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白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第7章 凪闇からの誘い
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7-13 会話と融和の議

 リシアにとって避難民は、敵ではない。

 特に彼らは、違うのだ。

 首都近郊に流布されていた様々な流言に翻弄され、疑心暗鬼になってもいるだろう。

 それでも、無償で食事が提供される避難民キャンプに胡散臭さを感じて留まらず、別の避難場所を求めて残され森まではるばる歩いて来た、能動的な人々だった。


 それだけに、行動的なのだ。

 加えて空腹であれば、思慮深くあるよりも衝動的になりがちなのだ。

 この世界の住人と異なるリシアの容姿は、何者かによって流布された「黒髪の魔女」にまつわる噂が真実だと思わせてしまうには十分だった。


 ただそれは、彼らの早合点に過ぎない。


 結果生として、殺気だった一部の避難民の暴発は、ディアンとラスピという二精霊の存在と力によって押し止められた。

 悲しむべきは、人間を凌駕する圧倒的な力を見せなければ、無思慮の暴挙は抑えられなかったことである。冷静さを失った人々に言葉は通じず、怒りに転化された感情を鎮めるには、死の恐怖を連想させる力を示す事でしか治められないのだ。


 話し合いによる平和的解決は、夢物語である。

 互いに相応の分別を持ち合わせた上で、利害を利己的な範疇に置かず、人間性の根底にある共通項に立脚した、滅私の視点を共有するという大前提が必要だった。

 おそらくそこに至る道筋は険しいだろう。


 それでも、二精霊が脅威となって姿を見せたことで、彼等は軽挙を思い留まってくれたのだ。

 死を恐れられる位には、彼らは冷静だったと言える。


 だから、リシアは話し合いを求めた。

 結果として民衆は、精霊の脅威から逃れるための方便かもしれないが、対話に応じたのだった。


 すると、先程助けたフホ村の若者達が避難民とリシアの間に立ち、橋渡しを買って出てくれたのだ。

 お陰で人々は、ぽつりぽつりと言葉を発するようになった。


 初めリシアは、避難民の声を聞くことに徹した。


 彼等が怒りとして感情を発散するその根っこにあるのは、不安や不満であった。

 一通りの鬱憤が吐き出されると、彼等は絶望をぼそりと口にして重苦しい沈黙が訪れた。


 避難民たちは誰もが疲れ切った顔をしていた。

 怒りを失った目は光を失い、落胆の色に沈んでいる。

 動く気力すら失ったように、地べたに座り込み、項垂れている。

 活力に満ちあふれているはずの子供達ですら、ぐったりと寝そべっている。

 飢えているのだ。


 リシアは精霊伯爵と交渉することにした。

 畑に育った作物を収穫する許可を求めたのだ。

 初め、精霊伯爵は不機嫌な態度を見せた。彼にとっては、クロタフォ公爵の首都屋敷を守るのが使命であり契約だったからである。それでも粘り強くリシアは精霊伯爵がなかなか口にしない本心を探り出し、ディアンが支配下に置いた森を返還するのを条件に、ようやく収穫が認められたのだ。


