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白猫と勇者~裏物語~  作者: 八陽
第7章 凪闇からの誘い
64/97

7-08 騎士と封精の罠

 首都ユーシエスの近くに森がある。


 残され森。

 狂気の森。

 閉ざされ森。


 今そこは、様々な名称で呼ばれている。

 その森は、精霊王が首都に現れるまでは、クロタフォ公爵の首都屋敷のある敷地として知られていた。


 精霊王が起こした暴風によって地表は吹き飛ばされ、周囲の精を吸い尽くした事で大地は枯れた。

 その敷地が精を失わずに残ったのは、蒼き森から世界の中心へ向かう精流脈が流れ込んでいるのと、精を留めるため敷地の外周に封精石を配置していた事だけではない。

 公爵家の家令が本領に退避する際に、精の流出を抑えるために、中心へと流れる経路を封じたことに起因する。


 結果として、クロタフォ公爵の首都屋敷のある敷地は精が溢れ、植物は異常に生育した。

 加えて、周囲に生息していた無数の精霊達が、精を求めて集まったのである。

 精霊達は溢れる精に溺れ、酔ったように正気を失いただ肥大化し、縄張りを求めて争い、無秩序に融合し、ただ精を貪り独占欲の赴くままに他者を排除する狂気の存在へと変貌していったのである。


 当初、惨事を生き延びた人々は廃墟となった首都からこの森を目指して避難したのだが、そうした狂気の精霊によって追い出されてしまったのである。

 そして、外周を茨の垣根がびっしりと覆って入る者を拒み、藪を切り払って侵入を試みる者は狂気の精霊に襲われるようになった。


 人々は、それぞれの経験に基づき、残され森、狂気の森、閉ざされ森、というように様々にその森を呼ぶのであった。


 その森の近くに、リシアとトルプの姿があった。

 地面に描かれた首都の概略図を挟んで、二人は向き合っている。


 タタ・クレユには、東西南北というような絶対的な方位はない。

 世界の中心に聳える中央大樹が基準となり、その四方にある領域の境界を定める目印となる山の名を指標として用いているという。

 ただ、日常の生活では地域の名称を用いて○○方面のように使うため、厳密に方位を規定する感覚はなかった。


 東西南北に相当する語句はあるが、感覚的には使いづらい。

 マクロ的視野で見れば山の名を用いた方角の指標が必要になるが、首都ユーシエスを中心としたミクロ的な視野においては不便である。


 そう考えながらリシアが上体を起こすと、カチャリと金属がぶつかり合う音がした。

 リシアのベルトに吊り下げた、虚無ノ剣の留め具が鳴ったのだ。

 その留め具を作ったのは、ラスピだった。

 地の精霊は手先が器用で、金属加工は超能力者を超越する巧みさで加工し、パンプスの革を使って仕上げた吊り下げ留め具であった。


 便宜的にリシアは、東西南北を設定して方位を把握する事にした。

 すなわち、王宮を中心に見て祭殿に向かうラトリア街道を西、中央大樹のある世界の中心に向かうギデント街道を東と見立てたのである。

 すると、残され森の位置は、王宮の南東方向およそ八〇キロの位置となる。

 首都屋敷と呼ぶには中心部から離れすぎているようにリシアは思うのだが、精霊の助力を得て移動するのは新幹線を使うような時間距離の感覚とすれば近いと言える。


 トルプは、風の王宮を中心に円を描いた。

 直径およそ五キロの、環状路である。

 その環状路と六方向へ向かう街道がつながっている。

 その東側、ギデント街道と環状路が交差する場所に、印が付けられた。



「モッサは避難民を利用し、この地点の地面を掘り返しています」

「精紋の遺構ですか」

「防衛のための石垣に見えますが、あれこそが王宮精紋の外縁を成す構造物です。石積みを崩し王宮精紋に穴を開け、精霊王を解放するのだと、人々は言っています」


 リシアは地面から顔を上げて、トルプを見た。

 祭殿を出た後、風の種族の言葉が分からずに苦労したとの話を聞いていたからである。


「もう言葉は覚えたのですか?」

「日常会話くらいならばどうにか。耳が慣れたからでしょう」

「天の騎士が優秀というのは、本当なのですね」

「いやいや、道中、部下二人と覚えている言葉を使い話したのが大きいでしょう。それに、座学で基礎は学んでおりましたし、通訳精霊を介して会話していた感覚も扶けになっているようです」


