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白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第8章 総力の紡ぎし兆し
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8-09 境界の園との別れ

 境界の園にある丸池に、船が一隻浮かんでいる。


 新しいカゼフネである。


 カゼフネの船体は流線型であり、長さはおよそ十二メートル、幅三メートル、高さ二・五メートル。

 長さ六メートルほどの水平翼が片側に三枚ずつある。

 また、高さおよそ七メートルの二本の帆柱をもち、尾鰭とも尾羽とも言える水平尾翼が船体から六メートルほど伸びている。

 船室は無く据え付けられた椅子が七席ある。

 一番先頭に一人席、残りは二人席が三列となる。


 材料採取のためにプロソデアが改良した獣車で飛びまわった経験と、聖剣の鞘を作る過程で行った精紋を組み合わせて用いる方法をカゼフネに投入して作り上げた船である。


 獣車との大きな違いは、翼だけでなく船体全体が精紋を描いたガンピシモドキで包まれている点である。

 精紋の効果により、翼単体であれば、置いておくだけで風を受けて浮き上がる機能を発揮する。

 試験飛行に対する期待は大きかった。


 丸池の岸には、ユートと守人ペリジアの他に、精霊大公と称されるフラグミと、ザゲルと名付けられた巨木の森の精霊公子が立っている。

 プロソデアが乗り込み、帆を張り、テスト飛行の準備をしているところだった。



「では、試してきます」

「お気を付けて、プロソデア様」」

「あまり気を張るなよ。初物は想定外が起きる」



 プロソデアはうなずいて、カゼフネの船尾に立った。

 水の精霊と風の精霊の力によって水面を動き始める。

 ゆっくりと一周し、二周目に入ると速度を上げた。


 船体が少し浮き上がった。

 だが離水できずに水面でバウンドを繰り返す。

 岸に近づいたため旋回し、池を半周して仕切り直しである。


 さらに速度を上げて水面を進む。

 だがそれでも船体は浮かず、岸が迫った。

 旋回できずにプロソデアは水の精霊の力で船体を押し、岸に乗り上げて座礁する前にどうにか船を停めた。

 ゆっくりと半周してプロソデアがユート達の前に戻った。



「ユート殿、どうして浮き上がらないのでしょう」

「船の重さに対して、揚力が足りないようだ」

「翼を大きくすればいいのでしょうか?」

「それだと重量も増えるし、翼の強度も上げなければならない。まずは速度を上げてみるのが先だな」

「それには、距離が足りません。池を広くしてもいいですか?」

 プロソデアはフラグミを見上げた。


「これ以上境界の園を荒らすのは認めない」

「そうなると、私の精霊では難しいでしょう」

「自力が無理なら他力本願だな」


 ユートはペリジアの隣に立つフラグに顔を向けた。

 偉大な精霊を人足のように扱うのは、プロソデアの感覚では、非常識らしく、驚いた表情をしている。


「なあフラグミ。このカゼフネを持って崖の向こうに水平に投げてくれないか?」


 ユートは紙飛行機を飛ばす仕草をしてみせる。

 カゼフネ再生に取りかかる前に、飛行という概念を共有するためにユートが作って見せたから、話はそれで通じる。



「それくらいならば、容易たやすきこと」



 フラグミが巨大な風の両腕を形作るように、カゼフネの下に風が入り込む。

 両腕に抱えられるようにカゼフネが持ち上げられ、境界の園の縁へと進むと、フラグミが崖の向こうへとカゼフネを投げた。

 突風が吹いたように、カゼフネが崖の先へと投げ出される。


 カゼフネは落下することなく、両舷側にある六枚の翼が風を受け、滑空を始めた。

 だが、少しずつ高度が下がっていく。

 翼が生み出す揚力が、翼同士で干渉し合い効率が悪いのだ。

 加えて、翼に用いたガンピシモドキに描いた精紋によって精が集まり、まとわりつくように絡みつき、風の流れを阻害していた。


 プロソデアがその状態に気付くと、契約精霊を使って対処し、船体は安定した。

 上昇気流受けて高度を上げ、ゆるやかに旋回を始める。


 ところが上空では山間を流れる不規則の風に煽られ、姿勢が乱れ、プロソデアが慌てて立て直す様子が何度も見られた。

 それでもどうにか高度を上げてきある程度上昇すると、ふらつきながら高度が落ちる。

 空気密度の低下により、揚力が減ったのだ。


 何度か試して行動の限界を知ったプロソデアは、境界の園と同じ高度まで下げ、旋回して向きを変えて境界の園に向かってくる。