 避難民達の元に戻ったリシアは、協力者を募り、芋掘りを始めた。

 すると三騎士が、大鍋と塩を持ってきた。屋敷の瓦礫を掘り返して見付けてきたのだ。


 それを知ったリシアは、気負いすぎていたと悟り、気が利く三騎士を見直した。

 そして、調理の主導権を、彼らに委ねることにした。

 彼等はサバイバル知識が豊富だからである。戦時における野営地での自給自足術は、昨日も見せられていたからである。


 トルプは得意げに胸を張ると、手伝ってくれる民衆に指示を出し、的確に場を仕切りはじめる。

 鍋だけでは茹でる量にも限度があるため、一部の芋を地中に埋め、その上に薪を置いて火をおこし、その上に石で竈を組んで鍋を置いたのである。

 できあがった分から、避難民に提供した。

 彼等が満腹になるのに十分な量があり、満ち足りて少し表情に笑顔が戻っていった。


 衣食足りて礼節を知ると言われるように、避難民の多くが纏っていた殺伐とした雰囲気が和らいだ。

 幼子達が眠りに就き、子連れの者達も会話に参加するゆとりができた頃合いを待って、リシアはまだ起きている大人達を見渡した。


「では、話の続きをしましょう」


 老若男女、真実を知りたいという意志に満ちた眼差しを持つ者達が焚き火の側に集まってきた。

 疲れ果てて横になる者もいたが、起きている者は耳をそばだてている。


「まず確かめたいのは、黒髪の魔女についてです。どういう噂を聞いているのですか?」


 代表者がいない集団は、落ち着きを取り戻したとはいえ、すぐに答える者は現れなかった。

 それでも物言いたげな何人かが周囲の様子を探るように見回し、少しして一人がためらい気味に口を開いた。


「ユーシエスを破壊し、俺達を苦しめる悪い女だと」

「いや、世界を滅ぼす奴だって話だ」

「けど、街を破壊したのは精霊王ではないのか」

「黒髪の魔女は、男をたぶらかすとも聞いた」


 一人の発言者が切っ掛けとなり、言葉を発する抵抗感が薄れたのか、次々と周囲から声が上がるようになった。

 だが、彼等が話す内容の共通点は、黒髪の魔女が悪い存在だという部分だけで、具体的に何がどう悪いのかは曖昧だった。


「黒髪の魔女の話は、昔からあったのですか?」


「いや、聞いた事は無かったな」

「救世の勇者の話は小さい頃にも聞いたが、黒髪の魔女というのは、最近だ」

「そうねえ。街が破壊されて逃げ出した後は、風の王が私たちを見捨てて逃げたとか、そういう話ばかり耳にしました」

「あとは、貴族どもが食料を運び去ったという噂だ」

「噂を聞いたのは、三日か四日くらい前じゃないかな」

「そういやあ、復活の森で食事の配給に並んでいた時に聞いたぞ」

「おお、そうだ。俺もだ」

「僕はお前から聞いたぞ」

「私も人づてだ」

「そうだな。確かに、食い物があるって噂を聞いて、首都に戻ってきて、初めて聞いたな」

 うなずき合う声が大多数を占めた。



「私が首都に来てお嬢様を助けようとしたのが、五日前です」

「お嬢様というのは、まさか――」


「ガガン・モッサに誘拐され、向こうの世界からこちらへ連れてこられたのです」

「てことは、精霊王の宿玉になった少女か?」

「そうです。私はお嬢様を助けるため、モッサを追いかけて来ました」

「どういう事だ?」

「さあ。だがそのお嬢様が、精霊王をたぶらかして風の祭殿から連れだしたと聞いたぞ?」


「違います。モッサがお嬢様に精霊王を乗り移らせて、連れ出したのです。祭殿で祭司から聞いた話ですから間違いありません」

「それは私も保証しよう」


 トルプが声を発したが、逆効果となった。

 避難民達は、再び敵意を剥き出しにしたのだ。


「あんたらの言葉など、信用できるか。そもそも不可侵協定を破って、天の騎士が何しに来た」

「そうだ。風の領域に混乱を起こして侵略しようという、天の王の陰謀だという説もあるんだ」

「いや、それはない。天の王陛下は、世界の平和と安寧を常に願われておられる」

「信じられるか。世界の王と勝手に自称しているくせに」

「そうだそうだ」


 矛先が天の騎士に向けられると、リシアは大きく深呼吸した。


「私も、天の王の陰謀という説は否定できません」

「やっぱりそうか!」

 数人の避難民達は、腰を浮かせて襲いかかろうと身構えた。


「リシア殿、信じてください」

 トルプは哀れに見えるほど狼狽している。

