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白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第8章 総力の紡ぎし兆し
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8-07 聖剣と謹製の装具

 断崖のような尾根に作られた石段を駆け登る姿がある。

 プロソデアである。

 息も切らさずに稜線に至った彼の手には、十枚ほどのガンピシモドキの束が抱えられている。境界の園の一角にフラグミの許可を得て作った紙漉き工房で作った物である。

 椅子に座り腕組みをして虚空を眺めていたユートが気付いて振り向いた。


「できたか?」

「寸法を変えたので仕上がりの確認をお願いします。私は問題ないと判断したのですが」


 石のテーブルの上にプロソデアが紙の束を乗せると、ユートはすぐに手に取り紙の質を確かめる。

 精を導いてガンピシモドキに流すと、均一に広がるように流れていく。


「いい出来だ。早速精紋を描いてみよう。カクレ、頼むよ」

「ワカッタ」



 闇の精霊カクレが、ガンピシモドキに触れたユートの指先から、アメーバーのように流れ出して表面を覆いていく。

 薄く影のように広がりながら、カクレは微細な線になっている。

 カクレはガンピシモドキの全面を覆ったのではなく、ユートが描こうとしている精紋の経路に沿って広がったのである。


 ユートは地の精霊に作ってもらった刷毛を塗料に浸け、一気に紙の上をなぞる。


 水の精霊が塗料の水分を吸い取って乾燥させ、カクレが紙から離れるとその体に塗られていた余計な塗料が剥がれ落ちる。

 塗られなかった部分によって描き出されたのが、精紋である。


 地の精霊に作ってもらった、石を砕いてペースト状にした染料は、精を通さない。

 精紋に沿って精は流れる。

 急激に入り込んだ精は精紋を流れるが、基材となるガンピシモドキにも浸透していく。


 基材となるガンピシモドキは、精紋以外の場所に塗られた染料が繊維の隙間に入り込み、精の流れる経路を複雑にする。

 それが抵抗になり、精の流れる速度が遅くなる。

 浄水器のフィルターのような役割をするのだが、それによって一気に流れきらずに精が内部に保たれるようになる。


 墨流しの技法ではより濃度が薄い染料を使い同様の効果を発揮するが、より境界がぼやける欠点があったのだ。



「それが先程言われた『ぷろった』方式というのですか?」

「いや、染め物の技法だ。型染めって言ったかな。版画みたいなものさ。カクレが自在に自分の姿を変えてくれるからだな」

「カクレエライ、カクレスゴイ」

「おう。カクレは偉いし、凄いぞ」

「よく次から次へと新しい方法を思いつきますね」

「元の世界で使われている技術を参考にしているだけで、俺が考え出した訳じゃない。知識の流用さ」



 ユートは過大評価から逃れるように次の作業に移り、七枚のガンピシモドキに精紋を印刷した。

 カクレはユートの意識に応じて、精紋の形を切断箇所に応じて開始位置と終了位置を変えてくれる。


 それを、聖剣を元にした型に巻いていく。

 当初ブリッジとして別のガンピシモドキを貼り付ける方法を考えたが、思考実験を重ねる中で敢えて重ね合わせる分を長く作り、貼り合わせの作業を簡略化することにしたのだ。

 袋状にする鞘尻だけは別部品にして、立体的に折って作っている。


 ただ、七枚重ねても厚みは〇・四ミリ程度でしかない。

 これをひたすら、二〇〇枚ほど重ねることになる。

 地の精霊の力を借りて圧着し、水の精霊の脱水によって乾燥させた状態を、ユートは確かめた。



「いいみたいだ」

「では、この方法で紙を量産します」

「できあがり次第、都度運んでくれ」



 こうして、ユートは夜通し作業を続けた。

 型に巻いて貼り合わせて作った鞘と柄が仕上がると、プロソデアが契約する地の精霊が型を削って取り出してくれる。

 最後に、柄の握り具合を確かめ、滑り止めとなるように糸に紡いだガンピシモドキを巻いていく。

 その間に、地の精霊が細かい部品を積層したガンピシモドキから削り出してくれた。


 作業を終えた時、まだ世界は暗かった。

 ユートの腕時計では一〇分ほどが経過しているだけだった。