 着水しようというのだ。

 ユート達が見守っていると、境界の園まであと数メートルとなったところで、崖下からの気流に煽られた。


 カゼフネの船首が上を向き急上昇させられた直後、失速して落下する。

 プロソデアは精霊の力を使って船首を上げようとしているが、上がらないようだった。



「フラグミ、カゼフネを受け止めて回収してくれ」

「任せよ」



 山々の裾野から吹き下ろした風が集まって上昇気流となり、山を股に掛けるような巨人の姿になる。

 その手でカゼフネを受け止めると水平に支え、境界の園の丸池にそっと下ろした。

 カゼフネに乗るプロソデアの表情は、青ざめていた。



「すみません。失敗しました」

「謝る必要はないさ。俺だったら船から落下して死んでいただろう。それより、どんな感じだった?」

「上空では風の向きが急に変わる場所があり、それを左右六つの翼と尾翼で安定させようにも、刻々と変化する状況に対応できなかったのです」


「そりゃ、頭の問題だろうな」


「私では及びませんか――」

「慣れの問題だ。そもそも翼が多すぎて、それらを別個に精霊が操作するから、統合制御ができない」

「難しい話です」


「単純な話だ。現に世の中にはこれを自在にやっている奴がいる」

「誰です?」

「鳥や虫だ」

「――確かに、そうですね」


「臨機応変に対応するにはフィードバック制御が必要だが、船体の各場所にどういう力が加わって、どういう状態にあるかをリアルタイムで検知して制御しなければならない」


「精紋によって変化する精の流れや力の向きも、前触れもなく変わるため、より予測が難しいのです」

「プロソデア様でしたら、訓練すればできるようになります」


 守人ペリジアがベール越しに向ける期待は、恋する乙女の上方補正が紛れ込んでいるようだった。


「俺もそう思うが、カゼフネ全体を一人で操れる存在に頼むのが手っ取り早い」

「プロソデア様より優れた方が居るのですか?」



 驚きと懐疑が入り混じる声を発したペリジアに、ユートは助けを求めるようにプロソデアに視線を向けた。

 プロソデアは我関せずと言うようにユートに目を合わせようとはしなかった。



「失望するかもしれないが、簡単な話だ」

「失望などしません。教えてください」

「フラグミだ」

「――想像もしていませんでした。できるのですか、フラグミ?」


 フラグミは硬直したように、すぐに反応しなかった。

 数秒して、顔をペリジアに向けた。


「無理だ。私にとって器が小さすぎる。それに、守人のいるこの地を離れる訳には行かない」


 巨木の森の精霊公子ことザゲルが一歩踏み出した。

「フラグミの許しがあれば、私がやろう」

「ザゲルにとってもカゼフネは小さいくはないか?」

「器としては小さいが、私を保ったまま宿る事は出来よう。それに私は、トーマの行く末を見たいのだ」


「嬉しい申し出だが、フラグミの許可が必要なのか?」

「境界の園に入るのと同じだ。この大山脈の精を吸い、飛ぶのだからな」

「そういう事か。どうだ、フラグミ」

「認めよう。ただし、今回の件が片付くまでだ」

「よし、決まりだ。感謝するフラグミ、そしてザゲル」



 すぐに、プロソデアとザゲルによる飛行訓練が行われた。

 境界の淵を成す山脈より高い高度を取り、天を流れる精流脈に乗る評価も行った。

 精流脈から離れ、滑空しながら高度を落とし、巨木の森の外れまで行き精の濃度が低くなる上空での飛行性能も評価した。

 無事に戻ってきたカゼフネを見て守人ペリジアは安堵の表情を見せたが、ユートはプロソデアの表情が硬いのを見て問題があると予想していた。

 カゼフネはふわりと丸池に着水し、ゆっくりと旋回してユートの待つ岸近くに停まった。


「いいようだが?」

「操船も、飛行性能もザゲルが操れば問題ないようです。ただ、ザゲルの精の消耗が激しいのです」

「精の濃度が薄くなると、風を起こさねばならないが、それに精を消耗するのだ」


 ザゲルは困惑と失望を合わせたような顔を見せた。


「無理そうか?」


「いえ。カゼフネをザゲルの宿玉となるように、精を溜め込めれば問題ないと思いますが、半日出発が遅れます」

「すると、トーマの一日遅れで風の王宮に着くわけか。そうなると、一番の見せ場が見られずに、ザゲルは無駄足になってしまうな」

「いや、私はそれでも構わぬ。トーマが目的を果たせたのなら」


 ザゲルの言葉にうなずきながらユートは、トーマが落命している可能性を想っていた。とはいえ、すぐに出発できない事実は変わらない。最悪の状況となったとしても、ルリを助け、精霊王が中央大樹へ行くのを阻止しなければならないと考えユートは覚悟を定めるのだった。

