「何しに?」

「食事をくれるっていうから」


「そもそも、どこから来たんだ?」

「残され森ですよ」

「何! だったらお前ら、黒髪の魔女の手の者だな」

「違います」

「怪しいな。残され森にいて、黒髪の魔女と無関係なはずはない」


「腹一杯食い物にありつけると言われて言ったのに、違ったんです。畑耕して自分達で作れって。なあ」

「ああ。そうだ」ダリュアが相槌を打つ。


「本当か?」

「本当ですとも。ところで、騎士の皆様は、どちら側なのです?」

「決まっている」

「風の王が戻ってきたと聞きましたが、そういうことですか?」

「分かりきったことを聞くな」

「では風の王に仕えているのですね」


「それより、お前らは民衆を見捨てた者を王と呼ぶのか?」

「あなたがた騎士は呼ばないのですか?」

「それは、まあ、なんだ」

「なんでしょう」


「いやいや。そもそも、お前らは風の王を恨んではいないのか?」

「恨んだところで、腹は膨れませんから」

「つまり、恨んでいるのだな」

「俺たちは生活を奪った奴を恨んでいます」

「ということは、やはり風の――」


 そこに、またしても複数のメノスが地を蹴る音と振動が伝わってきた。

 風の騎士が来た首都方向とは逆からだった。

 光精枝の光もなく、暗闇の中を走り来る。

 何が起きたのかと、チナンとダリュアは顔を見合わせ、他の者達はざわめいた。


 唐突に光に照らされた。

 新たに現れた二〇騎余りの騎士が、横並びになり、一斉に光精枝を点灯したからである。

 風の騎士よりも整然とした動きであった。



「我らはユビキシュ家に仕える精紋騎士、オユクネ隊の旗下に散じた有志である。何事かと来てみれば、騎士が民衆を捕縛しようとしているように見受けられるか、貴殿らの所属を伺いたい」

「生憎と、我らに正式な所属はない」

「風の騎士とお見受けしたが、違いましたか?」


「部隊はほぼ壊滅した。仕えていた王はこの地を見捨てて逃げ去ったのだ。今は寄せ集めに過ぎぬ」


「では、この者達を捕らえている理由をお聞かせ願いたい」

「このような夜中に移動する集団を見付けたのだ。怪しい連中なので、確かめに来ただけのこと」


「そなたたちは、なにゆえ、この夜中に動き回っていたのかな」


 いきなり話を向けられ、チナンは先頭の騎士を見た。

 光を向けられているため目が眩んではっきりとはしないが、騎士服が闇の中白っぽく浮かび上がって見える。

 風の騎士とは違うようであった。


 ただ、ユビキシュ家とは祭殿の司となる一族である。家柄からして風の王に仕えていると見るべきだった。

 つまり、少なくともモッサと敵対する側にあるのだ。



「どうした? 言えないような理由なのかな?」

「昼間は人目に付くからです。家を失い王は逃げ去り、誰も頼れないとなれば、生きるためには自分達で行動しなければいけません」

「その通りだが、向かう先に何がある?」

「回復の森です。そこに行けば食べ物をもらえるのです」

「つまりこの者達は、ガガン・モッサの施しを受けに行くような連中なのです。つまり、モッサに靡く信奉者。処罰すべきです」


 口を挟んだ風の騎士の言葉に、チナンの鼓動は高鳴った。

 ダリュアも、そして他の仲間も、緊張に顔を強ばらせている。

 先に現れた風の騎士こそが、モッサに寝返ったと思っていたからである。


「いや――」

 ゆったりとした口調で、後から来た騎士は言葉を発した。

「飢えは辛い。生きるために食べ物を得るのは必要だ」


「は? 何を言われるのか。ガガン・モッサ側に付くのは、風の領域に仇為すに等しいのだぞ」

「領域の統治者となるにはまず、飢えた民を救わねばならないのは、世界の必定でしょう」

「何を言っているのだ、貴公は」


「そもそも貴殿らは、ユーシエスに戻った風の王の下に参じるべきと存じますが?」

「いや、話を逸らさないで頂こう」

「逸らしてはいません。風の王は、食料を求める民衆を罪人として処断しろと命じておられるとでもいうのでしょうか?」


「いや、そうではなく」


「生憎、我らにも彼等に分け与えられるほど豊富な食料はないのですよ」

「だかと言って、敵の施しを受けるなど論外!」


「いいや、構わないでしょう」

「なに?」

「さっきも言ったように飢えは辛いものです。今日の食事を得て、明日も生きられるなら、モッサからであっても食事はもらうべきでしょう。そもそも、風の王が民衆のために残していった食料備蓄を、モッサが奪ったと聞いています。モッサが人々に施すならそれは、風の王の施しと同じことになります」


「屁理屈だ、それは」

「では、どのような判断基準で民衆を敵と認定するのでしょう」

「それは――」

「敵でないならば、彼らを解放してはどうでしょう」


「いいだろう。だが、これが後に問題となった場合には、貴公に責任を取ってもらう。名は、なんと言ったかな?」

「貴殿が先に名乗られよ。明らかな罪状もないのに民を処罰しようとされた、貴殿の名をまずはお聞かせ願いたい」


「賢しい奴だ」

「名乗れませんか?」

「いや、構わないさ。だが、この者達が邪魔だ」

「では、解放してください」

「そうだな。おい、お前らはとっとと行くがいい」



 チナンは恐る恐る立ち上がった。

「さあ、みんな立って。行こう」

 一度休んだせいで固まった体をほぐしながら人々は立ち上がる。

「ダリュア、先導を頼む」

「ああ、分かった。みんな行こう」


 ダリュアが、赤みがかった揺れる光が見える方を目指して歩き出す。

 チナンは最後の一人と共に、その場を去った。


「あのう、どうなっているのでしょう」

 最後の一人は、チナンよりも何歳か年下の少年だった。


「初めに来た風の騎士は、モッサに寝返った連中だ」

「本当ですか?」

「俺達を黒髪の魔女の手下と見なしていたのに、後から来た騎士にそれを言わなかった。自分達がモッサの手下になったと知られたくなかったのだろう」

「じゃあ、後から来たのは、味方ですか?」

「そう、思いたい。とにかく、急ごう。俺達には俺達のすべきことがある」

「はい」



 チナンは年下の仲間の背を押して走り出す。

 目指すのは、正しいと信じる明日の未来であった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