 地の精霊が光精石を持って先導し、その後に続いてユートは石段を下りた。

 屋敷に戻ると、プロソデアが待っていた。


「どうやら間に合いましたね」


 屋敷では守人が提案してくれた鍔を、プロソデアが作ってくれていたのだ。鍔と目釘とはばきである。

 受け取ったユートは状態を確かめ、納得したようにうなずいた。


「いい出来だ。これでうまく組み付けられたら、完成だ」

「圧入と言うことでしたので目釘は太めに作っていますが、打ち込んで入らないようでしたら、手直しします」

「助かるよ」



 二人は聖剣の祠に入ったが、聖剣の間に入るのは、ユート一人だけである。

 お守りを身につけたユートだけが、聖剣に精を吸われずに触れられるのだ。

 ここからが失敗が許されない作業となる。

 ユートは集中し、より慎重に手を動かしていく。


 ようやく完成にこぎ着けると、性能を試すためにユートはお守りを外し、聖剣を持った。

 鞘に収められた聖剣は、精を吸うことがなかった。

 次にユートは鞘を抜くが、同様に、精は吸われない。


「いいようだ」

 聖剣を鞘に収めると、ユートは刀掛け台の上に置いた。


「お疲れ様ですユート殿。すばらしいです」

「どうにか間に合ったな。触ってみるか?」

「遠慮しておきます」


「慎重だな。それは美徳ではあるが、時に緩怠でもある」

「気をつけます。ですが、聖剣は特別な存在にしか触れられないとするのがいいと思います」

「深遠だな」


「聖剣はかつて、分かちの楔と呼ばれていたそうです」

「言葉を換え意味合いを転じて封じた訳か」

「ですから、事情を知らない私は、先人の叡智を踏襲すべきだと思うのです」

「そうか。だがいずれ、真実を明らかにしなければならない」

「そのつもりです」


「なら、しがらみと既得権益は敵だな」


「覚悟します」

「闇は深いから焦るなよ」

「はい。では、トーマ君を呼びに行きますが、屋敷で休みますか?」

「いや。トーマの雰囲気を感じたい。俺は隣の穴の奥に隠れているから、トーマに渡してやってくれ」

「そこまで心配されるのでしたら、会ったらどうです? 真実は明らかにすべきなのでしょう?」


「寝ぼけた親父に渡された聖剣なんか、有り難くないだろう」

「そのような理由を付けるのですか?」

「トーマが真実を知りたいと思うなら、追い求めればいい。答えのある道に踏み入ればいい。難しい問題じゃないからな」


 ユートは欠伸を噛み殺しながらプロソデアに手を振り、余った材料を抱えて、洞窟の脇穴へと入った。

 横穴の奥を曲がった先には、ミイラ化したゾネイアの遺体を置いてある。

 その手前にユートは腰を下ろし、足元に置いた余りの中からガンピシモドキを一枚手に取る。

 薄闇の中、精の流れがガンピシモドキの表面の紋様に沿って流れていくのが見える。



「トーマが来るまで、折り紙でもしておくか」



 ガンピシモドキに描いた精紋の経路を重層化すると、宿玉になるだけでなく、精を封じ込める効力を発揮するようにもなる。

 次の場面に備えユートは準備を始めた。

 だが、折り初めてすぐに、ユートは深い眠りに落ちていた。

 連日の徹夜作業で疲労が溜まっていたからである。

 どれほどの時が経ったか、ユートは遠く名を呼ぶ声を聞いた。


「ユート殿」


 肩を揺すられて目を開けたユートが見たのは、光精枝に照らされたプロソデアの顔だった。


「あれ?」

「いつまで隠れているのかと思えば寝ていたとは。酷くお疲れのようですね」

「なんだ――。どうせなら守人の優しい声で起こされたかった」

「そんな事、私がさせるとお思いですか?」

「意地でもさせないだろうな」

「その通りです」


「トーマはもう行ったか?」


「はい」

「そうか――」

「残念そうですね」

「作り手として、使い手の感想を聞かずに押し付けるのは無責任だからな」


「そういう事にしておきましょう。それと、トーマ君は使い心地に違和感はなかったようですよ」

「なら、よかった」

「ユート殿は、立派なご子息をお持ちです」

「放任主義で立派に育つなら、素養だ。母親の血筋のお陰だ」

「そこまでご自身を卑下なさらずとも――」


「単なる事実だ。それより、俺達も出発しよう。出遅れたが間に合うかな」


「そのことなのですが」

「何か問題か?」

「トーマ君が出発した後、フラグミがモッサに操られた償いをしたいと、カゼフネの存在を教えてくれたのです」