 言葉では謙遜するが、トルプは満更でもないようであった。

 天の騎士としての矜持がくすぐられて嬉しいのだ。


「そして、このギデント街道沿いに森が再生し、そこに多くの避難民が集まっているのです」

「回復の森ですね」

「モッサが奇跡の力で再生したと民衆は言っておりますが、あれは単なる精紋を用いた土木工学の一種です。庶民は知らないでしょうが、天の騎士ならば誰もが学んでいる常識に過ぎません」


「モッサは奇術師を自称していますから、そうなのでしょう。ですが、知識を独占して無知の者に誇って見せるのは滑稽ですね」

「才ある者にしか理解できない高度な知識なのです」

「概念を知っているだけでも違います。特別な能力とうそぶいて、知識の隔絶によって驚かせるのが奇術です。タネがあると知っているだけで、人は騙されなくなります」


「民衆とは、ことわりを説いても理解できずに、感情のままに動くのです。下手に教えても、却って混乱を招くだけです。だからこそ、才ある者が正しく理解し、導かなくてはならないのです」


「その話は後にしましょう」

「ですな。では、続けます」

 トルプは概略図にまた印を描いた。

 残され森から風の王宮に向かって二〇キロほどの地点である。


「罠はここに配置しました。今日、モッサがシノラネル街道に細工をしに現れたら決行です」

「分かりました。ですが――残され森に注ぐ精流脈を王宮に引き込んで、モッサは何をしようというのでしょう」

「環状宮殿の外側でも何やらしていたようですから、精霊王が消耗する精を補うためか、守護精霊を強化するのが目的でしょう」


「そうなると、ますますお嬢様を助け難くなりますね――」

「精の供絶ち、精霊を弱らせるのは戦いの王道です」

「お嬢様への影響を危惧しますが、いずれにせよ、モッサを野放しにはできませんね」

「その通りです。まずはモッサを捕らえることに専念しましょう」


「私がモッサを罠に誘い込めばいいのですね」

「リシア殿が最も危険な役となります」


 トルプは、申し訳なさそうな顔をリシアに向けた。

 契約精霊を失っていなければ自分が囮役になったと言いたいのだ。

 だがその場合、リシアはトルプの代役を務められない事実が妨げとなる。


「適材適所です」

「そう言って頂けると呵責が薄らぎます。この森の精霊と契約できれば良かったのですが、こうも森に拒まれては――」

「できることを最大限やるしかありません」

「そうですな。ではリシア殿、モッサを罠の内側に入れたらすぐに外側に退避するのをお忘れなきよう」

「分かっています」



 封精の罠は、精の連続性を部分的に断ち切るものである。

 人間には効果は無いが、その契約精霊はたとえ宿玉に入っていたとしても、影響を受ける。

 精の連続性を断ち切るために、宿玉に入っていても精霊は、その境界を越えられないのだ。

 そのため精霊は、宿玉から追い出されてしまうのである。

 宿玉を失った精霊は、その拠り所と精の供給源を失い、弱っていくのである。

 そうした見えない境界は、一般的には封精結界と呼ばれている。


 トルプ達三騎士は、残され森の外周に埋められていた封精石を掘り出し、メノスに乗せて運んで作ったのである。

 封精石自体はソフトボールくらいの大きさしかなく、結界を構築するために封精石を敷き詰める必要がないため、封精の罠を作れたのだ。

 これも、天の騎士としての知識によるものだった。

 封精石を用いた封精紋による結界を発生させる罠、というのが正しい説明となる。


 効果が及ぶ直径約一〇メートルの範囲にモッサをおびき寄せ、封精結界を発動させて閉じ込めるというのが作戦の概要である。


 要するに封精石を適切な位置に配置し封精紋を機能するようにするのだが、その役目をロティタとセバステが担うことになる。

 二人はモッサに知られないように、ラスピが作った二箇所の地下空間に隠れている。