 避難民から敵意を向けられるより、リシアに疑惑を抱かれているのが堪えているのだ。

 リシアは真剣な眼差しを人々に向けた。


「ですが、そもそも風の精霊王が祭殿から出たらどうなるのか、皆さんは知っているのですか?」

「精流脈に乗って中央大樹に向かうと」

「その後は?」

「世界が滅亡すると――」


 彼等の総意が同様であるとしり、リシアはうなずいた。


「世界の危機に際し、何もせずにただ見ているだけの王を、みなさんはどう思いますか?」

「そんなの、最低だ」

「義務を果たしていない」

「そうだ。領民を守るのが王の使命だ」


「それでしたら、世界の終わりを防ぐために天の王の命令で来たというトルプ・ランプシの言葉にも、ことわりがあります」


「しかし、契約精霊を持っていない天の騎士というのが、そもそも怪しい」

「彼等は少し強引だったのです。救世の勇者と争い、精霊を失ったのです」

「え? 救世の勇者が天の騎士から精霊を奪った?」

「そうなのか、天の騎士よ」


「まあ、そんなところだ。だが、救世の勇者の力を試したのだと言っておこう」

「なら、やっぱり救世の勇者は本物なのか」

「だから言ったでしょう。精を集めて精霊を生み出したってさ」


 この世界に現れた直後の救世の勇者を歓待したフホ村出身の一人、キュセという名の少女は得意げだった。



「それも怪しかったが、天の騎士から契約精霊を奪ったって言うのなら、本物かも知れないな」

「だが、精霊王に挑んで、何もできずに逃げ出したんじゃあ、高が知れている」

「その後、本物の救世の勇者が現れたって聞いたぞ」

「いや、だがその本物は、風の王が殺したらしいぞ」



 再び、根拠が曖昧な噂を語り合う混沌とした議論が繰り広げられる様相を醸し出した。

 これまでも言葉の端々に噂というデマ情報をリシアは聞いている。



 ノイ・クレユの少女が精霊王を連れ出して首都を破壊した。

 救世の勇者がこの窮地を救いに来る。

 救世の勇者は偽物だった。

 救世の勇者は殺された。

 風の王が首都の人口を削減するために精霊王を利用した。

 首都が壊滅状態になると、風の王は食料を持って逃げ出した。

 天の王の陰謀によって、占領されようとしている。

 天の騎士が暗躍している。


 そして、黒髪の魔女に関するデマである。


 この中で、黒髪の魔女については、リシアが風の王宮に現れ守護精霊と戦った後で広まった噂なのは間違いない。

 その前は、噂の元すらなかったのだ。

 この事実は、モッサが避難民を煽動するためのデマだった可能性を示唆している。



「事実とそれ以外、つまり噂や憶測や想像などと分けましょう。信じて頂けないとしても、まず私にとっての事実を話します」



 ルリがモッサに誘拐され、追い掛けてタタ・クレユに来たことから始まり、風の騎士に捕らわれ、プロソデアに助けられ、祭殿に行き、そしてルリを助けるために戻ってきたが、守護精霊によって阻まれ、モッサによって地下に生き埋めにされたが脱出し、残され森に逃げ込んだ所までの話をした。


 人々は事実を検証するように、それぞれの知る事実を語り出した。


「ガガン・モッサが風の精霊王を伴ってユーシエスに現れたのは事実だぞ」

「確かに、初めはそう聞いたな。風の王から避難命令が出たが、多くは意味が分からず、従わなかった」

「だが、兵士が来ておれの家を取り壊したのは事実だ。風の王が悪いに決まっている」


「あなたの家は、どの辺りかな」


 トルプが屋敷の中で見付けた地図を広げた。

 男はユーシエスの丘の中腹にある環状路の内側を指さした。

 トルプは環状路を指先で一周なぞると、その一点を指先で叩いた。


「いま、モッサに従う人々が地面を掘り返し、地中に埋められていた石積みを崩している場所がここ。環状路と街道が交差し、ギデント街道の起点となる場所になる」


「だからどうした?」


「精霊王をこの地に留める仕掛け、王宮精紋の効力を発揮するために必要な石積みが、この環状路の地下にある。首都の人口増加によって家が増え、王宮精紋の効果を妨げる場所にまで建ってしまった家を、風の王は取り壊したと見るべきだ」


「俺の家がそうだと?」


「そうだ。家を壊してでも王宮精紋を修復し、精霊王を風の王宮に留めることで、中央大樹へ向かうのを阻止した。つまり、現時点で世界が終焉を迎えずに済んでいるのは、風の王の功績だと言える」