「カゼフネ?」


「精の流れに乗って空を飛ぶ船で、それがあれば、風の王宮まで一日で行けるらしいです」

「そんな便利な道具があるなら、トーマに使わせてやれよ」

「壊れているのですよ」


「直せないのか?」

「獣車を改造したような物かと思ったのですが、違いすぎてよく分からないのです」

「プロソデアに分からない物が、俺に分かるのか?」

「獣車を飛べるようにしたのは、ユート殿です」


「俺は浅い知識を語っただけで、作ったのはプロソデアだけどな」

「ユート殿の知見がなければ、思い付きもしませんでした」

「文明の違いだな。ともかく、見てみよう」



 聖剣の祠を出て、屋敷の表に向かう。

 丸池の向こう側に船のような物が置かれているのが見える。

 大きな人影と小さな人影があった。

 池の縁を巡って歩きながら近づくと、それがフラグミと守人だと分かる。


 近づくと、守人が振り向いた。

 ベールが揺れ、無邪気な微笑みを浮かべる口元が見える。


「すみません、ユート殿」

「俺は何か謝られるような事をされたのか?」

「話に聞いていたカゼフネを目にして、わたくし夢中になってユート殿を起こしに行くのをすっかり忘れていたのです」


「プロソデアと一緒に?」

「お互いの知識を総動員してカゼフネの細部まで調べていたのです」

「二人の時間を過ごせたのなら、良かった」

「はい」

「ユート殿、それはどういう意味でしょう」

「一段落してリラックスした時くらい、昔話に花を添えていいという意味だ」


 プロソデアは納得いかない顔をしたが、ユートは無視してカゼフネへと視線を転じる。

 空を飛ぶと言うが、飛行機というよりは帆船に近い。

 船体には折れた帆柱が二本あり、舷側にオールのような何かを付けていた痕跡がある。

 反対側に回ると、破れた虫の羽のような物が三枚付いていた。

 だが、その羽はもげ、船体には大きな穴が何カ所も空いている。



「これがカゼフネか。ほぼ、残骸だな」

「トーマさん達を見送った後、フラグミがこれを試し平に運んできたのです」

「それを園まで上げたのか?」

「フラグミに無理を言って、運ばせました。ここと下を何度も往復するのは手間ですから」

「いい判断だ」

 ユートはカゼフネの残骸を見ながら考え込んだ。


「どう思います?」

「小型クルーザーみたいだな」

「くるーざー? 巡航船?」


「大雑把に言えば、船だ。俺達の世界で飛ぶ船と言えば、飛行船だが、それとは違う。あれは、いつ作られたんだ?」

「初代の守人が乗ってきたそうです」

「使い方とか、いつまで作られていたか、記録はないのか?」

「私の知る限り、具体的な記述はありません」

「フラグミは、カゼフネの修理方法を知らないのか?」


 フラグミは数瞬の間を置いてから、ユートに顔を向けた。


「人が作った物は、知らない」


 淡々とした答えにユートは肩をすくめ、プロソデアと守人を見た。


「屋敷の書庫に、初代守人の記録は残ってないのか?」

「なかったと思います」

「屋敷の精霊も知らないのか?」

「あ、そうでした――」


 守人は黙り込んだ。

 そう見えるが、屋敷の精霊に尋ねていたのである。

 風の精霊が声を届け合うのだが、インカムのようだとユートは理解している。


「書庫の奥に倉庫があるそうです。わたくしも知りませんでした」

「よし、まずは文献漁りだな」


 三人は屋敷に戻り、書庫へと入った。

 床から天井までぎっしりと並べられた書棚が何列もある。

 その奥に、より古い時代の書物を収納する倉庫があった。

 室内は締め切った部屋独特の匂いが漂うことなく、清涼な空気に満ちている。

 風の精霊が管理するだけに、換気は行き届いているようだった。


 ユートは手近な場所にある書物を手に取り、中を開き、すぐに元に戻した。



「悪いが、カゼフネの文献探しは、二人に任せていいか?」

「わたくしは構いませんが――」

「どうかしたのですか?」

「俺はこっちの世界の文字が読めないという、重大な問題に気付いたのさ」

「――分かりました。その方が効率的ですね」


「そういうことだ。じゃあ任せる。俺はフラグミから色々話を聞いてみる。何か重要なヒントがあるかもしれない」

「はい。お願いします」


 ユートは倉庫から出て行こうとして、足を止めた。


