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白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第8章 総力の紡ぎし兆し
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8-02 嫉妬と自省の欠片

 プロソデアは目を合わせようとせず、テーブルに視線を降ろしたまま、素材を並べていく。

 黙々と、淡々と、種類毎に揃えている。

 ユートは彼の心情を想いながら、素材の一つを手に取った。



「違うぞ、プロソデア」

「それもダメでしたか?」



 ユートは手にした樹皮をテーブルの上に戻し、脇に立つプロソデアを見上げた。



「――有意義な悩みというのは、心を生き返らせるんだ」

「話をぶり返さないでください。ただ私は、守人を無益に悩ますのは良くないと言っただけです」

「勝手に無益と決めつけてはいけない」

「聞くまでも無い事もあります」

「プロソデア様、怒らないでください」

 守人はテーブルに手を突き、腰を浮かせてプロソデアを見上げた。


「怒っておりません。ただ、ユート殿に必死さが感じられないだけです。スケッチブックをなくしたからと、私に祭殿紋を描かせたのは何のためなのです? 茶飲み話をするためなのですか?」


「わたくしが――、わたくしが何をなさっているのか、ユート殿に尋ねたのです」

「ですが――」

 言いかけた言葉をプロソデアが飲み込んだ。


「バカが三人集まれば大バカな知恵が醸成されるが、知識と知恵のある三人がそれぞれの知見を持ち寄れば、叡智が精製されるとは思わないか?」

「しかし、守人は――」

「十七年前とは違う。そうだろう?」


 プロソデアの言葉を遮ったユートは、守人に視線を転じた。

 静かに、そして力強く、守人はうなずいた。

 ベール越しにも守人の真剣な様子が伝わってくる。



「屋敷には守人しか入る事が許されない書庫があります。歴代の守人が持ち込んだ古文書だけでなく、書き記した書物もあります」

「――ユート殿、失礼しました」



 プロソデアがユートに向き直って頭を下げた。

 瞬時に過ちに気付いたのだ。

 彼にとっての守人は、幼馴染みであり王女であり、守るべき存在だった。だが、それから十七年という経験を想像出来ずにいたという過ちである。



「俺は構わないが、詫びるのは守人にだろう?」

「いいえ。わたくしは何もできずにプロソデア様に頼ってばかりでしたから、そう思われてもしかたありません」

「それが私の驕りだったと、気付いたのです。申し訳ございません、守人――」


「まあ座れよプロソデア」

 ユートは向かい側の守人の隣の席を示した。

「わだかまりが解消したところで、状況を整理していいか」


「はい」

 守人の声には喜びが溢れていた。

 彼女の弾む声にプロソデアはいつになく安らいだ笑みを浮かべると、彼女の横に座った。

 二人の雰囲気は明らかに変わっていた。


 ユートは改めて、ガンピシを作る目的と原料に関する説明を守人にした。

 話を聞きながら守人は、オリジナルのガンピシを手に取り、試作の紙と触り比べる。それから、これまでの原料と新たな原料をそれぞれ触り比べながら目を閉じる。

 しばらくして、守人は目を開けた。



「わたくし、先人が残した植物記録を見て、それが本当か確かめたくて、山々と樹海を巡ったのです。できれば、わたくしも新種を発見して、記録を追加したいと思っていました」

「昔から守人は、好奇心旺盛でしたね」

「はい。幼い頃は両親だけでなく、側付の者からも勝手にいなくなるなと叱られました」

「ここへお送りする途中でも、守人は珍しい物に興味を示すと、ずっと観察しておられました」



 守人は目を開け、隣に座るプロソデアを見つめる。

 ベールの下から口元が覗き、嬉しそうな様子がユートにもはっきりと分かった。



「プロソデア様、樹皮はマノシに近いと思います。石はメタヴィブ鉱石とイミアゴ鉱石に似ていると思いますが、どうでしょう」


「確かに言われてみれば、そのようですが……」


「マノシは正面の山を二つ越えた先の麓近くに生えています。メタヴィブは右手の山脈を四つ超えた崖に、イミアゴは左手の山を一つ超えた頂付近にあります。――お役に立てましたか、プロソデア様」