「嘘だ」

「風の王の功績についての真偽はともかく、風の精霊王が祭殿を出たのが先月の二五日だ。ユーシエスに精霊王が現れたのはいつだ?」

「二六日だった」

「祭殿の異変を知らせる風の精霊がどんなに速くても、半日はかかる距離だ。対策を立てる猶予は無いに等しい」

「けど――」

「つまり、風の王は最善の手を打ってくれたと?」


「精霊王に勝てる者はこの世界にはいない」

 このトルプの言葉に、反論できる者はいなかった。


「いやしかし、精霊王を風の王宮に閉じ込めた後、街の食料庫から食料を運び出したのは、風の騎士が引き連れた兵士だったんだぞ」

「それは街が暴風で破壊される前の話だ。翌日には精霊王によってラトリア街道側の倉庫は吹き飛んで消えていたよ」


「するってえと、拒む商人から強引にでも奪い、食料を確保するためだったと?」

「恐らくそうだろ」

「俺は見たぞ。風の騎士同士で荷車を巡って争うのを。てっきり醜い食料の奪い合いだと思っていたが――」


「どういうことだ?」


「ここのように精霊に守られている森の畑だって、さっき食った芋を掘った場所に、明日にまた芋が育っているってことはない」

「そういうことか。避難所で配給されている食料を、どこで調達しているのかと思ったが――」

「風の王の命令で運び出された食料をモッサに寝返った風の騎士が強奪し、それをさも施しのように避難民に振る舞っているのかもしれない」


「あり得るな」

 一人の賛同の声が呼び水となるように、人々の意識の方向が定まっていく。

 彼等の視点は、モッサによる謀略の可能性を見出そうとしていた。


「そう言えば、風の王がユーシエスを見捨てて逃げたと批難し、おれたちを救うためだと宣言してモッサに従う風の騎士がいたな」

「そんな風の騎士も契約精霊を精霊王に奪われて壊滅したとか言われてなかったか?」

「モッサが精霊王から授かった精霊を下賜されて、尻尾振っているのだろうさ。騎士なんてメンツばかり保とうとするからな」

「なるほど。騎士なんぞ契約精霊がいなけりゃ、ただの人だ。そりゃ必死になるな」

「違いない」


 一通り反モッサ側に立つ人々の声が途切れると、これまで聞き手に回っていた者達が声を上げた。


「だが、まだ信じられないな」

「それに、モッサは精霊王を解放したと言っている。風の王が精霊王の力を独占するために祭殿に閉じ込めていたのだと」

「そもそも、風の王がこうして精霊王を王宮に閉じ込めているから、この辺りの精は吸い尽くされているんじゃないのか?」


「そもそも祭殿から出したのが問題だろう」

「いやいや。風の王であっても、精霊王の力を独占するのは許されない。祭殿に閉じ込めていたというなら、解放したのは正しい」

「しかし、我々の家が壊され、家族や友人が死んだのは、精霊王がユーシエスに来たせいだというのは、事実だ」

「――」



 沈黙が訪れた。

 誰もが否定できないのは、風の王の行動に関わらず、風の精霊王が通った後は、暴風によって破壊され尽くしたという事実である。

 風の精霊王が来なければ、彼等の日常は破壊されなかったのだ。


 だからモッサが元凶だ。


 そう断定したい衝動を、リシアは抑えていた。

 説得でもなく、結論を押し付けるのでもなく、人々が話し合い、自ら気付いて納得した結論でなければ意味がない。


 焦る想いもあるリシアだったが、モッサの言葉を信じてしまった人々が王宮精紋を破壊する作業を阻止するには、数の力が必要なのは明らかだった。手伝ってくれる人を募るには、モッサの言動を嘘だと自ずと悟る人々が増えていくのが必須だった。


 石積みの発掘と解体作業の現場に赴き二精霊の力で人々を蹴散らせば、作業を止めさせられるかもしれない。

 だがそうすれば、モッサがデマとして創作した虚構の存在である黒髪の魔女が実在したと、自リシア自身が証明してしまうのだ。

 モッサに従う避難民から黒髪の魔女として認定され、敵対者と確定する。


 その後で話し合いに持ち込むのは、極めて困難だった。


 人々が力を脅威と感じ死の恐怖に怯えるならば、面従腹背の従順さを装うようになる。納得も承服もしていないままでは、反逆心を陰で育てる効果しかない。

 その先に見えるのは、暗殺である。

 正攻法で勝てないなら、勝つために別の手段をあれこれ考えるのは自然な発想である。


 力によって屈服させれば歪みとなり、いずれ依り戻しのように離反していく。元の世界の歴史でそれは証明されている。圧迫され鬱屈していればいるほどに、反動は大きく、争いは激しくなる。

 お互いが殺し合う争乱を招くのだ。

 それを回避したいからこそ、草の根活動で理解者を増やすしかなかった。



「王宮精紋が破壊されたなら、精霊王は自由になり、中央大樹に向かうでしょう。その時、精霊王は穏やかに通り過ぎてくれますか?」



 リシアの問いに、人々の間から動揺に唸る声が起こった。

 暴風を伴ってラトリア街道を来た精霊王が、微風そよかぜのように通り過ぎると想像した者はいなかった。


 精霊王が解き放たれたなら、再び暴風が吹き荒れ、地表のすべてを剥ぎ取って吹き飛ばしてしまうと考えるのが自然だった。

 その進路上には今、多くの避難民が集まっている。

 王宮精紋を破壊作業に従事していた人々は元より、その先にある避難民キャンプに集まる人々である。その多くは作業従事者が守りたい家族であり、その暴風の餌食になるだろう。


