8-08 歴史と暦と総力と
カゼフネは天の精流脈に乗って移動する乗り物である。
濃密に精が集まっていれば、その上に浮いていられる。
逆に、精が薄い場所では墜落する。
それでもこの世界で最も速いと言われる風の精霊よりも速く移動できる。
何しろ、境界の淵の外を流れる環状流に乗れば、一日で世界を一周できるというのだから驚きである。
とはいえ、一周がどれほどの距離か不明なので程度は分からないという問題は残る。
いずれにせよ、語り終えたフラグミは、誇るように胸を張った。
「どうだ、ユートよ。すばらしく速い船だったのだ」
「そうみたいだな」
「役に立つか?」
「このままだと難しいな」
「なに! そうか――」
フラグミは落胆したように項垂れた。
「そう気を落とすな。空を飛ぶ船を、壊れていたとしても実物を見せてもらえて分かった事はたくさんある。役には立っている」
「だがユートは役に立たないと言ったではないか」
「使い方次第だ。俺達は、風の王宮に行きたいんだ。その目的に合致しないだけの話だ」
「同じことだ」
「大きく違う。こいつが天の精流脈に乗って移動できるのは、この左右計六枚の翼が精の流れに対する浮力を得る力があるからだ」
ユートは翼を観察し、精紋が描かれていた痕跡を見付けていた。
精紋の効果によって精流脈に乗っていられるのというのが、ユートの見立てである。
「ふむ。それで?」
「その機能に、空中を飛ぶための揚力を生み出す機能を追加すれば、いいだけの話だ」
「そうなのか?」
「カゼフネは、この大山脈地帯は飛べたのだろう?」
「だが、裾野の先の森で墜落した」
「今との違いは?」
「今ほどの巨木は育っていなかった」
「木の大きさ以外に何が違う?」
「精の濃さだ」
「その観点で言えば、今、そのカゼフネがあれば、森のどの辺りまで行ける?」
「巨木の森の外れまで」
「すると風の王宮へは――」
「行けないでしょう」
プロソデアの声にユートは振り向いた。
フラグミの背後から、守人ペリジアと並んで歩いてくる。
「手掛かりはあったのか?」
「初代守人が誕生した時代には、すでに、カゼフネを修理する技術すら失われていたようです」
「いつ頃の話だ?」
「第四八節の後半です」
「四八節? それはええと――」
「今年が第五一節の六一七年になります。ちなみに今日は、ミナ・ピドゥロの第二二日になります」
「この世界にも暦があったんだな」
「当然です。ちなみに、三五日で一ヶ月、十四ヶ月で一年となり、千年で一節になります」
「すると、ざっと三千年前の話か。完全なロストテクノロジーだな」
元の世界には、太陽と月があり、星の巡りもある。
夏至や冬至、あるいは四季という変化がある。
そうした変化を記録し法則を見出せば、暦はできあがるのは必然である。
しかし、タタ・クレユには、太陽と月どころか星もない。
一ヶ月という単位は、何によって見出されたのかが不明だった。
細かい疑問はあったが、ユートはこの場では脇に置いた。
「ここには記録がなかった、というだけです。そもそも守人は技術者ではありませんから、カゼフネに関する仕組みを知らなくても無理はありません」
「世界のどこかには、記録があるのか?」
「そのはずです。第四七期の伝承は残っていますから」
「どんな伝承だ?」
「ニチェア・モーティスとファロウ・ニーグの話です」
「何度もその名は耳にしたが、一体何をしたんだ?」
「功績は確かにあるのですが、実績として評価するには難しいので、少し順を追って説明します」
「なるべく簡潔に頼む」
プロソデアは小さく咳払いをした。
「二人が生きていた時代、タタ・クレユでは各領域での争いが絶えませんでした。四種属の人々が、それぞれの四大精霊を一体祀っていました。その中で、どの精霊が最も優れているか、延いてはどの種族が優れているかという争いがあったのです」
「よくある争いの種だな。それで?」
「それとは別に、第五の種族がいました。それが、天の種族です。彼等は四大精霊を等しく祀る中立の立場にいました。そのため、四種族間の争いが起きると、調停者として関わりました。その代表者が天の王です」
「仲裁できるなら、平和な内だと俺は思うぜ」
「ですが、表向きの争いが減った分、裏での争いが増えたのです。つまり、天の王を自分達の種族の方に取り込もうと画策したのです」