 その二人に結界を発生させる機を見計らって指示するのが、トルプの役目となる。



「もう一度確認ですが、封精の罠に捕らえても、人間には影響が及ばないのですね」

「その通りです。精霊を封じるのが目的の罠ですから」

「モッサが精霊を捨てた場合の備えは?」

「それこそ好機。精霊を失ったモッサなら、容易に捕縛できます」



 自信満々のトルプの様子に、リシアは危惧を抱いた。

 万全と過信するほど、想定外の事態に足をすくわれ易い。

 思い込みによってリスクを見逃すからである。

 リシアにとって、直近の後悔であった。

 ルリの策略に引っかかって見失ったが、トーマに会いに行くなら命の危険はないと決めつけてしまったことである。

 ただ、封精の罠の原理を理解していないために、リシアは具体的な懸念を示せず、警鐘を鳴らすことしかできなかった。


「本当に容易ですか?」

「モッサは足が悪いのです」

「油断はなさらぬように」

「我が身を案じてくださるとは、嬉しい限り。なれど、リシア殿の役に立つことこそ本望。命に替えても必ずや成し遂げましょう」

「気負いすぎると死にますよ」


 想いが重すぎると、リシアは感じていた。

 トルプから一方的に向けられる好意が、煩わしかった。

 それでも、甘んじて受け取っているのは、ルリを助けるための協力者は必要だと痛感したからである。


 そこへ、風が吹き抜けた。

 上空で偵察していたディアンである。

 ディアンは、くるりとリシアの周りを一周し、トルプの間に割り込む位置で止まった。


「モッサが別邸を出ました」

「では行きましょう」


 トルプの言葉にリシアはうなずくと、持っていくようにとディアンが強く主張したバックパックを背負い、セバステが乗っていたメノスに跨がった。

 安心したようにディアンは、リシアが持つお守りの宿玉に入り姿を消し、精の消耗を抑えた。

 王宮のある丘に向かってメノスを駆って荒れ地を進み、シノラネル街道に入る手前でメノスを降り、瓦礫の陰にメノスを隠した。



「では予定通り、ここからは徒歩で参りましょう」

「モッサに気付かれていなければいいのですが」

「なあに、罠に誘い込めばどうにかなります。とはいえリシア殿、無理をなさらぬよう」


 リシアは不満げな表情を見せた。

 無理という定義は曖昧だからである。

 あと一歩踏み込めば届くのに、無理と思って引いてしまえば決して届かないのだ。

 超えるのは無理と思っていた限界を超える力がなければ、辿り着けない目的地もある。少なくともリシアが目指すのは、容易に到達できる場所では無かった。

 それに――、


「好機は何度もありません」

「左様ですな。ではディアン殿、リシア殿をしかとお守りください」

「言われるまでもありません」

 ディアンがポケットから顔を覗かせて答えた。


「私は罠の側に潜んでいます」

「頼みます」


 トルプが右手の方向へ走り去ると、リシアは左側の瓦礫に身を隠しながら進み、丘を少し登った辺りのシノラネル街道脇に潜んだ。

 しばらく息を潜めていると、滑るように瓦礫に囲まれた街道を進んでくる人影が見えた。

 精を集めて作り出したホバーボードのような物に乗っている。

 黒服、黒のシルクハット、そして丸いサングラス。

 明らかに元の世界の服装だった。

 ガガン・モッサだとリシアは確信した。

 どす黒い雰囲気を纏う、見るからに怪しげな人物だった。


 近づくとモッサは速度を緩めて止まり、杖で地面を突いた。

 一定の間隔を移動しては杖で地面を突くという作業を繰り返している。


 リシアは息を殺し、逸る心を抑え、モッサが通り過ぎるのを待った。

 十分な距離、おそよ五〇メートル離れたのを確かめて、リシアは陰から飛び出し、瓦礫の上に立った。

 モッサに姿を見せると同時に、封精の罠がある方向を再確認するためである。