 とは言え、精霊王が王宮精紋から出た場合の対策については、具体案はなく、臨機応変で最善策と思える手段を採るしかない。そうした事態に備えられないし、そもそも何を準備すべきか不明であり、何よりも備える余裕も猶予もなかったのだ。


「トーマとファロウと、サーリ達を信じよう。今更取り戻せない時間を憂えるより、カゼフネを得た利点を最大限に生かすしかない」

「そうですね、ユート殿」

「よし、カゼフネに手を加え、ザゲルの宿玉として最適化しよう。準備ができ次第出発だ」


 すぐに、カゼフネの改修作業に取りかかった。

 ザゲルには、溜められるだけの精を集めてもらいながら、平行してユートはカゼフネ全体が相乗効果となって精を保持するように精紋を追加して描き、ザゲルの宿玉となるように変更を加えていった。そのために必要なガンピシモドキは、プロソデアと精霊がまた新たに造ったのである。


 そして翌朝、ザゲルが大丈夫だと判断できるだけの精が満ちるのを待って、出発となった。

 作業を終えて部屋で少しだけ仮眠をしていたユートは、ディミに起こされ、部屋を片付けるとバックパックを背負って屋敷を出た。


 屋敷の前の岸近くにカゼフネが浮かんでいた。

 船上には既にザゲルの姿があり、岸にはプロソデアとペリジアが並び、その傍らにフラグミが立っている。

 ユートは彼らの元に歩み寄った。


「待たせたな。出発しよう」

「また来ます」


 プロソデアは守人ペリジアに告げると、岸から風の助力を受けてカゼフネへと跳び移る。もう一度ここへ来るのが決まっているだけに、あっさりとした態度だった。

 二人の関係性を微笑ましく見ていたユートは、ペリジアに向き直ると、神妙な顔を見せた。


「それじゃあペリジア。多分これでお別れだ。もう俺は君たちの邪魔をする事はないから安心してくれ」

「邪魔などと思っていません。またいらしてください」


「わかった」

 ユートはペリジアの耳元に顔を近づけた。

「君たちに子供ができたら教えてくれ。お祝いに駆けつけるから」


「え、ユート殿、それは――」

「フラグミも喜んでくれるさ。なあ」

 守人の傍らに立つ、守護騎士に憧れる精霊をユートは見上げた。


「楽しみであり喜びであり祝福されるだろう」


 ペリジアは俯いた。

 表情がベールに隠されているため、それが羞恥なのか、喜びを噛み締めているのか、ユートには判別ができなかった。


「ありがとうございます、ユート殿。そうした夢は、わたくしには想像すら出来ませんでした」

「チャンスは何度も訪れないだろうから、逃さずしっかりな」

「はい」


 ユートがフラグミに運ばれてカゼフネに乗ると、プロソデアと目が合った。


「ペリジアに何を話したのです?」

「風の精霊の力で聞かなかったのか?」

「盗み聞きはしません」


 ユートは改めてプロソデアを見つめた。

 廉恥を心得た良き人物である。


「プロソデアには素直で正直になって欲しいという話だ」

 誤魔化すように視線を逸らし、船首の席に座った。

「私は、ユート殿ほどひねくれていません」

「誰に対してもそうか? ペリジアにも」

「そうです」

「だったら、君自身に対してはどうなんだ?」

「――」


 プロソデアはうなずくように黙り込んだ。

 思うところがあったらしく、ユートが先頭の席に座ると、プロソデアは岸で見送るペリジアに視線を向けている。

 振り返ったユートはプロソデアの視線の先を確かめてから、水面に風となって佇むフラグミに視線を向けた。


「さて、フラグミの出番だ。頼む、放り投げてくれ」

「任せよ」


 フラグミは風となって帆を扇ぎ、走らせる。

 岸の手前でフラグミはカゼフネの下に潜り込み、船体を持ち上げ、園の縁へと走り、崖の向こう山々の裾野の先へ向けて投げた。

 空中に向かって打ち出されたカゼフネは、大気に含まれる濃密な精を翼に受けて上昇を続け、天の精流脈の流れまで到達する。

 激流に押し流されるように、カゼフネの速度が上がった。

 カゼフネは瞬く間に巨木の森を越えて飛んでいく。


 ユートは遠く世界を見渡した。


「これだけ高く飛べば、中央大樹が見えると期待したんだが、見えないな」

