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白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第8章 総力の紡ぎし兆し
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8-06 光の霊獣との約束

 境界の淵にある社殿。

 その奥は、聖剣の祠と呼ばれている。

 中は迷路のようになっており、奥へと進むと、聖剣の間がある。

 その扉は開いたままだが、聖剣は残されている。

 少し位置がずれているだけだった。

 ただ、祭壇には先日まではなかった黒っぽい布が掛けられている。


 聖剣の間に入ろうとしたユートが、足を止めた。


 その布は、光沢のある黒いローブだった。

 光の加減で紫に色を変じる美しい布で、襟首や袖口と裾に草花の刺繍が施されている。

 ただ、ローブの下から、枯れ枝のような物が出ている。


 それは干からびた手足であり、ゾネイアの遺体だった。

 右手は聖剣を握り締めたままだった。

 片手だけで握っていたために、聖剣に精を吸われて死んだのだとユートは推定した。


 改めてユートは両手を合わせて冥福を祈り、ゾネイアの手を聖剣から外し、地面に寝かせた。

 次にユートは聖剣の両端を持ち、支持台に左右均等となるよう置き直すと、再びゾネイアの遺体を抱き上げ聖剣の間から出る。

 聖剣の間から出て左手に、大きな岩が突き出ている。

 通路から漏れる明かり陰になり分かりづらいが、横穴がある。

 その横穴へ入り奥へと進んだユートは、曲がった先にゾネイアの遺体を置いて聖剣の間に戻った。


 ユートは、聖剣の寸法を改めて測定した。

 作業を終えて祠から出て屋敷へと戻っていく。

 屋敷の中に入るとプロソデアと守人の話し声が聞こえてきたため、ユートは居間へと向かった。中で二人は、ソファーに向き合って座り、深刻な表情をしていた。


「お邪魔かな?」

 ユートは声を掛けて中に入った。


「いいえ。ユート殿を待っていたのです」

「難問解決に、俺が役立てればいいが――」

「トーマ君に納得して待ってもらう方法が思いつかないのです」


「何を待たせるんだ?」


「聖剣を取りに来るのを、待ってもらうのですよ」

「フラグミの修練は終わったのか?」

「モッサに操られたのを恥じたフラグミは、操りの宿玉を取り除いたトーマ君を認め、園への立ち入りを許したのです」


「トーマに最低限の技量が身についたとプロソデアも認めるなら、構わないだろう」


「ですが、聖剣の力を抑える装具、鞘と柄は未完成なのです。ですから、今日のところは休むように告げ、納得してもらいまいた」


「明日の朝がタイムリミットか」

 ユートは平然とした顔をしている。

 ただ、視線は宙を見て、思案げに顎をさすり始めている。


「その場合、試作の鞘と柄に改良を加えるのが精一杯です」

「それはダメだ。素性が悪い物は、上辺を繕っても誤魔化しきれない。持っているだけでトーマの精が吸われる」

「私もそう思います。ですから、事実を伝え、数日待ってもらうのが最善だと思います」


「ユート殿のお考えには反しますが――」

 静かな口調で守人がユートに顔を向けて告げた。

 守人の顔を覆うベールが、悲しげに揺れている。


「俺の存在をトーマに教えるのは、ダメだ」

「トーマ君の命より、自分の理想を優先させるのですか?」

「プロソデア様、そのような言い方は――」

「すみません、ユート殿。言葉が過ぎました」


「いやいい。だが優先させるのは、俺の理想じゃない。トーマの人生だ。そこを勘違いしないでくれ」


「生きていれば、やり直しもできます」

「だが、知った後で無知は装えない。知らなければ良かったと思っても、知った事実は変えられない」

「しかし――」


「結論を急ぐな、プロソデア。俺達にはまだ時間はある」

「不可能です。未だに接合箇所の精紋を繋ぐ方法が不完全なのです」

「だから方法を変える」

「また変えるのですか? 習熟が間に合いません」



 初めにユートは、刀のように木材で作った基材の外側を、精紋を描いたガンピシモドキで包もうとした。

 だが、精を流すと基材がすぐに劣化し、朽ちてしまうので断念したのである。


 次に、木材の代わりに、精紋を描いたガンピシモドキを集成材のように積層して作ることを試した。

 だが、精紋がなければ木材と同様に劣化し、精紋を描くには積層したガンピシモドキの表裏を確実に繋ぐ必要があるがその方法で行き詰まった。


 そこで、積層したガンピシモドキの板を曲げて作ることにした。

 ところが、曲げによって外側が伸び、内側が縮んで波打つようになり、精紋の機能が維持できなかった。


 方法を見直し、半分に割った外側の型を作り、そこにガンピシモドキを敷いて一枚ずつ重ねながら精紋を描く方法に変更し、変形の問題は解決したのである。

 ただ、外側から内側に向けて貼り重ねるために左右に割った半分ずつ作ることになるのだが、合わせ面における精紋の接続に難儀していたのだ。



「伝統技法にこだわらなければ、やりようはある。左右分割して作らなければならない、理由はないからな」


「ではどうするのです?」


「内側の型を作り、外側にガンピシモドキを貼り重ねていく」

「その方法は前にダメと判断したはずでは?」

「強度を考えて木を基材にしようとしたのが悪かったんだ。それに、紙の合わせ面が糊の乾燥によって隙間ができて、精紋が途切れてしまったからだ。それなら、半分ずつ作って接続端子のような物を作って繋ぎ合わせた方がいいと考えたんだが、それも難しかった」