 モッサは不意に、その場に浮いたままくるりと反転した。

 その表情に驚きや動揺はなく、ニヤリと笑みを浮かべていた。

 瞬間的に危険を感じたリシアは、隙があれば捕縛しようとの考えを捨てた。


「あなたがガガン・モッサですか」

「おや? 聞き覚えの無い声ですが、どなたですかな」

「あなたに名乗る必要はありません。ただ、お嬢様を返してもらいに来ただけです」

「そういうことですか。しかし、妙ですね」


「――返すのか返さないのか、どちらです?」

「問答無用とは、野蛮ですねえ。ですがあなたには感謝しているのですよ。我が作りしガーディアンの不備を教えてくれたのですから」

「余計な言葉は不要です」


 モッサの言葉に心に違和感を覚えながらも、それさえ精神攪乱の内とリシアは警戒していた。


「せっかちな方だ。ですがまあいいでしょう。あの少女は返せないと、事実を伝えるだけですよ、我は」

「では、覚悟」


 リシアは腰のベルトに吊した剣の鞘を左手で持ち、瓦礫から飛び降りた。

 ディアンの力を借りてふわりと街道に着地した瞬間に地を蹴ったリシアは、モッサを目がけて突進する。

 だがモッサは、ホバーボードのようなモノに立ったまま、後ろ向きに丘を下っていく。


「いきなり襲ってくるとは、横暴ですねえ」

「待ちなさい!」

「御冗談を」


 リシアはディアンの助力を受けて全力で走るが、モッサとの距離は縮まらない。

 シノラネル街道を下っていくモッサは、唐突に街道から逸れた。

 その先の地中に水門のような遺跡があり、残され森へ流れる精流脈から別れて流れ込んだ精が溜まっている場所があるのだ。


「やはり」

 大地に滞留する精を使うつもりなのだ。

 リシアは速度を緩めずに走り続ける。


 モッサは上着のポケットに手を入れると、何かを手に取り、リシアへと投げた。

 ひとつは上空、ひとつはリシアへ向けて。

 瞬間リシアは、それが、八角形に折られた紙の宿玉だと見抜いた。

 プロソデアから話を聞いていたからである。


 大地に滞留する精が引きずり出されるように、大量の精が霧のように地面から揺らぎ立ち、紙の宿玉に集まっていく。

 精は集まって色濃くなり、瞬く間に人の姿を形作る。

 風を身に纏う姿は、風の精霊のようであった。

 上空と正面、二体の精霊が現れたのだ。


 だがそれらは、自我を持たない蒙昧な精霊だった。

 ディアンとラスピを知ったリシアには、よく分かる。

 上空に現れた精霊は飛び去った。

 回り込んでリシアの背後から襲おうというのか、それとも援軍を求めるためなのか。

 いずれにせよ、背後はディアンの監視に任せ、リシアは目の前に現れた精霊に集中した。


 リシアは走りながら剣を構える。

 ディアンが姿を現し、追い風となって後押しする。

 瞬時に間合いを詰めるや、流れる動作で上段から振り下ろした。


 モッサが作り出した風の精霊を、虚無ノ剣が精を吸い取るように斬り裂く。

 斬り口へディアンが両腕を突っ込み、引き裂くように左右に開くと内に隠れていた宿玉が露わになる。

 それ返す剣でリシアが両断した。


 急速に精を凝集する力を失いモッサの精霊は霧散した。

 モッサと一〇メートルの間合いを置いて、リシアは剣を構えたまま止まった。


「吸精剣を扱えるとは――」

「降伏しなさい」

「これを倒せたら、考えますよ」


 モッサが紙の宿玉を取り出すや、一メートル先の地面に投げ捨てる。

 瞬く間に周囲の精が紙の宿玉に集まり、同時に周囲に散らばる瓦礫を身に纏っていく。

 今度は地の精霊になった。


 瞬時にリシアは跳んだ。

 ディアンの風を受けて一気に間合いを詰め、精霊の体が石で覆われて見えなくなる前に、宿玉を斬り裂こうというのだ。

 追い風で加速した勢いのままに迫り、剣を水平に薙ぎ払う。


 ガッ!