「ところでプロソデア、二人きりの時は、彼女の名を呼んでやれよ」

「言ったでしょう。守人は名を捨てたのだと」

「忘れたか? だから、俺が名を付けてやるって」

「覚えていますが、守人に相応しくない名は却下です」


「レイカ、というのはどうだ?」


「響きはいいように感じますが、どうしてです?」

「俺の初恋の女の名だ」

「なぜそのような名を!」

 プロソデアがユートに一歩踏み出した。


「冗談だ。ちゃんと意味がある」

「どういう意味です?」

「いつも憂えている様子で儚げな霞のようだから、憂いの霞みでレイカだ」


「それはあまりにも、暗い印象ではないですか。彼女は元々朗らかで、好奇心旺盛で素敵な人です」

「だったら、仕方ない。もうひとつ、とっておきの名がある」

「なんです?」


「ペリジア」


「え?」

「だから、ペリジアだ。俺の思いつきだ。どうだ? 気に入ったか? 意味は――無い。俺の脳裏にふと浮かんだ名前だ。意味が必要なら、君が付けてくれ」

「ユート殿……」

「礼はいらないぜ。君には色々まだまだ世話になるのだから」

「待ってください、ユート殿――」


 詰め寄ろうとするプロソデアの腕を掴み、守人ペリジアが引き留めた。


「守人、手を――」

「ペリジアと呼んでください、プロソデア様。改めてユート殿が名付けてくださったのですから」

「ですがなぜ――」

「プロソデア、君は何をそう慌てている?」

「ですから、その名は――」


「折角俺がつけたんだ。名前を呼んでやれよ」

「しかし――」

「照れるなよ」

「照れてなどいません」

「なら、名前を呼ぶのが礼儀だ」

「……ペリジア――」

「はい。プロソデア様」

「じゃ、あとは任せたぜ」

「ユート殿、ありがとうございます」

 守人ペリジアの声を背に、ユートは倉庫を出た。



 ユートはゆっくりと丸池の岸を歩いた。

 ほとんどスクラップ状態のカゼフネの脇には、先程と同じようにフラグミが立っている。

 境界の淵に沿って聳える山脈に宿る精霊がフラグミであり、人の姿となって立っているのは、その一部でしかない。

 フラグミ自身ではあるが、本体とコミュニケーションをするためのインターフェースでもある。

 フラグミの背丈は、初めて会った時よりも大きかった。


 ユートは少し離れた位置に立って、見上げた。


「フラグミ、改めて言うのも何だが、トーマの修練、ありがとう」

「感謝されるような事はしていない」

「したさ。もう少し自信を持てよ」

「ユートと言ったか。そなたは面白い人間だ」


「ユニークという意味なら、その通りだ」


「ノイ・クレユの言葉はよく分からない」

「言語は多様だからな。俺もよく分からないから気にするな」

「変わり者だな」

「お互い様だ。それより、フラグミはカゼフネがどうやって作られたのか本当に知らないのか?」

「知らない」


「それなら、プロソデアはここで暮らしたらいけないのか?」

「そんな約束はしていない」

「俺は勝手に守人に名前を付けて呼ぶ事にしたが、構わないか?」

「問題ない」


「守人の本名を呼んではいけない決まりはあるのか?」


「そんな決め事はない」

「極端な話だが、プロソデアと守人が結婚してもいいのか」

「人にとってそれは、喜ばしいことだ」

「子供を作っても?」

「構わない」


「フラグミは守人に恋愛感情を抱いている訳じゃないのか」


「精霊は万物を愛する」

「そしたら、フラグミにとって守人とはなんだ?」

「守るべき存在。悪しき者から守人を守る。だが、私は守れなかった。私はプロソデアとの約束を守れなかった」

「プロソデアが守人を連れて行ったらどうするんだ?」


「私には守人を守る使命がある。だが私は私の領域から出ないという約定を守らなければならない。従って、私の領域から守人がでないようにする」


「そうか。大体分かった。ありがとう」


「ユートよ、そなたは、カゼフネについて知りたかったのではないのか?」

「もちろん知りたい。どんなふうに飛んでいたのか、壊れる前はどんな形だったのかとか」

「ならば話そう。カゼフネに関する記憶を」

「感謝する。フラグミ」


 ほのかにフラグミが光を放った。

 喜んだからである。


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