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白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第8章 総力の紡ぎし兆し
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8-03 意志と全力の意欲

 ユートは興味津々の眼差しを守人に向けた。

 だがすぐに、熱した想いを冷ますように、冷え切ったお茶を一口飲んだ。


「ファロウ・ニーグの事も詳しく知りたいが――」

「長い物語です」

「ならまた今度だな」



 ユートにとって重要なのは、好奇心を満たし目先の満足感を得る事ではなく、未来へ向かって歩み続ける事だった。

 優先順位の問題である。

 過去の物語を振り返る時は、今ではなかった。


「――守人が男だったら、どうなるんだ?」


「自分の身は自分で守れとフラグミは告げ、修練を強要します。それが行きすぎて、結果、男性の守人は死んでしまうのです」

「プロソデアは勝ったと聞いたが、それくらい強ければいいのか?」

「そもそもそもそもプロソデア様はフラグミと戦う必要は無かったからです」


「必要が無いのに、戦ったのか?」


「はい」と守人はうなずき、想いを馳せるように、遠くを見つめた。

「守人をこの地に送り届けた守護騎士は、フラグミから決闘を挑まれます。どちらがその女性を守るに相応しい騎士か決めるためです。そこで守護騎士は、『フラグミ様には到底勝てません』と降伏するように教えられるのです」



「降伏するとどうなる?」

「守人を守る役目に相応しくない軟弱者と批難され、守護騎士は『立ち去れ』と追い払われて逃げ帰るのです」

「プロソデアはそれが嫌だったのかな?」


「分かりませんが、まともに戦っても勝てないのは分かりきっています。ですからプロソデア様は、条件を付けたのです。昼間だけ騎士として戦い、相手の剣を折った方を勝者にするという条件です。そして、フラグミが勝てばわたくしを置いてく、プロソデア様が勝てば、その願いを聞くと約束させたのです」


「プロソデアは、勝ってどんな願いを言ったんだ?」

「わたくしを守り続けるよう、誓わせたのです」

「俺だったら、一人で聖剣を守ってろと言って、君を連れて逃げるけどな」


 守人は少し俯いて、悲しげな笑みを浮かべた。


「何も知らないあの時はそうするしかなかったのです。守人となる女性がいなければ、フラグミは下界に降りて町や村を襲い、騎士を捜しては殺し、女性を攫うと言われていましたから」

「下界に降りる? フラグミは聖剣を守っているんじゃないのか?」


 守人は首を振って否定した。

「フラグミも聖剣を恐れていますから、守るべき存在がいなければ、この地を去ります。聖剣を守る義務を負う守人が女性であり、ここで暮らすからこそ、フラグミはここに留まるのです」


「プロソデアはこの話を知っているのか?」


「わたくしがフラグミと暮らすようになって聞いた話ですから――」

「知らない訳か。けど、意外と単純な話かもしれないな。プロソデアはフラグミに認められている訳だし――」


「ですが負けたフラグミは、腹いせなのか八つ当たりなのか、修業かも知りませんけど、山を相手に剣を振り回したのです。ほら、向こうの山の頂が平らなのは、フラグミが暴れて薙ぎ斬った跡です」


「迷惑な奴だなぁ」


「ですが、わたくしがうるさいし揺れるから止めなさいと言えば、止めるのです」

「フラグミも、守人には頭が上がらないのか」

「それはどうでしょう。ですがそのお陰で、ユート殿が探している石が見つかりました。フラグミが切り開いた山の断面で見付けたのですから」



 ユートは笑った。

 偶然か必然かはともかく、様々な過去からの流れによって今があり、紡がれて未来へと道筋が繋がっていくのが見えたからである。

 希望もしっかりと見えてきた。



「人生万事塞翁が馬だな」

「どのような意味でしょう」

「物事の善し悪しは、後にならなきゃ分からないって意味だ。とはいえ、負けて暴れるような奴に、剣術指南が務まるとは思えないから、不安になってきた」



 強さを自負し、マウントをとっていられる間は上機嫌。

 立場が危うくなると意地になり、メンツを守るために躍起になる。

 無条件でやりあえば歯止めは利かなくなり、相手の戦意と向上心をも打ち砕くことになる。



「トーマさんが強くなるほどに、フラグミは喜びに満ちて手加減をしなくなります。負けそうになれば、本気を出すでしょう。しかも、フラグミはこの山々から常に精を得ていますので、何年戦い続けても疲れません。ですから、人間は必ず負けるのです」