 剣は地の精霊の石の左腕で受け止められ、リシアは腕が痺れた。

 一瞬の動き出しが遅れたのだ。

 結果、攻撃が受け止められ、リシアに隙ができた。

 地の精霊が間髪入れずに右拳をリシアの腹を目がけて繰り出した。

 リシアは殴り飛ばされた。


 痛みに身構えていたリシアは、痛みがないのに驚き、空中で目を開けた。

 ディアンだった。

 殴られる瞬間に間に割って入り、エアバッグのように衝撃を吸収したのだ。

 ディアンに支えられながらリシアは、大きく間合いを空けてふわりと着地する。



「リシア様、ご無事ですか?」

「ありがとうディアン。助かりました」

「その精霊、邪魔ですね」

 モッサは右手を上着の中に差し込み、もう一枚紙の宿玉を取り出した。


「くっ――」


 リシアは歯噛みした。

 間合いが遠く、精霊になる前に宿玉を斬れなかったのだ。

 動けぬままリシアは、瞬く間に精が凝集し風の精霊となるのを見つめることしかできなかった。

 しかも、まだそこにいる地の精霊は足元の瓦礫を集め、円筒状の何かを右肩に作り出している。


「まさか」


 瞬時にリシアは、それが砲身だと悟った。

 向こうの世界を知るモッサなら考えつく飛び道具である。

 見ている間に地の精霊は粘土のように瓦礫をこね、砲弾型に整形して筒の先端から奥へと押し込んだ。


 まずい、とリシアが思った瞬間には、砲身の反対側に立つ風の精霊が圧縮した空気を吹き込んだ。

 ボンっという、爆発音とは違う破裂音が響いた。

 圧縮空気によって砲弾が放たれたのだ。


 避けようと思うリシアであったが、足を動かせなかった。

 反応できずに立ち尽くすリシアに、ディアンが覆い被さった。

 暴風に包み込まれるようにリシアは横へと飛ぶ。


 リシアはその弾道を見ていった。

 砲弾は先程までリシアが立っていた場所を正確に貫き、後方の瓦礫を砕き飛び散らせる。

 弾痕は直径二メートルほどのクレーターとなったのを見て、リシアはその威力に恐怖した。


 単に風の精霊が瓦礫を吹き飛ばすのとは違う。

 砲身という物理的な密閉空間で圧縮されるだけに、精の消耗が少なくて済む分だけ威力が増したのだ。

 分が悪いと、リシアは悟った。

 モッサならば、マシンガンのように連射する方法も用意していると想定したからである。

 リシアの心理を見抜いたのか、モッサは嫌らしい笑みを浮かべた。



「剣を捨て投降の意を示すなら、殺しませんよ」

「お嬢様を解放するなら、剣を捨てましょう」

「出来ないと言ったはずですよ、我は」

「白々しい嘘を言いますね」

「事実なのですがね。会話が成立しないのでしたら、このイベントから強制退場していただくしかありません」


 モッサが杖を地に三回突いた。

 再び地の精霊が右肩の砲身をリシアに向け、砲弾を装填する。


「リシア様――」

「ラスピと合流します」


 砲弾が放たれるや、リシアはディアンの助力を受けて横へ大きく跳んだ。

 八メートルの距離を移動して着地し、リシアはモッサに背を向けて走った。


「逃がしませんよ」


 瓦礫の上を滑るように移動するモッサに並走する地の精霊が、追撃しながらリシアへと砲撃をする。

 リシアは砲撃から逃れるために、右へ右へと走るしかなかった。

 瓦礫地帯から、見晴らしのいい荒れ地へと誘導されている。

 身を隠せる場所も、盾にする物もない。


 だが、リシアの狙いもこの場所にあった。

 隠れる場所を探すように見回すのも、トルプから聞いていた目印を見付けるためだった。


「ディアン、次の砲撃で進路を変えます」

「はい、リシア様」


 砲撃が放たれた。

 瞬間、ディアンが予測した着弾点がリシアの脳裏に浮かんだ。

 リシアはこれまで余裕を持って避けていた右方へ跳ばず、より強力な風を生み出すディアンの力を得て、左へとより速く大きく跳んだ。

 そのまま、罠のある方向へと走る。


 急な方向転換にモッサの反応が遅れている内に、リシアは目標地点へと迫った。

 だが唐突に、リシアの前方から、激しい風が吹き付けた。

 砲身に圧縮空気を送っていた風の精霊が回り込んできたのだ。