「そんなことしたら、中立性が保たれないな」
「ですから、天の王は、四大精霊と契約しなければならないという条件が付けられていたのです」
「それだと一見公平だな」
「風の精霊と地の精霊、水の精霊と火の精霊は、お互いに相性が悪いのです。ですから、例えば風の精霊と契約した者とは、地の精霊は契約したがらないのです」
「プロソデアに言われても、信憑性に欠けるが」
「私の場合は祖先から継承した精霊ですから事情は異なります。あくまで、新規に契約する場合です」
「なるほど。それで?」
「いずれにせよ、四大精霊と契約した者が天の王となるなら、いずれかの種族だけに肩入れはしないと見なしたのです」
「設定上はそうなるか」
「建前ですが、重要な前提条件です。そのため、天の王が崩御なさると、王族の血を受け継ぐ者の中から王位継承者を選ぶのですが、その第一条件が、四大精霊と契約する事だったのです」
「先代の契約精霊を継承すればいいんじゃないのか?」
「王との契約は一代限りと決められていたため、できないのです」
「それは大変そうだ」
「しかもそこには、四種族間の争いが持ち込まれていて、どの種族も自分達の血統に近い者を王位に就けようと裏で競い合うのです」
「結局、一族優遇になる利権構造を誰が獲得するかという、利己的な欲望のせめぎ合いか」
「そうなります。ですから王位継承権を持つ者は、ただ一人の守護騎士を連れて世界を巡り、四大精霊と契約を結ばなければならないという決まりになったのです。極力各種属の影響を削ぐためです」
「四大精霊と契約するために四つの領域に行かなければならないなら、別の種族は干渉しづらいわけだ」
「そうです。そして、ニチェア・モーティス姫の守護騎士となったのが、ファロウ・ニーグだったのです」
「ロマンチックな出会いなわけだ」
「いえ。二人の相性は最悪でした。というのも、ニチェア姫は水の種族の血を引き、守護騎士ファロウは火の種族の血を引いていたからです」
「似たもの同士が集まるよりいいと思うが」
「それだけでなく、ニチェア姫は王族でありながら、どの精霊とも契約できない、最も劣った王位継承候補だったのです」
「ファロウは?」
「守護騎士ファロウは、優秀な騎士だったと言われていますが、血筋が悪く、他の王位継承候補者から指名されずにいたのです」
「物語にありがちな設定だな。最低評価のペアが最後に勝利するというのは」
「ノイ・クレユではそうなのですか? 奥深いですね。確かに、二人は結果として驚くべき功績をあげました。ニチェア姫は誰もが為し得なかった、四大精霊王と契約したのです」
「四大精霊じゃなくて、四大精霊王?」
「そうです。過去から現在に至るまで、四系統すべての精霊王と契約した天の王はいませんでした」
「それはすごい」
「しかもニチェア姫は、精霊王と戦って屈服させたのではなく、話し合いによって精霊王に認められ、契約を結んだのです」
「それがモーティス騎士団の理念となったのか」
「そうです。戦わずに世界を平和にする先駆者、それがニチェア・モーティスの伝説です」
「そしてニチェアが王になり、世界が平和になってハッピーエンドという訳か」
「残念ながら陰謀によってニチェア姫はノイ・クレユへ行くよう仕向けられ、罠と知った守護騎士ファロウは命を懸けて助けに行き、二人とも殺されたと伝えられています」
「殺された? 本当か?」
「伝承です。あるいは、タタ・クレユを見捨てたという説もあります」
「諸説あるのは、伝承に誰かが話を盛ったか、あるいは嘘に紛れさせて真実を隠蔽しようとしたか、どちらかだな」
「いずれにせよ、二人の存在はそれ以降、タタ・クレユの歴史から消えました。正史には残されていない、物語だけの存在と多くの人々は思っているのが現在です」
「プロソデアは違うのか?」
「私の家に残る口伝で、二人の存在は事実だったと聞いています。そして、二人がノイ・クレユへ行き、二度とタタ・クレユに戻らなかったのは事実だそうです」
「それで、陰謀の首謀者が王位に就いたのか?」
「詳しくは分かりません。その後、歴史上二度目の、人類と精霊との戦争が勃発したからです」
「第二次精霊戦争か」