「領域を隔てる障壁があるから見えません」

「壁があるのか?」

「精紋による結界です。四系統の精霊が混じり合わないために、必要な処置だと聞いています」


「奥深い世界だ」


「私にとっては、ノイ・クレユの知識と技術が奥深く感じられます」

「無い物ねだりだな」

「ところでユート殿、一つ確認したいのですが」

「なんだ?」

「ユーシエスに行けば、結局トーマ君にユート殿の存在が知られてしまいませんか?」


「なるべく知られないようにしたいというのは、変わらない。けど、本質を忘れないでくれ。俺の目的はあくまで、全員無事に元の世界に戻る事だ」

「そうですね。そうでした。とにかく、急ぎましょう」

 プロソデアが、艫に立つザゲルを見た。


「任せよ。巨木の森を出る事は久しくなかったが、風の王宮の場所ならば分かる」

 ザゲルは天の精流脈の流れに集まってくる風を、カゼフネの帆に集めた。


「間に合うといいですが」

「間に合うさ。最悪でもこの世界が滅ぶのを阻止すると決めているんだ、俺は――」

「ユート殿、ありがとうございます」


「それに、高い位置を取った方が有利なのは、向こうもこっちも変わらないだろう。戦局は上空から俯瞰した方が、的確に判断できる。制空権を握るのは優位アドバンテージになる」

「私もそう思います。王宮精紋の仕組みも、上空から見ればより正確に理解できるかもしれません」


「だがな、プロソデア。中央大樹に向かった精霊王を止める方法なんて、俺には皆目見当が付かないんだ。だからそうなったら悩んで何も出来なくなると、予め弁解しておく。だから今は、首都に着いてからの優先事項の確認だ」


 プロソデアは笑みを浮かべ、力強くうなずいた。


「着いてまず行うのは戦況の確認です。トーマ君とファロウ殿の位置、そして精霊王に囚われたルリさんの状況、その把握は必須です」

「それと、リシアの無事も確かめたい」

「リシアさんなら、最悪の事態になる前に、キディナスが安全な場所に退避させるでしょう」


「理想的な最悪の事態ならな」


「私は、風の王宮に近づけないと悟り、トーマ君の到着を待つしかないと判断すると想定しています」

「そうだといいが、無謀な戦いを挑んでいないか心配だ。キディナスの身に何かあれば、俺はどう埋め合わせをすればいいのか想像もできない」


「リシアさんの安否よりもキディナスを案じてくださるのですね」

「リシアは、成人した人間だからな。自分の決断の結果の死なら、やむを得ないと、そう割り切るしかない」


「では、キディナスもそうです。自分の意志で、リシアさんを守りたいと決めたのですから。境界の淵へ行くと決めた時、ペリジアに会えると喜んでいたのに、それよりも優先したのはキディナスです」


「それを焚き付けたのが、俺だ。リシアに渡したお守りがあれば、キディナスも精霊王に近づけるようになるんじゃないかって」

「お守りにも精を宿しておけば安全だと判断したのも、キディナスです。私の何倍も生きている思慮深い精霊ですから、ユート殿に騙されたりしません」


「なら、よかった」

「私は、ユート殿に学び、トーマ君からも学びました。貴重な経験です」

「お互い様だ。親友だからな」


「やはり、ユート殿は柔軟な思考をされるのですね。私はもっと見習わなければいけないとつくづく思います」

「一貫性がないと誹られることもあるぜ」

「構いません」


「お二人さん、そろそろ私も会話に混ぜてくれないか」


 旅の始まりで未来に期待を膨らませて気持ちが昂ぶっているのは、人も精霊も同じようだった。

 待ちかねたように、ザゲルが語り始める。

 遠い昔の話だった。

 その合間にトーマとの出会いで得た新鮮な感覚を語る。

 ザゲルは過去を引き合いに比較し、どれだけトーマとの出会いが素晴らしい体験だったか説明したかったのだ。短い期間の接点しかないが、人との想い出の密度は、時間の長短は関係なかった。

 興奮気味にザゲルは語り続ける。

 ユートは親として少し、こそばゆく感じながら聞いていた。


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