「厄介だなぁ。もっと具体的な条件を付ければ良かった。かといって、トーマがルリちゃんを助けられるだけの力がどの程度が、俺には見当が付かないのだが」


「それは大丈夫でしょう。プロソデア様が見ていますから」

「なら安心だ」

「はい。安心です」



 プロソデアの話になると、守人の声が弾む。

 王女と守護騎士という立場を越えた特別な感情は、言動の隅々から滲み出ていた。



「そうすると、残った問題は一つだ」

「何でしょう?」

「守人が名前を捨てる理由だ」



 瞬間、守人の雰囲気が暗く沈んだ。

 人は精霊と契約する時に名を与える。

 だが守人は逆に、名を奪われている。


 剥奪できない自我の代わりに、個を奪う行為である。

 名を持った一人の女性の人生ではなく、守人という役割だけが残されていく。

 歴代の守人が書き記した書物は、自我を保ち人生の足跡を残すために、運命に抗った結晶だと言える。



「代々の言い伝えです。守人になった者は、精霊の元へ嫁ぐのだから、人としての名を捨てるのです。それに守人とは、フラグミが守るべき人であると知らしめるための役名でもあるのです」


「なんとなく事情は見えてきた。人が聖剣を守る役目を継承するために、守人システムが必要なんだろう」

「わたくしもそう思います」

「できれば君を、ここから解放したかったんだが――」

「お気持ちだけで十分です。それに、ユート殿には感謝しています。もう会えないと思っていたプロソデア様を連れてきてくださったのですから」


「それは違う。俺が居なくてもあいつはその内ここに来ただろうさ」


「え?」

「あいつが学者になったのは、君をこの因習から助け出すためだ。真実を知れば、対策が立てられると考えたのさ」


 守人は息を飲む。

 そしてしばらく、沈黙が続いた。

 微かに、ベールの奥からすすり泣く声が聞こえてきた。

 不安に満ちていた心が安堵に癒されていくように、守人が火照った頬を隠すように俯き、胸の前で手を包むように重ねながら肩を震わせている。


「ありがとうございます。ユート殿」

「俺が泣かせたのか? プロソデアに知られたら、殴られそうだ」


「いえ。わたくしの心です。『いつか必ずフラグミを倒す力を付けてペリジアを助けにくる』と誓ってくださったプロソデア様が学者になられたと知り、もう忘れてしまわれたのかと思ったのですが、違ったのだと。まだ誓いは続いているのだと思うと、嬉しくて」


 ユートは守人を包み込むような微笑みを向けていた。


「剣では条件付きでなければ勝てないから、プロソデアは知識と知恵で勝とうと考えたんだろうな。守人の起源を調べ、因習から解き放つ条件を探し続けている。今もずっと――」