 あまりの強風にリシアの体は飛ばされそうになるが、ディアンが風を切り裂くように吹き散らした。


「リシア様、ここはボクが」


 告げるなりディアンは、モッサの風の精霊を抑えるべく、リシアから離れた。

 ディアンとモッサの風の精霊は、もつれ合うように風となって周囲を吹き回った。

 疾風が吹き乱れ、地表の石や瓦礫を飛ばしながら飛び交う。

 その戦いはほぼ互角に見えた。


 風に煽られて速度を失ったリシアは振り返った。

 地の精霊を従えるモッサが、滑るようにリシアへと迫ってくる。

 砲撃はない。

 風の精霊をディアンが抑えているからである。


 リシアは剣を正眼に構え、モッサと地の精霊との間合いを計った。

 モッサを罠におびき寄せるために、ギリギリまで距離が近づくのを待つつもりだった。


 と、モッサの地の精霊が、予告動作もなく左腕を大きく振りかぶって降ろした。

 まるでアーム式のピッチングマシンのようだった。

 精霊の指先が千切れ、飛礫つぶてとなってリシアへと飛んだ。


「ラスピ!」

「お任せを」


 地面が盛り上がるように全身を石の鎧で固めた地の精霊ラスピが現れ、リシアの前に立った。

 その強固な体で飛礫つぶてを弾いた。


 続けてモッサの地の精霊は、右肩の砲身を右手でもぎ取り、ラスピへと投げつつ、速度を上げて突進する。

 ラスピはリシアを守るため、回転して飛んでくる砲身を払わずに、両手を組んで地面に叩き落とした。

 それと同時に、モッサの地の精霊が迫る。

 その突進を、ラスピは真正面で受け止めた。


 二体の地の精霊が激しくぶつかり合い、表面の石が砕けて飛び散る。

 衝撃に地面が削れ、ラスピの立ち位置が一メートルずり下がって止めた。

 そのままお互いの手を組み握り、力比べを始める。

 初めこそ両者の力は拮抗しているように見えたが、徐々にラスピが優勢となり、押し返していく。

 モッサの地の精霊は膝を地に屈していく。


 だが、モッサの地の精霊も負けていなかった。

 盛り返そうと更なる力を込めたのだ。

 その瞬間、ラスピはその力を利用し、モッサの地の精霊を、封精の罠の中へと投げ飛ばした。


「驚きました。地の精霊がいるのは分かっていましたが、先日逃げ去った地の精霊でしたか。見違えましたよ」

「はっはっは。分からぬか悪しき人間よ。これが契約の力だ」

「なるほど契約ですか。ただ、我の精霊もまだ本領発揮はしていないのですよ」

「負け惜しみを言うではないか、悪しき人間め」


「いいえ。事実です。それに、実戦データが得られるいい機会は、有効活用させていただきますよ」


 モッサが滑るように移動し、倒れたままの地の精霊に近づいた。

 そこへ、空中戦を行っていたディアンが追い立てられ逃げるように、モッサの前を吹き抜ける。

 あとを追って風の精霊が吹き込んだ瞬間、精の流れが変わった。


 一瞬無音となったように音が遠退く。

 封精の罠が発動したのだ。

 ディアンを追い掛けていた風の精霊は、封精結界の外となった上半身がちぎれ飛んだ。

 上半身の内にあった紙の宿玉をディアンが奪い、リシアへ向けて風で飛ばす。

 リシアが虚無ノ剣で紙の宿玉を斬り裂くと、風の精霊の精は四散し、消えた。


「リシア様、うまく行きましたよ」

「よくやりました、ディアン。絶妙なタイミングでした」

「リシア様、オレも、オレも」

「はい。ラスピが罠の中央に投げ飛ばしたことで、モッサをおびき寄せることになりました。よく出来ました」


 リシアは発動した封精の罠を見た。

 肉眼で封精結界ははっきりとは見えないが、わずかな空気の揺らぎによって境界が見える。


 封精の罠によって切り取られた風の精霊の下半身は、狭く閉ざされた罠の中を吹き乱れて徐々に消えていき、地の精霊の体から石が剥がれ落ちていく。

 そして、ホバーボードに乗っているように浮いていたモッサの足が、地面に着いた。

 封精の罠によって周囲から精の供給が遮断されたために、内に蓄えた精を使い切れば、それで消失することになる。


 作戦は成功したと、リシアは安堵した。


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