 恐ろしい可能性に気付いても、口に出した者はいなかった。

 そうならない可能性も、わずかに信じていたからである。


 リシアは、すぐに結論を求めなかった。

 理不尽な災厄に見舞われた人々が現状を理解し、真実を洞察するには、偽りを元凶と信じて怒りをぶつけてきた自分と向き合う時間が必要になる。

 だからこそリシアは、休もうと提案した。


 誰かが発した個人の意見がさも集団の総意となるような雰囲気を醸成してはいけない。

 全体となる前に、個々人が考え、個別の結論を導き出すべきであった。


 理由も分からず濁流のような集団の雰囲気に流されてはいけない。

 この世界の人々全体のことではあるが、個々人それぞれの問題だからである。



 翌日、リシアは話し合いの再開を求めなかった。



 代わりに、日常生活を取り戻すための生活基盤の構築を提案した。

 避難民が生活を送れる状況を整えるのが最優先だからである。


 ただし、施すのではない。

 彼等と協力し、合意できる部分から始めた。

 そして、家族で住むための小屋を協力して造ろうと提案したのだ。

 これに反対する者はいなかった。


 リシアはまず、精霊伯爵に直談判し、小屋を作る許可を得た。

 すぐにリシアが小屋作りに着手した。

 といっても、大工経験はないので、屋敷の解体作業を二精霊に頼み、小屋作りの端緒を開いただけである。

 するとフホ村の若者達がすぐに手伝ってくれ、小屋が形になっていくと自然と人が集まり、あちこちで小屋作りが始まった。


 徐々に避難民の中から自発的に仕事を見付けて作業を始めるようになった。

 料理を作る者、子供たちの面倒を見る者、怪我人などの看護をする者など。

 だが、人と人が関わると大なり小なり揉め事が起きる。


 異端者であるリシアの役割は、自ずと調整役になっていった。

 避難民同士だと対立しがちなのだが、リシアは第三者の立場でいられるため、双方が納得できるように差配したのである。


 そして人々は働きながら、話し合い、また考え続けた。

 三日が経ち、彼等の意見は大筋で一致を見た。

 ガガン・モッサが元凶だと納得したのである。



「モッサの悪巧みを阻止しよう」

「そうだ。精霊王が解き放たれ、よくなるという保証はない」

「精霊王を自由にしてしまって、伝承通り世界が終焉したら、大問題だ」

「モッサに騙されてはいけない。我々を犠牲にし、使い捨てにする思惑が見え隠れしている。」

「第一、モッサは目を隠している。信用できない」

「だから、モッサを倒し、ルリさんを助け出しましょう」

「少女を拉致して精霊王を宿らせるなんて、人として許せん」



 彼等の総意、とまではいかない。

 それでも、ルリを助けようと想ってくれる人が多かった。

 リシアは胸に熱いものが込み上げてくるのを感じていた。

 ルリが災厄の元凶ではなく一番の被害者だと認められたことが、何よりも大きく、嬉しかった。



「みんなで世界を救いましょう」



 ――そしてお嬢様を助ける。

 リシアはより強く、言葉を胸に刻んだ。

 人々から賛同する声が、大きく上がった。


 その日から、天の騎士が主導して、モッサを信じる避難民の切り崩しが始まった。

 食料と安心して暮らせる居場所。

 それが得られるという話を、モッサの正しさに半信半疑な様子の人を探して話しかけ、残され森への移動を促したのだ。

 こうして、残され森に避難民が集まってくるようになったのである。


 日々、モッサが今回の騒動の元凶だと理解し、その企みを阻止しようとする気運が高まっていく。

 リシアは三騎士と相談し、戦術を練っていた。

 結果として、王宮精紋に関する文献は無く、精霊伯爵も知らなかった。だが、確かなのは、王宮精紋が破壊されると、精霊王が自由になるということである。そして精霊王が世界の中心に向かって飛び去ってしまえば、ルリを助け出す機会は遠退くのだ。


 よって、第一の目的は、王宮精紋破壊の阻止に定めた。

 精霊王を風の王宮に留め置ければ、救世の勇者とされるトーマがルリを助け出してくれるのを待つ猶予が得られるからである。


 第二の目的は賛同者を集めモッサを捕らえることにしたが、それは救世の勇者が現れない場合の腹案である。

 モッサを捕らえれば、精霊王からルリを解放する方法を聞き出せる可能性が、まだ残されているからである。


 気運の高まり。

 賛同者の集まり。

 救世の勇者の登場。

 それらを待つしかなかった。


 だがリシアは、精霊王に取り込まれてルリが消滅してしまう悪夢と毎日戦わなければならなくなった。

 誰も癒せない、不安である。

 結果が如実に数値化される事のない活動も相まって、リシアは日々精神的に消耗していくのであった。


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