「解決策があるのですか?」

「接続部はブリッジを架ける。つまり、橋渡しをする紙を追加する」

「紙一枚分の厚みが増えるので、重ねた紙の精紋が歪みますよ」

「合わせ面をずらして貼ることで、どうにかする」


「それでしたら、最小限の歪みで済むかもしれません。ただ、圧着する力は平面のようには掛けられないでしょうし、重ねたとは言え紙だけでは持たないでしょう」

「構わない。強度は落ちるだろうが、何年も使う訳じゃない。トーマがルリちゃんを助け出してここに戻すまでの期間にマージンを想定しても、何十日か持てばいい」


「ですが武器として強度を落とすのは――」

「プロソデア様、わたくしはむしろ、その方がいいと思います。聖剣を祠に戻してしばらくして鞘と柄が朽ちれば、再び持ち出すのは難しくなりますから」

「――分かりました。無いよりはいいと考えましょう」


「よし、決まりだ。それで役割分担だが――」

 三人は話し合い、各自の役割を決めた。


 内側の型は、ユートが設計し、プロソデアの精霊に手伝ってもらい作る。

 その間にプロソデアが精霊と共にガンピシモドキを量産する。

 紙ができる間にユートは、守人がコンセプトデザインを行った精紋を、切断箇所を含めた実装方法の設計を行う。

 また、鞘と柄の合わせ面となる鍔については守人が構想し、目釘やはばきなどの細かい部品と共にプロソデアが製作する。

 ガンピシモドキの生産に合わせ、順次ユートは精霊の助力を受けながら、貼り重ねと精紋描画を行う。

 この作業は、鞘と柄を平行して行う。


 鞘、柄、鍔の三点ができあがったら、聖剣に触れられるユートが組み付けを行い、機能確認して問題なければ完成となる。



「何か問題はあるかな?」

「ガンピシモドキは、何枚必要でしょう」

「まず大きさだが、鞘の長さより両端がそれぞれ親指くらい余白があって、幅は肘から先くらいの長さがあればいいだろう。それを二〇〇枚以上欲しいな。失敗もするだろうから余剰が必要だ」