「そのため、多くの記録が戦火で焼けたのか、あるいは記録する余裕もなかったのか、詳細の歴史は失われました」
「戦争というのは、愚かだな」
「その後、人類と精霊との間で和平協定が結ばれたのですが、詳しい事情は分かりません。人間も精霊も双方が必要だという認識を得たとか、戦争に嫌気が差したとか、言われていますが、私もずっと疑問だったのです」
「その頃に祭殿システムが生み出されたなら、真実は明かせないだろうな」
「そう思います。そして、守人が必要とされたのです」
「聖剣を封じるために?」
「聖剣とは本来『分かちの楔』と呼ばれる物でした。山や巨木などに宿る精霊をそこから引き剥がし宿玉精霊にして、人と契約を結ばせたのです」
「精霊にとっては、嫌な道具だな」
「そのため、境界の淵に封じることにしたと、初代ではなく、何代か後の守人の日記に書かれていました。その当時でも、すでに本来の目的が忘れ去られつつあったようです」
「カゼフネは?」
「人知れず、また精霊にも知らせずに、聖剣を移動させるための運搬船でした。カゼフネが漂う上空の精流脈には、風の精霊でも届きませんから」
「これは俺の勝手な想像なんだが、話してもいいか?」
「構いませんが、ユート殿にしては前置きするのは珍しい」
「慎重にすべき仮説だからだ。時代の節目節目に、向こうの世界と人的交流があって、野心を抱く何者かの関わりによって戦争が起きたという可能性を俺は考えた」
「あり得ますね」
「あっさり肯定してくれるな」
「今月はミナ・ピドゥロ。第七番目の月のことですが、元々交流という意味があるのです。しかも、四年に一度、大交流の祭りが行われてきたのです。それが、今年です」
「何か関係がありそうだな」
「ミナ・ピドゥロは、世界全体を流れる精流脈の波長が一致するという現象があるのですが、それによってノイ・クレユとの往来ができるようになるのかもしれません」
「あり得るな」
「では、カゼフネにも、ノイ・クレユの何者かの技術が使われているのでしょうか」
「そうかもしれない。だが、それよりも俺が気になるのは、今日が二二日なら、今月は残り十三日ということだ」
ユートの言葉にプロソデアは目を見開き、ゆっくりとうなずいた。
「ユート殿が何を危惧されているか分かりました。事実として、来月はミナ・イスモス、別離の月という意味を持ちます」
「急がなければならないな」
「カゼフネの復元は絶対条件ですね」
「いや、違う」
「え?」
「精流脈を逸れて空中を飛べる、新たなカゼフネが必要だ」
「確かにそうですが、間に合いますか?」
「トーマが風の王宮に着くのはいつだ?」
「おそらく四日後」
「カゼフネが風の王宮まで一日で着くなら、三日の猶予だ。それまでに造らないといけない」
「板を切り出し、船の形に曲げて隙間なく組み上げるには、三日では厳しいでしょう」
「総掛かりだ。フラグミ、君も手伝ってくれ」
「構わぬが、何が必要だ?」
「まずは材料集めだ。カゼフネを丸木舟方式で造って楽をしよう。丁度いい木がありそうだし」
「この周辺の森の木々は、この船体よりずっと太いですよ」
「ならば、森の精霊に頼むといい。ここに来る許可を与えた」
境界の園の淵から風が舞い上がり、大男が現れた。
まるで木こりのような姿をしたその精霊は、巨木の森の精霊公子である。
「ここが境界の園か。初めて見たぞ。お、守人殿、嬉しそうだな」
「ペリジアです」
「そうか。名前を取り戻されたのか。良いことだ。そうそう、私もトーマに名をもらった。ザゲルだ。そう呼んでくれ。それでフラグミ、私の森の木が欲しいと?」
「詳しくはユートに聞け」
「ユート?」
ユートは手を上げて挨拶した。
「よろしくザゲル。ようやく名前を呼べて嬉しいよ。さっそくだが、カゼフネの船体を削り出せるくらいの巨木が欲しい。すぐに手に入れたい」
「カゼフネなど造って、どうするのだ?」
「トーマの手助けに行く」
「そうか。ならば、手を貸そう」
あっさりとザゲルは承諾し、どこからともなく最適な丸太を運んできた。
倒木だったらしく適度に乾燥したいい状態の丸太である。
どうにかなりそうだとユートは確信してうなずいた。
「さあ、みんなで協力して世界を救おうじゃないか」
ユートの言葉に、全員が賛意を示す。
そして新たな総力を挙げて、カゼフネの製作に取りかかった。