「そうなのですね」

「俺の勝手な推測だから。違っているかも知れないが――」


 喜びを溢れさせる守人が過剰な期待を抱いたように感じたユートは、いつものように予防線を張る。

 期待値を下げ、責任から逃れようとしている。

 それが、ユートの弱さであり、自信のなさだった。


「いいえ。それでも、信じ続けられるだけで幸せです」

「プロソデアに直接聞いても、あいつは否定するのか」

「はい」


 ユートとプロソデアは、似ていた。


 ユートはぬか喜びさせないように、逆張りの言葉を口にする。

 自分が無力で無能という弱さを自覚しているからである。

 不言実行を貫けず、弱さを誤魔化すように軽口に混ぜて話半分の可能性を両側に示唆するのだ。

 一方でプロソデアは、守人にぬか喜びをさせたくないから不言実行を貫く。


 どちらも本心を隠すという点で、同じである。


 ただ、ユートは変わりつつあった。

 リシアやサーリ達との関わりの中で、それではいけないと思うようになっている。

 そして共通点があるからこそ、プロソデアに直接的な助言をしても無駄だと分かるのだ。

 頑なな心は、理屈では動かせない。

 そうした場合は先に状況を動かすしかない。

 そしてユートは、そのための鍵を、今し方手に入れたのだ。


 鍵の使い所をあれこれ考えていたユートの意識が、音に誘われて外に向いた。

 先程まで聞こえていた音が変わったのだ。


 守人も振り返って稜線の縁の方を向いている。

 ここからは試し平は見えないが、それでも音の違いがはっきりと分かる。


 ヴォンヴォンというような鈍い音が、ヒュンヒュンという鋭く甲高い音になった。

 そして、カーンカーンという石の剣をぶつけ合う音は、ビシュッビシュッというような芯まで衝撃が響くような音に変わっている。

 空気中の精を斬り裂いていた衝撃である。


 加えて、空気が張り詰めていく。

 境界の淵という周囲に精が満ちた環境だからこそより強く感じられるのだ。



「トーマさんのようですが、何が変わったのでしょう」

「――ファロウに代わったんだと思う」

「まさか。霊獣に剣は扱えません。ファロウ殿が近くで、戦い方の助言をするのだと聞いています」



 ユートは闇の領域に引っ張り込まれた時の体験を思い返していた。

 闇の精霊が、体の中に入り込もうとしてくるのを感じたのだ。


 憑依。


 そう言うのが正しいだろう。

 人間と精霊の意識が融合するのは、精霊王に無垢な子供を捧げることだけでなく、宿玉精霊を生み出した伝承にも残されている。

 もうじき修練は終わると言ったファロウの言葉は、トーマに憑依することだとユートは悟ったのだ。



「俺の仕事が間に合うか、不安になってきた」

「わたくしが聖剣を持ち出す資格がないと言えば、時は稼げます」

「嘘はつかないでいい。それに引き留めてもトーマなら、聖剣を奪って勝手に出て行くさ」


「ユート殿がお父様として説得すれば、トーマさんも理解して留まってくれるのではありませんか?」

「それは逆効果だし、俺は居ないことにしてくれ」

「先程嘘をつくなと言ったのと、矛盾していますよ」


「オレは矛盾だらけなのさ。ただ、独り立ちして大人になる好機は、一度逃したら二度と巡ってこないかも知れないくらい貴重だから、親としてそれは奪えない」


「だから嘘を付けと?」


「偽りを告げるのと秘匿は別だ。知るべき時に知らなければ却って害になる。それに、真実を求めたいなら、手を伸ばして掴み取ろうとしなくてはいけない。安易に与えてはいけないのさ」


「明確な意志が必要となのですね。分かりました。嘘は付かずに隠すように努めましょう」

「感謝する。ところで、もうひとつ君の意見を聞きたいことがある」

「何でしょう」



 ユートは他の紙を片付けると、マユが作ったガンピシをテーブルの中央に寄せ、守人の前で手慣れた仕草で折りたたんでいく。八枚を組合せ、紙風船を折るような立体的な折り方である。形は八角形となった。

 すると、ユートの背後の闇に急速に気配が集まってきた。



「ユート殿、これは……」

「相乗効果という奴だ」


 ユートが折った紙を広げると、闇から集まりつつあった精が散っていく。

 守人の表情は驚きから感心の色に変わり、疑問の答えを求めるように真剣な眼差しになった。

 すぐに納得したように、表情が和らいだ。



「上手く組み合わせて、精が一方通行となる精紋を作りたい」

「それはつまり、小型の祭殿紋ですね」

「その通り」

「それでしたら――」



 今度はユートが驚かされる番だった。

 守人は、プロソデアとは視点が違った。

 プロソデアは、聖剣を宝珠に見立てて祭殿紋を構築する方法を考えてくれた。

 だが守人は、聖剣を精が流れる経路に見立て、精の流れを導くような精紋を提案してくれたのだ。


 グランドデザインの違いである。


 一枚ごとの紙に対する改善点を的確に見抜いただけでなく、全体をどのようにデザインしたらいいかまで提案してくれたのだ。

 重ね合わせて多層構造にし、一層ごとに役割を持たせ、またフィルターで徐々に漉し取るように、内側は粗く外側は細密にしたものを重ねるというアイデアだった。



「それなら行けそうだよ」

「お役に立てて嬉しいです」

「けど――」

「何か他にも問題が?」

「俺の無能さが悔やまれる」

「では、諦めますか?」



 挑発するような守人の口調に、ユートは微笑んだ。

 慰めや同情はアルマジロのように丸まって内に籠もるような、胎内回帰の懐古主義に陥る。

 共感は必要だがその先は共鳴し、外へと意識を伝播させなければいけない。


 守人の性格なのだ。

 悲嘆に暮れて過去に目を向けたまま引き摺られるように未来へと向かうのではなく、過去を踏まえた上で目指す先を見つめて自ら歩んでいる。

 ユートにとっては心地いい激励であった。



「死なない程度に全力を尽くすさ」

「あら? 命を懸けてとか、死力を尽くすとは言わないのですね?」

「死んだ後に怨念だけ残っても、物は作れないからな」

「本当にユート殿は面白い人です」


「やるべき事が見えたんだ。苦悶する時は終わった。あとは、やるだけだから楽なもんさ」

「わたくしもお手伝いしますよ」

「それも織り込み済みだ。当然、プロソデアとその精霊も含まれる」


「総力戦ですね」

「そう。だから俺は全力を尽くすと言ったんだ」


 人に頼る力もまた、ユートの力である。

 全力を尽くす事に変わらない。


 時間が足りないかもしれないと思う不安は、抱くだけ無駄である。

 間に合うように、段取りを組み直して挑むだけだった。

 頼ろうと思えば、ファロウやモーティス騎士団の五人だけでなく、フラグミや巨木の森の精霊公子もいる。

 ユートは可能性の広がりを感じた。


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