「分かりました」



「他には?」

「わたくしが、ユート殿を手伝うべきと思います」

「これまでの方法だと遅すぎると言うのは分かっているが、墨流しによる転写は止めた」


「他に方法があるのですか?」

「インクジェット方式――というよりはプロッター方式だな。カクレにインクを持たせ、直接描いてもらう」


「直接描くのでしたら、やはりわたくしが――」

「嬉しい申し出だが、伝達と効率の問題がある。フラグミの精を纏う君がいると、カクレが恐れて出てこなくなるらしい」

「そうですね。余計な事を言いました」


「いや、俺がもっと優秀なら、君の能力も最大限発揮できる状況を整えられるんだろうが、今は無理だ。すまない」


 離れて作業しては、現物合わせの修正を予想されるだけに、難しいのだ。

 カクレが最も姿を見せてくれるのは、いまのところ、境界の淵の端、山の稜線に近い場所だけだった。

 だが逆に、夜に守人がそこに近づくのをフラグミは許さないのだ。


 三人はすぐに作業に取りかかった。

 境界の園でプロソデアの精霊に頼んで型を作ってもらうと、ユートは稜線へと登る。

 プロソデアがガンピシモドキを持ってくるまでの間に、ユートは型に巻き付ける紙に描く精紋を、どこで区切って接続するかを考えていた。

 そこへ、一筋の光が飛んできた。

 ファロウである。


 濃密に精が凝集するファロウという存在は、精霊と比べても異質だった。実体があるようでいて光となって飛翔する能力を有し、精霊よりも人間的な性質を持ち合わせている。


 そして放たれた光によって励起されたように、試作のガンピシモドキに施した精紋が光の筋を浮き上がるのだ。

 常に、周囲の精を集めて蓄え続けるために、その集まる精がガンピシモドキに描いた精紋を通るようであった。



〈断りを入れに来ましたが、お邪魔でしたか〉

「いや。おそらく、丁度いい頃合いだ」

〈では簡潔に。トーマの事なのですが――〉

「ファロウがトーマの体を操る危険性についてか?」

〈気づいておられましたか〉


「助言されて一気に上達するのは、蓄積があるからだ。素養があっても、剣術初心者のトーマが達人になれる訳がない。つまり、助言ではなくて、助力があったってことだ」


〈その通りです。よく、見抜かれましたね〉


 ユートは手で筒を作り、単眼鏡を覗く素振りをした。


「昨日の昼に、園の縁からちょいと覗き見た。トーマの目と表情は無心に見えた。無心になれば、操ることもできるだろう」

〈私の意識をトーマに同調させました。ですがこの状態が続けば、私の意識と混濁して、トーマは自分を失うかもしれません〉

「それを断りに来たのか」

〈そうです〉


「俺が危険だから止めろと言ってもトーマはやるだろう。それより、本当に危ういのは、ファロウ、君じゃないのか?」


〈――どうしてそう思われたのでしょう〉

「君でも君自身とトーマと、両方の体を同時に動かすことはできないように見えた」

〈覚悟の上です〉


「危ういな。死の危険を知りながら、なぜトーマに力を貸す?」


〈トーマの決意の固さ故です。ルリが宿玉となってすでにこちらの世界で三〇日。モッサが言うように意識が精霊王と融合しては、もう分かつことはできなくなるでしょう〉

「しかし、君だって聖剣に触れたら消滅するんじゃないか?」

〈トーマからお守りを預かりました。ですがそのために、私が側にいない状態でトーマが聖剣に触れると、精を吸われて力尽きるでしょう〉

「君が側にいれば、どうして大丈夫なんだ?」

〈私が精を操り精の循環で聖剣を包み込むからです〉


 ユートはフッと笑った。


「その覚悟と算段があるなら、俺も少し気が楽になった」

〈どういうことです?〉

「持っても精を吸われないように、聖剣の鞘と柄を作ると言っただろう?」

〈ですが、間に合わなかったようですね〉

「完璧を求めなくていいのなら、間に合うさ」

〈半端な物なら、却って邪魔です〉

「君が使えないと判断するなら、捨てていい」

〈ここにあるガンピシで作ろうというのでしたら、無駄です〉


「はっきり言う奴だ。が、これから作るのは大丈夫なはずだ」


〈だから完成まで待てと?〉

「明後日まで待ってくれるなら、もう一段完成度が上がるだろうな」

〈遅すぎます〉

「そう死に急ぐな」

〈何もせずに大切な人を失う辛さは、ユート殿、あなたならよくご存じなのでは?〉

「痛いところを突く奴だ」

〈すみません〉


 ユートは溜め息を吐いた。


「どうも俺は人から信頼されないらしい。リシアからもそうだし、トーマからもダメ親父だと思われている。それにファロウ、君からもだ」

〈そこまでは……〉

「低評価なのは俺の責任だよ。ただ、これは試作だが、いい線いってるんだぜ」


 ユートはガンピシモドキを手に取った。

 モッサが使うような宿玉を折るだけなら、ユートはすでに本質を掴んでいた。

 精の流れが見えるようになり、精紋の知識を得たからである。

 折り重ねることで精が流れる経路を多層的にし、精霊が留まりやすいようにすることである。

 一枚だけで折るよりも、八枚を重ね合わせるとより宿玉としての性能は増大する。

 すると、周囲の精を集めて内側に溜める、中で循環するように巡り始める。

 見ていたファロウの表情が変わった。

 ただし、組み合わせるだけでは密着性が悪いため、精霊が出入りを繰り返すとすぐに壊れてしまうため、宿玉としては使えない。


〈すみません、ユート殿。前言撤回です。それはすばらしい〉

「どうだ? いけそうか」

〈はい光明が見えてきました、ユート殿〉


「そう言われて俺も安心したよ」


〈ですが明日までに作れるのですか?〉

「間に合わせるさ。だから、君には誓って欲しい。トーマとルリちゃんを、無事に元の世界に連れ帰ると。もちろん、ファロウ、君にも無事でいて欲しい」

〈気楽に誓えるほど、精霊王は弱くはありません。それが本音です〉

「正直者は好きだから、ついでに教えてくれ。ファロウは剣の使い手だったのかな?」


 ファロウはすぐに応えなかった。

 沈黙の闇が二人の間を漂う。

 ファロウの体が瞬くように光り、周囲の闇を払った。


〈ただの知識です〉

「俺が勝手に妄想をしてみたんだが――」


 ユートはファロウの目をみつめる。

 インペリアルトパーズのように黄金が赤く燃えるような目が、逆にユートを見つめていた。

 情熱と決意を宿した強固な意志が漲っている。

 言葉にすると多くの要素が欠落する。

 複雑でありながら、総じて見れば単純な輝きだった。

 ユートは悟り、無意味な言葉を捨てるのだった。


「――トーマを頼む」

〈最善を尽くしましょう〉


 ファロウは一段と強く輝きを放ち、飛び去っていった。

 ユートは深い想いを託すように、姿が消えてもなおしばらく見送った――。


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