「はい。とても」


 プロソデアの口から漏れ出た言葉に守人は俯いた。

 垂れたベールの隙間から微笑みと、薄紅色に染めた頬が見える。

 その横顔を見たプロソデアがすぐに視線を逸らしたのに気付いて、ユートは頬杖を突いて守人を見つめた。



「詳しい情報で助かった。ついでに君の本当の名前を教えてくれると、俺としてはもっと嬉しい。守人と呼ぶのは、人格を無視しているようで気に入らないからね」

「済みませんユート殿。それは御容赦ください」


 守人が助けを求めるように、プロソデアへと顔を向けた。

 テーブルを強く叩いたプロソデアは立ち上がるように身を乗り出し、ユートに迫った。


「ユート殿、彼女の心情を察してください!」

「俺としては察しているつもりだが、違ったかな?」

「ユート殿は守人の宿命を知らないのです」

「知らないのは事実だが、それなら、俺が勝手に名前を付けて呼ぶのはいいか?」


「え?」

 驚いたように守人は顔を上げた。

 困惑と期待からか、守人はほんのわずか身を乗り出した。


「もっとも、すぐには思いつかないんだが」


 プロソデアは小さく息を吐き出し、呆れ顔を見せた。

「困った方ですね、ユート殿は」

「困らせついでにプロソデア、早速だが、今彼女が言った材料を取ってきてくれないか」

「構いませんが、どれくらいの量が必要ですか」

「鞘と柄を作れるだけの分量だ。あと、膠と漆も欲しいな」


「ニカワとウルシとは?」


「作った紙を貼り合わせ、補強するための接着剤と表面保護材だな、言うなれば。膠は獣とかの皮を煮出して作る。寒天みたいな物だ。だが、くっつきやすいが熱に弱い。漆は膠よりは熱に強いが、より重要なのは湿気に強いことだ」


「熱に弱いのと、熱に強い物……?」


「そこは本質じゃない。精紋の流れを阻害せずに紙を貼り合わせられ、鞘と柄として使うだけの強度が得られる接着剤と表面保護の塗料が欲しいんだ」


「分かりました。心当たりがあります」

 プロソデアは体を守人に向けた。

「コラやベルニッキになるような材料がどこにあるかご存じありませんか」

「わたくし、知っています」


 守人は立ち上がり、眼下に広がる樹海と山々へ視線を巡らせる。

 そして、プロソデアにあの山のどこ、あの森のどこ、というように方向を指さして教えたのである。

 その守人の声は生き生きとし、弾んでいる。


 ユートは二人の邪魔をしないように沈黙を守った。

 テーブルの上に置いてある、プロソデアに描いてもらった、祭殿紋と、祭殿の奥宮にあった壁画に描かれていた紋様を見比べつつ、頭の中で検討を続けていた。



「ありがとうございます。ユート殿」



 声にユートが顔を上げると、すでにプロソデアの姿はなかった。

 守人は元の席に座り、喜びに溢れるような雰囲気をまとっている。



「どう致しましてと言いたいが、俺はもう一つくらい君達に何かをしてあげたい」

「どうしてでしょう?」

「いい人が幸せである方が、世の中が真っ当だと思えるからだよ」


「わたくしはもう幸せですよ」

「俺は欲張りだからな。もっと上があると思うと、それを目指したくなる」

「あら」

 守人はくすっと笑った。

「あまり高望みすると、手に入らなかった時の失望も大きくなりますよ」


「だからと言って、小さな幸せばかりを探し求めて、希望を矮小化していくのがいいとも思わない」


「ユート殿は、奥深い方ですね」

「底は浅いんだが――」

「ふふふ。話していて楽しいのは久し振りです」

「そう言われると嬉しいが――ふと疑問が浮かんだんだが、守人は女性じゃなきゃいけないのか?」

 守人は、少し悲しげに俯くようにうなずいた。


「フラグミは、女性を守る騎士に憧れる精霊だからです」

「そう言えば、キディナスも憧れていたが、そんなにも守護騎士というのは偉いのか?」

「おそらく伝説のファロウ・ニーグに憧れているのでしょう」

「ファロウ――」


 ユートの呟きは内に向かって掠れていくようであった。


 トーマが拾ってきた白猫の名は、ファロウである。

 ネコの鳴き声が「ファロウ」と聞こえたからそう名付けたと、トーマは言っていた。だがそのファロウは、人語を解し特別な力を持つ、こちらの世界の存在だった。

 ユートには、偶然の一致とは思えなかった。


 光の霊獣とされるファロウと、モーティス騎士団。

 守護騎士ファロウ・ニーグと王女ニチェア・モーティス。


 二つの名を持つ存在が遭遇し、行動を共にしている。

 まるで必然の導きのようであった。


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